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ファースト・シーズン
3/1(日)…デイ・タイム
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バー・ラウンジを出て自室に着く迄の間に4人のクルーと行き会い、お互いに挨拶を交わす。
自室に入った私はデスクにも着かず、飲み物も出さないで本格的に荷解きを始めた。
艦内に持ち込んだ私物のケースを総て開く。下着・パジャマ・部屋着も含めて服は総て出し、クローゼットの中に吊るして引き出しの中にも畳んで入れる。持ち込んだ6冊のハードカバーも出して書棚に並べて置いた。洗面用具や入浴時等に使うような小物類も総て出して、所定と思われる場所に配置していく。ギターもケースから出してギタースタンドに立て掛け、そのままリビングの隅に置く。楽譜のファイルも出して書棚に置き、譜面台も出して畳んだまま隅に立て掛ける。酒のボトルとグラスも総て出してキッチンの棚に置き、コーヒーも含めて様々なお茶を点てて淹れる為の器具や用具や材料も総て出して、キッチンの中に配置した。もう一度ケースの中を一通りさらってネクタイやら装飾品やらの小間物を総て出し、クローゼットの中に掛けたり引き出しに入れたりする。
ふう。荷解きとしては取り敢えず、こんなものか…寝室に入ってベッドメイクを施し、空調と給湯システムも再設定した。廃棄物はまとめてダスト・シュートに放り込み、空になったケースは閉めて収納スペースに入れた。自動清掃システムを起動させて、床に落ちた細かいゴミを掃除させる。
灰皿と煙草とライターをデスクに出して置き、キッチンに立ってじっくりとコーヒーを点てて淹れる。仕上げたコーヒーを持って来てデスクに着き、ルームコンピューターに空調の強化を命じて、1本を咥えて点ける。
ゆっくりと深く喫って蒸して燻らせ、香りを楽しむ。自分で選び抜いて就いて貰った彼女達だけど、間違いは無かったな。彼女達と一緒なら、上手くやって行けるだろう。
多分、セカンド・ステージがあるだろうな。このまま何も無く3日間が過ぎ去るなら、配信番組としては全く面白くないだろう。それから5分程でコーヒーを飲み終え、煙草も喫い終って灰皿で揉み消す。カップと灰皿を洗って片付けて、手と顔を入念に洗い、丹念にタオルを使ってから身嗜みを整える。最後に鏡で観て確認してから自室を出た。
ブリッジに上がる迄に、2人のクルーと行き会って挨拶を交わした。ブリッジに入ると、モーニング・シフトでキャプテン・シートに座っていた保安部のジャニス・マニアが私を観て立ち上がる。
「…お早うございます、アドル艦長。報告はこちらです…」
そう言ってpadを手渡してくれる。
「…お早う、ミス・マニア。ありがとう。ご苦労でした」
「…では、私はこれで…」
「うん、お疲れ様」
そう言ってブリッジから退室した彼女を見遣り、代わってシートに着いてpadのモニター表示をスクロールさせて読んでいく。特段に懸念するような事項は無い。
2分程経ってシエナ副長が入り、左隣に座る。
「…遅くなりました…」
「いや、後10分くらいはあるよ…」
そう応えて彼女にpadを渡す。彼女も表示をスクロールさせて読んだが…。
「…特に変わった事は…」
「…無いね…」
そう応えた時に、ハルとハンナとエレーナが入って来て席に着いた。
「…遅くなりました…」
「まだ大丈夫だよ」
そう応えて副長から受け取ったpadをハルに手渡す。
その頃合いでパイロット・チームの3人が入り、次いでセンサー・チームの3人が入り、それぞれモーニング・シフトで座っていたクルーからpadを受取って代わりに席に着く。
「…ねえ、シエナ…今朝のアナタ、すごく綺麗だね…どうしたの? 何かあった? 何かした? そう言えば…アンタ、昨夜ラウンジで艦長と呑んでたわよね? あの後、何したの? 」
と、ハンナ・ウェアーがふと思い出したような風情でシエナに続けて訊き始める。
「…え? あの後? ああ、ちょっと艦長と打ち合わせしただけだよ…別に、何でもないから…」
「…へ~え?…何の打ち合わせだったんだか? シエナ…アンタ、いくら副長だからってあんまり艦長と…」
そこでハル・ハートリー参謀がハンナ・ウェアーを遮る。
「ハンナ! アナタ、ちょっといい加減にしなさいよ! 艦長と副長がどこでどう言う打ち合わせをしようが別に…」
そこで私はハル参謀を遮り、少し大きい声で告げた。
「…カウンセラー、昨夜私は副長と打ち合わせを行い、その後彼女にマッサージを施したんだ。少し時間を掛けて、じっくりとね…今朝…副長の顔色が好く観えたのはその効果で、代謝効率が向上したからだろう…解って貰えたかな? 」
私がそこで言葉を切った時、スタッフメンバーは既に全員がブリッジに集まっていて、それぞれのレベルで意表を突かれて驚き、動きを止めた。
「…あ…はい…解りました…ちょっと、感情的な態度を採ってしまって、申し訳ありませんでした…あの…アドル艦長は、マッサージがお得意なんですか? 」
「…そうだね。昨夜副長に言ったのが初めてで、君達に打ち明けるのは今が初めてになったけど、マッサージは数年、独学で学んでいたんだよ…この80数日の間、僕達は見学・面談・読み合わせ・打合せ・研究会とか訓練プログラムプランの構築等々に時間を割いてきていて、個人的な側面についての話が殆ど出来なかったけど、もうゲーム大会は無事に開幕して準備する事やその必要も無いから、これからはお互いの個人的な側面についての事を出し合って解り合って行こうと思うんだよ…好いかな? 」
「分かりました、アドル艦長。私は艦長の姿勢を支持します。今後は私も個人的な側面を適宜にお話ししたいと思います」
「…ありがとう、ハル参謀。宜しく頼むよ…」
「…あの…アドル艦長、私もこれからは自分の事を話していきたいと思います…ので、艦長の事も教えて下さい…特に…マッサージに、ついてなど…? 」
「(笑)…分かったよ、カウンセラー(笑)次に時間があったら、君に施術するよ…」
「本当ですか!? ありがとうございます! 期待しています」
「…どう致しまして。それじゃ、そろそろデイ・タイムに移行する。副長、総員第2警戒配置。20人を選抜して、シミュレーション・ポッドカプセルへの投入を頼む」
「…了解しました。手配します…」
「…艦長、デイ・タイムに移行するまで、あと1分です」
と、カリーナ・ソリンスキー。
「よし、了解。コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュケーション」
【コネクト】
「続けて、ライブラリー・データベースにアクセス」
【アクセス】
「グループ名『ミーアス・クロス』、楽曲名『モーニング・アドベンチャー』、ボリューム7で再生スタンバイ」
【スタンバイ】
「続けて再生プロセスをコミュケーション・アレイとリンク、全ゲームフィールドに向けて、通常音声発信用意」
【完了】
「ブリッジから全乗員へ。こちらは艦長だ。2日目のデイ・タイムが始まった。確証は無いが、セカンド・ステージがあるだろう。だが心配しなくても好い。何があっても対応できる段取りと手順はこちらで考えて提示するから、諸君は指示を迅速に遂行してくれれば好い…それじゃ、元気を上げて行こうか? スタート! 」
『ミーアス・クロス』の『モーニング・アドベンチャー』は確か彼女達のシングル・カット3曲目だ。明るく、眩しく、活き活きと弾けるようなリズムでの、ポップでダンサブルなセクシーでヘルシーなコーラス・ダンスナンバーがゲームフィールドの全域に流れ始める。
『ミーアス・クロス』の4人も『リアン・ビッシュ』の4人もそれぞれの配属先で配置に就いていたが、直ぐに眼を瞠って口を両手で押さえ、その眼から涙を溢れさせてその場から動けなくなった。
「…あの娘達、きっともう泣いてるね…」
エマ・ラトナーがタッチパネルの上で指を走らせながら、誰に言うでもなく呟く。
「コンピューター! 本艦を中心に、第5戦闘距離の3倍までの範囲内を3D投影! 」
そう命じると、ブリッジ中央部の空間に3Dでチャートが投影される。
『モーニング・アドベンチャー』は総てを肯定し、高らかに盛り上げてフェイドアウトした。
「カリーナ、比較的にデプリ密度の高い宙域を3ヶ所選んで座標をパイロット・チームに送ってくれ」
「了解」
「エマ、送られた座標の中で最も近い宙域に向けてインターセプト・コース。セカンド・スピードで発進! 」
「アイ・サー! 」
「副長、20名の選抜は? 」
「はい。既に終了して全員に、サブ・スタッフ専用のエクサザイズ・トレーニングデッキに向かうよう指示しました。それ以前に機関部に対してシミュレーション・ポッドカプセルの事前点検の要請も出しています…」
「了解だ。流石の手際だな、副長…訓練の監督は誰が? 」
「ありがとうございます…カリッサに立ち会って貰っています…」
「了解だ…取り敢えず2時間で切り上げて、配置に戻るように言ってくれ。日誌にレポートを挙げるように、ともね? 」
「分かりました」
「艦長、最近のデプリ宙域まで、あと20分です」
「了解、センサーは長距離パッシブ・スイープレンジに注意! 」
