上 下
2 / 2

二話

しおりを挟む
「何を言っているんだ、アイリーン。婚約破棄のショックで頭が混乱しているのかな?それとも僕をからかっているのか?どうしようもない女だな……ドロシー見てごらん、これが哀れな女の末路だよ」

ロバート様が哀れみの表情をこちらに向けて、ドロシーをギュッと抱き寄せる。ドロシーは私を見ながらクスクスと笑っている。

「ロバート様、本当のことを言ってはアイリーンが可哀想ですよぉ。いくら彼女の頭がおかしいからってー」

そろそろ頃合いのようですね。私にしてはよく我慢できたわ。私は二人を無視して、リチャード様に視線を送る。

「後で対価をいただきますよ」

リチャード様はそう言って手を上にかざす。パーティー会場は一瞬だけ光に包まれた。周囲は特に変化しているようには見えない。しかしリチャード様がこちらを見て頷いたので、おそらく記憶改ざんは成功したのだろう。私は静かにロバート様に話しかける。

「ロバート様こそ何を言っているのですか?ですのに、このような冗談は笑えませんわ」

「お前、何を言って……」
「貴女、どうかしているわ……」

ロバート様とドロシーの二人が同時に話すのを、オーウェン伯爵が止めに入った。

「お前達、王族の前で何という恥ずかしい事をしているのだ。フォスターの令嬢まで巻き込んで……二人が結婚の事で浮ついてるのは分かるが、いい加減にしなさい。アイリーン殿、うちの愚息が大変失礼な事を……申し訳ない」

さっきまでコソコソと様子を窺っていたオーウェン伯爵が慌てて対処しに来たという事は、ちゃんと記憶改ざんできているようね。突然叱責を受けた二人は唖然としている。その表情を見ていると笑ってしまいそうになるから止めていただきたいわ。必死に耐えていると、お父様とリチャード様がこちらに向かってきた。

「オーウェン伯爵、先程のご子息の言葉は我が家に対する侮辱と捉えますぞ」
「まったくです。僕の婚約者を侮辱しないでいただきたい。今後、我がスペンサー家は、オーウェン家関連の商店には商品を卸さないのでそのつもりで」

お父様とリチャード様が仰々しく言うと、オーウェン伯爵はガックリとうなだれた。この辺りでスペンサー家ににらまれたら商売など出来ないからだ。オーウェン家の財政は今以上に厳しくなりそうね。



「リ、リチャード様がアイリーンの婚約者だと?どういう事だ!アイリーン、僕を騙していたのか?!」

顔を真っ赤にして怒鳴るロバート様は、まるで茹でダコのようね。真っ青な顔色のドロシーと並んでいるとカラフルで素敵だわ。この様子では、二人ともまだ状況を掴み切れてないみたい。私は親切なので残念な二人に近づき、そっと囁いた。

「ここにいる皆さんは私とロバート様の婚約の事、忘れてしまったようですよ。つまり、頭がおかしいのはあなた方という事になりますね」

丁寧に教えてあげたというのに、二人は何やら騒ぎ始めた。状況が見えていない可哀想な方々だこと。周囲を見渡せば、自分たちに軽蔑の眼差しが注がれていることに気づくでしょうに。もう貴方達は、「結婚に浮かれて、近くにいた人に意味不明な暴言を吐いた人たち」としか見られていないのよ。

「あの二人は怪しい薬でも飲んだのでしょうか」
「意味不明な事ばかり喚いているな」
「早く病院に隔離したほうが良い」
「あまり近づくな。暴れると危ないからな」

周囲から口々に投げられる言葉がようやく聞こえたようで、二人は俯いたまま固まってしまった。怒りに震えたオーウェン伯爵に連れられて出ていくまで、まるで石像のようだった。





――――――


「久しぶりに面白い見世物が見れて楽しかったよ。ところで契約の対価のことだけど、寿命をもらえるんだよね?」

パーティーが終わった後、リチャード様は砕けた口調で楽しそうに笑っていた。そんなに喜んでいただけて嬉しいわ。

「えぇ差し上げますわ。……ロバート様とドロシーから好きなだけ貰ってくださいませ」

「うん?君のじゃないの?」

「私の、とは一言も申しておりませんよ。それに私が対価を提案したのですから、誰の寿命を捧げるか決定する権利も私にあるはずです」

こういう時に大切なのは押し切る事だ。論理的かどうかではない、勢いだ。さも当然かのように言ってのけると、リチャード様は納得したように頷いた。

「なるほどね、そこは僕の確認不足だった訳だ。仕方ないからあの二人から貰ってくるとしよう」

あら、上手くいったようね。良かったわ、あの二人のせいで寿命が縮まるなんて御免ですもの。

それにしても魔物を召喚して契約するのってこんなに疲れるのね……もうやりたくないわ。ふぅーっとため息をつくと、リチャード様が何かを閃いたようにこちらに笑顔を向けてきた。

