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出航
同盟談合
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インターコールが控えめに響く。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開いて青い短髪の若いスタッフが、狭い執務室に入室する。デスクに着いているのは、ダブルのスーツを着た中年男性だ。
「…部長、例の20隻…プラス2隻ですが、ほぼ同時刻に入港しました。彼らが独自に設定したであろう暗号秘密回線を通じて、連絡を執り合っているのは最早疑いありません…」
「システム・データはどのくらいで解析できる? 」
「早ければ10日ほどで出来るだろうと…」
「そうか。だが彼ならば、それまでにマイナー・チェンジを施すだろうな…」
「それはこちらでも、充分に予想しています」
「収録した彼の言動の中で、何か気付いたかね? 」
「この2日間での彼の言動と示してきた演出・戦略・戦術から汲み取れるのは、艦長達の耳目を自分と『ディファイアント』に集中させる事で、他の21隻への関心を薄れさせて守り、加えて行動の自由を確保させようとする意図です…」
「まあ確かに『ディファイアント』が沈めば、彼らのグループは瓦解するからな…」
「ええ…ですが『ディファイアント』は、ファースト・チャレンジミッションをフィフス・ステージまでクリアしました…」
「今の『ディファイアント』の力を、クルーの知識・経験・自信に裏打ちされた能力をも加味して相俟れば、ノーマル・モードの軽巡宙艦で5隻分にも匹敵するでしょう…」
「敵対勢力には、まだそこまでの認識はない。舐めて掛かるだろうな…」
「はい…そのような認識・意識のままで戦端が開かれれば、それこそ彼の思う壺になるでしょう…」
「…分かった。総裁には私から報告しよう…」
「宜しくお願いします」
一礼を施すと踵を反して、彼は退室した。
軽巡宙艦20隻の全クルーともなれば1600人以上になる。
それ程の大集団が寄り集まり、縺れ合うようにして喜びを分かち合っている。
喜びが勝ち過ぎていてなかなか移動出来ないでいたが、徐々に落ち着きを取り戻すとデッキ・ポート上からスペース・ドックを緩やかに移動し始め、最初に全体で集合したスターティング・セレモニー・ホールに戻った。
そこでもお互いの健闘と戦果を称え合って、談笑が弾む。
ハイラム・サングスター艦長は私と再び握手を交わした時に、自分が喫っているものよりも2等級はグレードの高い、最高級ランクのハードボックス・プレミアム・シガレットを私の手に握らせた。
遠慮しようものならスーツの内ポケットに、有無を言わさず捩じ込んだだろう。
「ハイラムさんが使われているような趣味の好いシガレット・ケースは、どちらで購入できますか? 」
何の気無しの問い掛けだったが、彼はシガレット・ケースを内ポケットから取り出すと、それをそのまま私の内ポケットに滑り込ませた。
「…おっと、好いんですよ、主宰。帰れば幾つも同じ物がありますから…」
流石に驚いて返そうとする私の手を押さえてそう言う。
「ご苦労様でした、アドル主宰。主宰からは色々と学ぶ事が出来て光栄でした。ありがとうございました。お疲れの色も観えますが、何かお話したい事でもありますか? 」
『カレドン・カサンドラ』のアシュリー・アードランド艦長が、改めてのハグの上で訊く。
流石に広告宣伝業務のスペシャリストだな。社内外の人達と、頻繁に顔を合わせて話し合っているからこその観察力か。
「はい。流石ですね、アシュリー艦長。この後、お時間の許せる皆さんだけで結構ですが、実は共有して置いて頂きたい話があります。1階のロビー・ホールで聞いて頂ければ嬉しいのですが…」
私からのこの要請は瞬く間で全体に拡がり、各艦の司令部でも主要なメンバーが『トゥーウェイ・データ・ネット・ストリーム・ステーション』社、1階のロビー・ホールにて談合する事になった。
それから45分後。同盟に参画する各艦司令部の内、艦長・副長・参謀・機関部長・カウンセラー・メインパイロット・砲術長・保安部長がそれぞれ残り、計160名が1階のロビー・ホールに集って座っている。
元々ロビー・ホールに置いてある椅子にそこ迄の脚数は無かったので、警備センターに連絡して持って来て貰ったのだ。
勿論その際には、私達が警備センターに預けて置いた私物も持って来て貰った。
備え付けのドリンク・ディスペンサーに160人分の飲み物を出させている間、私を含む38名の喫煙者で玄関から外のエントランス・パークで一服点ける事にした。
38名は22名が男性で、16名が女性と言う構成だ。
ロビー・ホールには5つのスタンド灰皿があったが、全部持って出て来た。
私はハイラムさんから貰ったハード・ボックスの封を切り、2本を取り出して内の1本を元の持ち主に差し出すと、彼も出来たもので何のてらいも無く受け取り、私のライターで同時に点けた。
「…素晴らしい…これ以上のものは無いですね…ありがとうございました…」
「…実は、私もこれを喫うのは初めてです…このひと箱だけでも凄く高かったもので…正直、お裾分けを下さって感謝してます…」
「…今度、呑みに行きましょう。『ディファイアント』のラウンジ・バーにも、いずれご招待します…」
「ありがとうございます。どちらも必ず行きますよ」
「アドルさん、2日間お会いしなかっただけなのに、久し振りな感じがしますね。本当に色々と教えて下さって、ありがとうございました。プレミアム・シガレットには劣りますが、宜しければ? 」
