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ファースト・シーズン

初戦闘

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「デコイ発射15秒前、艦首左舷アポジモーター起動、面舵3°…発射! 」

 6番発射管からデコイが射出され、『ディファイアント』のパワーサインを発信しながら、航走していく。

「ロケットアンカー発射! 」

「了解! 」

 右舷艦首からふたつのアンカーがワイヤーを曳きながら射出され、目標に向けて飛ぶ。

「艦長! 相手鑑がエンジン始動。デコイを追い掛けて、インターセプトコースを採ります」

「そうか、アンカーは?! 」

「到達まで6秒」

「よし、これより相手艦を敵艦と呼称。艦首・艦尾対艦ミサイル発射管全門装填! 」

「了解! 」

「アンカー目標に到達! 」

「よし、直ちに巻き上げ。エマ、艦体が岩塊と接触しないように注意しろ! 」

「はい! 」

 ワイヤーが巻き上がり、張り詰める。アンカーを撃ち込んだ岩塊の方が静止質量が大きいので『ディファイアント』の艦体が引き摺られて変針し始める。エマ・ラトナーは周囲の宙域に注意を払い、艦体が周辺のデプリに接触しないよう、操舵タッチパネル上で素早く細かく指を走らせ、艦体に姿勢制御を加え続ける。

「岩塊に接近中」

「エマ、岩塊の右側から接近し始めたら、アンカーを離脱させて回収。アポジモーターを上手く使って、岩塊を右側から廻り込め」

「了解」

「敵艦、デコイを追い掛けて加速を掛けます」

「! そうか、仕方ない、デコイとレーザーラインで接続。アクティブ・パワースキャンを発信! 」

「了解、接続。発信! 」

 航走するデコイから、アクティブ・パワースキャンが発振された。

「続けて起爆指令を送信! 」

「了解、送信! 」

 航走するデコイが起爆した。

「エンジン始動! 臨界パワー120%! 噴射出力100%! 全速発進! アンカー離脱して回収! 全速加速続行! 」

 メインスラスターが爆発的に焔を噴出し、艦体が急激に押し出される。セットそのものも前に動いた。

「お? ここまで再現するのか? 距離は?! 」

「第5戦闘距離の12倍です! 」

「まだ遠い。20秒でエンジン停止! 」

「艦長! デコイからのパワースキャンで艦を探知、軽巡です。方位、269マーク87。距離は第5戦闘距離の42倍」

「ほぼ後方、アップピッチ10°くらいか。やはり沈めるつもりで仕掛けているのかな? 他の19艦も似たような境遇なんだろうか? この4日間で何隻かは沈めるつもりなのかな? エンジン停止! 」

「エンジン停止! 」

「艦長! 敵艦が面舵を切って反転中です! 」

「うん。デコイと気付いて、本艦を探しているんだろう。しかし、エンジンを切らないでいるのは、位置を知られてエンジンのパワーサインを読み採られても、構わないのかな? エマ! 艦首正面チョイ左の大きい岩塊が観えるな? そいつに艦首のロケットアンカーを4本総て撃ち込んでくれ! 」

「了解。艦首ロケットアンカー、目標に照準…発射! 」

 艦首両舷から4本のアンカーが射出され、目標に向かってワイヤーを曳き出しながら進む。

「後方の艦は? 」

「加速しつつ接近中、第5戦闘距離の32倍です」

「これより後方の艦を第2敵艦と呼称する。リア・ミサイル、9番と10番を放出! 」

「放出、ですか? 」

 メイン・ミサイル・コントローラーの、アリシア・シャニーンが訊く。

「そうだ。発射ではなく、放出だ。」

 4本のロケットアンカーが目標に到達して突き刺さる。

「最大出力で巻き上げ! 艦尾アポジモーター低出力で起動! フロント・ミサイル全門、第1敵艦のエンジン・パワーサインを入力! 距離は? 」

「第5戦闘距離の9.5倍です」

「リア・ミサイル、11番を放出! 」

「了解」

「フロント・ミサイルの1番に、タイプ2のブースターを装着! 」

「了解」

「ワイヤー巻き取り順調。岩塊に接近中」

「カリーナ、長距離センサー、パッシブスイープ。他に艦の気配は? 」

「今の処、ありません」

「第1敵艦の様子は? 」

「更に面舵を掛けて転回中、間もなくこちらに艦尾を向けます。距離は第5戦闘距離の3.8倍。岩塊に接近中、あと800m」

「リア・ミサイル9番、アポジモーター起動。10番との距離を採れ。」

「了解」

「ようし、そろそろ始めるぞ。エマ、岩塊との距離が100mを切ったら、アンカーを離脱させて回収、同時にリア・ミサイル9番を起爆、続けてエンジン始動、全速発進。第1敵艦へのインターセプトコースを採ったら、フロント・ミサイル1番を発射。続けてリア・ミサイル10番を起爆。エンジン・フルパワーダッシュだ! 」

