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しおりを挟む「姉ちゃん」
今日も今日とて、晩御飯は何にしようかなぁなんて考えながら帰り道を歩いている途中で、後ろから声をかけられた。
「あれ、翔くん」
立ち止まり振り向くと、同じく帰宅途中らしい弟の姿があった。
弟はランドセルを軽く揺らしながら足早にかけ寄ってくる。
その目はなんだか呆れているように私を見ていた。
「何ぼーっとしながら歩いてんの」
「別にぼーっとなんてしてないよ。ちょっと晩御飯考えてただけ」
「それをぼーっとって言ってんの。また電柱にぶつかるよ」
肩を並べて一緒に歩き始めた弟は、そう言うとニヤっと意地悪く笑う。
ちょっと考え事をしたりして意識が明後日のところにいったりしている時に、弟はたまにこうしてからかってくるようになった。
電信柱に激突したのなんてあの時一度切りなのに。
ぶつかりません! なんてちょっと怒ってみせるが、弟は「姉ちゃんたまにドジなとこあるしなぁ」と一切堪えた様子も無くけらけらと笑っていた。
弟は、最近ちょっと生意気だ。
いや、今まで出せていなかっただけで本来こうした性格だったのかもしれない。
弟が弟らしく過ごせるようになってきているのだとしたら、それはとても良いことだ。
私は「もう!」と言いながらも、自然と笑みが浮かんでいた。
――美幸さんとのごたごたから数ヶ月たった。
一方通行が過ぎる最初の頃とは打って変わって。
最近は弟と気兼ねなく会話できるようにまでなっている。
あれから急速に仲良くなり……なんてことはなかったけれど。
私の声かけには必ず答えてくれるようになったり、弟から声をかけてくれるようになったりと、時間を経て順調に私達は打ち解けていった。
今ではちょっとした軽口を言い合えるぐらいにまで進歩している。
寒々しい空気が流れていた二人きりの食卓だって、他愛ない話題で笑い合える団欒とした空気に変わった。
その一つ一つを実感する度、ついつい頬がだらしなく緩んでしまう。
今だってそうだ。
当たり前のように弟が私のことを「姉ちゃん」と呼んでくれることが嬉しくて、締りのない口元が戻らなくなっている。
いつまでもにやにやしていると、また弟にからかわれるかもしれない。
いかんいかん、と軽く頬をマッサージしながら表情を戻し、そういえば晩御飯を考えている最中だったことを思い出した。
「翔くん。今日の晩御飯何食べたい?」
「んー? ……そうだなぁ」
どうせなら弟が食べたい物を作ろう。
そう思ってリクエストを聞くと、弟は少し考える素振りを見せて。
「卵焼き食べたい。甘いやつ!」
にっこりと笑顔を浮かべて元気にそう答えてくれた。
仏頂面。そんな言葉がお似合いな、かわいくない表情を初めましての頃から貫き通していた男の子。
挨拶はしない、目も合わせない、話しかければ全力スルー。たまに睨みつけてもくる。
そんな弟の様子に初めは頭を抱えていたけれど、それはもう笑い話にできちゃう昔のことで。
毎日の挨拶は欠かさなくなったし、目を合わせながら今日合った出来事を話してくれる。
笑顔を見せることが多くなった弟との生活を、私は毎日楽しく生きている。
きっと、これからまた色々なことが起きるのかもしれないけれど。
父と母と私と弟。家族みんなで乗り越えて、笑顔で過ごしていける。
そんな予感に包まれながら、弟と一緒に甘い卵焼きを頬張った。
これは、たまに生意気でかわいくない、でもとっても可愛い自慢の弟ができた私――相田明里の、とりとめもないお話なのである。
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