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1章
エピローグ
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「せんせー!史朗せんせーい!」
後ろから走ってきた女子高生数人に囲まれて、俺は足を止めた。
「……。阿比留先生って呼びなさい……」
俺は眉をひそめ、ゆるーく注意した。
そんなにこだわりがあるわけではないが、立場上、一応注意しておくにこしたことはない。
「だって~、〝阿比留先生〟って言いづらいし、史朗先生は史朗先生って感じなんだもーん!きゃはは!」
女子高生たちが、楽しそうに笑う。
――――まぁ、全然カンロクないしな……
俺は苦笑いした。
あれから……ひなたと出会ってから、約6年の歳月が流れていた。
俺は自分が通っていた高校の教師となっていた。
姉貴が結婚を機に教員を退職することになり、その後釜にタイミングよく採用されたからだ。
ちなみに「吹雪」にはまだ会えていない。
顔も名前もわからない。男か女かもわからない。そもそも生まれているかどうかすらわからない。
それでも信じていればいつか会えるだろう……
それも、生きていく上での楽しみの1つにしていた。
「そういえばさ、史朗せんせー」
女子生徒の声で我に返る。
「この学校に座敷童子出るってほんと?」
「え、何それ、幽霊~?」
「でも座敷童子って、見ると幸運とかいう子供の神様でしょ?」
俺が口を挟む間もなく女子生徒たちがしゃべり続ける。
そして……俺と女子生徒たちの間をふわりとした柔らかい風が通りすぎ、ほんの一瞬だけ、ひなたの小さな背中を感じた気がした。
『シロウ……』
小さな声が聞こえた気がして、懐かしいな……と、思わず笑みが漏れる。
「……いるかも、な」
ぽつりと言ったその言葉に、生徒たちがポカンとする。
「えー?史朗先生って~、もしかして中2病系?」
「あっは!まじ?ウケるー」
実際のひなたを見てなかったら俺もこうだったのかもしれないな……と、どこか懐かしむ気持ちで生徒たちを見た。
「まぁこういうことはさ、信じたいやつだけ信じておけばいいんだよ。強制すれば信じられるってものでもないだろう?」
「フーン……?」
「あ、そうだ。同じクラスになった――――」
俺の言葉がつまらなかったせいか生徒たちは話題を変え、適当に散って行った。
無責任に聞こえたのかもしれない。……でも、無責任でもいいんだ。
俺や姉貴みたいにひなたの存在を信じる者がいる限り、きっとひなたは俺達の心の中で生き続ける。
今だって、姿が見えないだけで、音楽室にいるかもしれない。
真っ白なポンチョと大きな瞳で「てるてる坊主の曲」を歌い、嬉しそうに飛び跳ねながら――――
その月の日曜日。
俺は姉貴の結婚式に出席し、親族として沢山の人を出迎えて挨拶を交わした。
式は無事に終わり、今は会場を移動するために姉貴夫婦の準備を待っているところだった。
少し疲れた俺は、トイレに行った後に人のいない場所を探し、日当たりのいい窓から空を見上げてぼんやりしていた。
人の足音と声が近付いてきたので振り向くと、夫婦であろう男女とその子供らしき小さな女の子だった。
全く見覚えのない顔と服装だったので、会場内の別の部屋の結婚式参加者であろうと勝手に推測した。
小さな女の子は……白いフリル付きのドレスを着て髪にも白い大きなリボンをつけていたせいか、どことなくひなたを連想させた。
――――そういえば、背格好もひなたと似ている気がするな。
そんなことを考えていると、俺と目が合った小さな女の子は、ニコッと笑ってこちらへ走って来た。
「こんにちは!」
「こんにちは。挨拶上手だね」
笑顔の女の子と目線を合わせようとしゃがむと、手に持っていたものに気付いて思わず息をのんだ。
――――それは……
「あのね。ピアノならってるのー!!」
女の子は抱えていた楽譜を……俺の方に突き出して見せてきた。
――――見覚えのある……その楽譜は……!!!
「うちの子がすいませーん」
女の子の母親らしき人も近づいてきて、興奮気味の女の子を後ろから両手で抱きかかえる。
「この子、ピアノが本当に大好きで、出会う人みんなにこの楽譜を見せて歩くんですよ。まだ全然弾けないのに欲しがって……」
言いながら母親は「よいしょ」と女の子を両手で抱えると、会釈をして父親の方へ戻っていった。
見つめる俺の視線に気づき、母親の肩越しに手を振った女の子に……俺も何とか笑顔で手を振り返す。
姿が見えなくなるまで手を振り続け……
そっと、おろした……。
――――ちゃんと、笑えていただろうか……?