「岩塊まで…100mを、切りました! 」

「アンカー離脱して回収! 」

「回収順調」

「リア・ミサイル9番起爆! 」

「起爆信号発信! 」

「エンジン始動! 臨界パワー130%! 噴射出力110%! 全速発進! フロント・ミサイル1番発射! ハイパー・ヴァリアント発射準備! 主砲1番から4番、斉射8連、直接照準、最大出力でセット! 」

 ハイパー・ヴァリアントとは、軽巡宙艦の艦首に1門で装備されている、超高出力・大口径の電磁レールキャノンだ。

「第5戦闘ラインまで40秒! 」

「全速加速、続行! リア・ミサイル10番起爆! ブースター・ミサイルは?! 」

「加速順調、着弾まで50秒! 」

「エドナ砲術長、腕を見せてくれ。ハイパー・ヴァリアントで第1敵艦を狙撃する。第2戦闘ラインに入る手前で撃つ。ターゲット・スキャナーの調整と絞り込みを頼む」

「了解」

 エドナ・ラティスも女優だが、殊射撃に関する限り、彼女の右に立てる女性芸能人はいない。

「第5戦闘ラインまで、15秒! フロント・ミサイル着弾まで25秒! 第1敵艦は本艦を探知出来ていないようです! 」

「リア・ミサイル11番、起爆! 」

「エマ! 操艦は任せる! 出来る限り、岩塊を盾にするように飛んでくれ! 」

「了解! 」

 メイン・パイロットシートに座るエマ・ラトナーも女優だが、世界最高峰のスピードポッド・レース・ソサエティ【E・X・F】(エクセレント・フォーミュラ)クラスに加盟するレース・クラブチームのマスター・パイロットでもある。

「第5戦闘ラインを越えました! 着弾まで10秒! 」

「加速、更に続行! 」

「現在、時速1240km! 時速1500kmを超えるまで30秒! 」

「2…1、着弾! 」

 対艦ブースター・ミサイルが、第1敵艦の左舷後部に着弾した。これでもう暫くはセンサー・レンジが爆発の余波で撹乱される。

 エンジンを切ってさえいれば、当たらなかっただろうに。

「第4戦闘ラインまで、30秒! 」

「うーん、マズったな。まだ遠い。間合いを読み違えた。人の事は言えないな。もう向こうは、こちらを探知するだろう」

「…センサーレンジ、クリアー! 艦長! 第1敵艦が本艦を探知したようです! 艦首をこちらに向けて加速中! 」

「シールドは? 」

「まだ展開していません。」

「ミサイル1発食らったぐらいではってか? こいつは好都合かも知れないな。向こうから距離を詰めてくれる。距離は? 」

「相対距離で第3戦闘ラインまで20秒! こちらは時速1760kmです! 」

「全エンジン噴射停止! パワーをハイパー・ヴァリアントに集中! エマ! 第1敵艦を艦首軸線に乗せろ! エドナ! 第1敵艦に照準。狙点固定! ハイパー・ヴァリアント! 臨界パワー150%、発射出力130%! 第2戦闘距離に掛かる10秒前に発射! カウントダウン開始! 」

