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本編

さん

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 そして今現在。
 憑き物が取れたように攻略をさっぱりと止めた私は、さてそれじゃあ二度目の青春でも謳歌しようじゃないかと思いたったところでようやくある事実に気付いたのだ。

 あれ、私、友達いない。
     
 当たり前と言えば当たり前だった。
 入学してからこの方、毎日毎日攻略キャラのもとへ東奔西走。
 人脈を作るのに何よりも最適且つ重要な時期に部活にも入らず、クラスメイトと親睦を深めるわけでもなく、私の日々は彼らに捧げられていたのだ。
 そんな中どうやって友達を作れというのか。転生前から持ち合わせている人見知りパワー(※但し攻略対象は除く)をあわせて発揮しまくっていた私にはとてもじゃないが無理難題なことだった。

 クラスの中では既にいくつかのグループに分かれて出来上がりそろそろ落ち着いた様子をみせているようで。
 そのどれか一つに「私も仲間に入れて(はぁと)」などと今更感たっぷりに厚顔無恥を張り付けて話しかけることが出来たならどれほどよかっただろうか。

 しかし出来なかったからこそのこの現状である。

 ぼっち飯はおろか、学校にいる間はほぼぼっち確定なこの現状である。
 はい、二人組作って~という台詞を吐き捨てる教師の背中に思わずドロップキックを決め込みたくなる衝動にかられてしまうこの現状である。

 ……転生前ですら友達は少なかったとはいえ、二人組の言葉にびくつかずにいられたのに。今はどうだろう。私を蝕む呪いのようにも聞こえる。
 私はぼっちなのだと、改めてそう突きつける。

「……ご馳走さまでした」

 今までのことをうだうだと思い出しながら食べていたお弁当は全て腹におさまった。
 昼休みはまだ長い。が、いくつもの仲良しグループが談笑している教室へはまだ戻ろうとは思わない。戻りたく、ない。
 特に行くあてもないので、何時ものようにこの場所で時間を潰すことにした。
 ……何もやることがなくてぼーっとくだらない考えごとをするだけなのだが。

 そして今日も行う無意味な考えは、今日とて内容が変わることがない。

 いったい何がいけなかったというのか。
 やはり私が主人公だというのが駄目だったのか。
 攻略相手が揃もい揃って攻略できない、したくない相手だなんていったいどんな乙女ゲームなんだろうか。あ、こんなか。

 俯き吐き出す息は苦笑に代わる。
 自分でも驚くほどに、自嘲を含んだものだった。

 実を言えば彼ら以外にもまだ攻略対象がいたりする。しかし今までが今までだったためもはや相手取る気がゼロどころか目下マイナスに爆進中だ。
 攻略しようなどと思ったら絶対に録でもない情報を得ることになってしまうだろう。
 藪をつついて蛇を出しまくったのだ。もういい。蛇出てくるな。

 私が知ることなくいられたならば攻略キャラは前世でやったゲームの中の彼らのままでいられたはずだ。私が知っている彼らなままで。
 知らぬが仏。まったくである。そして出来ればその言葉を高校入学前の私に振りかぶって投げつけたい。

「ま、今更かぁ……」

 己を嘲う色みをのぞかせた呟きは、タイミング良く吹き抜けた心地よい風にさらわれて。
 誰に知られることもなく消えていく。



 ――はずだった。



 「何が今更だ?」
 「っ!?」

 私以外いないと思っていた。それなのに問いかけられたのは、即ち、私だけじゃなかったということで。
 思いもよらぬ他人の声にびくりと揺れてしまった肩をきつく抱き締めて、おそるおそると俯けていた顔を持ち上げた。そうして見えたのは。

「す、がや、せんせ」

 いつの間にいたのか。視線の先には我らが担任教師、須賀谷先生がいらっしゃった。

「なんでこんなところにいるんですか須賀谷先生」
「逆にお前はどうしてこんなところにいるんだよ」
「どうしてって……須賀谷先生には、関係ない、です」

 驚きのまま思い付いた先から飛び出た質問を質問で返された。
 教室でぼっち飯が嫌だから校舎裏でぼっち飯してましたなんてあまりにも悲しすぎる理由を話すのも更に悲しくなるだけな気がして言えない。
 そんな気持ちから返した返答に先生は形のいい眉をしかめると、盛大に息を吐き出した。

