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しおりを挟むあれは、本当に弟の声なのか。
そう疑問を覚えるほどに微笑みと似つかわない冷気を含んだ声だった。
しかしよくよく弟を観察してみれば、細められた瞳には蔑みの色が浮かんでいる。
弟は、最初から美幸さんにたいして侮蔑の笑みを浮かべていた。
美幸さんはそんな弟の様子に気付き戸惑ったのか。
伸ばされた腕は力なく下ろされ、その場で立ち止まった。
「翔、ちゃん……?」
冷ややかな視線に耐えかねたようで美幸さんはうかがうように名前を呼ぶ。
だが、弟は一瞬だけ煩わしそうに顔をしかめ、冷ややかさはそのままに無表情になった。
「悪いけど、あんたが俺たちを捨てたように、今度は俺と父さんがあんたを捨てる番だよ」
「……え?」
「俺たちには、もう家族がいる。母さんと、姉ちゃんが。俺たちに……俺に、あんたは必要ない!」
弟はそう言い切ると美幸さんをきつく睨む。軽蔑と嫌悪を色濃く乗せて。
それは到底、実子が母親に向けるものではなかった。
弟の中では美幸さんはもう敵なのだということがはっきりと表明されていて。
自分を受け入れてくれるものと思い込んでいた息子からの拒絶に愕然としているのか、美幸さんは何の反応もしなかった。
それを眺めるしかなかった私もまた、弟の言葉で立ちすくんでいた。
しかし、それは喜びからで。
弟が私たちを選んでくれた。私たちを家族と言ってくれた。
私を、姉だと認めてくれた。
こんな時でもなければ、弟に抱きついてしまっていただろう。
それほどの嬉しさがじんわりと胸いっぱいに広がる。
だけれど今はそれを噛み締めている場合ではない。
弟の意思を聞いた今、私ができることは一つ。
美幸さんに、父を、弟を、諦めてもらうよう促すことだけだ。
「美幸さん、翔くんの気持ちを聞いたでしょう。ここにはもう、あなたの居場所はないんです。……ここでは幸せに、なれないんです」
美幸さんが望んでいた未来は手に入ることはないのだと、改めてつきつける。
「だからもう、お帰りください」
決着はついた。
もうこの応酬はお終いだ。
だというのに、美幸さんは俯いてから身動ぎ一つしない。
現実を受け入れたくないのだろうか。
今、美幸さんが何を思っているのかは向けられた背中からは何も読み取れない。
「美幸さん」
私の声が聞こえていないのかもしれない。
そう思い美幸さんに近付き声をかけると、美幸さんは緩慢な動作でこちらを振り返った。
「………………れば」
何か呟き、美幸さんがゆっくりと顔を上げる。
その目は、酷く血走っていた。
「邪魔者さえいなければ! あんたさえぇ!」
およそ冷静とは言えない目をした美幸さんが金切り声をあげる。
その直後。
身体に強い衝撃を受けた。
不意の出来事に重心を保つことができず勢いよく後ろに倒れこむ。
うまく受け身も取れないままだった私は、地面に背中と後頭部を強く打ち付けた。
美幸さんに、突き飛ばされたのだ。
そう理解できたのは一瞬で、私の意識はすぐにぷつりと途切れてしまったのだった。
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