「了解、……センサーヒット! 」
「エンジン停止! 光学迷彩展開レベル3! アポジ・モーターでアップピッチ2°! 報告してくれ! 」
「軽巡で1隻です…向こうもエンジン停止…感知したポイントは、進行方位から左舷8°、アップピッチ2°、距離第5戦闘距離の55倍…相手艦の進行方位は本艦を基点として左に18°…ファーストスピードでした…」
「ふん…直ぐに停止したと言う事は、向こうも遣り手かな?…このままこの状態を維持して待機し、遣り過す。センサーは長距離レンジに対して更に注意! 」
「了解」
それから8分後…
「…センサーヒット! 軽巡です…方位367マーク24…距離、第5戦闘距離の54倍…サードスピードです…」
「右舷後方…艦尾から観て18°…ダウンピッチで7°くらいか…これで2隻…このまま待機…」
更にそれから12分後…
「…センサーヒット! また軽巡です!…方位458マーク192…距離、第5戦闘距離の55倍…セカンドスピードです…」
「左舷後方…艦尾から観て20°前後…アップピッチで2°くらいか…これで3隻、ハル参謀、残念だがこれは偶然ではない…」
「…はい…同意します…」
「コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュニケーョン! 」
【コネクト】
「ブリッジより全乗員に告げる。こちらは艦長だ。3隻の軽巡が現れた。これは偶然とは考え難い。セカンド・ステージであると判断する。シミュレーション・プログラムに入っているクルーはそのまま続行してくれ。直ぐに戦闘には入らない。総員は第1警戒配置へ。追っての指示があれば迅速に実行して欲しい。以上…」
「…カリーナ、運営推進本部からの通達は? 」
「…まだ出ていません…」
「これがセカンド・ステージなら出る筈だ。あと10分待機する…」
そして5分後…
「…艦長、運営推進本部より全参加艦に対して通達が発せられました…セカンド・ステージ開始です。チャレンジ・ミッションですので、損傷率60%以上を被ったとしても撃沈判定は出ません…」
それを聞いて私は立ち上がり、中央部まで歩いて振り向くと、1人1人を見渡すようにして口を開く。
「セカンド・ステージが開始された。スルーすると言う選択肢もあるが、意見は? 」
「やりましょう。やれるでしょ?(微笑)」
そう言ったハンナ・ウェアーに、彼女の眼を視ながら微笑で頷く。
「チャレンジ・ミッションには基本的に参加するのが、本艦の基本方針です。参加する方針に異存はありません」
と、ハル・ハートリー。
シエナ・ミュラーを視たが、彼女は何も言わずに笑顔で頷いた。
エマ・ラトナーの左脇に立って彼女を見遣る。
「脚の速さがご所望でしたら、お任せを(微笑)」
「エンジンは何時でもフルパワーを出せます」
リーア・ミスタンテも笑顔でそう応える。
エドナ・ラティス砲術長を観ると、彼女も何も言わなかったが左手でサムズアップをキメて見せた。
「現状で本艦を認知しているのは、最初に現れた艦だけだ。今はお互いにロストしているがね…2番目と3番目に現れた艦はお互いを認識して接近中だ。交戦に入るだろう。本艦の選択肢としてはふたつ。第2艦と第3艦の交戦の余波に紛れて接近し、どちらかに奇襲攻撃を仕掛けて離脱する。いまひとつは、彼等の交戦余波に紛れて第1艦をデコイで釣り、位置を特定して奇襲攻撃を掛ける。どちらが好いかな? 」
キャプテン・シートに座り直して、そう皆に問う。
「本艦が第2か第3艦を攻撃しようとする刹那に、第1艦から攻撃される可能性があります。先に第1艦を狙いましょう」
「(笑)流石はハル参謀だ。その作戦案を採用しよう」
「どう致しまして(笑)でも、もう決めてらっしゃったんでしょう? 」
「(笑)まあな…カリーナ、第2艦と第3艦のコースとスピードから、接触予想ポイントを3Dチャートに出してくれ? 」
「了解」
そう応えて、パパッとパネルの上で指を走らせる。
「…ふ…ん…あそこの辺りか…あれだな…エマ、方位107マーク49に観える、あの岩塊だ。アポジ・モーターで艦首を岩塊に向けて、慣性航行で接近。適当な距離で艦首左舷のロケット・アンカー2本を撃ち込み、全力で捲き上げて距離200mに着けてくれ。その位置からデコイを発射する…あっ、左舷のロケット・アンカーは修復できているのか?! 」
「大丈夫です。修復は完了しています」
「そうか…それは好かった…それじゃ、このプランで頼む」
「了解…岩塊に接近中…適切な距離まで約5分…」
「まだ距離が遠すぎて、3艦ともデータをダウンロードできないから、艦名も判らないけどな…」
