10 / 15
10
しおりを挟む「……あなた、そういえばこの間、翔ちゃんと一緒に歩いていたわよね?」
ふと、正気に戻ったように美幸さんの視線がしっかりと私に向いた。
ようやくまともに対峙したその瞳は仄暗い光を灯していて、背筋に悪寒が走った。
義弟とともに歩いた日。そんなの、一度しかない。
ようやく距離が縮まってきたのだと、安心し喜んだあの日。
あの時のことを見られていた。そんな前から美幸さんは近くに。
尚更、頬に浮かぶ冷たい汗が伝い落ちる。
「翔ちゃん、とても良い子でしょう? とても私に優しいの。秀治さんがいなくて私が寂しい時にはいつも側にいてくれて、慰めてくれるの。ママが一番好きだよって言ってくれるの。僕はずっとママといるよって言ってくれるの。ちょっと前にね、久しぶりに翔ちゃんに会った時も、今の人とは別れたからまた一緒に暮らしましょうねって言ったら声も出ないほど喜んでくれたのよ。でも、久々にママに会って恥ずかしかったのか逃げ出しちゃって。そんな照れ屋なところも可愛いでしょう?」
ああ、やっぱりか、と思った。
やっぱり、義弟は美幸さんと会っていた。
自分を傷付け捨てて消えた母親がいきなり現れ、何事も無かったかのように接触し、あまつさえまた再び共に生活するのだとうそぶく。
義弟は衝撃と混乱により心が疲弊してしまったのだろう。
結果、母親だけでなく、まわりの全てを拒絶して。
義弟はそうすることでしか今の自分を守ることができなくなってしまったのだと思う。
「翔ちゃんは、自慢の息子なの。可愛い可愛い私の大事な息子なの」
歌うように義弟を褒めそやす美幸さんの優しげな様子は息子を思い慈しむ母親そのもので。
だから。だからこそ。違和感が拭えなかった。
可愛い息子を手放すことを選んだ人間が、自慢の息子を傷付けて苦しめている人間が、何故そのような顔ができるのか、と。
母親の顔をした何かは、表情を物憂げに切り替えた。
「だけど、翔ちゃんあれから小学校で見かけなくなってしまってね。探していたの。まだここに住んでるだなんて思わなくて、他のところばっか探していて時間がかかってしまったけれど。ようやく見つけた。私、私ね、嬉しいの」
憂いから一転、美幸さんの顔はぱっと花が咲くように破顔し、その頬は上気した。
それはそれは本当に、嬉しそうに。
「秀治さんも翔ちゃんもここで、この家で待っていてくれた。二人もまだ私と一緒に暮らしたかったのねって、とっても、嬉しいの!」
まるで夢見る少女のように。
とびきりの笑顔を浮かべる美幸さんに、得体の知れない者への恐ろしさを感じた。
おかしい。この人は、おかしい。
あまりにも自分の都合の良いように解釈しすぎている。
また義父と義弟と一緒に暮らせることを信じ切っているその姿はいっそ狂気だ。
何も分かっていないくせに。
義父の気持も。義弟の気持も。
二人を踏みにじったくせに。
どうしてまた二人と一緒にいられると思ったのか。
「私、今度こそ、今度こそ幸せになるのよ」
美幸さんの言う幸せは、美幸さんだけの幸せだ。
彼女は、義父のことも義弟のこともこれっぽっちも考えていない。
「っふざけないで!!」
あまりの身勝手さに、感じていた恐怖すら忘れ私はそう叫んでいた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きだ、好きだと僕は泣いた
百門一新
ライト文芸
いつも絵ばかり描いている中学二年生の彼方は、唯一の美術部だ。夏休みに入って「にしししし」と笑う元気で行動力のある一人の女子生徒が美術室にやってくるようになった。ただ一人の写真部である彼女は、写真集を作るのだと言い――
※「小説家になろう」「カクヨム」等にも掲載しています。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
地獄三番街
有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。
父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。
突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる