親友の婚約者(王子)を奪ったら国外追放されました。私はそこまで悪女かしら?

香木陽灯

文字の大きさ
上 下
4 / 23

4.国外の夕日

しおりを挟む
 国の外には広大な野原が広がっていた。

(何もない……。建物もないし、隣国なんて当然見えないわね。ここから一番近い国は、確か……モユファル王国だっけ。歩いていけるのかしら?)

 私には歩く以外の選択肢はなかったが、一体どのくらい歩けば良いのかも見当がつかなかった。夜になれば、野生の動物たちに遭遇するかもしれない。盗賊に襲われる可能性だってある。
 
(モユファル王国につく前に死んでしまいそうね。国外追放って死刑みたいなものじゃない……!)

 改めて自分がいかに無力かを思い知った。
 諦めに似た感情が湧き、木に寄りかかって座り込む。このままここで飢え死にするのが一番楽かもしれない。食い殺されたり、暴力を振るわれるよりは痛くないだろうし……。

 そんなことを考えながらしばらく座ったままぼんやりとしていた。
 時間的にはランチタイムも過ぎた頃だろうし、本当ならすぐにでも歩き出さなければ夜が来てしまう。けれど身体は動かなかった。



 どのくらい時間がたったのかは分からない。座りながら眠ってしまったようだった。
 目が覚めたのは馬車の音が聞こえてきたからだ。馬車は少しずつ減速し、私の目の前で止まった。

(止まった……誰かが私を迎えに来てくれたのかしら?)

 そんな淡い期待が頭をよぎったが、すぐに打ち砕かれた。

 窓から顔を出したのは、見知らぬお爺さんだった。グレイヘアで、鋭い目つきをしていたが、私を見つめる表情は怖いものではなかった。

「お嬢さん、こんなところで何をしているのかね? もうすぐ日が暮れるから、家族のもとに戻りなさい」

 口調は柔らかで落ち着いた声だった。まるで本当に私のことを心配しているみたいだ。

「無理よ。私は国外追放されたの。国一番の悪女だから。……だから戻る場所なんてないわ」

 私が投げやりに答えると、お爺さんは少し眉をひそめた。

「訳ありかね……。ではどうするんだい? 夜になれば悲劇のヒロインに浸っている場合ではなくなるがね」

「そんなことは分かってるけれど……」

 私がうつむいて呟くと、お爺さんは深いため息をついた。

「はぁ……世間知らずのお嬢さんや、その耳につけているピアスを渡してくれればモユファルまで乗せてやろう。どうかね?」

 突然の提案に私は驚いた。

(この人何者なの? このお爺さんのほかには運転手が一人いるだけだし、護衛がいないのは不自然だわ)

「ご提案はありがたいけれど、護衛もなくモユファル王国まで行くなら貴方も安全とは言えないのではなくて?」

 もしかしたら悪い人かもしれない。疑いの目を向けると、なぜかお爺さんは面白そうに微笑んだ。

「なるほど、観察眼はあるようだね。心配しなくとも、この運転手が護衛も兼ねているんだ。……さあ、どうするかね」

 このお爺さんが奴隷商人なら今よりも最悪な状況になりそうだけど、そんな風には感じられない。
 ここにいたら死ぬだけなのだから、答えは一つだった。

「……」

 私が無言でピアスを渡すと、お爺さんは馬車の扉を開けさせた。



 馬車の中は荷物が多く、私も荷物になった気分だ。

(学校の授業でモユファル王国までは馬車で4時間程度だって言ってたっけ……)

 余計なことを考えないようにどうでもいいことを思い出していたが、馬車に揺られているとジワジワと涙が溢れてきた。

 お爺さんは私が泣いていることには触れず、水を渡してくれた。差し出された水を無言で受取りゴクゴクと飲み干すと、身体中に水が染み渡るようだった。

(美味しい……)