「その内に判りますよ」
と、シエナ副長。
「それもそうだがね。それはそうと、シエナ副長…マッサージの感想を訊いてなかったな…どうだった? 」
見る見るうちに顔が上気して赤くなり、返答が口ごもる。
「それは…もう…とても…癒されました…とても…気持ち好かったです…」
そう応えるシエナにハンナが左隣から流し目をくれている。
「どこか痛かったり、足りないと思ったところは? 」
「いいえ! 何も…ありません…充分…でした…」
「…シエナ…アナタ、1ヶ月に1回はプロのマッサージャーの施術を受けているわよね? アタシ、受けた直後のアンタを何度も観てるけど、今のアンタ、全然顔の色艶が違うわよ。ねえ、アドル艦長のマッサージって、どのくらい気持ち好いの? 」
「カウンセラー・ハンナ・ウェアー。そんなに根掘り葉掘り訊かなくても、次は君に施術するから心配しなくて好いよ…」
「分かりました…もう訊きません…失礼致しました…」
「そんなに畏まらなくても好いよ、カウンセラー。ただ僕のマッサージは全くの我流だから、プロから観れば雑で非効率に観えると思うけどね…今夜か明日の朝で、何処かが痛くなったりしたら直ぐに言ってくれよ、副長? 」
「…は、はい。分かりました…そう言う事があつたら、直ぐに報告します…」
「もしかしたら、良くない事をしてしまったかも知れないからさ…」
「そんな事はありません。完璧で…最高でした…」
「…(笑)ありがとうな、副長(笑)」
そんな私達を、とても羨ましそうにハンナ・ウェアーは観ていた。
「艦長、もう発射できると思いますが? 」
「了解だ。やってくれ」
「了解、アンカー発射! 」
艦首左舷からアンカーが発射され、岩塊に向かって伸びて行き、撃ち込まれた。
「全力で捲き上げ! 」
「了解! 」
『ディファイアント』よりも遙かに静止慣性の大きい岩塊に引き寄せられる格好で、引っ張る側が手繰り寄せられて行く。
「距離200mまで、あと2分」
「デコイ・ミサイル用意」
「用意よし! 」
「第2、第3艦は、まだお互いに接近中か? 」
「接近中です。お互いにインターセプト・コースを採っています」
「交戦開始までは? 」
「…約20分かと…」
「これで、まだ他の艦がそこら辺に隠れていたりしていたら、ややこしい事にはなるけどその方がやりやすいかも知れないな…」
「そうですわね。どの道、本艦以外は全部敵ですから…」
「間も無く200mに到達します」
「よし、デコイ・ミサイルに方位201マーク348への直線コースをプログラム。出来次第放出」
「…了解…プログラム完了。放出します」
「放出後、直ちに起動」
「…起動しました…航走開始しました」
「よ~し、アリシア。ここに罠を仕掛ける。フロントから18基、リアからも18基ミサイルを放出して、この岩塊の表面に貼り付けて設置してくれ。仕掛けミサイルにする。それと信号中継ビーコンをひとつ設置してくれ。離れた位置からでも仕掛けミサイルにデータプログラムが出来るように…」
「…分かりました、直ぐに掛かります…」
「…36基も放出して大丈夫ですか?…」
と、少し心配そうなシエナ副長。
「3隻も相手にして、戦果を挙げて離脱しようって言うんだ…全部使っても構わないぐらいの覚悟がないとね…まあ観ていてくれ…ここを嵐の中心にしてやるから…」
「分かりました。しっかり観ます」
「アリシア、弾頭は接触信管だからな。アポジ・モーターでゆっくり動かして設置してくれよ? 」
「了解、注意してやります」
「カリーナ、第1、第2艦のパワーサインは採ったか? 」
「はい、もう採りました…」
「よし、これで第1艦のパワーサインが採れれば、段取りのひとつが終る…」
「…艦長、未登録のパワーサインを感知。こちらのデコイを追尾する形で移動中…第1艦のようです。デコイに対してのインターセプト・コースを採りました…」
「パワーサインを登録してくれ。それがデコイか本物かはまだ判らないが、パワーサインは本物の筈だ。でなければ、幻惑の意味が無いからな…」
「艦長…どちらでしょうか? 」
と、ハル・ハートリー。
「まだ判らない…第2艦と第3艦の交戦が始まっても新しいパワーサインが現れなければあれが本物だが、現れればそれが本物だ…アリシア、設置は? 」
「…待って下さい…岩塊の形が複雑で…もうしばらくかかります…」
「好いよ…落ち着いて、慎重にやってくれ。これが終って初めて、戦場の設定が完了する…副長、参謀…俺の勘だけど、あれはデコイだ…次に現れるサインが本物だ…まあ尤も、その方が面白い…そうであって欲しいって言う願望だけどな…」