そう言って『ラバブ・ドゥーチェン』のアリミ・バールマン艦長も、シガレット・ケースを開けてかざしてくれる。
「…これはどうもありがとうございます、アリミさん。では遠慮なく。こちらは心ばかりのお礼と言うことで…」
私は彼のケースから1本を丁寧に丁重に取り上げ、プレミアム・ハードボックスから取り出した1本を、丁寧に置いた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
「…お疲れ様でした、アドル主宰。ご苦労様でした。そして本当にありがとうございました。これからも、まだまだ色々と教えて頂きたいです。宜しくお願いします…」
そう言いながら笑顔で私の前に立ち、改めて右手を差し出して来たのが『アグニ・ヤマ』のカーラ・ブオノ・マルティーヌ副長だ。
「…こちらこそ。お疲れ様でした、マルティーヌ副長。お役に立てたのなら、好かったです…」
そう応じながら、改めて握手を交わす。煙草を喫いながらでも、彼女の表情は魅力的だ。
「そう言えば、水曜日夜の接待ではお手伝い頂ける予定ですね。改めてありがとうございます。宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします。皆様に好い印象として捉えて頂けるかどうか不安ですが、精一杯務めます」
彼女が喫っているシガレットは女性向けの細く長いタイプの物で、その紫煙からは甘い香りが嗅ぎ取れる。
その後4分で全員が1本を喫い終えた。スタンド式の灰皿は、全てそのまま外に残して全員がロビー・ホールに戻る。飲み物も全員に行き渡っているように観える。
私は外で一緒に居たメンバーを着席するよう促すと、その場に立ったまま拡く全員を見渡す。
『ディファイアント』からもシエナ・ミュラー副長、ハル・ハートリー参謀、カウンセラー・ハンナ・ウェアー、エマ・ラトナー・メインパイロット、リーア・ミスタンテ機関部長、エドナ・ラティス砲術長、フィオナ・コアー保安部長が、この場に残って着席している。
数人からの手伝えで、私のコーヒーが手渡される。礼を言って受け取り、一口飲んで近くのテーブルに置く。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。元気に2日間を過ごせて、またここで再会出来たのが本当に嬉しいです。早く帰宅されたいでしょうに、ご無理を申し上げて残って頂きましたのには、例えここにカメラがあったとしても共有して置いて頂きたい、重要と思える案件があったからです…」
そう言って、もう一口コーヒーを飲む。
「…皆さんにも承知して頂いていると思いますが、あのサイン・バードさんにも相談しようと思っている案件です。具体的に言えば私の弱点についてです…」
そう言って、また一口飲む。
「私には弱点があります…何だと思いますか? 」
問い掛けられて皆、それぞれに顔を見合わせたが言葉は出なかった。
「…ちょっと…思い付きませんが…? 」
『サライニクス・テスタロッツァ』のローズ・クラーク副長が、ようやっとそれだけ応える。
「あのゲーム・フィールドの中でなら、私が何かに迷ったり悩んだりしたせいで判断が遅くなるような事には、ほぼならないでしょう。何が起きたとしても目的遂行の為に可能性が高く、効率的な効果が見込める選択肢を採って行動するでしょう。その結果が例えどうなったとしても、後悔はありません。受け容れて、先に進めば好いだけの話です。ですが現実の社会の中では、もっと厄介な事も起こります…」
そう言ってまたカップに口を付け、一口飲む。あまり美味いとも思えないコーヒーだが、考えを整理しながら話すと言う行為には、幾らか役に立つようだ。それにしても先の観えない話を皆にしようとしている、と言う事については申し訳なさを強く感じる。
「…例えば? 」
『バトゥ・ウルス』のメアリー・ケイト・シェルハート副長が、声を掠れさせる。
「皆さんもご承知の事とは思いますが、このゲームにはオープン・ベットが紐付けされています。公的なブックメイカーや、民間のブックメイカーによってですね。そのようなブックメイカーによって執り仕切られていると言う事は、シャドウ・ブックメイカーやダーク・ブックメイカーや、ブラック・ブックメイカーまでもが暗躍していると言う事です。そして、それらを執り仕切っているのは反社会勢力を構成する悪党達です。……『ディファイアント』を含めて私達の同盟集団は、回を追う毎に総合して強くなり続けて、戦い抜いて勝ち抜き続けるでしょう。ですが悪党達は、自分達が賭けに勝って儲ける為なら何でもやるでしょう……誰かを誘拐して、誰かを脅迫するぐらいの事は平気でね……もしもそれらの犯罪の芽を、事前に察知して防止する事が出来なかった場合、私は判断する事が出来なくなって止まってしまうでしょう……それが私の弱点です……だから明日、出来るだけ早くサイン・バードさんと連絡を執って、相談しようと思っています…」
話を切って、二口飲む。もうそろそろ飲み終わる。何故だろう? このような時には何を呑んでも美味くない。
「そんな事が? 」
『チャッカラタナ・ヴァルティン』の
フランセス・ラングフォード副長だ。目を見開いている。
「有り得…ますね…私の知り合いのスピード・ポッド・レーサーも…家族が誘拐されて、脅迫されました……悪い事に警察の捜査が失敗して…残念な結果になってしまいましたが…! 」
と、エマ・ラトナー。
「…その事件なら、知っています。私は、お葬式にも参列しましたので…」
『サライニクス・テスタロッツァ』でメインパイロットを務める、イリヤ・カーラーが沈痛に言う。
