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第零章 プロローグ

少年

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豊かな自然に囲まれ、多種多様な珍しい生物が見られる観光地として栄え、同時に豊富な資源から貿易で発展を遂げてきたコラーダという町の警察署。

その取調室では、一人の少年と一人の婦警がテーブルを挟んで座っていたが、そこに重々しい雰囲気は感じられず、寧ろ異様な光景が広がっていた。

テーブルには大量の食事が並べられており、少年はただひたすらにそれらを口に運び続けている。

食器が当たる音と少年が咀嚼する音だけがその部屋に響き渡っており、婦警はただ唖然としながらその光景を眺めているしかなかった。

どれだけの時間が経っただろうか、やがて少年は平らげた最後の皿を重ねると、満足そうな溜め息を吐きながら椅子にもたれ掛かった。


「あ~、食った食った。ごちそうさまでした」


満足そうに腹を撫でながら、少年は手を合わせて深々と頭を下げる。

そしてコップに水を注ぐと、顔を持ち上げてそれを勢いよく飲み干した。


「お、お粗末様でした…。それにしても、すごい食べっぷりね…」


目の前に積み立てられた空の食器を見ながら、婦警は辛うじて返事をする。

五人分程はあるだろうか、そして決して大きくはないこの少年にそれだけの量が入ったことに、ただ驚愕するしかできない婦警には、そう返すだけでも精一杯であった。


「もう一週間近く何も食ってなかったから、マジで生き返ったよ」


「い、一週間!?何でそんなに食べてなかったの!?」


「ネーブル荒野を横断してたからだよ。あそこには、今は生き物もいなけりゃ草一本だって生えちゃいないからな。ただ、丁度雨が連日降ってくれたおかげで、生き延びられるだけの水分確保には困らなかったけど」


少年が横断してきたというネーブル荒野とは、歴史の中で突如として出現した厄災…『魔神』の破壊活動によって作られた、広大な不毛地帯であった。

且つては、豊かな草花で彩られた美しい植物群落であったとも言われているが、『魔神』の影響は何世代にも及び、今では見る影もなく、二度と草花が生えることがない荒野となってしまった。

それによって、植物を食べる動物も当然姿を消すこととなった為、この少年もネーブル荒野を横断する間は食料の確保ができなかったことも頷ける。

しかし、問題は、このような年端もいかない少年が、何故そのような場所を横断する必要があったのかということであった。

大人ですら滅多に立ち入らず、車で移動することが基本であるのに、徒歩で横断するなど前代未聞である。


「どうして、あなたはそんな場所を横断しようとしたの?普通なら、車とかを使うはずじゃない」


「未成年の俺に、車の運転なんかできるわけないだろ?それに、必要だから通っただけのことだよ」


何を当たり前のことを聞くのか、とでも言いたそうに少年は答えるが、それは婦警にとって求めていた答えではなかった。


「ああ、もう!そんなこと分かってるわよ!だから、あなたはどこに行くつもりだったの!?」


上手く会話が噛み合わないことに苛立ちを隠せない婦警は、語気を強めて質問を変える。

そんなに強く言わなくても、と言わんばかりに少年は肩を竦め、面倒くさそうに溜め息を吐いた。


「フォーキールに行く予定だったの。この答えで満足?」


「フォーキールですって?コラーダから北にある場所じゃない。全然方角が違うけど」


「当然だろ!水浴びしようとしたら、疲れでぶっ倒れてそのまま川に流されたんだから!」


今度は、少年の方が苛立ちを露わにし、語気を強めて答える。

そもそも、少年が警察署の取調室にいるのは、気を失った彼が川で南の方角にあるコラーダまで流され、この婦警に保護されたことが切っ掛けであった。

身元不明であり、当然放っておくこともできない為、警察署まで連れ込んではみたものの、少年は目覚めるや否や、取り調べを始める前に食事を始め、今に至る。

のではあるが、いざ取り調べを始めてみれば、これではまるで漫才をしているようだと錯覚する程に、二人の会話は噛み合わなかった。


「あんた、本当に婦警なのか?状況分析能力が欠けてるように感じるけど」


発見した場所と地理を理解していれば、少しは話を繋げることもできたはずだと感じた少年は、手際の悪さを単刀直入に、直接的に指摘する。

それによって何かが切れた婦警は、バンッと荒々しくテーブルを叩いた。


「うるさいわね!!誰が未熟な新米警官ですって!?」


あまりの変貌ぶりに、言った張本人であるはずの少年がたじろぐ。


「ちょ、ちょっと、そこまで言ってないけど…?」


自分でも思い当たる節があったのだろうか、確かにそういうニュアンスで皮肉を込めて言いはしたが、そのようなことまでは言っていない。

引き攣った少年の顔を見た婦警は、ハッと我に戻って咳払いをした。


「…し、失礼。ちょっと取り乱してしまったようね」


平静を装ってはいるものの、婦警の顔は赤くなっている。

上司から同じようなことを指摘されたことがあったのだろうな、と感じた少年の眼差しは、彼女とは真逆で同情的だった。


「あんたも、色々大変なんだな…」


「…うっさいわね。あんたには関係ないでしょ。もうこれ以上、あんたと話をするのも疲れるから、早く取り調べをするわよ」


「そいつは同感だね。初めて意見が合ったな」


少年にとっては別に妨害しているつもりはないだろうが、このまま自分のペースが乱されては、業務に支障が出てしまう。

また、取り調べを終わらせなければ、延々と漫才のようなやり取りをしなければならなくなると察した婦警は、少年の皮肉を聞こえないふりをして、さっさと取り調べを開始することにした。