アドル・エルクのこの言葉に、シエナ・ミュラーとハル・ハートリーは彼を挿んで顔を見合わせるのだった。
自室に入った私はデスクにも着かず、飲み物も出さないで本格的に荷解きを始めた。
艦内に持ち込んだ私物のケースを総て開く。下着・パジャマ・部屋着も含めて服は総て出し、クローゼットの中に吊るして引き出しの中にも畳んで入れる。持ち込んだ6冊のハードカバーも出して書棚に並べて置いた。洗面用具や入浴時等に使うような小物類も総て出して、所定と思われる場所に配置していく。ギターもケースから出してギタースタンドに立て掛け、そのままリビングの隅に置く。楽譜のファイルも出して書棚に置き、譜面台も出して畳んだまま隅に立て掛ける。酒のボトルとグラスも総て出してキッチンの棚に置き、コーヒーも含めて様々なお茶を点てて淹れる為の器具や用具や材料も総て出して、キッチンの中に配置した。もう一度ケースの中を一通りさらってネクタイやら装飾品やらの小間物を総て出し、クローゼットの中に掛けたり引き出しに入れたりする。
ふう。荷解きとしては取り敢えず、こんなものか…寝室に入ってベッドメイクを施し、空調と給湯システムも再設定した。廃棄物はまとめてダスト・シュートに放り込み、空になったケースは閉めて収納スペースに入れた。自動清掃システムを起動させて、床に落ちた細かいゴミを掃除させる。
灰皿と煙草とライターをデスクに出して置き、キッチンに立ってじっくりとコーヒーを点てて淹れる。仕上げたコーヒーを持って来てデスクに着き、ルームコンピューターに空調の強化を命じて、1本を咥えて点ける。
ゆっくりと深く喫って蒸して燻らせ、香りを楽しむ。自分で選び抜いて就いて貰った彼女達だけど、間違いは無かったな。彼女達と一緒なら、上手くやって行けるだろう。
多分、セカンド・ステージがあるだろうな。このまま何も無く3日間が過ぎ去るなら、配信番組としては全く面白くないだろう。それから5分程でコーヒーを飲み終え、煙草も喫い終って灰皿で揉み消す。カップと灰皿を洗って片付けて、手と顔を入念に洗い、丹念にタオルを使ってから身嗜みを整える。最後に鏡で観て確認してから自室を出た。
ブリッジに上がる迄に、2人のクルーと行き会って挨拶を交わした。ブリッジに入ると、モーニング・シフトでキャプテン・シートに座っていた保安部のジャニス・マニアが私を観て立ち上がる。
「…お早うございます、アドル艦長。報告はこちらです…」
そう言ってpadを手渡してくれる。
「…お早う、ミス・マニア。ありがとう。ご苦労でした」
「…では、私はこれで…」
「うん、お疲れ様」
そう言ってブリッジから退室した彼女を見遣り、代わってシートに着いてpadのモニター表示をスクロールさせて読んでいく。特段に懸念するような事項は無い。
2分程経ってシエナ副長が入り、左隣に座る。
「…遅くなりました…」
「いや、後10分くらいはあるよ…」
そう応えて彼女にpadを渡す。彼女も表示をスクロールさせて読んだが…。
「…特に変わった事は…」
「…無いね…」
そう応えた時に、ハルとハンナとエレーナが入って来て席に着いた。
「…遅くなりました…」
「まだ大丈夫だよ」
そう応えて副長から受け取ったpadをハルに手渡す。
その頃合いでパイロット・チームの3人が入り、次いでセンサー・チームの3人が入り、それぞれモーニング・シフトで座っていたクルーからpadを受取って代わりに席に着く。
「…ねえ、シエナ…今朝のアナタ、すごく綺麗だね…どうしたの? 何かあった? 何かした? そう言えば…アンタ、昨夜ラウンジで艦長と呑んでたわよね? あの後、何したの? 」
と、ハンナ・ウェアーがふと思い出したような風情でシエナに続けて訊き始める。
「…え? あの後? ああ、ちょっと艦長と打ち合わせしただけだよ…別に、何でもないから…」
「…へ~え?…何の打ち合わせだったんだか? シエナ…アンタ、いくら副長だからってあんまり艦長と…」
そこでハル・ハートリー参謀がハンナ・ウェアーを遮る。
「ハンナ! アナタ、ちょっといい加減にしなさいよ! 艦長と副長がどこでどう言う打ち合わせをしようが別に…」
そこで私はハル参謀を遮り、少し大きい声で告げた。
「…カウンセラー、昨夜私は副長と打ち合わせを行い、その後彼女にマッサージを施したんだ。少し時間を掛けて、じっくりとね…今朝…副長の顔色が好く観えたのはその効果で、代謝効率が向上したからだろう…解って貰えたかな? 」
私がそこで言葉を切った時、スタッフメンバーは既に全員がブリッジに集まっていて、それぞれのレベルで意表を突かれて驚き、動きを止めた。
