かわいくない弟ができた話

ななふみてん

文字の大きさ
上 下
7 / 15

しおりを挟む
 


 義弟が引きこもるようになってから今日で四日目。
 相変わらず義弟は部屋から出てこない。
 たいして状況が変わらず時間ばかりがすぎていく。
 今の所これ以上悪くはならないけれど、良くもならない進展のない日々にため息を禁じ得なかった。
 暗い顔をした私を心配した葉子には「まあ、なるようになるさ」なんて言われている。
 確かに今はなるようにしかならないとは思う。
 けれども何もできずに焦燥感ばかり生まれるこのもどかしさから早く抜け出したかった。

 どうしよう。どうしたらいいのかな。どうしようもない。

 そんな風に今日も、授業に集中できないままもんもんとしながら過ごして。

「あ、の! お姉さん!」

 少しだけうわずった少女特有の高い声が後ろから聞こえたのは、せめて食事だけでも義弟に楽しんでもらえるようにと献立を考えながら歩いている最中だった。
 ぱっとまわりを見ても帰路に私以外の人影はない。
 おそらく私を呼び止めたものだろうと後ろを振り返ると、
 少しばかり離れた場所にランドセルを背負った女の子がいた。

「えと、すみません、いきなり声、かけて……」
「繭ちゃん?」

 私にかけより礼儀正しくお辞儀をする、今どき珍しいお下げ髪の大人しそうな女の子。
 その姿には見覚えがあった。
 義弟が学校を休むようになってから、いつも連絡帳やプリントを家に届けてくれているご近所さんのまゆちゃんだ。

「どうしたの?」
「えっと、あの……あ、今日の分、先に渡しますね」
「いつもありがとう」
「いえ……」

 なんだか歯切れの悪い繭ちゃんの様子から、届け物だけのために声をかけてきたわけではないことがなんとなく伝わってきた。
 普段から届け物を渡してしまったら、お辞儀をしてすぐに去ってしまう繭ちゃん。
 多分、人と話すことが苦手らしいそんな繭ちゃんが私に伝えたいことってなんだろう。
 差し出されたプリントと連絡帳を受け取りながら、なるべく話しやすい空気を作るように穏やかに笑んで繭ちゃんの次の言葉を待つ。
 私の無言の促しに、しばらくしてひと呼吸した繭ちゃんは少し緊張したような面持ちで口を開いた。

「あの、翔くんの、ことなんですけど……」
「うん」
「翔くん、休むようになっちゃったの、もしかしたらっていう、心当たりがあって……」
「え……?」

 選ぶようにたどたどしく告げられた言葉。
 その内容に、私は目を丸くした。

 …………心当たり、とは。

「昨日、なんですけど。学校の近くで、見たんです」

 ごくりと、喉を鳴らしたのはどちらか。
 いつの間にか固く握っていた手が、妙に汗ばんでいた。
 人の目を見ることも不得手らしい繭ちゃんの、いつもは微妙に合わない視線がしっかりと私を見据えている。

「翔くんの、お母さん」

 そう口にした繭ちゃんの瞳は、今にも泣き出しそうに潤んでいた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

命の灯火 〜赤と青〜

文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。 6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。 だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。 再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

永遠にさようなら

高下
ライト文芸
死んだ義兄と生きてる義弟が同棲を始める話

初愛シュークリーム

吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。 第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます

処理中です...