「…誘拐されるかも知れない対象者なんて、拡く捉えれば数万のオーダーにもなるでしょう……とてもじゃありませんが、それらの全員を私達だけで警護するなどは不可能です…ですが事前にその兆しを検知出来るのなら、少人数でも対応は出来るだろう…サイン・バードさんと明日中には連絡を執りますよ…」
「…先ずはそれが…先決ですね…」
『ラバブ・ドゥーチェン』のラクウェル・アンスパッチ副長だ。
「平日なら私達でも、バードさんのチームに協力出来るんじゃないですか? 確かに私達は芸能人ですが、知識的にも能力的にも何も知らない、出来ない素人じゃありません。これだけの人数が居て、交代でやれる範囲内でなら充分安全に協力出来る筈です! 」
『トルード・レオン』のシャロン・ヒューズ副長が立ち上がって言う。
ヤンセン・パネッティーヤ艦長が彼女の左手を引いて座らせようとしたが、彼女はその手を振り払った。
(おやおや)
「…その意見は本艦の司令部でも出ましたので、ここでも出るだろうなとは予想していました。本艦に於いても議論しましたが、当然ながら私は反対しました。大事な仲間を、しかもその方面では全くの素人同然なのに、危険な環境や状況に曝すような事は出来ません。しかしながら今、サイン・バードさんとモリー・イーノスさんの連絡先を知るのは、最早私1人だけではありません。私が何を言ってもどのように止めようとも、危機的な状況であるならば皆さんはそれぞれ自分の意思で行動するでしょう。私はその事も含めて、サイン・バードさんに連絡を執って相談し、協議しようと考えています。本艦のクルーだけですと人数も少ないですし危険性も高まりますが、これだけのクルーメンバーが居て協力して貰えるのなら、危険性もある程度下がるでしょう。先ずは各艦司令部から…略式ではありますが了承を頂き、それを受けて踏み出したいと思います。如何でしょうか? ああ、ええと…甘くないソーダ水をお願いします…」
そこまで言って、小さく咳払いをする。
「勿論『サライニクス・テスタロッツァ』は全面的に協力します。言うまでも無くやれる範囲内で、ですがね。加えてもしも宜しければ、私の部下も出向させます(笑)ウチの者達の方が使い勝手は好いと思いますので(笑)いずれにしろ私自身が休職中の間は艦も動きませんので、部下達も比較的自由に動ける筈です…」
ちょっと自信あり気な風情で胸を張って観せながら、ハイラム・サングスター艦長はそう応じて、コーヒーを二口飲んだ。
「…逆にあの、今アドル主宰が説明されたような、危機的な問題・状況の発生を防止する為に、やれる範囲内で交代しながら協力して対処しようとする事にさえも、難色を示されるような方がここにはいらっしゃるのでしょうか? 」
ホット・ミルクココアを一口飲み、素晴らしく長い脚を脚上で美しく組んだ姿勢で、『フェイトン・アリシューザ』のザンダー・パスクァール艦長が問い掛ける。
「了承は致しますが、基本的にクルーの出向は保安部と機関部から、と言う事で統一しては如何でしょうか? 」
『アレス・アストライオス』のヴィヴィアン・カークランド艦長が、コーヒーカップをソーサーに戻して、そう提案する。
「…今はまだ、具体的に何かの兆しが観えている訳でもありませんし、ファースト・シーズンの間はそのような犯罪の計画が芽吹くような事も無いでしょう。ああ、ありがとう。ただ最初のお話として、問題提起と提案をさせて頂いたと言う次第です。ある程度の承知と了承が頂ければ、現段階ではそれで充分でしょう…」
話の途中でソーダ水を受け取り、話し終わってから二口飲む。立ったままだ。男性クルーに椅子を勧められたが、大丈夫だからと右手で応じる。
「と言う訳で、明日はサイン・バードさんと、この件で最初の話し合いをします…」
そこまで言った時に、警備センターから返して貰った私の携帯端末が、通話着信音を響かせる。私は端末を左手にして、ちょっと上を見上げた。
「…なるほど。ここの監視カメラで観ていたと言う訳ですか…」
回線を繋ぎスピーカーに切り替えて、目の前のテーブルに置く。
「…こんばんは、バードさん。暫くでした。貴方はいつでも、何処からでも私を観られると言う事を、ちょっと忘れていましたよ。ちょうど貴方に連絡を執りたいと思っていました…ああ、ちょっと待って下さい…」
そこで話を切って、端末の録音アプリを起動する。
「出来れば皆さんも、私とバードさんの会話を録音して下さい。ああ、バードさん。お待たせしました。どうぞ…」
「…こんばんは、アドルさん。暫くでした。そして【『ディファイアント』共闘同盟】の皆さん、初めまして。私がサイン・バードです。皆さんのご無事でのご帰還を心よりお祝い申し上げます。只今、アドルさんからもお話がありましたが、そのような犯罪の兆候は今の処、ありません。ですが、皆さんに敵対しようとする勢力は増大しています。つい先程もアドルさんの端末に送りましたが、現在360人です…」
「…ほう、だいぶ増えましたね…」
「…ええ…」
「…360人? 360隻!? 」
『ダルモア・エレクトス』のアジェイ・ナイデュ艦長が思わず顔を上げる。
「次の出航までには、もっと増えると思いますよ(笑)」
「…色々と派手に、挑発しましたものね? (笑)」
ザンダー・パスクァール艦長が、そう言って笑う。
「まあ、そんな処だね(笑) ああ、すみませんでした、バードさん。わざわざ知らせて頂いて、ありがとうございました。それであの、ひとつご相談があるのですが……」
「…アドルさん…そうですね…今の処【『ディファイアント』共闘同盟】とその関係者に対して、圧力や脅迫や危害を加えようとする兆候はありませんが、もしもそのような犯罪の可能性や兆候が観られましたら、その時には私から連絡しますのでその時に改めてお話しましょう。数人程度のお手伝いを要請するかも知れません…」
