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第一章 「伝説の勇者の息子」

否定

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「…本当に、あいつは多くを語らない奴だったな…」


オーウェンとの邂逅が、ヨエルにとって全ての始まりだった。

父であるレガリアと会えるかも知れないと言われ、そしてオーウェンと共に故郷を後にするも、待ち受けていたのは何度も死を間近に感じる程の過酷な修行だった。

全ては、レガリアとの約束を果たす為に。

ヨエルを強くすること、ヨエルが強くなることは、オーウェンとレガリアの約束を果たす為に必要であり、何よりヨエルにとっても、強くなればレガリアと会えるという希望を胸に抱いて、何度も死にそうになりながらもその修行を乗り越えた。

そうして十年もの月日を経て強くなっても、レガリアと会うことはできなかった。

というよりは、オーウェンがレガリアの元へと連れて行かなかった。

まだ、自分は弱いのか?

その疑問を投げ掛けても、オーウェンは否定も肯定もしなかった。

代わりに提示されたのは、鞘に納まった状態で、地面に突き刺さった剣…、カーム曰く破戒の剣を手にすることだった。

そしてオーウェンは言った。


この剣を一人で抜き取り、フォーキールのスクールまで持って来い。

それが出来れば、自ずと未来が拓けるだろう。


その言葉に従い、ヨエルは再び幾年も修行を重ね、そして十七歳になってしばらくした時、何度試しても抜けなかった破戒の剣をついに抜き取ることができた。

破戒の剣を手にしたヨエルは、オーウェンの言葉を信じてフォーキールに向かって旅立ち、今に至るのだが、今の今までレガリアと再会することはなかった。

フォーキールに向かう道中で、もしかしたらと思ったのだが、その影はなく、あるのはレガリアの伝説のみであり、そして誰もレガリアの姿を見た者はいないと言う。


「なあ、ジュリア。オーウェンは、ここにいるのか?」


何故、会えないのか。

自分の中で、やれるだけのことはやったのに。

オーウェンに言われたことをやってきたのに。

どこまで強くなれば良いのか問い質してやる。

そんな想いを込めて、ヨエルは短くジュリアに問い掛けた。


「残念だけど、ここにはいないわ。彼の消息は、私達もはっきりと分からないの。用事があるって伝言だけ残して、少し前から出て行ったきり」


だが、ジュリアから返ってきた言葉は、呆気なく期待と野望を裏切るものだった。

しかし、何処か得体の知れなさを醸し出されているオーウェンならば不思議ではないと、半分は予想していたものであり、納得する自分がヨエルの中にあった。


「…やっぱりな。あいつのことだから、そんな気がしてたよ」


呆れたように溜め息を吐いたヨエルだったが、その表情は諦めているようなものであり、落ち込んでいるそれではなかった。


「でも、あなたのことについての伝言も聞いてるわ」


「…?俺のこと?」


ジュリアは、飲み干されたカップを置いて頷く。

言われた通りに、破戒の剣を持ってスクールに辿り着いたものの、肝心のオーウェンがいないとなれば、どうしたものかと思った矢先の言葉であった。


「あなたが、無事に破戒の剣をフォーキールに持ってくることができたら、そのままスクールに入所させるようにって」


「はあ?俺がスクールにだって?」


どんなことを言われるのかと思っていたヨエルにとって、これこそまさに予想外の言葉だった。

スクールに入所するということは、勇者になるということと同義であるが、それを目指していないヨエルにも、何よりスクールにも相応しくないことは誰でも分かる。

そのような不適合者がスクールに入所したところで、果たしてどうなるのかと思ったヨエルは、口を開けて愕然とするしかできなかった。


「馬鹿言ってんじゃねえよ。俺は別に、勇者になるつもりはないっての」


「そうは言われても、オーウェンったら手続きを全部済ませてあるのよ。まるで、あなたがここに必ず来るってことを信じていたみたいにね」


「だからって…」


言い返そうとするも、オーウェンが言った言葉が脳裏に蘇る。

破戒の剣を持ってフォーキールに来れば、自ずと未来が拓けるだろう。

