かわいくない弟ができた話

ななふみてん

文字の大きさ
上 下
5 / 15

しおりを挟む
 


 あの卵焼きの一件から、義弟の態度は少しだけ好転した。
 義弟の中で何かふっきれたのか、母や私にも挨拶やちょっとした返事ぐらいはしてくれるようになったのだ。
 日常的に会話できるほど、とまではまだいかないけれど、完全無視の以前のことを思えばすごい進歩である。

 それと、ちょっとだけリビングで過ごしてくれるようにもなった。
 下手に話しかけたり近付きすぎたりすると部屋に戻ってしまうので、それとなく一緒の空間で過ごす毎日だ。
 バラエティー番組を見ている時などにたまに聞こえる義弟の押し殺したような笑い声が、いつかはっきり聞こえたら。
 なんて願望を持ちつつ、私も日々、ただでさえ締まりの悪かった口元が更に緩むようになってきている。

 義弟のそんな様子に、義父もひとまず安堵したようだ。
 ちょっと歪な距離がありつつも、家族揃ってリビングで過ごせていることにほっと胸をおろしている様子が見て取れた。

 これからもこうして少しづつ。
 義弟との仲を深めていければいいなと思っている。
 ……とりあえずの目標としては、同じソファに座っても逃げられないこと、かな。





 そうした日々を過ごした中。
 ある日、学校からの帰宅途中のことだ。
 スーパーで冷蔵庫の中身を買い足し、いつもの道を献立を考えながら歩いていた。
 今日のメニューはもう決まっている。卵多めの親子丼だ。
 最近、義弟の好みをしっかり把握してきたので半熟とろとろ卵に仕上げる予定である。

 喜んでくれるだろうなぁ、なんてるんるんで思考を巡らせていて、注意散漫になっていたのが悪かったのか。

 がつん! といきなり頭に衝撃が来た。

 思わず頭を抱えてうずくまる。
 いてて、なんて思いながら前を見ると、そこにあったのは電信柱。
 ……どうやら、前方不注意すぎてぶちあたってしまったようだ。
 高校生にもなって電信柱に激突、とか。
 情けないやら何やらで一人惨めさに黄昏れていると、後ろからばたばたと足音が近付いてきた。

「……だ、大丈夫?」
「翔くん……?」

 控えめな声に振り向くと、どこか心配そうに私の頭を見ている義弟がいた。
 まだランドセルを背負っているあたり、どうやら義弟も帰宅途中のようだ。

「あはは、すごい音したと思うけど、大丈夫だよ。私、頭堅いから」
「でも」
「ちょっとびっくりしただけ! 心配かけてごめんね」

 そう答える私に、義弟は訝しげだ。
 でも本当に、強がりでもなんでもなく、大丈夫だったりするのである。
 昔から私はめちゃくちゃ石頭だった。
 今も不測の衝撃に驚いただけで、痛みはほんのちょっとだけだったりする。
 大丈夫だよ! と念押しすると、義弟は少し不服そうだけれど納得してくれた。

「さ、帰ろ」

 立ち上がりそう声をかけて歩き出せば、義弟は素直に付いてきてくれた。
 何も言わずとも隣に並んでくれたことにほんのりと感動し、それを噛み締めながら歩いていると。
 さっと目の前に手を差し出された。 

「それ」

 なんぞ? と首をかしげて義弟を見る。
 そんな私を感じ取ったのか、義弟もこちらをちらっと見てからすぐにまた正面を向いた。

「……持つ」

 そう言って、差し出された手は私が肩に下げていたエコバッグを一瞬だけつんっと軽く引っ張りすぐに離れた。
 ……これは、もしかしなくても荷物を持ってくれるということだろうか。

「いいの?」

 聞いてみたが、返事はない。
 ただ、早く、とでも催促するように未だ目の前にある手がひらひら揺れている。

「……えっと、それじゃ、お言葉に甘えて」
「ん」

 おずおずと差し出したバッグはあっさりとさらわれ、義弟の手に収まった。
 そして、義弟はエコバッグ片手にそのままずんずんと先に歩いていってしまった。

 ……義弟の方から歩み寄ってくれた。
 その事実に呆気に取られて思わず足が止まる。 

 はっと我に返ったときには、随分先にその小さな背中があった。
 急いで追いかけて、隣に並ぶ。

「翔くん、ありがと!」

 荷物を持ってくれたこともそうだし、無視しても良かったのに、頭を打った私を心配してわざわざ駆け寄ってくれたことにも。
 たくさんの感謝を込めた言葉に返事はやっぱりなかったけれど、小さな耳がほんのりと赤く染まっているのが見えた。





 少しづつ、少しづつだけど。
 義弟との距離が縮まっている。
 それを確かに感じ取ることができて、私は安心していた。
 きっとこれからもこうした毎日を繰り返して、本当の家族になっていけるのだと。

 私たちを見つめる視線に気づかないまま、のんきに笑っていたのだ。




 数日後のことだ。
 義弟が、再び部屋に閉じこもるようになってしまった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

命の灯火 〜赤と青〜

文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。 6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。 だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。 再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

永遠にさようなら

高下
ライト文芸
死んだ義兄と生きてる義弟が同棲を始める話

初愛シュークリーム

吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。 第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます

処理中です...