「先生は止めろって。あと、その口調も」
「先生は先生じゃないですか。だから先生だし、この口調です」
「確かにそうだが。今はいいだろ?俺たち以外誰もいないし」

 な?とやたらフランクに生徒と教師という間柄を感じさせない馴れ馴れしさで、他の女子生徒なら思わず頬を染めてしまうのではないかと思わせる素敵な笑顔を浮かべる色男。
 もとい、女子生徒の支持率No.1なイケメン教師須賀谷すがや太一たいち先生。

 おおよそ一生徒に対する言動としては私に向けるそれはやけに親しすぎると思われよう。ともすれば親密にもとれる空気が漂ってきそうなくらいだ。
 まあ、そうなるのも納得な関係性にあるからなのだが。といっても禁断の教師と生徒での……などという色めいたものでもなんでもなく。
 私の父親の姉の息子。それが今目の前にいるイケメン教師須賀谷先生なのである。
 つまり。

 彼、須賀谷太一は私のイトコなのだ。

 親族であるがゆえの馴れ馴れしさ。それも、実の妹のように可愛がっている相手ときた。
 そりゃあ、こうなってしまうのも致し方ないかもしれない。

 しかしいくら親族と言えど、この学校ではそれを公表していないのであまり仲良さげにされても困ってしまうのだ。
 主に彼のファンである女生徒たちの反感を買ってしまう的な意味で。
 そのことを言外に言い含めて説得したことから学校内では教師と生徒としての適切な距離を保ってくれているのだが、時たまこうして親密な態度が表れてしまっていた。
 そりゃあ、嬉しくないと言えば嘘にはなるが、いかんせん女子の嫉妬というやつが怖いので止めてもらいたいところなのだが。

「……誰かに見つかっても知らないからねイチ兄」

 口ではそんなことを言いつつも結局こうしてそれを許してしまう私の甘さもまた、先生……イチ兄の態度が改まることのない原因の一つなのだろう。
 一応、分かってはいるつもりなのだ。なのだけど。
 イチ兄が私を可愛がってくれているように私もまた彼を実の兄のように慕っているのだ。
 ついつい絆されてしまうのも仕方ない。私もまだまだである。

「わかってるよ、ヒヨリ」

 なんて、そう言いながらも喜色満面を顔に浮かべて。
 極自然に私の隣へ腰をおろすと人の頭をよくできましたと言わんばかりに撫でてくるイトコ様。頭が痛くなる。
 本当に分かっているのだろうかこいつは。

「あんまり学校では触らないでってば」
「あ、悪かった。ついな」

 ぺしっと軽くその手をはたいてやれば、かえってきたのはそんな言葉。
 だが、反省が滲まない声色は事実悪いと思っていないだろうというのがうかがえる。まったく、ため息を禁じ得ない。

「ついって。ただでさえこんな場所で二人でいるの見られたら面倒なことになりそうなのに、その上頭撫でられてたなんて知られたら私の明日がなくなるって」
「そんな大袈裟に言うことなのか」
「言うことなんだよ。自分がどれだけ女子に大人気なのか自覚持ってよね本当に」
「いやそれは、まあ。……うん」

 歯切れの悪い言葉をみるに、どうやら自覚ぐらいはあるようだった。
 それなら、可愛い妹分がめんどくさいやっかみに巻き込まれないよう善処すべきなのだと思うのだが。

 このイケメン、ホストもかくやというほどの見てくれをしているくせに本業の方々とは違いそんな風に気をまわすことがやったら不得手なのだ。

 彼女ができても変わらず私を猫可愛がったり、やたらと甘やかしたりと。おかげさまで歴代の彼女たちにはえらい剣幕で睨まれたものだ。いや、彼女だけでもないのだが。
 イチ兄絡みの惚れたはれたに関して多大な迷惑を被ってきた私としてはいいかげん、最低限こちらにやっかみだのなんだので噛みつかれないように気を配ってもらいたいのが本音で。

 そう含みを込めてじとりとした視線を向ければ当人はぐっと息をつまらす。
 これで少しでも分かってくれればいい。でもまあ、こんなことでなおるというのなら私も今まで苦労しなかっただろう。

「そんなことより、だ!」
「うっわ、あからさまな話題替え」
「うるさい。それよりもさっきのなんだが」
「さっきの?」

 さっきのとはなんぞや。

「いったい何のことだ?今更だとかなんだとか」
「……」

 今度は私がぐっと息をつまらせる番だった。
 思わずにぎりこんでしまった手はじわりと汗をかいてくる。
 てっきりその言葉はスルーされたものだと思っていたのだが。
 まさか掘り返してこようとは。できれば全力で忘れ去っていて欲しかった。よし、今からでも遅くないから振りかぶって投げ捨てろください。
 そんな私の思いを知る由もないこのイケメンは相も変わらず。
 可愛いイトコにたいして気遣いというものをいっさい持っちゃくれないのだ。

「もしかして、なんだが。お前が昔よく口にしてた逆ハーってやつに関係があるのか?」

 こんな風に的確に触れてほしくない話題を出してくるくらいには。

 ……過去の私はどうにかしていたのだと思う。
 転生を自覚した時、うわありがちー、うわなんで主人公ヒロインー、とそう冷めている上努めて冷静だった。
 とは実は言えないことをやらかしてしまっていたのだ。

 何を隠そう、イチ兄に乙女ゲーがなにやら攻略対象がどうやら主人公ヒロインがこうやら逆ハーがそうやらとべらんべらんに喋ってしまっていたのだった!

 きっと私のテンションは低いままにどこかうかれていたに違いない。でなければ、荒唐無稽なこんなことをイチ兄に話すはずがない。

 今思い起こせば明らかにドン引きされていた。電波発言を繰り返す可哀想な子を見るようなその目にどうして私は気づかなかったのか。

 イチ兄はその時大人しく相づちをうちながら聞いてくれていたので、さも私を信じてくれたような錯覚におちいっていたのかもしれない。現実は電波少女に話を合わせる優しい優しいお兄さんだったわけだが。

 できれば永久に記憶の底に沈めておきたかった黒歴史をざっと思い出し頭をかかえた。かかえつつ、ぐうぅと唸る。

「……関係してたら、何?それ聞いてどうすんの」
「いや、あの」
「ただの興味本意ならスルーしてくれると嬉しいんだけど。それこそ、イチ兄に関係ないし、ね」

 痛いところをつかれてしまったせいか思わず突き放すような言葉が口からすべり。
 イチ兄は聞くなり心痛めた様子で、しかし誤魔化すように乾いた笑いを浮かべていた。それが痛々しさを更に助長していて胸がつまる。

 深く考えるより先走りやすい私の口が今ほど恨めしく思ったことはない。あんな風に言ってしまえば彼が悲しむことなど明らかだろうに。

 どちらも何も喋らないまま、重たい沈黙が続く。早く昼休み終われ、と願うもののまだまだ予鈴も鳴らない。
 シンと静まり返る状況か苦手と言うわけではないが、普段気のおけない仲であるイチ兄とのこの静かな時間はとても居心地が悪かった。

 それはイチ兄も同じなのか。
 そう言えば、とようやくしじまを破る一言。

「お前、どうして俺がここにいるのかって聞いてきたよな?」
「え?あ、うん」

 頭をかかえる体制を止め、そんな質問したんだっけかとイチ兄に向き直る。
 そう問われて改めて思う。
 どうしてイチ兄はこんな校舎裏などにいたのかと。
 おかげでぼっち飯後ぼっち昼休みなうな私を発見されてしまったのだ。

「何か用があったの?」
「ああ」

 まあ用がなければこんな人気も何もないところに来るはずもないだろう。
 もしや誰かに呼び出されたりしたのだろうか。
 イチ兄は大層おモテになるからおそらく告白なんかで。だったら実に納得である。
 人気のない校舎裏なんてばっちりのシチュエーションだ。
 自分の予想に合点がいって、なるほどと頷いていると何やら白んだ視線を感じた。

「……多分お前が思ってることじゃないぞ」
「あ、バレてた?」
「どれだけの付き合いだと思ってる」
「少なくとも私が生まれた時から、だね。んじゃ、告白のお呼び出しじゃないなら何しにきたの?」

 それはだな、とそんな前置きとともに優しく綻ばせた笑顔が向けられる。
 慣れているとはいえ少しだけ面映ゆい気持ちになりつつも続く言葉を待った。
 そして。

「お前を探しにきたんだよ」
「えっ……」

 まさかの答えに目を瞠る。
 昼休みにわざわざ私を探しにきた?
 それはまた何故。まったく理由が見当たらない。
 私に用があるならば何も学校で果たさなくてもいいだろう。家だって近かったりするのだ。
 帰宅してから、でもいいはず。
 それとも緊急に伝えなければいけないことでもできたのだろうか。
 皆目見当がつかず首を傾げれば、ふっと笑う気配がする。

「お前さ、俺に隠してること、あるだろ」

 優しい、けれど真面目な面持ちでイチ兄はそう断言した。
 疑問ではないのは、何か確信があるからだろうか。

「……クラスの奴から聞いたんだ。最近ここで一人で昼休みをすごしてるらしいな。前から、それこそ入学した時から昼は一人で過ごしていたみたいだとも言っていたが。……ただ、その時は何か理由あって行動してたようなのがここ暫くはめっきり気力が落ちてしまったように見えると、そうこぼしていた。……なあ、もしかしなくてもなんだが、あの独り言とか昔もらしてたあの話とかと何か関係してるんじゃないか?」

 つまりなんだ。
 イチ兄はもしかしなくてもその親切にも私の近況を報告したクラスメイトの言葉を聞き、そして心配性をいかんなく発揮し昼休みに私を探しにこんなところに来る結果になってしまったのか。
 しかもだ。いまだにこたえを諦めちゃいなかったらしい質問は、まったくもって核心をついているのだから耳に痛い。
 また再び沈黙を守らざるをえなくなってしまった私は、じっと見つめてくる双眸に耐えかねて視線を横へ。
 探られたら痛い腹がありまくる私に正面から見据えることなど不可能なことだった。
 その様子がそのまま質問のこたえになることは誰から見ても明白であるのだが。

「……やっぱり、か」

 ひとりごちて、イチ兄はそのまま続けていく。

「なぁ、ヒヨリ。お前は小さい時から何でも俺に話してくれただろ。それなのに、高校生になってからはそれが少なくなって……。いや、お前も年頃なんだからいつまでも俺に何でもかんでも洗いざらい話してくれると思っちゃいないよ。それでも、やっぱりこう寂しいものがあってだな。……正直、心配なんだよ。担任としても、イトコの兄ちゃんとしても、今のお前の状況はさ」

 心配かけてるなんて分かっている。
 イチ兄は優しいし、私は大事な妹分なのだから、こんな状態である私を心配しないはずがない。
 だから何も言わなかったのに。
 心配なんてして欲しくなかった。
 私の自業自得に付き合わせたくなかった。

「全部教えろとは言わない。ただ、昔みたいに色々と話してくれると嬉しいんだ。楽しいことがあったならそれでいい。一緒に笑ってやるから。悲しいことがあったならそれでもいい。少しでも忘れらるよう慰めてやるから。何か悩んでるって言うならそれでもいい。俺ができる範囲で何でも手伝ってやるから」

 優しい言葉は甘い毒のように。じくじくと胸を侵食する。
 その心地よい痛みが苦しい。
 いっそ甘えたくなりそうになり口を開き、そして、閉じる。
 視界が歪んでいるのは、何故だろうか。

「ヒヨリ」

 のばされた腕にぎゅっと抱き締められる。私をつつむ大きな体。
 それは昔から変わらない。
 懐かしさになんだか更に甘えたくなって悲しい。
 迷惑をかけたくないからとずっと黙っていたことだけれど。
 ……本当は聞いて欲しいのだ。
 昔みたいに。
 私が前世を思い出すまで繰り返していた日常みたいに。
 私が話すことを笑顔で聞いてくれるイチ兄が大好きだった。

「そんな風に泣くくらいなら、俺に話してくれ」

 私は弱い。とてつもなく。
 私の知らない彼らを知っただけで心を折るぐらいに。
 自らの決意をためらいなく捨てるぐらいに。
 自業自得の現実に何をするでもなく嘆くぐらいに。
 そんな弱い私はだから。

 結局のところこの優しいイケメンな教師で担任であるイトコ様に泣き付いて、全部全部まるっと吐き出してしまったのだった。

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