「…あ…はい…解りました…ちょっと、感情的な態度を採ってしまって、申し訳ありませんでした…あの…アドル艦長は、マッサージがお得意なんですか? 」
「…そうだね。昨夜副長に言ったのが初めてで、君達に打ち明けるのは今が初めてになったけど、マッサージは数年、独学で学んでいたんだよ…この80数日の間、僕達は見学・面談・読み合わせ・打合せ・研究会とか訓練プログラムプランの構築等々に時間を割いてきていて、個人的な側面についての話が殆ど出来なかったけど、もうゲーム大会は無事に開幕して準備する事やその必要も無いから、これからはお互いの個人的な側面についての事を出し合って解り合って行こうと思うんだよ…好いかな? 」
「分かりました、アドル艦長。私は艦長の姿勢を支持します。今後は私も個人的な側面を適宜にお話ししたいと思います」
「…ありがとう、ハル参謀。宜しく頼むよ…」
「…あの…アドル艦長、私もこれからは自分の事を話していきたいと思います…ので、艦長の事も教えて下さい…特に…マッサージに、ついてなど…? 」
「(笑)…分かったよ、カウンセラー(笑)次に時間があったら、君に施術するよ…」
「本当ですか!? ありがとうございます! 期待しています」
「…どう致しまして。それじゃ、そろそろデイ・タイムに移行する。副長、総員第2警戒配置。20人を選抜して、シミュレーション・ポッドカプセルへの投入を頼む」
「…了解しました。手配します…」
「…艦長、デイ・タイムに移行するまで、あと1分です」
と、カリーナ・ソリンスキー。
「よし、了解。コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュケーション」
【コネクト】
「続けて、ライブラリー・データベースにアクセス」
【アクセス】
「グループ名『ミーアス・クロス』、楽曲名『モーニング・アドベンチャー』、ボリューム7で再生スタンバイ」
【スタンバイ】
「続けて再生プロセスをコミュケーション・アレイとリンク、全ゲームフィールドに向けて、通常音声発信用意」
【完了】
「ブリッジから全乗員へ。こちらは艦長だ。2日目のデイ・タイムが始まった。確証は無いが、セカンド・ステージがあるだろう。だが心配しなくても好い。何があっても対応できる段取りと手順はこちらで考えて提示するから、諸君は指示を迅速に遂行してくれれば好い…それじゃ、元気を上げて行こうか? スタート! 」
『ミーアス・クロス』の『モーニング・アドベンチャー』は確か彼女達のシングル・カット3曲目だ。明るく、眩しく、活き活きと弾けるようなリズムでの、ポップでダンサブルなセクシーでヘルシーなコーラス・ダンスナンバーがゲームフィールドの全域に流れ始める。
『ミーアス・クロス』の4人も『リアン・ビッシュ』の4人もそれぞれの配属先で配置に就いていたが、直ぐに眼を瞠って口を両手で押さえ、その眼から涙を溢れさせてその場から動けなくなった。
「…あの娘達、きっともう泣いてるね…」
エマ・ラトナーがタッチパネルの上で指を走らせながら、誰に言うでもなく呟く。
「コンピューター! 本艦を中心に、第5戦闘距離の3倍までの範囲内を3D投影! 」
そう命じると、ブリッジ中央部の空間に3Dでチャートが投影される。
『モーニング・アドベンチャー』は総てを肯定し、高らかに盛り上げてフェイドアウトした。
「カリーナ、比較的にデプリ密度の高い宙域を3ヶ所選んで座標をパイロット・チームに送ってくれ」
「了解」
「エマ、送られた座標の中で最も近い宙域に向けてインターセプト・コース。セカンド・スピードで発進! 」
「アイ・サー! 」
「副長、20名の選抜は? 」
「はい。既に終了して全員に、サブ・スタッフ専用のエクサザイズ・トレーニングデッキに向かうよう指示しました。それ以前に機関部に対してシミュレーション・ポッドカプセルの事前点検の要請も出しています…」
「了解だ。流石の手際だな、副長…訓練の監督は誰が? 」
「ありがとうございます…カリッサに立ち会って貰っています…」
「了解だ…取り敢えず2時間で切り上げて、配置に戻るように言ってくれ。日誌にレポートを挙げるように、ともね? 」
「分かりました」
「艦長、最近のデプリ宙域まで、あと20分です」
「了解、センサーは長距離パッシブ・スイープレンジに注意! 」
「了解、……センサーヒット! 」
「エンジン停止! 光学迷彩展開レベル3! アポジ・モーターでアップピッチ2°! 報告してくれ! 」
