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しおりを挟むあの卵焼きの一件から、義弟の態度は少しだけ好転した。
義弟の中で何かふっきれたのか、母や私にも挨拶やちょっとした返事ぐらいはしてくれるようになったのだ。
日常的に会話できるほど、とまではまだいかないけれど、完全無視の以前のことを思えばすごい進歩である。
それと、ちょっとだけリビングで過ごしてくれるようにもなった。
下手に話しかけたり近付きすぎたりすると部屋に戻ってしまうので、それとなく一緒の空間で過ごす毎日だ。
バラエティー番組を見ている時などにたまに聞こえる義弟の押し殺したような笑い声が、いつかはっきり聞こえたら。
なんて願望を持ちつつ、私も日々、ただでさえ締まりの悪かった口元が更に緩むようになってきている。
義弟のそんな様子に、義父もひとまず安堵したようだ。
ちょっと歪な距離がありつつも、家族揃ってリビングで過ごせていることにほっと胸をおろしている様子が見て取れた。
これからもこうして少しづつ。
義弟との仲を深めていければいいなと思っている。
……とりあえずの目標としては、同じソファに座っても逃げられないこと、かな。
そうした日々を過ごした中。
ある日、学校からの帰宅途中のことだ。
スーパーで冷蔵庫の中身を買い足し、いつもの道を献立を考えながら歩いていた。
今日のメニューはもう決まっている。卵多めの親子丼だ。
最近、義弟の好みをしっかり把握してきたので半熟とろとろ卵に仕上げる予定である。
喜んでくれるだろうなぁ、なんてるんるんで思考を巡らせていて、注意散漫になっていたのが悪かったのか。
がつん! といきなり頭に衝撃が来た。
思わず頭を抱えてうずくまる。
いてて、なんて思いながら前を見ると、そこにあったのは電信柱。
……どうやら、前方不注意すぎてぶちあたってしまったようだ。
高校生にもなって電信柱に激突、とか。
情けないやら何やらで一人惨めさに黄昏れていると、後ろからばたばたと足音が近付いてきた。
「……だ、大丈夫?」
「翔くん……?」
控えめな声に振り向くと、どこか心配そうに私の頭を見ている義弟がいた。
まだランドセルを背負っているあたり、どうやら義弟も帰宅途中のようだ。
「あはは、すごい音したと思うけど、大丈夫だよ。私、頭堅いから」
「でも」
「ちょっとびっくりしただけ! 心配かけてごめんね」
そう答える私に、義弟は訝しげだ。
でも本当に、強がりでもなんでもなく、大丈夫だったりするのである。
昔から私はめちゃくちゃ石頭だった。
今も不測の衝撃に驚いただけで、痛みはほんのちょっとだけだったりする。
大丈夫だよ! と念押しすると、義弟は少し不服そうだけれど納得してくれた。
「さ、帰ろ」
立ち上がりそう声をかけて歩き出せば、義弟は素直に付いてきてくれた。
何も言わずとも隣に並んでくれたことにほんのりと感動し、それを噛み締めながら歩いていると。
さっと目の前に手を差し出された。
「それ」
なんぞ? と首をかしげて義弟を見る。
そんな私を感じ取ったのか、義弟もこちらをちらっと見てからすぐにまた正面を向いた。
「……持つ」
そう言って、差し出された手は私が肩に下げていたエコバッグを一瞬だけつんっと軽く引っ張りすぐに離れた。
……これは、もしかしなくても荷物を持ってくれるということだろうか。
「いいの?」
聞いてみたが、返事はない。
ただ、早く、とでも催促するように未だ目の前にある手がひらひら揺れている。
「……えっと、それじゃ、お言葉に甘えて」
「ん」
おずおずと差し出したバッグはあっさりとさらわれ、義弟の手に収まった。
そして、義弟はエコバッグ片手にそのままずんずんと先に歩いていってしまった。
……義弟の方から歩み寄ってくれた。
その事実に呆気に取られて思わず足が止まる。
はっと我に返ったときには、随分先にその小さな背中があった。
急いで追いかけて、隣に並ぶ。
「翔くん、ありがと!」
荷物を持ってくれたこともそうだし、無視しても良かったのに、頭を打った私を心配してわざわざ駆け寄ってくれたことにも。
たくさんの感謝を込めた言葉に返事はやっぱりなかったけれど、小さな耳がほんのりと赤く染まっているのが見えた。
少しづつ、少しづつだけど。
義弟との距離が縮まっている。
それを確かに感じ取ることができて、私は安心していた。
きっとこれからもこうした毎日を繰り返して、本当の家族になっていけるのだと。
私たちを見つめる視線に気づかないまま、のんきに笑っていたのだ。
数日後のことだ。
義弟が、再び部屋に閉じこもるようになってしまった。
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