「ねえ、僕と本当に婚約しない?結婚して僕と専属契約したら良いよ。そうすれば僕は今回みたいに召喚される事もないし、君は僕を便利に使えるだろ」

そうね、悪くない提案に聞こえるわ。リチャード様が私の専属の魔物になってくだされば、もう疲れる思いもしなくて済みそうね。

でもうまい話すぎて、何か裏があるのかもしれない……。どう返事しようか悩んでいると、それまでずっと見守っていたお父様が声をかけてくれた。

「その契約は悪くなさそうだ。またお前の婚約相手を探さなければと思っていたんだが、リチャード様なら申し分ない」

確かにリチャード様はこちらの家の事情も知っているし、何よりロバート様に比べてとてもスマートな方のようですし。緊張はするけれど、話していて面白いし……よく見たら素敵だわ。

「是非、お願いしますわ」

そう言うとリチャード様はさらにニッコリと笑った。





ちなみに、あの二人は数日間精神病院に強制収容された後、お互い悪態をつき合って破断したようですわよ。あれだけ皆の前で醜態を晒したのだから、評判もガタ落ちでしょうね。

まあ知った事ではありませんが。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

真義あさひ
2021.07.30 真義あさひ

わあ、面白い!
機会があれば、もうちょっと長いお話でアイリーンとリチャードの物語を見てみたいです!

香木あかり
2021.07.30 香木あかり

ありがとうございます。
アイリーンとリチャードは相性良さそうですよね。
いつか続編が書けたら良いのですが、まずは長いお話の練習しますね……!

解除

あなたにおすすめの小説

知らない男に婚約破棄を言い渡された私~マジで誰だよ!?~

京月
恋愛
 それは突然だった。ルーゼス学園の卒業式でいきなり目の前に現れた一人の学生。隣には派手な格好をした女性を侍らしている。「マリー・アーカルテ、君とは婚約破棄だ」→「マジで誰!?」

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?

京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。 顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。 貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。 「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」 毒を盛られ、体中に走る激痛。 痛みが引いた後起きてみると…。 「あれ?私綺麗になってない?」 ※前編、中編、後編の3話完結  作成済み。

知りませんでした?私再婚して公爵夫人になりました。

京月
恋愛
学生時代、家の事情で士爵に嫁がされたコリン。 他国への訪問で伯爵を射止めた幼馴染のミーザが帰ってきた。 「コリン、士爵も大変よね。領地なんてもらえないし、貴族も名前だけ」 「あらミーザ、知りませんでした?私再婚して公爵夫人になったのよ」 「え?」

捨てられた騎士団長と相思相愛です

京月
恋愛
3年前、当時帝国騎士団で最強の呼び声が上がっていた「帝国の美剣」ことマクトリーラ伯爵家令息サラド・マクトリーラ様に私ルルロ侯爵令嬢ミルネ・ルルロは恋をした。しかし、サラド様には婚約者がおり、私の恋は叶うことは無いと知る。ある日、とある戦場でサラド様は全身を火傷する大怪我を負ってしまった。命に別状はないもののその火傷が残る顔を見て誰もが彼を割け、婚約者は彼を化け物と呼んで人里離れた山で療養と言う名の隔離、そのまま婚約を破棄した。そのチャンスを私は逃さなかった。「サラド様!私と婚約しましょう!!火傷?心配いりません!私回復魔法の博士号を取得してますから!!」

婚約を破棄して妹と結婚?実は私もう結婚してるんです。

京月
恋愛
グレーテルは平凡だ。しかし妹は本当に同じ血が流れているのかと疑いが出るほど美人で有名だった。ある日婚約者から一言「俺はお前との婚約を破棄してお前の妹と結婚する」→「ごめんなさい、実は私もう結婚しているんです」

婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

私の妹と結婚するから婚約破棄する? 私、弟しかいませんけど…

京月
恋愛
 私の婚約者は婚約記念日に突然告白した。 「俺、君の妹のルーと結婚したい。だから婚約破棄してくれ」 「…わかった、婚約破棄するわ。だけどこれだけは言わせて……私、弟しかいないよ」 「え?」

【短編】捨てられた公爵令嬢ですが今さら謝られても「もう遅い」

みねバイヤーン
恋愛
「すまなかった、ヤシュナ。この通りだ、どうか王都に戻って助けてくれないか」 ザイード第一王子が、婚約破棄して捨てた公爵家令嬢ヤシュナに深々と頭を垂れた。 「お断りします。あなた方が私に対して行った数々の仕打ち、決して許すことはありません。今さら謝ったところで、もう遅い。ばーーーーーか」 王家と四大公爵の子女は、王国を守る御神体を毎日清める義務がある。ところが聖女ベルが現れたときから、朝の清めはヤシュナと弟のカルルクのみが行なっている。務めを果たさず、自分を使い潰す気の王家にヤシュナは切れた。王家に対するざまぁの準備は着々と進んでいる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。