ジュリアの言葉通り、きっとオーウェンは、ヨエルが来ることを見越して、彼がスクールに入所できる為の手続きを済ませていたに違いなかった。

例えそれが、ヨエルの望んでいなかったことだったとしても。

オーウェンとは、そういう男だった。

全ての真意を語らずとも、その先に進めるよう道を作り出し、結果として相手を上手く導くように仕向ける。

姑息なように思えるが、思慮深く幾つもの思考を張り巡らせ、自分の思うように動かすことに於いては、恐らく右に出る者などいないだろうとさえ思わせる程に策士であった。

事実、ヨエルもこうしてオーウェンの思い通りに動かされている。


「……なるほどな。そういうことかよ」


ここでオーウェンの企みを拒んだところで、その先にある選択肢など見付かるわけがない。

破戒の剣をここに置いて立ち去るか、それとも破戒の剣を持って何処へと行くのか。

いずれにせよ、ヨエルに残された答えなど、たった一つしかない。

それに気付いたヨエルは、小さく舌打ちをした。


「どこまでも、俺はあいつに踊らされてるってわけか」


「かも知れないわね。というより、あなただけでなく私達もそうかも知れない」


ヨエルは、傍らに立て掛けた破戒の剣に目を向ける。

過酷な修行を経たこと、この剣を手に入れられたこと、フォーキールに来たこと。

恐らくそれは、ヨエルが知らない、オーウェンのみぞ知る真意が秘められているであろうということは、否応なしに分かった。


「どうする?オーウェンが入所手続きを済ませてあるだけじゃなくて、おじいちゃんと渡り合えたことを考慮すれば、推薦という形で入所させても全く異存はないんだけど。あとは、あなた次第ね」


「……………」


退路がない状況に置かれているということを理解していたヨエルは、しばらく沈黙する。

この状況を作り出すこともオーウェンの思惑なのかも知れないが、仮にそれが事実だとすれば、まんまと一杯食わされたことになる。

意地を張って、事実上一つしか残されていない選択肢を敢えて突っ撥ねることも不可能ではない。

しかし、それを選んだところで、果たしてどうするつもりなのかと思い直してみると、その先にある未来には何があるのか分からず、少なくとも今は希望などないように思える。


「あなた、これから先のことは何か考えてるの?」


それは、ジュリアも察しているようで、核心を突いた疑問を投げ掛ける。


「せっかく手に入れた破戒の剣はどうするつもり?故郷に帰るにしても、そこでどうやって生活するの?」


漠然とではあるが、ヨエルはそれらのことを考えていないわけではなかった。

スクールに入所するということは微塵も考えていないが、しかしそうだとして、フォーキールに来てオーウェンに会ったところで、その後自分はどうするのか。

仮に破戒の剣を手渡したとして、その後は故郷に帰ったとしても、そこでどうやって過ごすのだろうか。

長い旅路の中で考えてはいたものの、それらについての答えは一向に出ることはないままで、結局今こうしてここにいる。

だが、それでも…。


「…何も分かんね。そう言われると、俺は結局今までオーウェンに言われるままに生きてきたんだってことが、嫌でも分かるよ」


「ヨエル…」


「この剣を手にすれば…、強くなってフォーキールに来れば、何かが分かって、何かが変わるかと思ってたけど…そんなこともなさそうだな」


破戒の剣を手に入れる為に、強くなる為に過酷な修行を何年も積み重ねてきたヨエルだったが、それを得たところで何が変わったのか。

幼少期を犠牲にしてきた先に得たのは、ただ一本の剣と、魔人という存在に対抗できる非凡な強さのみで、その後には何も残らなかった。

これが本当に望んでいたことなのかという疑問が自然と思い浮かび、そしてそれに気付いていたはずなのに、今まで見て見ぬふりをしてきたのだが、それは呆気なく曝け出された。


「だったら、スクールに入所してみても良いんじゃない?そうしたら、何か変わるかも…」


「嫌だ」


ジュリアが提案する前に、ヨエルは否定の言葉を被せてそれを遮る。


「スクールに入所ってことは、勇者になるってことだろ?俺は、勇者にはなりたくない」


「どうして?あなたのお父さんだって、勇者だったのに」


「だからだよ。俺は、親父みたいにはなりたくない」



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