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しおりを挟む『私と秀治さんと翔ちゃんのお家』
さも当然とばかりに言い放たれた言葉に眉をひそめる。
確かに離婚する前、義弟のお母さんがこの家を出て行ってしまうまでは一緒に暮らしていたのだろう。
だけど、それは過去の話。
今は違う、ここは私の、私たちの家だ。
この人は何を言っているのだろうか。
訂正するべく口を開きかけたところで「まあ、いいわ」と義弟のお母さんは私に近付いてきた。
「それよりも、私、私ね、秀治さんとお話がしたいの。あなた、秀治さんが今どこにいるか知ってるかしら? あ、私、秀治さんの妻の美幸です。電話しても繋がらないし、会社に行っても追い出されちゃって……。私、秀治さんと大事なお話があるの。話さなくちゃいけないのよ。また仲良く家族三人で暮らすためにも」
この人は、何を言っているのだろうか。
義弟のお母さん――美幸さんの矢継ぎ早に繰り出される言葉に絶句するしかなかった。
離婚をしたのに、未だに義父の妻を自称する。
家を出たのに、また三人で暮らすなどと言う。
それがどれほどおかしいのか、本人が一番分かることだろうに。
にこにこと機嫌が良さそうな美幸さんはそれを理解していないように見える。
確かに私を見て話しかけているはずなのに、その視線はどこか遠くを映しているようで。
なんだかがらんどうに見える瞳が恐ろしく、ぶるりと身体が震えた。
「私、私ね。間違っていたのよ。うっかり口車に乗ってあんな人を選んだばっかりに、不幸になって。私にはあなたたちしかいなかったのに」
すらすらと出てくる言葉はまるで自分に言い聞かせているみたいだ。
その姿に、いいようのない恐怖のようなものと嫌悪感が湧き上がる。
「秀治さんと翔ちゃんが私には必要なの。二人にも私が必要でしょう? 愛情が無くなったなんて嘘なの。他の人が大事なんて嘘なの。イラナイなんて嘘なの。騙されたのよ。全部全部あのペテン師に洗脳されて吐いてしまった嘘なの。二人に言ったことは全部嘘なのよ。私、騙されてたの。だからあのペテン師とも別れたのよ。二人ともまだ私を愛しているでしょう? 私も愛してる。間違いなく愛しているの。私ようやく分かったの。三人一緒じゃなければ幸せになれない。そう、幸せになれないのよ!」
義父と美幸さんが離婚した理由は聞かされていない。
母と義父が私に教えないことを選んだのだから、気になってはいたけれど私はそれを受け入れた。
それでも、なんとなく感づいてもいた。
よっぽどのことが無ければ日本は比較的母親が親権を取りやすい。
だというのに、義弟の親権は義父にある。
……よっぽどのこと、があったのだ。
だから義弟は義父とともにいる。
薄っすらと察していたことが美幸さんの今の口振りで確信に変わった。
美幸さんは……浮気をして、義父と義弟を捨てたのだ。
そんな人が。
浮気をして他の誰かを選んだ上、酷い言葉で義父と義弟の心に傷を残したであろう人が。
なんで、なんで、今更。
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