「分かりました。その際には是非、宜しくお願いします。他に何かお話はありますか、バードさん? 」
「はい。実は運営推進委員会の中で、皆さんが使っています秘密回線に於ける、システムデータの解析が始められています…」
「そうですか。10日ぐらいで出来ると言っていましたか? 」
「…ええ…早ければ……それでこれは私からの提案なのですが、同盟内シークレット・ネットワークアレイのバージョンアップを、私に任せて頂けないでしょうか? 任せて貰えれば、3ヶ月でも解析されないシステムを構築します…」
「…サイン・バードさん、願ってもないようなお申し出をありがとうございます。貴方にお任せする事が出来るのなら、これ以上のバージョンアップは無いでしょう。バードさん、すみませんが暫時頂きまして協議しますので、保留とさせて頂いても宜しいでしょうか? 」
「どうぞ、アドルさん。お待ちしておりますので…」
「ありがとうございます。では、暫時頂きます」
そう言って、通話を保留とした。
「…皆さん、只今サイン・バードさんから寄せられました提案について、協議します。私はバードさんに任せるのがベストだと思いますが、どのような意見も歓迎しますので、自由に発言して下さい…」
「…サイン・バードさんは、そこまで信頼のおける方なのでしょうか? 」
『マキシム・ゴーリキー』のアウリィ・グナディ艦長が疑問を呈する。
「…グナディ艦長のご懸念は尤もです…が、既に私はバードさんを信頼しています。何故なら、彼の優先条項を裏付ける思考経路や心理動向が、私には充分理解出来るからです。それに、彼が我々を妨害したり攻撃したとしても、彼にとって何らの利益にもなりません。故に私は彼と彼のチームを信頼します…」
「…分かりました。アドル主宰がそこまで仰られるのなら、私もサイン・バードさんを信頼しましょう…」
「ご賛同頂きまして、ありがとうございます。グナディ艦長…」
「…アウリィと呼んで下さって結構ですよ…」
「分かりました、アウリィ艦長…他にご意見はありますか? 」
呼び掛けたが、発言は無かった。
「分かりました。ではサイン・バードさんにお任せすると言う事で、決定します」
そう言って携帯端末を取り上げると、通話保留を外してまたテーブルに置く。
「お待たせしました、バードさん。協議の結果、我々が新しく使うシークレット・ネットワーク・コミュニケーション・リンク・アレイに於ける、システムデータの構築と設定を貴方にお任せする事としました」
「【『ディファイアント』共闘同盟】の皆さんから信頼を得る事が出来まして、大変に嬉しいです。改めまして、これから宜しくお願いします。それでは、今使われているシステムデータのコピーを、明日の早い時間に私に送信して頂ければ、直ぐ作業に掛かります」
「分かりました。出来るだけ早い時間にお送りします。他にお知らせはありますか? 」
「…これは先程にも一部が報じられましたが、明日には詳細が報道されるでしょう。具体的にはこの2日間に於ける、結果についてです。『ディファイアント』に関連すると思われる範囲内での事として申し上げますと、この2日間でのチャレンジ・ミッションでフィフス・ステージ迄クリアした軽巡宙艦は、785隻でした。6th・ステージをクリアした艦は、まだありません…」
サイン・バード氏の報告を受けて、静かな驚きの輪が拡がる。
「お知らせ下さいまして、ありがとうございました、バードさん。大体予想通りの数字ですね。私よりも優秀な艦長は、大勢居ると思っていましたよ。彼等との出遭いはまだ先でしょうが、いずれは戦う事にもなるでしょう…他にお知らせはありますか? バードさん…」
「現状でこれらの他に、皆さんへお知らせすべきと思える事柄は、ありません」
「分かりました。改めまして、ありがとうございました。それでは、これで失礼させて頂いても、宜しいでしょうか? 」
「はい。では、明日の送信をお待ちしております。改めまして、皆さんのご帰還をお喜び申し上げます。お早くお休み下さいますように。サイン・バードより、以上…」
通話はそれで途切れた。最後の挨拶を言えなかったが、まあ好いだろう。
「はい皆さん、改めてお疲れ様でした。話に付き合って頂きまして、ありがとうございました。私からのお話は以上です。皆さんからは何かありますか? 」
「新しいシステムデータは、アドル主宰から配付されるのですか? 」
『ヴィンセント・ガラン』のマヤ・アンジェロウ艦長が訊く。
「そうですね。バードさんから受信次第、私から皆さんに一斉配信しますので、次回出航までに見学の名目で乗艦して下さい。その時に新しいシステムデータのインストゥール・セットアップをお願いします…そして次回の出航直後に、シークレット・ネットワーク・コミュニケーション・リンクの同時構築セットアップを行いましょう…これが成功して完了すれば、短く見積もっても3ヶ月は解析されないでしょう…」
「…次回のゲームフィールドは、どのようなものになるのでしょう? 」
『ロード・ガラン』のジーン・ヴィダル艦長は、少し不安気だ。
「…今判るのは、昨日と今日で過ごしたフィールドよりもグッと狭まる、と言う事だけですね。おそらく、各艦は20時間以内で合流できるポイントに出航するでしょう。敵対勢力も集結するでしょうが、全艦は無理ですね…」
「…それで…具体的にはどうしますか? 」
『チャッカラタナ・ヴァルティン』のクマール・パラーナ艦長だ。不安なのか興奮しているのか、少し先走っているかな。
「…次回の出航後に於ける具体的な行動要請は、ゲームフィールドの広さと各艦の位置を確認した上で、シークレット・ネットワーク・コミュニケーション・リンクの中で、本艦から一斉に配信します。質問があればその都度に受けて応えます。今はこのように、ご承知おき下さい。それではこれでお開きとしましょう。2日間、ご家族にも会われていませんからね。早く帰って安心させてあげて下さい。お疲れ様でした。お気を付けて、お帰り下さい…」
