上 下
9 / 15

しおりを挟む
 


『私と秀治さんと翔ちゃんのお家』
 さも当然とばかりに言い放たれた言葉に眉をひそめる。
 確かに離婚する前、義弟のお母さんがこの家を出て行ってしまうまでは一緒に暮らしていたのだろう。
 だけど、それは過去の話。
 今は違う、ここは私の、私たちの家だ。

 この人は何を言っているのだろうか。

 訂正するべく口を開きかけたところで「まあ、いいわ」と義弟のお母さんは私に近付いてきた。

「それよりも、私、私ね、秀治さんとお話がしたいの。あなた、秀治さんが今どこにいるか知ってるかしら? あ、私、秀治さんの妻の美幸みゆきです。電話しても繋がらないし、会社に行っても追い出されちゃって……。私、秀治さんと大事なお話があるの。話さなくちゃいけないのよ。また仲良く家族三人で暮らすためにも」

 この人は、何を言っているのだろうか。

 義弟のお母さん――美幸さんの矢継ぎ早に繰り出される言葉に絶句するしかなかった。
 離婚をしたのに、未だに義父の妻を自称する。
 家を出たのに、また三人で暮らすなどと言う。
 それがどれほどおかしいのか、本人が一番分かることだろうに。
 にこにこと機嫌が良さそうな美幸さんはそれを理解していないように見える。
 確かに私を見て話しかけているはずなのに、その視線はどこか遠くを映しているようで。
 なんだかがらんどうに見える瞳が恐ろしく、ぶるりと身体が震えた。

「私、私ね。間違っていたのよ。うっかり口車に乗ってあんな人を選んだばっかりに、不幸になって。私にはあなたたちしかいなかったのに」

 すらすらと出てくる言葉はまるで自分に言い聞かせているみたいだ。
 その姿に、いいようのない恐怖のようなものと嫌悪感が湧き上がる。

「秀治さんと翔ちゃんが私には必要なの。二人にも私が必要でしょう? 愛情が無くなったなんて嘘なの。他の人が大事なんて嘘なの。イラナイなんて嘘なの。騙されたのよ。全部全部あのペテン師に洗脳されて吐いてしまった嘘なの。二人に言ったことは全部嘘なのよ。私、騙されてたの。だからあのペテン師とも別れたのよ。二人ともまだ私を愛しているでしょう? 私も愛してる。間違いなく愛しているの。私ようやく分かったの。三人一緒じゃなければ幸せになれない。そう、幸せになれないのよ!」

 義父と美幸さんが離婚した理由は聞かされていない。
 母と義父が私に教えないことを選んだのだから、気になってはいたけれど私はそれを受け入れた。
 それでも、なんとなく感づいてもいた。
 よっぽどのことが無ければ日本は比較的母親が親権を取りやすい。
 だというのに、義弟の親権は義父にある。
 ……よっぽどのこと、があったのだ。
 だから義弟は義父とともにいる。
 薄っすらと察していたことが美幸さんの今の口振りで確信に変わった。

 美幸さんは……浮気をして、義父と義弟を捨てたのだ。

 そんな人が。
 浮気をして他の誰かを選んだ上、酷い言葉で義父と義弟の心に傷を残したであろう人が。
 なんで、なんで、今更。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、死んだ方がましだと思っていた私へ。信じられないでしょうけど、今幸せよ。

遥彼方
恋愛
伯爵令嬢のゼゾッラは父の死後、継母たちに冷遇され、使用人以下の扱いを受けていた。 ある日、今までになく身なりを整えさせられ、使いにだされたのだが。森の中で盗賊に襲われてしまう。 死を覚悟したゼゾッラを助けたのは、ひげ面の魔法使いと、陽気で不思議な白鳩とナツメの木だった。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

完結 この手からこぼれ落ちるもの   

ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。 長かった。。 君は、この家の第一夫人として 最高の女性だよ 全て君に任せるよ 僕は、ベリンダの事で忙しいからね? 全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ 僕が君に触れる事は無いけれど この家の跡継ぎは、心配要らないよ? 君の父上の姪であるベリンダが 産んでくれるから 心配しないでね そう、優しく微笑んだオリバー様 今まで優しかったのは?

高欄に佇む、千載を距てた愛染で

本宮 秋
ライト文芸
長年にわたり人の想いを見続けた老橋 山の中の木々が生い茂る中にある、小さな橋。 何故か、そこに惹かれ… その夜から夢を見る。 小さな橋に人々の想いが、残っていて。 夢の中で、人々の想いが明かされていく。

チェイス★ザ★フェイス!

松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。 ※この作品は完全なフィクションです。 ※他サイトにも掲載しております。 ※第1部、完結いたしました。

処理中です...