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出航

3月1日 大会2日目 モーニング・タイム

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 翌日は、3月1日(日)

 ゲーム大会は、2日目に入った。

 タンクベッドに入ったのが艦内標準時で前日の22:20 。

 アラームタイマーは今日の03:00 にセットしていたのだが、30分前に覚醒した。

 自宅に設置しているタンクベッドとは熟睡度がまるで違う。正直、これで型落ちとは信じられない。

 身体を起こし、ハッチを開けて立ち上がる。

 外に出てマットの上に降り、掛けて置いたタオルで軽く身体を拭ってアラームタイマーを止める。

 熱いシャワーでエプソムソルト溶液を洗い流し、スッキリ・サッパリして出た。

 服を着てコーヒーを点てる。艦内標準時03:15。デスクに着き、煙草に火を点けてゆっくりとコーヒーを飲みながら、ゆっくりと燻らせる。コンピューターに命じて、エアコンのレベルをみっつ上げさせる。

 喫い終わって飲み終わると、カップと灰皿を洗って片付けてからデスクに戻り、ノート型端末を引き寄せて前日に於ける艦長としての日誌を口述記録した。

 今日の課題は、大質量誘導弾を加工製成出来るか否かと、スピードモードでの艦対戦テストバトルだな……。

 艦内標準時04:00 。世間ではまだ未明だ。

 クッションを床に置いて半跏趺坐で座り、瞑想に入る。湧き上がる雑念を眺め流しながら、呼吸の観察から心身を観察しつつ、心身共に気付きを深める。

 身体の中央部領域を優しく柔らかい集中で観察すると、温かく優しい幸福感で全身が満たされる。

 バランス良く座り、充分にリラックスして、優しく穏やかで柔らかい集中での観察が、私の瞑想だ。

 このみっつのバランスが崩れそうになってきたら慈悲の瞑想へと移行し、10分間を過ごして目を開ける。

 少し身体が固くなっているので、呼吸とセルフ・ストレッチで解す。

 観れば艦内標準時で05:00。

 今からがモーニング・タイムで、08:00からがデイ・タイムだ。ナイト・タイムシフトからモーニング・タイムシフトに移行する。

 そうだ。バーラウンジに行こう。

 ひとつアイディアが閃いた私は、顔を洗って髪形を整えてから自室を出た。

 バーラウンジに着く迄の間で行き会ったクルーは2人で、2人ともナイト・タイムシフトから明けたメンバーだった。右手を挙げ合って挨拶を交わす。

 ラウンジに入ると座っているのは5人で、私を観て立ち上がったが、好いからと右手で制する。

 厨房に入るとモーニング・シフトでの料理長として就いていた、ティエリー・パッサール・サードシェフが私を観留めて驚く。

「アドル艦長! おはようございます! どうしたんですか? こんな早くに? 」

「おはようございます、ティエリー・パッサールさん。いや、ちょっと思い付いて来ました。今から艦内標準時で07:00まで、私が手ずからミルクティーを振る舞おうと思いましてね。どうでしょう? 許可を頂ければ、ここから全クルーに告知しますが? 」

「アドルさん……こんなに朝早くから大丈夫なんですか? 」

「大丈夫ですよ、パッサールさん。タンクベッドで充分に熟睡して、すごくスッキリしていますから」

「そうですか。分かりました。私もアドルさんのお手並みは観てみたいですし、宜しければお願いします」

「分かりました。ありがとうございます。コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュニケーション! 」

【コネクト】

「艦長から全クルーに告げる。繰り返す。艦長から全クルーに告げる。おはよう! アドル・エルクだ。今はバーラウンジの厨房から呼び掛けている。今から艦内標準時で07:00まで、非番で希望する者には私からミルクティーを振る舞う。時間が許せば、その後は一緒に朝食としよう。アドル・エルクより、以上」

「さて、お湯は心配無いとして、茶葉とミルクはどこですかな? マエストロ・パッサール? 」

 上着を脱いで掛け、シャツの袖を捲り、マスクとキャップを貰って着ける。改めて手を洗って訊く。

「ティーカップは足りますかね? マエストロ? 」

 茶葉とミルクを出して貰って、続けて訊いた。

「ご心配なく。ティーカップもコーヒーカップもスープカップも沢山ありますから(笑)」

 呼び掛けから35分が経過すると、ラウンジにはもう50人以上のクルーが集まっていた。

 全員が手早くシャワーを浴びて来たようで、スッキリ・サッパリした様子を観せている。

 メインスタッフとサブスタッフは、早い段階から全員が集まって同じ大テーブルに着いている。

 キッチン・モーニング・シフト・スタッフの目の前で、手早く、リズミカルに、正確に、注意深く、丁寧にミルクティーを仕上げていき、出来上がったものから次々とカウンターに並べていく。

 ラウンジスタッフに数えて貰い、集まった希望者は62名だと知らされる。

 艦内標準時で05:55には、ミルクティーの全数を淹れ終えた。

「素晴らしいお手並みを観せて頂きました。勉強になりました」

 感じ入った体でティエリー・パッサールシェフが右手を差し出して来たので、固い握手を交わす。

 一応07:00までは厨房で待つつもりで待機しようとしていたのだが、それからは希望者が増えなかったので切り上げる事にして、自分の為にコーヒーを点てて淹れ、厨房のスタッフに礼を言ってラウンジに持って出る。

