かわいくない弟ができた話

ななふみてん

文字の大きさ
上 下
14 / 15

14

しおりを挟む



 隣に座る弟をちらりと盗み見る。
 視線はバラエティ番組が流れているテレビに向いてはいるけれど、どことなく難しい顔をしながら心ここにあらずとしていてしっかり見てはいなさそうだ。
 そんな弟を横目に私は立ち上がり特に何も告げずにキッチンへと向かった。
 すると弟もキッチンへやって来た。
 お茶を一杯飲んで使ったコップを洗ってから元のソファへともどる。
 間髪入れずに弟もソファへともどり腰を下ろした。
 本日、三度目になるやり取りである。

 なんだかカルガモの親の気分になってくるなぁ。

 なんて、冗談半分に思うくらいには、弟はずっと私の後ろを追ってきていた。
 最初こそこのカルガモの親子ごっこを不思議に思っていたが、次第に弟の意図が読めてきた。気がする。

 会話は必要最低限で、おおかたぼんやりしているけれど、時折ちらちらと向けられる視線。
 度々何か言いたげに開き、結局閉じられる口。
 在宅中に行われるカルガモの親子ごっこ。

 ……私に、伝えたいことでもあるんだろうな。

 途中でそう勘付いてからは、私も弟が話してくれるのを今か今かと待っていた。
 待っていた、の、だが。
 一緒に過ごす時間は多くなる一方で、待てど暮せど弟は中々話を切り出さなかった。

 初めこそ言ってくれるのをのんびり待とうと思っていた私だけど、分からない歯痒さばかりが積もっていき、ちょっとばかり辛抱ならなくなってきた。
 弟に、「何か言いたいことでもあるの?」なんて催促してもいいだろうか。
 いや、やっぱり弟の意思を尊重してアクションを待つべきだろうか。
 どうしたものかなぁと思いながらソファの背もたれにぼふっと倒れ込む。
 勢いがよすぎたのか、打ち身した背中が少しだけピリっと痛んだ。

「っいて」
「……! 大丈夫?」

 思わず小さく出てしまった声に、弟がすかさず反応する。
 心配そうに私を見る目はなんだか潤んで見えた。

「大丈夫大丈夫。ちょっとだけ背中が痛んだだけだから」

 安心させたくてそう答えたのだけど、逆効果だったらしい。
 弟はぎゅっと眉間に皺を寄せ、泣き出しそうになってしまった。
 慌てて、本当にちょっとだから! ほんの少し! 大丈夫大丈夫! と言い重ねたけれど、弟の表情はどんどんと暗くなる。

「……ごめん。ごめん、姉ちゃん」
「え?」

 もう少し言葉を選べば良かった。と悔やんでいる私に、ぽつりと震える声で弟が謝った。
 その視線は私の後頭部と背中に向けられて。
 いっそう濃くなる眉間の皺、瞳には零れそうなほど涙が浮かんでいた。

「俺が……俺があの時、もっとうまいことを言えてたら、こんな怪我、することも無かったのに」

 そう言って後悔を零す弟は、実際に怪我をしている私よりもずっとずっと辛そうに表情を歪めていて。
 背中の痛みなんかよりもよっぽど胸が痛くなった。
 ごめんなさい、ごめんなさいと、とうとう溢れた涙とともに弟はそう繰り返す。

「ごめんなさい。巻き込んで。ごめんなさい。謝るのも遅くなって。姉ちゃん、ごめんっ……」

 弟が伝えたかったのは、謝罪だったのか。
 そんなもの、いいのに。
 いらないのに。
 必要のない謝罪を止めたくて、思わず弟をぎゅっと抱きしめた。

「別に翔くんのせいだなんて思ってないよ。誰が悪いって言ったら、私に手を出した美幸さんなんだし。それにあの時、私とお母さんのこと、家族って認めてもらえてすんごく嬉しかったんだよ」
「それも! ……それも、ごめん。今まで、ずっと嫌な態度とってて。二人とも、ずっと優しかったのに。アイツとは全然違ったのに。ごめん、ごめんなさい……姉ちゃん」
「大丈夫、大丈夫だよ」

 ひっくひっくとしゃくり上げる弟の背中を撫でながら、弟が落ち着くように、泣き止んでくれるように、穏やかな声を意識する。
 ごめんなさいはもういらない。十分すぎるほど受け取った。
 身体を離し、弟の両頬に手を添えてこつりとおでこ同士をくっつける。
 間近に見える目が、泣いたせいで真っ赤っ赤だ。

「ね、翔くん。それじゃあ初めましての時からやり直ししようか?」
「やり、直し……?」
「そう、やり直し」

 きょとんとする弟から手とおでこを離して、改めて向き直る。
 突然の提案に戸惑いにより涙が引っ込んだ様子の弟に、私はにっこりと笑顔を作った。

「初めまして。お姉ちゃんになる明里です。これからよろしくね、翔くん」

 初顔合わせのあの時。
 私の挨拶に、弟はそっぽを向いていた。
 でも今は。

「……初めまして。弟になる翔です。これから仲良くしてください。よろしくおねがいします……姉ちゃん」
「うん! 仲良くしようね!」

 ぎこちないけれど笑顔でそう返してくれた弟を、私はまた目一杯抱きしめた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きだ、好きだと僕は泣いた

百門一新
ライト文芸
いつも絵ばかり描いている中学二年生の彼方は、唯一の美術部だ。夏休みに入って「にしししし」と笑う元気で行動力のある一人の女子生徒が美術室にやってくるようになった。ただ一人の写真部である彼女は、写真集を作るのだと言い―― ※「小説家になろう」「カクヨム」等にも掲載しています。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

地獄三番街

有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。 父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。 突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

永遠にさようなら

高下
ライト文芸
死んだ義兄と生きてる義弟が同棲を始める話

処理中です...