 たくさん泣いて身体中の水分がなくなったせいか、とても美味しく感じた。この日飲んだ水の味は一生忘れないだろう。

 泣くだけ泣くと、涙は出なくなった。もう枯れてしまったのかもしれない。顔を上げると、だんだんと日が暮れて夕日が地平線に沈んでいくのが見えた。

「綺麗ね……城壁に囲まれた国の中では見れない景色だわ」

「そうだろうな」

 私がポツリと呟くと、お爺さんが静かにうなずいた。

(数時間前では考えられない状況ね。つまらない人生だと思ってたのに……刺激的じゃないの)

 私はこの時、生き抜いてみるかという気持ちになれた。

 

 モユファル王国に到着すると、すっかり日が暮れていた。
 馬車から降りると、お爺さんが私に聞いた。

「さてお嬢さん、この先どうするかね」

 この先どうするか、それは私がずっと考えていたことだった。答えなんて出ないけれど、今目の前の希望を掴まなくては生きていけない。

 私は姿勢を正すと、お爺さんの目を見た。

「道中大変お世話になりました。私はソフィア・リーメルトと申します。貴族学校に通っておりましたので、文字の読み書きと計算なら出来ます。た、体力にも自信があります! だからどうか、雇ってください!」

 自分がしてきたお辞儀の中で一番丁寧なお辞儀をした。
 正直自分でも酷いお願いだと思う。こんな世間知らずの娘を雇ってくれる人がどこにいるというのだ。
 図々しいとは思ったけれど、生き抜くためには他の方法が思いつかなかった。

 お爺さんは黙って私の話を聞いていたが、しばらくすると口を開いた。

「……まあ及第点だろう。望み通り雇ってやろう」

「あ、ありがとうございます!」

「ところで、何の仕事か分かっているのかね?」

「えーっと……分かりません」

 お爺さんは、やれやれといった様子で私をとある建物に連れていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

純白の檻からの解放~侯爵令嬢アマンダの白い結婚ざまあ

ゆる
恋愛
王太子エドワードの正妃として迎えられながらも、“白い結婚”として冷遇され続けたアマンダ・ルヴェリエ侯爵令嬢。 名ばかりの王太子妃として扱われた彼女だったが、財務管理の才能を活かし、陰ながら王宮の会計を支えてきた。 しかしある日、エドワードは愛人のセレスティーヌを正妃にするため、アマンダに一方的な離縁を言い渡す。 「君とは何もなかったのだから、問題ないだろう?」 さらに、婚儀の前に彼女を完全に葬るべく、王宮は“横領の罪”をでっち上げ、アマンダを逮捕しようと画策する。 ――ふざけないで。 実家に戻ったアマンダは、密かに経営サロンを立ち上げ、貴族令嬢や官吏たちに財務・経営の知識を伝授し始める。 「王太子妃は捨てられた」? いいえ、捨てられたのは無能な王太子の方でした。 そんな中、隣国ダルディエ公国の公爵代理アレクシス・ヴァンシュタインが現れ、彼女に興味を示す。 「あなたの実力は、王宮よりももっと広い世界で評価されるべきだ――」 彼の支援を受けつつ、アマンダは王宮が隠していた財務不正の証拠を公表し、逆転の一手を打つ! 「ざまあみろ、私を舐めないでちょうだい!」

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢は楽しいな

kae
恋愛
 気が弱い侯爵令嬢、エディット・アーノンは、第一王子ユリウスの婚約者候補として、教養を学びに王宮に通っていた。  でも大事な時に緊張してしまうエディットは、本当は王子と結婚なんてしてくない。実はユリウス王子には、他に結婚をしたい伯爵令嬢がいて、その子の家が反対勢力に潰されないように、目くらましとして婚約者候補のふりをしているのだ。  ある日いつものいじめっ子たちが、小さな少年をイジメているのを目撃したエディットが勇気を出して注意をすると、「悪役令嬢」と呼ばれるようになってしまった。流行りの小説に出てくる、曲がったことが大嫌いで、誰に批判されようと、自分の好きな事をする悪役の令嬢エリザベス。そのエリザベスに似ていると言われたエディットは、その日から、悪役令嬢になり切って生活するようになる。 「オーッホッホ。私はこの服が着たいから着ているの。流行なんて関係ないわ。あなたにはご自分の好みという物がないのかしら?」  悪役令嬢になり切って言いたいことを言うのは、思った以上に爽快で楽しくて……。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...