話し終えると、皆立ち上がった。もう帰る時間だ。終わってみれば短いとも感じるが、かなり濃密な2日間だった。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開いて青い短髪の若いスタッフが、狭い執務室に入室する。デスクに着いているのは、ダブルのスーツを着た中年男性だ。
「…部長、例の20隻…プラス2隻ですが、ほぼ同時刻に入港しました。彼らが独自に設定したであろう暗号秘密回線を通じて、連絡を執り合っているのは最早疑いありません…」
「システム・データはどのくらいで解析できる? 」
「早ければ10日ほどで出来るだろうと…」
「そうか。だが彼ならば、それまでにマイナー・チェンジを施すだろうな…」
「それはこちらでも、充分に予想しています」
「収録した彼の言動の中で、何か気付いたかね? 」
「この2日間での彼の言動と示してきた演出・戦略・戦術から汲み取れるのは、艦長達の耳目を自分と『ディファイアント』に集中させる事で、他の21隻への関心を薄れさせて守り、加えて行動の自由を確保させようとする意図です…」
「まあ確かに『ディファイアント』が沈めば、彼らのグループは瓦解するからな…」
「ええ…ですが『ディファイアント』は、ファースト・チャレンジミッションをフィフス・ステージまでクリアしました…」
「今の『ディファイアント』の力を、クルーの知識・経験・自信に裏打ちされた能力をも加味して相俟れば、ノーマル・モードの軽巡宙艦で5隻分にも匹敵するでしょう…」
「敵対勢力には、まだそこまでの認識はない。舐めて掛かるだろうな…」
「はい…そのような認識・意識のままで戦端が開かれれば、それこそ彼の思う壺になるでしょう…」
「…分かった。総裁には私から報告しよう…」
「宜しくお願いします」
一礼を施すと踵を反して、彼は退室した。
軽巡宙艦20隻の全クルーともなれば1600人以上になる。
それ程の大集団が寄り集まり、縺れ合うようにして喜びを分かち合っている。
喜びが勝ち過ぎていてなかなか移動出来ないでいたが、徐々に落ち着きを取り戻すとデッキ・ポート上からスペース・ドックを緩やかに移動し始め、最初に全体で集合したスターティング・セレモニー・ホールに戻った。
そこでもお互いの健闘と戦果を称え合って、談笑が弾む。
ハイラム・サングスター艦長は私と再び握手を交わした時に、自分が喫っているものよりも2等級はグレードの高い、最高級ランクのハードボックス・プレミアム・シガレットを私の手に握らせた。
遠慮しようものならスーツの内ポケットに、有無を言わさず捩じ込んだだろう。
「ハイラムさんが使われているような趣味の好いシガレット・ケースは、どちらで購入できますか? 」
何の気無しの問い掛けだったが、彼はシガレット・ケースを内ポケットから取り出すと、それをそのまま私の内ポケットに滑り込ませた。
「…おっと、好いんですよ、主宰。帰れば幾つも同じ物がありますから…」
流石に驚いて返そうとする私の手を押さえてそう言う。
「ご苦労様でした、アドル主宰。主宰からは色々と学ぶ事が出来て光栄でした。ありがとうございました。お疲れの色も観えますが、何かお話したい事でもありますか? 」
『カレドン・カサンドラ』のアシュリー・アードランド艦長が、改めてのハグの上で訊く。
流石に広告宣伝業務のスペシャリストだな。社内外の人達と、頻繁に顔を合わせて話し合っているからこその観察力か。
「はい。流石ですね、アシュリー艦長。この後、お時間の許せる皆さんだけで結構ですが、実は共有して置いて頂きたい話があります。1階のロビー・ホールで聞いて頂ければ嬉しいのですが…」
私からのこの要請は瞬く間で全体に拡がり、各艦の司令部でも主要なメンバーが『トゥーウェイ・データ・ネット・ストリーム・ステーション』社、1階のロビー・ホールにて談合する事になった。
それから45分後。同盟に参画する各艦司令部の内、艦長・副長・参謀・機関部長・カウンセラー・メインパイロット・砲術長・保安部長がそれぞれ残り、計160名が1階のロビー・ホールに集って座っている。
元々ロビー・ホールに置いてある椅子にそこ迄の脚数は無かったので、警備センターに連絡して持って来て貰ったのだ。
勿論その際には、私達が警備センターに預けて置いた私物も持って来て貰った。
備え付けのドリンク・ディスペンサーに160人分の飲み物を出させている間、私を含む38名の喫煙者で玄関から外のエントランス・パークで一服点ける事にした。
38名は22名が男性で、16名が女性と言う構成だ。
ロビー・ホールには5つのスタンド灰皿があったが、全部持って出て来た。
私はハイラムさんから貰ったハード・ボックスの封を切り、2本を取り出して内の1本を元の持ち主に差し出すと、彼も出来たもので何のてらいも無く受け取り、私のライターで同時に点けた。
「…素晴らしい…これ以上のものは無いですね…ありがとうございました…」
「…実は、私もこれを喫うのは初めてです…このひと箱だけでも凄く高かったもので…正直、お裾分けを下さって感謝してます…」
「…今度、呑みに行きましょう。『ディファイアント』のラウンジ・バーにも、いずれご招待します…」
「ありがとうございます。どちらも必ず行きますよ」
「アドルさん、2日間お会いしなかっただけなのに、久し振りな感じがしますね。本当に色々と教えて下さって、ありがとうございました。プレミアム・シガレットには劣りますが、宜しければ? 」