俺は……こみあげてくる熱い気持ちと共に立っていられなくなり……
ふらふらと歩いて近くの壁に寄り掛かりつつ、、、空を仰いだ。
そして、あふれてくる涙を……止められなかった。
――――ありがとう……
もう、その言葉しか……出てこなかった。
あの子が、生まれ変わった「吹雪」なのかどうかはわからない……
楽譜は、ただの偶然なのかもしれない……
――――でも、もし吹雪なら……
――――あの子の中に、「吹雪」が存在しているのなら……
いつかあの場所で……
吹雪と過ごした場所で、ひなたと出会った場所で……
ピアノを弾いてくれたらいいなと……願う――――
-おわり-
後ろから走ってきた女子高生数人に囲まれて、俺は足を止めた。
「……。阿比留先生って呼びなさい……」
俺は眉をひそめ、ゆるーく注意した。
そんなにこだわりがあるわけではないが、立場上、一応注意しておくにこしたことはない。
「だって~、〝阿比留先生〟って言いづらいし、史朗先生は史朗先生って感じなんだもーん!きゃはは!」
女子高生たちが、楽しそうに笑う。
――――まぁ、全然カンロクないしな……
俺は苦笑いした。
あれから……ひなたと出会ってから、約6年の歳月が流れていた。
俺は自分が通っていた高校の教師となっていた。
姉貴が結婚を機に教員を退職することになり、その後釜にタイミングよく採用されたからだ。
ちなみに「吹雪」にはまだ会えていない。
顔も名前もわからない。男か女かもわからない。そもそも生まれているかどうかすらわからない。
それでも信じていればいつか会えるだろう……
それも、生きていく上での楽しみの1つにしていた。
「そういえばさ、史朗せんせー」
女子生徒の声で我に返る。
「この学校に座敷童子出るってほんと?」
「え、何それ、幽霊~?」
「でも座敷童子って、見ると幸運とかいう子供の神様でしょ?」
俺が口を挟む間もなく女子生徒たちがしゃべり続ける。
そして……俺と女子生徒たちの間をふわりとした柔らかい風が通りすぎ、ほんの一瞬だけ、ひなたの小さな背中を感じた気がした。
『シロウ……』
小さな声が聞こえた気がして、懐かしいな……と、思わず笑みが漏れる。
「……いるかも、な」
ぽつりと言ったその言葉に、生徒たちがポカンとする。
「えー?史朗先生って~、もしかして中2病系?」
「あっは!まじ?ウケるー」
実際のひなたを見てなかったら俺もこうだったのかもしれないな……と、どこか懐かしむ気持ちで生徒たちを見た。
「まぁこういうことはさ、信じたいやつだけ信じておけばいいんだよ。強制すれば信じられるってものでもないだろう?」
「フーン……?」
「あ、そうだ。同じクラスになった――――」
俺の言葉がつまらなかったせいか生徒たちは話題を変え、適当に散って行った。
無責任に聞こえたのかもしれない。……でも、無責任でもいいんだ。
俺や姉貴みたいにひなたの存在を信じる者がいる限り、きっとひなたは俺達の心の中で生き続ける。
今だって、姿が見えないだけで、音楽室にいるかもしれない。
真っ白なポンチョと大きな瞳で「てるてる坊主の曲」を歌い、嬉しそうに飛び跳ねながら――――
その月の日曜日。
俺は姉貴の結婚式に出席し、親族として沢山の人を出迎えて挨拶を交わした。
式は無事に終わり、今は会場を移動するために姉貴夫婦の準備を待っているところだった。
少し疲れた俺は、トイレに行った後に人のいない場所を探し、日当たりのいい窓から空を見上げてぼんやりしていた。
人の足音と声が近付いてきたので振り向くと、夫婦であろう男女とその子供らしき小さな女の子だった。
全く見覚えのない顔と服装だったので、会場内の別の部屋の結婚式参加者であろうと勝手に推測した。
小さな女の子は……白いフリル付きのドレスを着て髪にも白い大きなリボンをつけていたせいか、どことなくひなたを連想させた。
――――そういえば、背格好もひなたと似ている気がするな。
そんなことを考えていると、俺と目が合った小さな女の子は、ニコッと笑ってこちらへ走って来た。
「こんにちは!」
「こんにちは。挨拶上手だね」
笑顔の女の子と目線を合わせようとしゃがむと、手に持っていたものに気付いて思わず息をのんだ。
――――それは……
「あのね。ピアノならってるのー!!」
女の子は抱えていた楽譜を……俺の方に突き出して見せてきた。
――――見覚えのある……その楽譜は……!!!
「うちの子がすいませーん」
女の子の母親らしき人も近づいてきて、興奮気味の女の子を後ろから両手で抱きかかえる。
「この子、ピアノが本当に大好きで、出会う人みんなにこの楽譜を見せて歩くんですよ。まだ全然弾けないのに欲しがって……」
言いながら母親は「よいしょ」と女の子を両手で抱えると、会釈をして父親の方へ戻っていった。
見つめる俺の視線に気づき、母親の肩越しに手を振った女の子に……俺も何とか笑顔で手を振り返す。
姿が見えなくなるまで手を振り続け……
そっと、おろした……。
――――ちゃんと、笑えていただろうか……?
俺は……こみあげてくる熱い気持ちと共に立っていられなくなり……
ふらふらと歩いて近くの壁に寄り掛かりつつ、、、空を仰いだ。
そして、あふれてくる涙を……止められなかった。
――――ありがとう……
もう、その言葉しか……出てこなかった。
あの子が、生まれ変わった「吹雪」なのかどうかはわからない……
楽譜は、ただの偶然なのかもしれない……
――――でも、もし吹雪なら……
――――あの子の中に、「吹雪」が存在しているのなら……
いつかあの場所で……
吹雪と過ごした場所で、ひなたと出会った場所で……
ピアノを弾いてくれたらいいなと……願う――――
-おわり-
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