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しおりを挟む「ふざける? どういうことかしら?」
私の言葉に、美幸さんからすっぽりと表情が抜け落ち、再びあのがらんどうな目が私を捉えた。
けれど、今度は怖いと思わない。
それよりも強い感情が私の中に渦巻く。
湧き立つような苛立ち。
これは怒りだ。
「そのまんまの意味です! どれだけ馬鹿げたことを言っているのか分かってるんですか!? 父さんも弟もあなたの幸せのために存在する道具なんかじゃないんです! 」
義父を、義弟を、蔑ろにしておきながら己が幸せになるために利用しようと考えている、そんな考えに義父と義弟が容易に頷くと思っている、美幸さんへの、確かな怒りだ。
未だかつて感じたことのないほどの憤りに、頭がくらくらとしてきた。
「あなたには関係ないでしょう!?」
「あります! 私は父さんの娘で、弟のお姉ちゃんですから! 父と弟には母と私という家族がもういるんです!」
義父も義弟も――父も弟も私の大切な家族だ。
これ以上私の大事な家族を侮辱するのは許せない。許さない。
「あなたの居場所はここにはありません! お帰りください!」
精一杯睨みつけてそう叫ぶと、美幸さんはわなわなと震え出し、我が家にふらふらと近づいていった。
これ以上近寄らせたくない。
その一心で背中側から腰に抱き着いて歩みを阻む。
そんな私を歯牙にもかけず美幸さんは尚も進もうとした。
「……うそよ! いやよ! ねぇ翔ちゃん! 秀治さん! 私よ! 美幸よ! あなたたちの元に帰ってきたわ! また三人で楽しく暮らしましょう? 私、ウソつきなんかに騙されないの! 分かってるの! あなたたちが私を待ってくれてたって!」
「帰ってください!」
「いや! 秀治さん! 翔ちゃん!」
なりふりかまわず美幸さんは叫ぶ。悲痛に。哀れに。
まるで愛しい人と分かたれた悲劇のヒロインのようだ。
自分が全ての元凶であるとは微塵も思っていないのだろう。
絶対に近づかせない。近づかせちゃいけない。
「帰って!!」
私も負けじと大声で叫び腕に力を入れる。
その時だった。
ガチャリ、と玄関の扉が開く音。
扉のその先には弟の姿があった。
恥も外聞もない応酬がきっと聞こえていたんだろう。
数日ぶりに見たその姿は、なんだか疲れているように見えた。
「翔ちゃん!」
美幸さんの喜色が滲んだ声が響く。
見えなくとも、満面の笑みを浮かべているのが分かるような声。
その声に反応するように、弟が笑みを作った。
初めて見るような、穏やかな笑みを。
怒りで熱くなった頭から、ざっ、と血の気が引いた。
もしかして。
もしかして、弟は、美幸さんと一緒に暮らしたいのだろうか。
一度は自分を捨てた母親でも、やはり一緒にいたいのだろうか。
ああ、と腕から力が抜ける。
弟の気持ちを考えてなかったのは私も同じだった。
きっともう、美幸さんと会いたくないのだろうとそう考えて。
ここ数日閉じこもって、弟なりに色々と考えていたのだろうに。
「翔ちゃん! 翔ちゃん! 私たち、今度こそ幸せに」
するりと簡単に私の腕から抜け出した美幸さんが弟にかけよる。
それを止めていいのかさえ分からなくなった私は、その場に立ち尽くすしかなかった。
美幸さんの伸ばした腕が弟に届く。
その寸前。
「……悪いけど」
穏やかな笑みのまま、弟はぞっとするほど冷たい声を漏らした。
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