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第一章 「伝説の勇者の息子」

ジュリア

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シミや汚れが一つもない、純白の壁。

豪華な装いで飾られたシャンデリア。

立派な胸像や銅像が複数立ち並び、それらに囲まれた広い部屋。

頑強な造りの机を間に挟んで、腰が沈む程に柔らかいソファーに、ヨエルは足を組みながら腰掛けていた。


「…まったく、とんだ災難だったぜ…」


頬杖をつきながら、ヨエルは不服そうな声で呟く。

老人との手合わせを終えてから案内されたのは、スクールの応接室であった。

豪華絢爛と言うに相応しい部屋は、そのような場所にいた経験が極めて少ないヨエルにとって落ち着かない場所であり、余所余所しさが余計に強まる。

そして、ここに来るまでに軽く事情を聴き、老人の手合わせは本来もっと簡単なものであったことを知った時、その余所余所しさは苛立ちに似た感情へと変わっていた。


「そう言わないの。あの人があそこまで時間を掛けて手合わせをするなんて、滅多にないんだから。それだけ実力が評価されたってことなんだから、自信を持ちなさい」


そんなヨエルの前に、湯気が立つコーヒーカップを置いたのは、先程老人との手合わせを制止し、そして彼がジュリアと呼んだ女性だった。

黒いクラシカルストレートヘアと、雪のように白く透き通った肌は美しく、しかしくっきりとした目は凛々しささえ
感じさせ、またスラリとした肢体でありながら身長が高いという、まさに美人というものを絵に描いたような女性だった。

そんな彼女とヨエルは過去に面識があり、今まで知人との交流がなかった彼にとっては、少し安堵感さえ覚えさせた。


「そんなことはどうでもいいよ。それよりも何なんだ、あのじじいは?っていうか、何でジュリアがここにいるんだよ?」


「そんなに一度に質問されても困るわよ。熱くなると、周りが見えにくくなるのも相変わらずね」


「うるせえ、余計なお世話だっての」


外見からは想像できないが、ヨエルとジュリアの年齢は、ともすれば親子のようにかけ離れており、そしていつも彼女の方が上手であった。

時には子犬を扱うかのように軽くあしらい、何を言っても正論と筋が通った言葉で返されてしまい、いつだってヨエルはジュリアに言いくるめられた記憶しかない。

今回も、ヨエルと対側のソファーに座り、余裕な表情でコーヒーを口にするジュリアには勝てないようだった。


「あのじじいって言ってたけど、本当に覚えてないの?あなた、あの人に会ったことがあるのよ?」


「え?いつ?」


その言葉は、ヨエルにとって予想外だった。

入れ歯を入れたら化け物のように強くなるような老人など、見たことも聞いたこともないと思っていたのだが、面識があるとジュリアは言った。

あのような強さを持つ老人など、一度見たら忘れられるはずがないのだが、しかしそう言われても記憶にはない。


「と言っても、あなたがまだ小さい頃だけどね。そもそも、あなたがまだ赤ちゃんだった頃、あの人に世話をしてもらってたのに」


そう言われたヨエルは、自分なりではあるが、あの老人がまだ赤子だった自分をあやしている姿を悶々と想像してみる。

しかし、入れ歯が無ければヨボヨボした年相応の老人である為、どうにもその姿がはっきりとはイメージできなかった。


「あの人の名前は、カーム・ベイカー。伝説の勇者レガリアと共に『魔神』と戦った、伝説の戦士の一人よ」


「カーム…?あのじじいが?ってことは…」


「そう。私のおじいちゃんでもあるわ」



ジュリアの祖父でもある、カーム・ベイカー。

且つて、魔神大戦で勇者レガリアと共に戦った伝説の戦士の一人であり、類まれなる頭脳と身体能力を持ち合わせた、魔神大戦当時から今に至るまで生きる伝説として語り継がれていた男だった。

その頭脳を用いて軍師の役割を果たすのみならず、前線に立って戦況を変える程の実力を持ったカームは、レガリアやその仲間達を支え、『魔神』討伐に大いに貢献した重要人物の一人であった。

カームが考案した戦術や武術は、今の時代に於いても有効的に活用されており、軍や組織のみならず、民間でも取り入れられる程に浸透しているなど、ある意味ではレガリアよりも彼の方が時代を築いた存在として認知されている。

また、孫であるジュリアも魔神大戦に参加しており、当時まだ若い年齢でありながらも天才的な実力を持っていたことから、彼女も祖父と同じく伝説の戦士の一人として数えられていた。

その為、必然的に二人はレガリアとは深い関わりがあり、故にヨエルにとっても深い縁があることを意味していた。


「…あのじじい、俺のことを覚えてなさそうだったけど」


「多分、成長したあなたを見るのが初めてだったからじゃない?私だって、最初はあなたを見違えたもの」


そう言ったジュリアは、まじまじとヨエルの足先から頭の先まで眺める。

記憶の中にある面影を残しつつも、破戒の剣を手にできる程に逞しく成長し、こうして目の前に座って再会を果たせたことが、彼女にとっては何よりも感慨深かった。


「よく、無事だったわね。長い間、つらかったでしょう?」


たった一言だった。

まるで今まで彼が歩んできた人生を見てきたかのように、慈愛で満たされた眼差しで放った、たった一言。

それは、ヨエルの心に確かに響くものであり、その一言は落ち着かなかった彼の心を宥め、静かにさせた。


「……まあ、ね」


自分が歩んできた人生の中で、自分が何を感じてきたのか、他人に分かるはずがない。

やや捻くれた性格のヨエルであれば、そのようなことを言い返しても何ら不思議ではなかったが、この時は違った。

今までそのようなことを言われたのは初めてだったし、何よりそれを自分という存在を知っている者に言われたのであれば、尚更である。

別に、相手が全てを知っていなくても良かった。

相手に、全てを話さなくても良かった。

その一言だけで、ヨエルの心は少しでも救われ、また報われた気がしたから。


「何も知らされず、何も分からないままだったあなたが、過酷な修行を終えて、今こうして目の前にいる…。それだけでも、私は嬉しいわ」


「…ジュリアは、全部知ってたのか?修行の意味を…、この剣を得ることの意味を…」


そう聞いたヨエルは、傍らに立て掛けた破戒の剣に視線を落とす。

この剣を得た先に待ち受けていたのは、魔人との闘いだった。

この剣を得なければ、きっとヨエルは戦うこともなく、そして今こうしてこの場所にはいないだろう。


「ただ、あなたがレガリアの息子だから…。あなたが伝説の勇者の息子だからとしか聞いてない。元々、多くを語る人じゃなかったからね、オーウェンは…」


オーウェン・オルティス。

ヨエルがなどと呼ぶ者であり、それは彼の過去に起因する。

というのも、ヨエルにとって全ての始まりの男であり、全てを与えた男であれば、同時に全てを奪った男とも言えるからだった。

そんなオーウェンとの記憶が、断片的であるがヨエルの脳裏に蘇る。


【強くなれ】


たった一言が、ヨエルの人生を変えたのだった。


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