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第一章 「始まりの日」

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カイト達がセドニアを襲来した野盗達を拘束し、その身柄を町の役所に引き渡し終えた頃には、既に夜も更けていた。

まだ町中は被害状況と残党の有無の確認や、手当てが済んでいない者達の救護に追われていたものの、ひとまず自らの仕事を終えて帰宅した頃には、フィオナとイスカが子供達を寝静まらせており、孤児院の中は静寂に支配されている。

そんな孤児院に足を踏み入れたのは、カイトとリンクス、そしてソラだけでなく、イライジャとヴィアの姿もあった。

特にヴィアは部外者でありながらも、野盗討伐に助力してくれたことと、また泊まる場所を見付けていないということ、そして何よりも話をする為に、リンクスがフィオナの許可を得て孤児院に招き入れたのだった。


「あー、腹減った…」


孤児院の食堂に入ってくるや否や、カイトは空腹を訴える。

食事も摂らずに特訓をしており、その直後に野盗討伐に向かったのだから、それも無理はない。

ようやく食事にありつけることに安堵したのか、誰よりも早く食堂の椅子に腰掛け、溜め息と共に天を仰いだ。


「お帰りなさい。そしてお疲れ様。何事もなかった?」


そんなカイトの前に、フィオナが労いながらテーブルの上に食事を並べていき、やがてカイトが好物の肉料理を中心に食卓は彩られていった。

カイト達が町に下りて後始末をしている最中に、子供達の世話と並行して、フィオナとイスカが作ってくれたのだろう。

その努力の賜物か、食欲をそそる程に香ばしい匂いが立ち込め、気だるそうなカイトの意識を覚醒させた。

フィオナの質問に返事をするのもそこそこに、カイトはすぐにフォークを手に取ると同時に食器を手繰り寄せ、豪快に口の中に料理を掻き込む。

作った方としては美味そうに食べられて悪い気はしないものの、イスカは呆れて溜め息を吐いた。


「もう少し味わって食べなさいよね。そんなんじゃ、味も分からないでしょ」


「仕方ねえだろ、何も食ってねえんだから」


そう言われながらも、カイトはステーキに齧り付きながら、食べる手を休めることなく食事を続けており、そんなカイトに苦笑しながら、リンクス達も遅れて椅子に腰掛ける。

リンクスに勧められてヴィアも最後に腰掛けると、彼女の前に水が入ったコップが置かれた。


「あなたも、何か食べる?お腹空いてない?」


ヴィアが顔を上げると、そこには優しく微笑むフィオナが立っていた。

リンクスの胸の中で、子供のように泣いていた姿とは違い、今のフィオナの姿は母親が子供に見せるそれと何ら変わりなかった。


「い、いえ…!突然お邪魔した上に、食事をいただくなんてことはできません!せっかくですけど、私は大丈…」


断ろうとしたのも束の間、ヴィアの腹部はその言葉とは裏腹に、空腹を訴える音を鳴らす。

食堂に聞こえるその音は、今まで動かしていたカイトの手を止め、そればかりか全員の視線を集めさせる。

それに恥ずかしさを隠せないヴィアは顔を赤らめ、身を小さくした。


「大丈夫じゃないってことで良いわよね。カイトと同じもので良いかしら?」


「……はい…ありがとうございます…」


「ちょっと待っててね」


顔を俯かせたまま、ヴィアは恥ずかしそうに答える。

実はフィオナも、ヴィアがカイトの食事を羨むような目で見ていることを見逃しておらず、遠慮しているのだろうと察していた。

気丈そうに振舞っていても、まだ年端もいかない少女の強がりに、その場にいる者達は思わず笑い出した。

もっとも、カイトは小さく笑っただけで、すぐに食事に意識を戻したが。

フィオナとイスカは厨房に向かって食器を出したり、また冷蔵庫を開けて食材を出したりと作業を始める中、リンクスとイライジャはコップを口にして水を飲みながらヴィアを眺めた。


「こうして見ていると、君は普通の少女と変わらないな」


「そうですね。…しかし、セレーネの面影は確かにある」


「何なに?二人はこの子と知り合いなの?」


碌に紹介されていないソラは身を乗り出し、リンクス達とヴィアを交互に見る。

一見すれば何の接点もないように思えるが、二人の口振りからは間違いなく知っているような様子だった。


「ある意味ではね。知り合いであるし、知り合いでないとも言える間柄とでも言いましょうか」


「えぇ?どういうこと?」


まるで答えになっていないとでも言いたそうに、ソラは眉間に皺を寄せて首を傾げる。

ソラが謎かけをされているかのような錯覚に陥る一方で、リンクスはイライジャの答えを否定しなかった。


「言い得て妙だな。俺達も彼女も、互いのことはある程度知っているが、深くは知らないということだよ」


「ソラにもありませんか?お互いの名前などは知っていても、実際はその本質までは分かっていないということが」


「んー…分かったような、分からないような…」


少しずつ分かり始めてきてはいるが、未だ完全に理解できていないソラは、乗り出していた身を戻し、椅子に深く座る。

ただ唯一分かったのは、少なくとも感動の再会というわけではなく、セレーネという人物がリンクスとイライジャの知り合いで、そしてセレーネの娘がヴィアということだった。


「まあ、ソラの言うことももっともだ。食事が運ばれるまでに、紹介をしておこう。君と共に、野盗と戦った子はカイト。そして、君と同じぐらいの女の子がイスカで、君の前に座る少年がソラだ」


紹介されたソラは笑顔でヴィアに手を振り、ヴィアも会釈してそれに応える。

本命はイスカであるが、可愛い少女には目がないようで、ソラの表情は極めて明るい。

そんな女好きだったか?とカイトは横目で見ながら、食事を一通り終えたカイトはコップを口にした。


「そして、孤児院の院長がフィオナだ。今日、君をここで泊めてくれるそうだ」


「本当に、何から何まで感謝します。ありがとうございます」


ヴィアは深く頭を下げて、礼を述べる。

野盗達との戦いで見せた表情とは違い、今は穏やかな笑みを浮かべていた。


「そして、私達は紹介するまでもないかも知れませんが…私はイライジャ・アルネル、そしてこちらはリンクス・フロイント。貴女が探し求めていたのは、恐らく私達でしょう」


「では、私も改めて自己紹介をさせていただきます。私はヴィア・ラクテアといいます。イライジャさんが言ったように、確かに私は二人を探してここに来ました」


「何故、私達を?」


イライジャは表情を変えずにそう聞くものの、その一言を口にした途端、場の空気は重くなる感覚に支配される。

喩えるなら殺気に近い感覚であり、そしてそれはイライジャだけでなくリンクスからも感じられた。

ソラは何も感じていないようだが、その感覚はカイトも肌で感じ取り、コップをテーブルに置いて真剣な表情で三人を見た。


「お二人の力を借りに来ました」


「俺達の力を、どうするつもりだ?何に使うつもりなんだ?」


「戦いを止める為にです」


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