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しおりを挟む一人で台所に立っても良し、と母から許可がでた日から忙しい母に代わって料理は私が担当していた。
休日などはたまに母が作ってくれたり、一緒に作ったりもしているが、再婚したからといって母の仕事量が減った訳ではないので家族が増えた今でもその習慣は続いている。
これ幸いと私は葉子の助言(?)を実行することにした。
まずは義弟の好物のリサーチからだ。
これは帰宅した義父にたずねてすぐに判明した。
どうやら、義弟は卵料理が好きらしい。
そういえばこの間、夕食時にやけに機嫌が良さそうだった。
そのとき作ったご飯はオムライス。
学校でいいことでもあったのかな? 程度にしか思っていなかったけれど、もしかしたら好きなものが出て喜んでいたのかもしれない。
……そういうとこはやっぱりかわいいんだよなぁ、本当。
卵なら主菜にも副菜にも取り入れやすくてありがたい。
早速私は次の日の朝から必ず一品は卵料理を作ることに決めた。
そうして、卵料理で餌付け作戦(命名、葉子)開始から一週間。
今日の朝食はご飯に味噌汁、焼き鯖。
それとお砂糖が入った甘めの卵焼きだ。
個人的にはしょっぱい系の方が好みだけれど、甘い系の卵焼きもたまに食べたくなるもので。今日は甘めの気分だった。
ちょっぴり焦げてしまったのは、まあ、ご愛嬌ということで。
「いただきまーす」
「……」
今日も今日とて無言の義弟は、手を合わせてから食べ始めた。
作戦の効果は、なんとなく出ている気がする。
ご飯のときに限るが、いつも寄せてる眉間の皺が取れていたり、義弟の雰囲気がほんの少し柔らかくなったように感じるのだ。ほんとうに、少しだけど。
好物パワー様々だなぁと思いながら卵焼きを頬張る義弟を見る。
口元がほんのり弧を描いているので、どうやら口に合ったようだ。なによりである。
義弟は好きなものは最初に食べるタイプなようで、卵焼きは早々に無くなった。
最後の一口は味わうようにゆっくりと咀嚼している。
名残惜しげに空のお皿へと視線を向ける義弟に、おや? と内心で首を傾げながらお味噌汁を啜った。
普段なら、すぐにご飯とか他のおかずを食べ始めるのに。
「翔くん、卵焼き足りなかった?」
なんとなくピンときてたずねた言葉に義弟がぎくっと肩を揺らした。そしてもはや慣れ親しんだ、睨みを軽く一つ。
どうやらビンゴのようだ。
言い当てられたのが恥ずかしかったのからその頬は少し赤くなっていた。
分かりやすい反応に笑みが漏れる。
「まだ卵焼き残ってるけど、食べる?」
本当は、お弁当用に分けて置いたやつなんだけど。
食べ足りないと感じるぐらい気に入ってもらえたようなのが嬉しくて、思わずそう声をかけてしまっていた。
てっきりいつも通り無視されると思いきや。
「…………………………食べる」
返事が、あった。
たった一言。一言だけど。
一瞬呆気にとられた私は、すぐにはっと意識を取り戻してそれから急いで台所に向かった。
義弟が喋った。
あれほど母と私がどんなに話かけても頑なに無言を貫き通していたと言うのに。
久しぶりに聞いた義弟の声に、なんだか妙に胸がどきどきと鳴った。
おまたせ、と卵焼きを義弟に差し出した私はきっとこれ以上なく笑顔だったことだろう。
驚きと嬉しさでいっぱいになりながら、これから卵焼きは甘めのやつを作ろう、と固く心に誓った私なのだった。
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