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しおりを挟む隣に座る弟をちらりと盗み見る。
視線はバラエティ番組が流れているテレビに向いてはいるけれど、どことなく難しい顔をしながら心ここにあらずとしていてしっかり見てはいなさそうだ。
そんな弟を横目に私は立ち上がり特に何も告げずにキッチンへと向かった。
すると弟もキッチンへやって来た。
お茶を一杯飲んで使ったコップを洗ってから元のソファへともどる。
間髪入れずに弟もソファへともどり腰を下ろした。
本日、三度目になるやり取りである。
なんだかカルガモの親の気分になってくるなぁ。
なんて、冗談半分に思うくらいには、弟はずっと私の後ろを追ってきていた。
最初こそこのカルガモの親子ごっこを不思議に思っていたが、次第に弟の意図が読めてきた。気がする。
会話は必要最低限で、おおかたぼんやりしているけれど、時折ちらちらと向けられる視線。
度々何か言いたげに開き、結局閉じられる口。
在宅中に行われるカルガモの親子ごっこ。
……私に、伝えたいことでもあるんだろうな。
途中でそう勘付いてからは、私も弟が話してくれるのを今か今かと待っていた。
待っていた、の、だが。
一緒に過ごす時間は多くなる一方で、待てど暮せど弟は中々話を切り出さなかった。
初めこそ言ってくれるのをのんびり待とうと思っていた私だけど、分からない歯痒さばかりが積もっていき、ちょっとばかり辛抱ならなくなってきた。
弟に、「何か言いたいことでもあるの?」なんて催促してもいいだろうか。
いや、やっぱり弟の意思を尊重してアクションを待つべきだろうか。
どうしたものかなぁと思いながらソファの背もたれにぼふっと倒れ込む。
勢いがよすぎたのか、打ち身した背中が少しだけピリっと痛んだ。
「っいて」
「……! 大丈夫?」
思わず小さく出てしまった声に、弟がすかさず反応する。
心配そうに私を見る目はなんだか潤んで見えた。
「大丈夫大丈夫。ちょっとだけ背中が痛んだだけだから」
安心させたくてそう答えたのだけど、逆効果だったらしい。
弟はぎゅっと眉間に皺を寄せ、泣き出しそうになってしまった。
慌てて、本当にちょっとだから! ほんの少し! 大丈夫大丈夫! と言い重ねたけれど、弟の表情はどんどんと暗くなる。
「……ごめん。ごめん、姉ちゃん」
「え?」
もう少し言葉を選べば良かった。と悔やんでいる私に、ぽつりと震える声で弟が謝った。
その視線は私の後頭部と背中に向けられて。
いっそう濃くなる眉間の皺、瞳には零れそうなほど涙が浮かんでいた。
「俺が……俺があの時、もっとうまいことを言えてたら、こんな怪我、することも無かったのに」
そう言って後悔を零す弟は、実際に怪我をしている私よりもずっとずっと辛そうに表情を歪めていて。
背中の痛みなんかよりもよっぽど胸が痛くなった。
ごめんなさい、ごめんなさいと、とうとう溢れた涙とともに弟はそう繰り返す。
「ごめんなさい。巻き込んで。ごめんなさい。謝るのも遅くなって。姉ちゃん、ごめんっ……」
弟が伝えたかったのは、謝罪だったのか。
そんなもの、いいのに。
いらないのに。
必要のない謝罪を止めたくて、思わず弟をぎゅっと抱きしめた。
「別に翔くんのせいだなんて思ってないよ。誰が悪いって言ったら、私に手を出した美幸さんなんだし。それにあの時、私とお母さんのこと、家族って認めてもらえてすんごく嬉しかったんだよ」
「それも! ……それも、ごめん。今まで、ずっと嫌な態度とってて。二人とも、ずっと優しかったのに。アイツとは全然違ったのに。ごめん、ごめんなさい……姉ちゃん」
「大丈夫、大丈夫だよ」
ひっくひっくとしゃくり上げる弟の背中を撫でながら、弟が落ち着くように、泣き止んでくれるように、穏やかな声を意識する。
ごめんなさいはもういらない。十分すぎるほど受け取った。
身体を離し、弟の両頬に手を添えてこつりとおでこ同士をくっつける。
間近に見える目が、泣いたせいで真っ赤っ赤だ。
「ね、翔くん。それじゃあ初めましての時からやり直ししようか?」
「やり、直し……?」
「そう、やり直し」
きょとんとする弟から手とおでこを離して、改めて向き直る。
突然の提案に戸惑いにより涙が引っ込んだ様子の弟に、私はにっこりと笑顔を作った。
「初めまして。お姉ちゃんになる明里です。これからよろしくね、翔くん」
初顔合わせのあの時。
私の挨拶に、弟はそっぽを向いていた。
でも今は。
「……初めまして。弟になる翔です。これから仲良くしてください。よろしくおねがいします……姉ちゃん」
「うん! 仲良くしようね!」
ぎこちないけれど笑顔でそう返してくれた弟を、私はまた目一杯抱きしめた。
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