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「どう? 僕の演技は中々のものだっただろう?」
作戦が上手くいったとばかりに喜ぶフランツを見て、アリシアは小さくため息をついた。
「ご協力感謝いたします、殿下。約束通り、最速で注文の品をご用意いたしますわ」
「助かるよ。妹のマリアは君の刺繍に惚れ込んでいるからね。次のパーティードレスに絶対君の刺繍を入れたいって聞かないんだ」
「光栄ですわ」
アリシアの刺繍は王家の人間、特に王女マリアに気に入られていたのだ。
直々に注文をもらった時は驚いたが、予約がいっぱいで数ヶ月後になることを伝えていた。
ところが数日後、マリアの兄である第二王子のフランツがやって来て「どうにかならないか」とアリシアに打診していたのだ。
「もうすぐマリアの誕生日だろう? 喜ばせてやりたいんだ」
「お気持ちは分かりますが、待っていてくださる方々がたくさんおりまして……」
(こんな答えでは不敬罪で捕まってしまうかしら?)
アリシアがドキドキしながら答えると、フランツは「残念だなー」と気楽に答えた。
「それじゃあさ、何か困った時に助けてあげるから、優先的に作ってもらうっていうのはどう?」
「ご提案はありがたいのですが、今は特に何も困っておりませんの。幸せすぎて怖いくらいですわ」
「ふーん、分かった。でも困った事があったらいつでも言って。待ってるから」
(まさかあの時の言葉通り、本当に協力してもらうことになるなんて……)
アリシアはフランツに手紙を出し、家族がやって来るであろう日に客として店にいてもらうよう依頼したのだ。
フランツは妹のために快諾し、今回家族を追い払うための芝居をしてもらったのだった。
「もうお帰りいただいて結構ですわ。一週間後には、きちんとマリア様へ注文の品をお届けします」
「助かるよ。それと、もう一つお願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
意味ありげなフランツの表情に首を傾げるアリシア。
「僕の婚約者にならない?」
「は、はい? 今なんと?」
アリシアは自分の血の気が引くのを感じた。
目の前のフランツは実に楽しそうだ。
「僕には婚約者がいないんだ。そろそろお父様から圧がかかってるんだけど、中々良い娘がいなくてね。君ならどの派閥にも属していないし、身分も申し分ない。最適だと思わない?」
「お、思いませんっ!」
アリシアが食い気味に否定すると、フランツはにんまりと口角を上げた。
「いいの? さっきの人達、また来ると思うなぁ。きっと今日よりもすごい剣幕で。そうしたら可哀想なアリシアちゃんは、田舎に連れ戻されちゃうかも。あーぁ、こんなに素敵な刺繍を見られるのも後少しか。残念だなー」
「うっ……それは、嫌ですけど……」
今日はフランツがいたから、皆が大人しく帰っていったのだ。
次はどうなるか、本当に分からない。
アリシアがあれこれ悩み始めると、フランツがアリシアの手をそっと握った。
「婚約者になってくれたら、あんな奴ら全員追い払ってあげる。好きなだけ刺繍が出来る環境を整えてあげる。僕はお買い得だよ? 第二王子で国王にもならないから、気楽でしょ?」
「確かに……?」
「難しく考えないで。まずはお試しで一ヶ月だけ恋人になってみよっか」
「は、はい……」
あれよあれよという間に、アリシアはフランツの恋人になってしまった。
「本当は独り身の方が幸せなんだけど……まあ一ヶ月だけだし、刺繍が出来るなら良いか」
こうしてアリシアのささやかな幸せは守られたのだった。
【完】
作戦が上手くいったとばかりに喜ぶフランツを見て、アリシアは小さくため息をついた。
「ご協力感謝いたします、殿下。約束通り、最速で注文の品をご用意いたしますわ」
「助かるよ。妹のマリアは君の刺繍に惚れ込んでいるからね。次のパーティードレスに絶対君の刺繍を入れたいって聞かないんだ」
「光栄ですわ」
アリシアの刺繍は王家の人間、特に王女マリアに気に入られていたのだ。
直々に注文をもらった時は驚いたが、予約がいっぱいで数ヶ月後になることを伝えていた。
ところが数日後、マリアの兄である第二王子のフランツがやって来て「どうにかならないか」とアリシアに打診していたのだ。
「もうすぐマリアの誕生日だろう? 喜ばせてやりたいんだ」
「お気持ちは分かりますが、待っていてくださる方々がたくさんおりまして……」
(こんな答えでは不敬罪で捕まってしまうかしら?)
アリシアがドキドキしながら答えると、フランツは「残念だなー」と気楽に答えた。
「それじゃあさ、何か困った時に助けてあげるから、優先的に作ってもらうっていうのはどう?」
「ご提案はありがたいのですが、今は特に何も困っておりませんの。幸せすぎて怖いくらいですわ」
「ふーん、分かった。でも困った事があったらいつでも言って。待ってるから」
(まさかあの時の言葉通り、本当に協力してもらうことになるなんて……)
アリシアはフランツに手紙を出し、家族がやって来るであろう日に客として店にいてもらうよう依頼したのだ。
フランツは妹のために快諾し、今回家族を追い払うための芝居をしてもらったのだった。
「もうお帰りいただいて結構ですわ。一週間後には、きちんとマリア様へ注文の品をお届けします」
「助かるよ。それと、もう一つお願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
意味ありげなフランツの表情に首を傾げるアリシア。
「僕の婚約者にならない?」
「は、はい? 今なんと?」
アリシアは自分の血の気が引くのを感じた。
目の前のフランツは実に楽しそうだ。
「僕には婚約者がいないんだ。そろそろお父様から圧がかかってるんだけど、中々良い娘がいなくてね。君ならどの派閥にも属していないし、身分も申し分ない。最適だと思わない?」
「お、思いませんっ!」
アリシアが食い気味に否定すると、フランツはにんまりと口角を上げた。
「いいの? さっきの人達、また来ると思うなぁ。きっと今日よりもすごい剣幕で。そうしたら可哀想なアリシアちゃんは、田舎に連れ戻されちゃうかも。あーぁ、こんなに素敵な刺繍を見られるのも後少しか。残念だなー」
「うっ……それは、嫌ですけど……」
今日はフランツがいたから、皆が大人しく帰っていったのだ。
次はどうなるか、本当に分からない。
アリシアがあれこれ悩み始めると、フランツがアリシアの手をそっと握った。
「婚約者になってくれたら、あんな奴ら全員追い払ってあげる。好きなだけ刺繍が出来る環境を整えてあげる。僕はお買い得だよ? 第二王子で国王にもならないから、気楽でしょ?」
「確かに……?」
「難しく考えないで。まずはお試しで一ヶ月だけ恋人になってみよっか」
「は、はい……」
あれよあれよという間に、アリシアはフランツの恋人になってしまった。
「本当は独り身の方が幸せなんだけど……まあ一ヶ月だけだし、刺繍が出来るなら良いか」
こうしてアリシアのささやかな幸せは守られたのだった。
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