そう言って『ラバブ・ドゥーチェン』のアリミ・バールマン艦長も、シガレット・ケースを開けてかざしてくれる。
「…これはどうもありがとうございます、アリミさん。では遠慮なく。こちらは心ばかりのお礼と言うことで…」
私は彼のケースから1本を丁寧に丁重に取り上げ、プレミアム・ハードボックスから取り出した1本を、丁寧に置いた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
「…お疲れ様でした、アドル主宰。ご苦労様でした。そして本当にありがとうございました。これからも、まだまだ色々と教えて頂きたいです。宜しくお願いします…」
そう言いながら笑顔で私の前に立ち、改めて右手を差し出して来たのが『アグニ・ヤマ』のカーラ・ブオノ・マルティーヌ副長だ。
「…こちらこそ。お疲れ様でした、マルティーヌ副長。お役に立てたのなら、好かったです…」
そう応じながら、改めて握手を交わす。煙草を喫いながらでも、彼女の表情は魅力的だ。
「そう言えば、水曜日夜の接待ではお手伝い頂ける予定ですね。改めてありがとうございます。宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします。皆様に好い印象として捉えて頂けるかどうか不安ですが、精一杯務めます」
彼女が喫っているシガレットは女性向けの細く長いタイプの物で、その紫煙からは甘い香りが嗅ぎ取れる。
その後4分で全員が1本を喫い終えた。スタンド式の灰皿は、全てそのまま外に残して全員がロビー・ホールに戻る。飲み物も全員に行き渡っているように観える。
私は外で一緒に居たメンバーを着席するよう促すと、その場に立ったまま拡く全員を見渡す。
『ディファイアント』からもシエナ・ミュラー副長、ハル・ハートリー参謀、カウンセラー・ハンナ・ウェアー、エマ・ラトナー・メインパイロット、リーア・ミスタンテ機関部長、エドナ・ラティス砲術長、フィオナ・コアー保安部長が、この場に残って着席している。
数人からの手伝えで、私のコーヒーが手渡される。礼を言って受け取り、一口飲んで近くのテーブルに置く。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。元気に2日間を過ごせて、またここで再会出来たのが本当に嬉しいです。早く帰宅されたいでしょうに、ご無理を申し上げて残って頂きましたのには、例えここにカメラがあったとしても共有して置いて頂きたい、重要と思える案件があったからです…」
そう言って、もう一口コーヒーを飲む。
「…皆さんにも承知して頂いていると思いますが、あのサイン・バードさんにも相談しようと思っている案件です。具体的に言えば私の弱点についてです…」
そう言って、また一口飲む。
「私には弱点があります…何だと思いますか? 」
問い掛けられて皆、それぞれに顔を見合わせたが言葉は出なかった。
「…ちょっと…思い付きませんが…? 」
『サライニクス・テスタロッツァ』のローズ・クラーク副長が、ようやっとそれだけ応える。
「あのゲーム・フィールドの中でなら、私が何かに迷ったり悩んだりしたせいで判断が遅くなるような事には、ほぼならないでしょう。何が起きたとしても目的遂行の為に可能性が高く、効率的な効果が見込める選択肢を採って行動するでしょう。その結果が例えどうなったとしても、後悔はありません。受け容れて、先に進めば好いだけの話です。ですが現実の社会の中では、もっと厄介な事も起こります…」
そう言ってまたカップに口を付け、一口飲む。あまり美味いとも思えないコーヒーだが、考えを整理しながら話すと言う行為には、幾らか役に立つようだ。それにしても先の観えない話を皆にしようとしている、と言う事については申し訳なさを強く感じる。
「…例えば? 」
『バトゥ・ウルス』のメアリー・ケイト・シェルハート副長が、声を掠れさせる。
「皆さんもご承知の事とは思いますが、このゲームにはオープン・ベットが紐付けされています。公的なブックメイカーや、民間のブックメイカーによってですね。そのようなブックメイカーによって執り仕切られていると言う事は、シャドウ・ブックメイカーやダーク・ブックメイカーや、ブラック・ブックメイカーまでもが暗躍していると言う事です。そして、それらを執り仕切っているのは反社会勢力を構成する悪党達です。……『ディファイアント』を含めて私達の同盟集団は、回を追う毎に総合して強くなり続けて、戦い抜いて勝ち抜き続けるでしょう。ですが悪党達は、自分達が賭けに勝って儲ける為なら何でもやるでしょう……誰かを誘拐して、誰かを脅迫するぐらいの事は平気でね……もしもそれらの犯罪の芽を、事前に察知して防止する事が出来なかった場合、私は判断する事が出来なくなって止まってしまうでしょう……それが私の弱点です……だから明日、出来るだけ早くサイン・バードさんと連絡を執って、相談しようと思っています…」
話を切って、二口飲む。もうそろそろ飲み終わる。何故だろう? このような時には何を呑んでも美味くない。
「そんな事が? 」
『チャッカラタナ・ヴァルティン』の
フランセス・ラングフォード副長だ。目を見開いている。
「有り得…ますね…私の知り合いのスピード・ポッド・レーサーも…家族が誘拐されて、脅迫されました……悪い事に警察の捜査が失敗して…残念な結果になってしまいましたが…! 」
と、エマ・ラトナー。
「…その事件なら、知っています。私は、お葬式にも参列しましたので…」
『サライニクス・テスタロッツァ』でメインパイロットを務める、イリヤ・カーラーが沈痛に言う。