「軽巡で1隻です…向こうもエンジン停止…感知したポイントは、進行方位から左舷8°、アップピッチ2°、距離第5戦闘距離の55倍…相手艦の進行方位は本艦を基点として左に18°…ファーストスピードでした…」
「ふん…直ぐに停止したと言う事は、向こうも遣り手かな?…このままこの状態を維持して待機し、遣り過す。センサーは長距離レンジに対して更に注意! 」
「了解」
それから8分後…
「…センサーヒット! 軽巡です…方位367マーク24…距離、第5戦闘距離の54倍…サードスピードです…」
「右舷後方…艦尾から観て18°…ダウンピッチで7°くらいか…これで2隻…このまま待機…」
更にそれから12分後…
「…センサーヒット! また軽巡です!…方位458マーク192…距離、第5戦闘距離の55倍…セカンドスピードです…」
「左舷後方…艦尾から観て20°前後…アップピッチで2°くらいか…これで3隻、ハル参謀、残念だがこれは偶然ではない…」
「…はい…同意します…」
「コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュニケーョン! 」
【コネクト】
「ブリッジより全乗員に告げる。こちらは艦長だ。3隻の軽巡が現れた。これは偶然とは考え難い。セカンド・ステージであると判断する。シミュレーション・プログラムに入っているクルーはそのまま続行してくれ。直ぐに戦闘には入らない。総員は第1警戒配置へ。追っての指示があれば迅速に実行して欲しい。以上…」
「…カリーナ、運営推進本部からの通達は? 」
「…まだ出ていません…」
「これがセカンド・ステージなら出る筈だ。あと10分待機する…」
そして5分後…
「…艦長、運営推進本部より全参加艦に対して通達が発せられました…セカンド・ステージ開始です。チャレンジ・ミッションですので、損傷率60%以上を被ったとしても撃沈判定は出ません…」
それを聞いて私は立ち上がり、中央部まで歩いて振り向くと、1人1人を見渡すようにして口を開く。
「セカンド・ステージが開始された。スルーすると言う選択肢もあるが、意見は? 」
「やりましょう。やれるでしょ?(微笑)」
そう言ったハンナ・ウェアーに、彼女の眼を視ながら微笑で頷く。
「チャレンジ・ミッションには基本的に参加するのが、本艦の基本方針です。参加する方針に異存はありません」
と、ハル・ハートリー。
シエナ・ミュラーを視たが、彼女は何も言わずに笑顔で頷いた。
エマ・ラトナーの左脇に立って彼女を見遣る。
「脚の速さがご所望でしたら、お任せを(微笑)」
「エンジンは何時でもフルパワーを出せます」
リーア・ミスタンテも笑顔でそう応える。
エドナ・ラティス砲術長を観ると、彼女も何も言わなかったが左手でサムズアップをキメて見せた。
「現状で本艦を認知しているのは、最初に現れた艦だけだ。今はお互いにロストしているがね…2番目と3番目に現れた艦はお互いを認識して接近中だ。交戦に入るだろう。本艦の選択肢としてはふたつ。第2艦と第3艦の交戦の余波に紛れて接近し、どちらかに奇襲攻撃を仕掛けて離脱する。いまひとつは、彼等の交戦余波に紛れて第1艦をデコイで釣り、位置を特定して奇襲攻撃を掛ける。どちらが好いかな? 」
キャプテン・シートに座り直して、そう皆に問う。
「本艦が第2か第3艦を攻撃しようとする刹那に、第1艦から攻撃される可能性があります。先に第1艦を狙いましょう」
「(笑)流石はハル参謀だ。その作戦案を採用しよう」
「どう致しまして(笑)でも、もう決めてらっしゃったんでしょう? 」
「(笑)まあな…カリーナ、第2艦と第3艦のコースとスピードから、接触予想ポイントを3Dチャートに出してくれ? 」
「了解」
そう応えて、パパッとパネルの上で指を走らせる。
「…ふ…ん…あそこの辺りか…あれだな…エマ、方位107マーク49に観える、あの岩塊だ。アポジ・モーターで艦首を岩塊に向けて、慣性航行で接近。適当な距離で艦首左舷のロケット・アンカー2本を撃ち込み、全力で捲き上げて距離200mに着けてくれ。その位置からデコイを発射する…あっ、左舷のロケット・アンカーは修復できているのか?! 」
「大丈夫です。修復は完了しています」
「そうか…それは好かった…それじゃ、このプランで頼む」
「了解…岩塊に接近中…適切な距離まで約5分…」
「まだ距離が遠すぎて、3艦ともデータをダウンロードできないから、艦名も判らないけどな…」
「その内に判りますよ」
と、シエナ副長。
「それもそうだがね。それはそうと、シエナ副長…マッサージの感想を訊いてなかったな…どうだった? 」
見る見るうちに顔が上気して赤くなり、返答が口ごもる。