「発射40秒前! 第1敵艦加速中! 艦長! 第2敵艦も加速中! こちらに対してのインターセプトコースです! 」

「先ずはこっちが先だ! エドナ! どうだ? 好いか?! 」

「良好です。ターゲットスキャナー、照準セット。狙点固定。いつでもイケます! 」

「発射20秒前! 」

「発射と同時にフロント・ミサイル第1波、全弾発射! 」

「了解! 」

「全エンジン、噴射再開! 」

「発射10秒前! …5、4、3、2、1、」

「撃ってー!! 」

 艦首発射管から赤熱実体弾が超速で射出された。軽い振動がブリッジ・セットにも伝わる。

「フロント・ミサイル第1波、発射! 」

 艦首両舷から対艦ミサイル8本が発射され、第1敵艦に向かって真っ直ぐに航走していく。

「『ディファイアント』全速発進! スーパーダッシュ!! 」

「ハイパー・ヴァリアント、着弾まで10秒」

「主砲1番から4番、第1敵艦に照準! 」

「着弾します! 」

 実体弾が第1敵艦の左舷前部に命中した。相当なスピードで突入したが貫通はせず、かなり破壊的に艦内を動き回ったようだ。

「距離、第1戦闘距離に15秒前! 敵艦出力低下。シールドアップしましたが、パワー減衰」

「主砲8連斉射10秒前! フロント・ミサイル第2波装填! 第1波は? 」

「第1波、着弾まで20秒、4、3、2、1、」

「ってーー!! 」

 8本のビームが一斉に放たれて第1敵艦に向かい、命中する。ディフレクター・シールドが展開されているが、出力が不安定なせいで揺らいでいる。

 第2斉射、第3斉射と命中し、シールドパワーが減衰していく。

「第1敵艦、シールドパワー減衰中。48%…42%…35%…27%。第1波ミサイル、命中します」

 8本のミサイルが命中し、よろめくように艦体を震わせる。

「フロント・ミサイル第2波斉射! 続けて第3波装填! 」

「第1敵艦、シールドパワー18%。8連斉射終了」

「もっと接近して肉迫しろ! 主砲は連射に切り替えて砲撃続行! 第2敵艦は? 」

「依然としてインターセプトコース。第3戦闘距離の18倍です」

「あまり時間が無い。集中連射砲撃を接近して続行! ミサイル第3波発射! 続けて第4波装填! 」

「シールドパワー6%、シールド消失! 」

「撃ち込め!! 」

 ついにシールドが消失した第1敵艦の艦体にビームが突き刺さっていく。4本、6本、8本と。艦体を細かく震わせて、ガスと火花を噴き出しながら、よろめくようだ。

「センサー! 敵艦の損傷率を読み採ってくれ。凡そで好い。」

「損傷率18%…23%…28%…36%…」

「砲撃中止! エマ! 全速で敵艦の左舷を擦り抜けて離脱! 面舵30°で40秒走ったら、エンジン停止! 」

「ここで止めるんですか!!? 」

 エドナが目を剥いて私を観る。激昂までではないが、物凄く悔しそうだ。

「時間が無い! ここで撃沈に拘っていたら後ろから撃たれる! 」

「左舷を抜けます! 面舵30°」

「第1敵艦をスキャンして、ここまででの損傷率を読み採ってくれ。それと第1敵艦のデータをダウンロード! 」

「損傷率、38%です」

「うん、取り敢えず、継戦能力は奪えただろう。第2敵艦は? 」

「高速接近中。第3戦闘距離の12倍! 」

「ダウンロードできました。報告しますか? 」

「後で好い」

「40秒経過、エンジン停止します」

「よし、光学迷彩をワンレベルアップ。エマ、方位678マーク147にある大岩塊が観えるな? あれの左側に右舷のロケットアンカーを2本撃ち込む。タイミングは…40秒後だ。判るな? 」

「了解、判ります」

「スピードが出ているから、ワイヤーが張れば直ぐに艦体が引き摺られて変針し始める。転回中は周辺の状況に注意! 」

「了解」

「艦長、第2敵艦が先に第1敵艦を攻撃する可能性がありますが…」

 私の右隣に座る、ハル・ハートリー参謀だ。直近の可能性について注意を喚起してくれる。

「その前にこちらが後ろから撃つ」

「いずれにせよ、本艦が第1敵艦を囮に使ったと観られるでしょう。後で何を言われるか、分かりませんが…」

「まあそう観られるかも知れないが、それでも易々と沈めさせはしないよ」

「ロケットアンカー発射5秒前! 3、2、1、発射! 」

 再び2本のアンカーが発射され、目標に向けて伸びて行く。

「到達まで20秒」

「副長、データを読んでくれ」

「えっ、は、はい。国立防衛大学校として参加している艦です。クルーは各年次の学生から選抜していて、艦長は戦略・戦術科の教授です」

「ふん、学校の予算から参加費用を捻出したのかな? いや、それじゃ足りないだろうな」

「アンカーが到達します」

「よし、少し巻き上げてワイヤーを張れ! 直ぐに変針し始めるから、姿勢制御は任せる! 」

「了解」

「フロントとリアの発射管からミサイルを一本ずつ放出! 空いた発射管には直ぐに次弾を装填して、第2敵艦のパワーサインを入力! 」

「了解」

 再び『ディファイアント』の艦体が張り詰めたワイヤーに引かれ、引き摺られて大きく変針していく。前回と違って数倍のスピードでスライドしていくから、エマがタッチパネル上で走らせる指の速さも目まぐるしくなる。

「両舷のサブ・パイロットもエマを補佐して姿勢を制御してくれ。艦体にデプリが接触したら、第2敵艦に気付かれる」

「了解」

「コンピューター、本艦と敵艦を中央部に置いて、周辺チャートをタイムカウンターと共に投影」

 ブリッジ中央部の空間に投影された3Dチャートを20秒程観て立ち上がる。

「40秒でカウントダウン開始。アンカー離脱・回収と同時にリア放出ミサイルを起爆。即時にフロント・ミサイル斉射して、エンジン始動・全速発進。第1戦闘距離に到達する直前にフロント放出ミサイルを起爆して、主砲斉射10連。同時にフロント・ミサイル第2波斉射。砲撃を集中させつつ肉迫して摺り抜け、一旦離脱する。時間は? 」

「行動開始20秒前! 」

「ようし、行くぞ! この攻撃で第2敵艦からも継戦能力を奪う!! 」

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