「…誘拐されるかも知れない対象者なんて、拡く捉えれば数万のオーダーにもなるでしょう……とてもじゃありませんが、それらの全員を私達だけで警護するなどは不可能です…ですが事前にその兆しを検知出来るのなら、少人数でも対応は出来るだろう…サイン・バードさんと明日中には連絡を執りますよ…」
「…先ずはそれが…先決ですね…」
『ラバブ・ドゥーチェン』のラクウェル・アンスパッチ副長だ。
「平日なら私達でも、バードさんのチームに協力出来るんじゃないですか? 確かに私達は芸能人ですが、知識的にも能力的にも何も知らない、出来ない素人じゃありません。これだけの人数が居て、交代でやれる範囲内でなら充分安全に協力出来る筈です! 」
『トルード・レオン』のシャロン・ヒューズ副長が立ち上がって言う。
ヤンセン・パネッティーヤ艦長が彼女の左手を引いて座らせようとしたが、彼女はその手を振り払った。
(おやおや)
「…その意見は本艦の司令部でも出ましたので、ここでも出るだろうなとは予想していました。本艦に於いても議論しましたが、当然ながら私は反対しました。大事な仲間を、しかもその方面では全くの素人同然なのに、危険な環境や状況に曝すような事は出来ません。しかしながら今、サイン・バードさんとモリー・イーノスさんの連絡先を知るのは、最早私1人だけではありません。私が何を言ってもどのように止めようとも、危機的な状況であるならば皆さんはそれぞれ自分の意思で行動するでしょう。私はその事も含めて、サイン・バードさんに連絡を執って相談し、協議しようと考えています。本艦のクルーだけですと人数も少ないですし危険性も高まりますが、これだけのクルーメンバーが居て協力して貰えるのなら、危険性もある程度下がるでしょう。先ずは各艦司令部から…略式ではありますが了承を頂き、それを受けて踏み出したいと思います。如何でしょうか? ああ、ええと…甘くないソーダ水をお願いします…」
そこまで言って、小さく咳払いをする。
「勿論『サライニクス・テスタロッツァ』は全面的に協力します。言うまでも無くやれる範囲内で、ですがね。加えてもしも宜しければ、私の部下も出向させます(笑)ウチの者達の方が使い勝手は好いと思いますので(笑)いずれにしろ私自身が休職中の間は艦も動きませんので、部下達も比較的自由に動ける筈です…」
ちょっと自信あり気な風情で胸を張って観せながら、ハイラム・サングスター艦長はそう応じて、コーヒーを二口飲んだ。
「…逆にあの、今アドル主宰が説明されたような、危機的な問題・状況の発生を防止する為に、やれる範囲内で交代しながら協力して対処しようとする事にさえも、難色を示されるような方がここにはいらっしゃるのでしょうか? 」
ホット・ミルクココアを一口飲み、素晴らしく長い脚を脚上で美しく組んだ姿勢で、『フェイトン・アリシューザ』のザンダー・パスクァール艦長が問い掛ける。
「了承は致しますが、基本的にクルーの出向は保安部と機関部から、と言う事で統一しては如何でしょうか? 」
『アレス・アストライオス』のヴィヴィアン・カークランド艦長が、コーヒーカップをソーサーに戻して、そう提案する。
「…今はまだ、具体的に何かの兆しが観えている訳でもありませんし、ファースト・シーズンの間はそのような犯罪の計画が芽吹くような事も無いでしょう。ああ、ありがとう。ただ最初のお話として、問題提起と提案をさせて頂いたと言う次第です。ある程度の承知と了承が頂ければ、現段階ではそれで充分でしょう…」
話の途中でソーダ水を受け取り、話し終わってから二口飲む。立ったままだ。男性クルーに椅子を勧められたが、大丈夫だからと右手で応じる。
「と言う訳で、明日はサイン・バードさんと、この件で最初の話し合いをします…」
そこまで言った時に、警備センターから返して貰った私の携帯端末が、通話着信音を響かせる。私は端末を左手にして、ちょっと上を見上げた。
「…なるほど。ここの監視カメラで観ていたと言う訳ですか…」
回線を繋ぎスピーカーに切り替えて、目の前のテーブルに置く。
「…こんばんは、バードさん。暫くでした。貴方はいつでも、何処からでも私を観られると言う事を、ちょっと忘れていましたよ。ちょうど貴方に連絡を執りたいと思っていました…ああ、ちょっと待って下さい…」
そこで話を切って、端末の録音アプリを起動する。
「出来れば皆さんも、私とバードさんの会話を録音して下さい。ああ、バードさん。お待たせしました。どうぞ…」
「…こんばんは、アドルさん。暫くでした。そして【『ディファイアント』共闘同盟】の皆さん、初めまして。私がサイン・バードです。皆さんのご無事でのご帰還を心よりお祝い申し上げます。只今、アドルさんからもお話がありましたが、そのような犯罪の兆候は今の処、ありません。ですが、皆さんに敵対しようとする勢力は増大しています。つい先程もアドルさんの端末に送りましたが、現在360人です…」
「…ほう、だいぶ増えましたね…」
「…ええ…」
「…360人? 360隻!? 」
『ダルモア・エレクトス』のアジェイ・ナイデュ艦長が思わず顔を上げる。
「次の出航までには、もっと増えると思いますよ(笑)」
「…色々と派手に、挑発しましたものね? (笑)」
ザンダー・パスクァール艦長が、そう言って笑う。
「まあ、そんな処だね(笑) ああ、すみませんでした、バードさん。わざわざ知らせて頂いて、ありがとうございました。それであの、ひとつご相談があるのですが……」
「…アドルさん…そうですね…今の処【『ディファイアント』共闘同盟】とその関係者に対して、圧力や脅迫や危害を加えようとする兆候はありませんが、もしもそのような犯罪の可能性や兆候が観られましたら、その時には私から連絡しますのでその時に改めてお話しましょう。数人程度のお手伝いを要請するかも知れません…」