「それは…もう…とても…癒されました…とても…気持ち好かったです…」
そう応えるシエナにハンナが左隣から流し目をくれている。
「どこか痛かったり、足りないと思ったところは? 」
「いいえ! 何も…ありません…充分…でした…」
「…シエナ…アナタ、1ヶ月に1回はプロのマッサージャーの施術を受けているわよね? アタシ、受けた直後のアンタを何度も観てるけど、今のアンタ、全然顔の色艶が違うわよ。ねえ、アドル艦長のマッサージって、どのくらい気持ち好いの? 」
「カウンセラー・ハンナ・ウェアー。そんなに根掘り葉掘り訊かなくても、次は君に施術するから心配しなくて好いよ…」
「分かりました…もう訊きません…失礼致しました…」
「そんなに畏まらなくても好いよ、カウンセラー。ただ僕のマッサージは全くの我流だから、プロから観れば雑で非効率に観えると思うけどね…今夜か明日の朝で、何処かが痛くなったりしたら直ぐに言ってくれよ、副長? 」
「…は、はい。分かりました…そう言う事があつたら、直ぐに報告します…」
「もしかしたら、良くない事をしてしまったかも知れないからさ…」
「そんな事はありません。完璧で…最高でした…」
「…(笑)ありがとうな、副長(笑)」
そんな私達を、とても羨ましそうにハンナ・ウェアーは観ていた。
「艦長、もう発射できると思いますが? 」
「了解だ。やってくれ」
「了解、アンカー発射! 」
艦首左舷からアンカーが発射され、岩塊に向かって伸びて行き、撃ち込まれた。
「全力で捲き上げ! 」
「了解! 」
『ディファイアント』よりも遙かに静止慣性の大きい岩塊に引き寄せられる格好で、引っ張る側が手繰り寄せられて行く。
「距離200mまで、あと2分」
「デコイ・ミサイル用意」
「用意よし! 」
「第2、第3艦は、まだお互いに接近中か? 」
「接近中です。お互いにインターセプト・コースを採っています」
「交戦開始までは? 」
「…約20分かと…」
「これで、まだ他の艦がそこら辺に隠れていたりしていたら、ややこしい事にはなるけどその方がやりやすいかも知れないな…」
「そうですわね。どの道、本艦以外は全部敵ですから…」
「間も無く200mに到達します」
「よし、デコイ・ミサイルに方位201マーク348への直線コースをプログラム。出来次第放出」
「…了解…プログラム完了。放出します」
「放出後、直ちに起動」
「…起動しました…航走開始しました」
「よ~し、アリシア。ここに罠を仕掛ける。フロントから18基、リアからも18基ミサイルを放出して、この岩塊の表面に貼り付けて設置してくれ。仕掛けミサイルにする。それと信号中継ビーコンをひとつ設置してくれ。離れた位置からでも仕掛けミサイルにデータプログラムが出来るように…」
「…分かりました、直ぐに掛かります…」
「…36基も放出して大丈夫ですか?…」
と、少し心配そうなシエナ副長。
「3隻も相手にして、戦果を挙げて離脱しようって言うんだ…全部使っても構わないぐらいの覚悟がないとね…まあ観ていてくれ…ここを嵐の中心にしてやるから…」
「分かりました。しっかり観ます」
「アリシア、弾頭は接触信管だからな。アポジ・モーターでゆっくり動かして設置してくれよ? 」
「了解、注意してやります」
「カリーナ、第1、第2艦のパワーサインは採ったか? 」
「はい、もう採りました…」
「よし、これで第1艦のパワーサインが採れれば、段取りのひとつが終る…」
「…艦長、未登録のパワーサインを感知。こちらのデコイを追尾する形で移動中…第1艦のようです。デコイに対してのインターセプト・コースを採りました…」
「パワーサインを登録してくれ。それがデコイか本物かはまだ判らないが、パワーサインは本物の筈だ。でなければ、幻惑の意味が無いからな…」
「艦長…どちらでしょうか? 」
と、ハル・ハートリー。
「まだ判らない…第2艦と第3艦の交戦が始まっても新しいパワーサインが現れなければあれが本物だが、現れればそれが本物だ…アリシア、設置は? 」
「…待って下さい…岩塊の形が複雑で…もうしばらくかかります…」
「好いよ…落ち着いて、慎重にやってくれ。これが終って初めて、戦場の設定が完了する…副長、参謀…俺の勘だけど、あれはデコイだ…次に現れるサインが本物だ…まあ尤も、その方が面白い…そうであって欲しいって言う願望だけどな…」
アドル・エルクのこの言葉に、シエナ・ミュラーとハル・ハートリーは彼を挿んで顔を見合わせるのだった。
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