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魔王の思惑

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 ハッとして横を向くと、クラウスがものすごい形相で立っていた。

「おい、レヴラノ。随分と楽しそうだな」
「主人を呼び捨てとは……随分な態度ですね」

 クラウスは荒々しく魔王に光の玉を投げつける。かなり苛立った様子だ。
 魔王は微笑んだままクラウスの攻撃を避け、クラウスにお茶を差し出している。

(私、今まで一体何を……? クラウスがいなくなって、魔王と話していて、えっと……クラウスが戻ってきて……そうよ、クラウス!)

「クラウス! 無事だったのですね!」

 私が立ち上がってクラウスの腕を掴むと、クラウスの表情がふっと緩んだ。
 眉を下げて、困ったようなホッとしたような顔で、私の頬を撫でる。

「俺より自分の心配をしろ。魔王に取り込まれる寸前だったぞ」
「えっ……?」

 魔王に取り込まれる? それがなんのことか分からなかった。

「人聞きが悪いですよ。カレンさんがお悩みのようでしたから、力を貸そうとしただけです」
「催眠状態の相手に、生死に関わる契約を持ちかけておいてよく言う。俺のエネルギー摂取方法をダシにして、カレンを騙したわけだ」

(催眠状態? そうだ、私は魔王と契約を結ぼうとしてたんだ)

 クラウスの言葉を聞いて、先程までの魔王とのやりとりを思い出した。

(私は一体何を考えていたの? 自分の命を捧げようとした……?)

 自分の言動を思い出して、背筋が寒くなった。
 もう少しクラウスの到着が遅ければ、魔王に心臓を捧げ、従属を誓うところだったのだ。

「わ、私……ごめんなさい」
「カレンは悪くない。お前を一人にした俺の責任だ」

 クラウスは私の背中をさすりながら、魔王を睨みつける。

「もう少し時間がかかると思ったんですがねぇ。力が弱い割には早かったですね」
「詰めが甘かったな。あんな小さい穴じゃ、すぐ塞げる」

(魔王がわざと結界を破ったってこと? 最初からクラウスと私を引き離すために……)

 人間の姿で私の警戒を解き、邪魔なクラウスを退出させて、私に催眠をかける。
 最初から仕組まれていたのだろう。

「カレンの心臓で、人間にでもなるつもりか?」

 クラウスの言葉に、それまでニコニコとしていた魔王の顔がピクリと歪み、能面のような表情になった。

「……いけませんか? 盟約のせいで、この立場のせいで、私はあの方の冥福を祈ることすら出来ないのに。人間の心臓さえあれば、私は盟約に囚われず自由に人間界と魔界を行き来出来る!」

 魔王が初めて声を荒げた。
 
(あの方? 誰なの? 魔王が人間界に執着する理由はその人なの?)

 私の心臓を欲したのは、単に私を従えるためではなかったようだ。

「魔王という立場が嫌ならば俺を指名しろ、レヴラノ。もうその地位から降りて、盟約から自由になれ。俺がお前を解放してやる」

 クラウスの絞り出したような声は、どこか悲しそうだった。

「もう遅い。クラウス……分かっているでしょう? 私は全てが憎いのですよ! あの方を殺した奴も、この力も、私を指名した先代の魔王も、盟約も! だからこの力を全て使って、魔界も人間界も終わらせます。それまでこの地位は誰にも渡さない!」
「それではお前の愛した人間は救われない」
「黙れっ! 俺の邪魔をするな!」

 言葉遣いが変わると同時に、魔王の姿がぐにゃりと歪んだ。
 そして瞬く間に黒い狼のような姿に変形し、私に向かって飛びかかってきた。 

「いやぁっ!」
「カレン!」

(食いちぎられるっ)

 そう思った瞬間、目の前にクラウスの腕が見えた。

 そして次の瞬間には、魔王がクラウスの腕に噛みついていた。

「……っ! もう止めろ、レヴラノ」

 クラウスが腕を振ると、魔王はヒラリと跳んで少し距離を取った。

「その人間の娘を寄越せ! お前を殺したくはない」
「……交渉決裂だ」

 クラウスがそう言った途端、金色の光が魔王を貫いた。
 
「何?! ぐっ……! ぐあ゛ぁぁ!」

 魔王がよろよろと倒れ込む。
 その後ろには、金色の剣を構えたティルがいた。
 鋭く魔王を睨みつけているティルは、剣と同じ金色の光を放っている。
 
(ティル?! 今の光、ティルなの? ティルが魔王を……)

 魔王はよろよろと立ち上がると、クラウスを見据えた。

「いい、使い魔だ。こんなに、強くなっていたとは……」
「当然だ。俺の使い魔なんだから、優秀に決まってるだろ」
「だが、これは、お前の魔力……こいつの、力ではないな」

 そう呟きながら、魔王がゆっくりと横たわる。
 舌を出して肩で息をするその姿は、威厳ある魔王ではなく、瀕死の狼そのものだった。

 クラウスが一歩ずつ魔王に近づいていく。

「俺の魔力は、ほとんどティルに注ぎ込んでいた。お前を油断させるためにな。……レヴラノ、お前は俺を遠ざけたが、俺はティルと協力する道を選んだんだ」
「そうか……最初から、こうするつもりだったんだな」

 ティルが無言でクラウスに剣を差し出す。クラウスがそれを受けとると、ティルが纏っていた光が消え、代わりにクラウスが光り輝いた。

「クラ、ウス……終わるのか、俺は……」
「あぁ、おしまいなんだ。レヴラノ」

 弱々しい魔王の声に答えるクラウスは、少し震えていた。

「クラウス、お前に、背負わせたくは、ない。魔王など、この世界に、必要ない……。お前は、お前だけは、自由に……」
「もう眠れ。あの世であの方が待っているのだろう?」

 クラウスが魔王に触れると、魔王の身体がだんだんと透明になっていく。

「かわいいクラウス……本当は……」
「分かってる。もういいんだ」

 魔王の姿が完全に消えると、声も聞こえなくなってしまった。

「ゆっくり休め、レヴラノ。……さようなら」



 しばらくの間、クラウスは何も言わずに佇んでいた。
 そして不意に私の方を振り返り、こう言った。

「少し、昔話に付き合ってくれないか?」
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