「担当は、私クロエ・デュヴァル警察官です。以後、お見知り置きを」


クロエと名乗った婦警を、少年はまじまじと眺める。

まだ若く、新米婦警という言葉が相応しい程に垢抜けていないその姿は、まだ未熟さを漂わせながらも正義感に包まれている。

黒髪のマニッシュショート、そして僅かにされた化粧は、逞しさを求めていながらも女性らしさを確かに感じさせていた。


「それで、あなたの名前は?」


「俺はヨエル。こちらこそ、お見知り置きをってね」


ヨエルと名乗った少年は、短くも毅然とした態度で答える。

燃える炎のように赤く染まったアップバングショートの髪型と、凛々しさを感じさせる顔立ち、そして髪色とは対照的に空のように青い瞳が特徴的なこの少年には、生意気だとも肝が据わっているというにも相応しくない、それだけでは片付けられない異様な雰囲気があった。

並大抵の人物、ましてや子供では不可能であるネーブル荒野を一人で渡ったということも、加えて灰色のマントに身を包むヨエルの傍らに立て掛けられた、ベルトが無数に巻かれた鞘に納まった剣の存在が、ヨエルという少年の異様さに余計に拍車をかける。


「その剣は?」


「護身用だよ。一人旅には付き物だろ?」


『魔神』の出現により、武器を携帯することは当然であり、このような少年が剣を所持していても何ら不思議なことではない。

しかし、不自然に巻かれた無数のベルトは、ファッションというにはあまりにも不自然であり、そしてヨエルの背丈では扱えるのかという程に長かった。

もう少し長身な大人であれば、それは様になるのであろうが、ヨエルには不釣り合いなものに感じられる。

そもそも、武器としての役割が果たしてあるのかすら思わせる無骨さと異様さが、その剣にはあった。


「中を確認してもいいかしら?」


「別にいいけど、きっと無理だと思うぜ?」


「どうして?」


答えを聞く前に、ヨエルの傍から剣を手に取ったクロエだったが、彼の答えは意味不明なものであった。

その言葉を聞いたクロエは、剣の柄に手を掛けたところでその手を止め、チラッとヨエルを見る。


「そいつはちょっと面倒な代物なんだよ。使い手を選ぶって言ってたかな」


「つまり、選ばれた者しか抜けないってやつ?まるで御伽噺ね」


鼻で笑ったクロエは、ヨエルの言葉を一蹴して剣を鞘から抜こうとする。

だが、剣はピクリとも動く気配を見せず、微塵も微動だにしない。

決して剣自体が重いわけでもなく、寧ろ女性であるクロエからしても軽さを感じる重量であった為、抜き取ることなど造作もないはずなのに、である。

諦めずにクロエは再度力を込めるが、結果は同じであった。


「嘘…。何で…?」


「言っただろ、面倒な代物だって。ちなみに、ベルトも取ろうとしたって絶対に取れないから」


鞘に巻き付けられた、黒いベルトは至って変哲もない普通のそれに見えるが、一切の余分を出さずに何重にも、そして何本も巻き付けられている。

実際に手に掛けて試してみようかとも思ったが、そのあまりの多さを目の当たりにして、その気も失せてしまった。


「何で、こんなものを持ってるの…?というより、これは何?」


「ちょっと訳アリな代物だよ。普通の剣じゃないってことだけは言えるかな。誰だって、最初は同じようなことを言うんだ。そして、そんなものあるわけがないって言う。でも、事実だっただろ?」


そう答えたヨエルは足を組み、無言のまま右手を差し伸べる。

何が何なのか全く理解できないクロエは、口を開けたまま手にしていた剣を差し出した。

それを受け取ったヨエルは、剣の鞘の先端を床に突き立て、呆気にとられるクロエを面白そうに眺めていた。


「し、質問を変えるわ。フォーキールには何をしに行くつもりだったの?」


別にヨエルが何かをしたわけではないし、何かされたわけでもないが、動転してしまっては結局振り出しに戻ってしまう。

そして、こんな子供に笑われてしまっては、警察官としてのメンツが立たないと思ったクロエは、取り調べを再開する。


「勇者養成機関…スクールに行くつもりだったんだよ」


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