「分かりました。その際には是非、宜しくお願いします。他に何かお話はありますか、バードさん? 」
「はい。実は運営推進委員会の中で、皆さんが使っています秘密回線に於ける、システムデータの解析が始められています…」
「そうですか。10日ぐらいで出来ると言っていましたか? 」
「…ええ…早ければ……それでこれは私からの提案なのですが、同盟内シークレット・ネットワークアレイのバージョンアップを、私に任せて頂けないでしょうか? 任せて貰えれば、3ヶ月でも解析されないシステムを構築します…」
「…サイン・バードさん、願ってもないようなお申し出をありがとうございます。貴方にお任せする事が出来るのなら、これ以上のバージョンアップは無いでしょう。バードさん、すみませんが暫時頂きまして協議しますので、保留とさせて頂いても宜しいでしょうか? 」
「どうぞ、アドルさん。お待ちしておりますので…」
「ありがとうございます。では、暫時頂きます」
そう言って、通話を保留とした。
「…皆さん、只今サイン・バードさんから寄せられました提案について、協議します。私はバードさんに任せるのがベストだと思いますが、どのような意見も歓迎しますので、自由に発言して下さい…」
「…サイン・バードさんは、そこまで信頼のおける方なのでしょうか? 」
『マキシム・ゴーリキー』のアウリィ・グナディ艦長が疑問を呈する。
「…グナディ艦長のご懸念は尤もです…が、既に私はバードさんを信頼しています。何故なら、彼の優先条項を裏付ける思考経路や心理動向が、私には充分理解出来るからです。それに、彼が我々を妨害したり攻撃したとしても、彼にとって何らの利益にもなりません。故に私は彼と彼のチームを信頼します…」
「…分かりました。アドル主宰がそこまで仰られるのなら、私もサイン・バードさんを信頼しましょう…」
「ご賛同頂きまして、ありがとうございます。グナディ艦長…」
「…アウリィと呼んで下さって結構ですよ…」
「分かりました、アウリィ艦長…他にご意見はありますか? 」
呼び掛けたが、発言は無かった。
「分かりました。ではサイン・バードさんにお任せすると言う事で、決定します」
そう言って携帯端末を取り上げると、通話保留を外してまたテーブルに置く。
「お待たせしました、バードさん。協議の結果、我々が新しく使うシークレット・ネットワーク・コミュニケーション・リンク・アレイに於ける、システムデータの構築と設定を貴方にお任せする事としました」
「【『ディファイアント』共闘同盟】の皆さんから信頼を得る事が出来まして、大変に嬉しいです。改めまして、これから宜しくお願いします。それでは、今使われているシステムデータのコピーを、明日の早い時間に私に送信して頂ければ、直ぐ作業に掛かります」
「分かりました。出来るだけ早い時間にお送りします。他にお知らせはありますか? 」
「…これは先程にも一部が報じられましたが、明日には詳細が報道されるでしょう。具体的にはこの2日間に於ける、結果についてです。『ディファイアント』に関連すると思われる範囲内での事として申し上げますと、この2日間でのチャレンジ・ミッションでフィフス・ステージ迄クリアした軽巡宙艦は、785隻でした。6th・ステージをクリアした艦は、まだありません…」
サイン・バード氏の報告を受けて、静かな驚きの輪が拡がる。
「お知らせ下さいまして、ありがとうございました、バードさん。大体予想通りの数字ですね。私よりも優秀な艦長は、大勢居ると思っていましたよ。彼等との出遭いはまだ先でしょうが、いずれは戦う事にもなるでしょう…他にお知らせはありますか? バードさん…」
「現状でこれらの他に、皆さんへお知らせすべきと思える事柄は、ありません」
「分かりました。改めまして、ありがとうございました。それでは、これで失礼させて頂いても、宜しいでしょうか? 」
「はい。では、明日の送信をお待ちしております。改めまして、皆さんのご帰還をお喜び申し上げます。お早くお休み下さいますように。サイン・バードより、以上…」
通話はそれで途切れた。最後の挨拶を言えなかったが、まあ好いだろう。
「はい皆さん、改めてお疲れ様でした。話に付き合って頂きまして、ありがとうございました。私からのお話は以上です。皆さんからは何かありますか? 」
「新しいシステムデータは、アドル主宰から配付されるのですか? 」
『ヴィンセント・ガラン』のマヤ・アンジェロウ艦長が訊く。
「そうですね。バードさんから受信次第、私から皆さんに一斉配信しますので、次回出航までに見学の名目で乗艦して下さい。その時に新しいシステムデータのインストゥール・セットアップをお願いします…そして次回の出航直後に、シークレット・ネットワーク・コミュニケーション・リンクの同時構築セットアップを行いましょう…これが成功して完了すれば、短く見積もっても3ヶ月は解析されないでしょう…」
「…次回のゲームフィールドは、どのようなものになるのでしょう? 」
『ロード・ガラン』のジーン・ヴィダル艦長は、少し不安気だ。
「…今判るのは、昨日と今日で過ごしたフィールドよりもグッと狭まる、と言う事だけですね。おそらく、各艦は20時間以内で合流できるポイントに出航するでしょう。敵対勢力も集結するでしょうが、全艦は無理ですね…」
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話し終えると、皆立ち上がった。もう帰る時間だ。終わってみれば短いとも感じるが、かなり濃密な2日間だった。
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