 メインとサブスタッフが全員で着いているテーブルに着かせて貰う。

「皆、おはよう。よく眠れたようだね。タンクベッドの寝心地と、今日最初の一杯はどうだい? 」

「アドルさん、おはようございます。流石にタンクベッドでの睡眠は熟睡度が違いますね。3時間で目覚めましたが、9時間は熟睡したような感覚でした。そこに来て今朝から、アドルさん手ずからでのこの一杯ですから、もう本当に朝から幸せですよ。アドルさん、アイソレーション・タンクベッドの導入については皆を代表して、改めてお礼申し上げます。艦内の全個室のみならず、私達の居宅にも導入・設置して下さいまして、本当にありがとうございます」

 リーア・ミスタンテ機関部長が充分に満足した様子で感想と礼を言う。他の皆も満足そうに2回頷く。

「支払いがかなり大変だけどね(笑)まあ、頑張って賞金を稼ぐさ(笑)」

「でもアドルさん、この朝の一杯、よくやろうと思いましたね? 非番のクルーに自分でお茶を振る舞おうだなんて。艦長の中でこれを思い付いても、本当にやる人はいないと思いますよ」

 ロリーナ・マッケニット副機関部長が感心したように言う。

「いや、まあ…これを思い付いたのもタンクベッドで眠って、すごく早く目覚めたからでもあるんだよね。結局と言うか、所詮艦長が出来る事と言うか、やるべきなのは戦闘状態での艦の指揮と、クルーに感謝し続ける事だけだからね。お茶とか料理とか、歌とかマッサージでしか、俺は君達に感謝出来ない。足りないだろうなとは思ってるよ」

「そんなことはありませんよ、アドルさん。アドルさんは仰ったじゃないですか? このゲーム大会は、この先10年でも終わらないって。逆に言えば私達はこの先10年はアドルさんと一緒に居られて、お茶や料理やカクテルやスイーツも手ずからでご馳走して貰えるし、弾き語りでも感動させて貰えるし、マッサージでも癒やして貰えるんですよ。物凄い報われ方が、私達にはもう決まっているんです。足りないなんてとんでもないです。こんな事をしてくれる男性を、愛さない筈がありません」

 ミーナン・ヘザー副観測室長が、私を見詰めて熱っぽく言う。

「ありがとうな、ミーナン。本当に感謝してるよ(笑)」

「それじゃ、アドルさん。そろそろ朝食にしましょうか? 何を召し上がります? 」

「君が選ぶメニューと同じで好いよ、ハンナ。同じものを、君と同じように食べたいからさ」

「あの、アドルさん。そんな恥ずかしい事をサラッと言わないで下さい」

 と、ハンナ・ウェアーがかなり顔を赤くして言う。

「そんなに恥ずかしいかな? このくらいの話が? 」

 そう問い掛けると、同じテーブルに着いているメンバーの5分の4が控えめに頷く。

「ああ、悪かったね。ごめんなさい。メニューは何でも好いよ。誰と一緒でも好い。強いて言えば、モーニング・プレートよりもモーニング・セットが好いかな。適当に頼んで? 」

「分かりました。では、モーニング・セットのAで宜しいですか? 」

「それで好いよ、シエナ。それで頼む。昨夜と同じで全員集まってるね。好い機会だから話して置こう。今日の出来るだけ早い段階で、残っている『グリーン』を撃沈する。フォース・ステージをクリアしたと言う事で、どれくらいの休み時間が貰えるか判らないけれども休み時間に入ったら、副機関部長は主任機関士の両名とサブ・パイロットの両名と共にシャトル格納庫に向かってくれ。そこでシャトル2機にレーザー削岩機を取り付けて、発進準備を頼む。カリーナは本艦の半分から4分の3程の岩塊を見付けてくれ。エマはその岩塊に艦を最接近させる。サブ・パイロット両名の操縦で、シャトル2機を発進。レーザー削岩機で岩塊を流線形に加工しながら、機関部のコントロールで岩塊に予備のサブ・エンジンとロケット・ブースターとアポジ・モーターを取り付ける。この大質量誘導弾の推進とナビゲーション・コントロール・アレイは、アレッタのコンソール・パネルに置いてくれ。取り敢えず、今はこれくらいで好いかな? ああ、喉が渇いた。野菜ジュースを頼むよ」

 今はラウンジ・スタッフとして手伝ってくれているサポート・クルー、コディ・ホーンとララ・ハリスとマルト・ケラーが、ミルクとオレンジ・ジュースと野菜ジュースのピッチャーを持って来たので、野菜ジュースを一杯頼む。

「やあ、ありがとう。助かったよ。うん、美味しい野菜ジュースだね。ああ、ララ! 今朝は『モーニング・アドベンチャー』を流すからね。よく聴いておいてよ?! 」

「わあ、アドルさん、ありがとうございます。おはようございます。もう、今朝からまた泣いちゃいますよ💦」

「君達を喜ばせたいんだよ。頑張ってくれているからね」

「ありがとうございます。朝食をお持ちしますね。少しお待ち下さい」

 そう言って可愛らしく頭を下げると、ララ・ハリスは厨房に戻って行く。

「アドルさんは艦長じゃなかったら、凄腕のナンパ師ですね」

 副補給支援部長のナレン・シャンカーだ。

「そう。お茶を一杯淹れて飲ませて、一品料理でも作って食べさせて、1曲弾き語りで聴かせれば、どんな女でも陥ちる。ヤバ過ぎますよ」

 ナターシャ・ミアナ主任機関士が、そう応えて息を吐く。

「何だか俺って、危険人物とまではいかなくても要注意人物? 」

「いえ、要警戒人物ですね。アドルさん。どうも、まだ自覚が足りないみたいですね。好いですか? 現状でアドルさんのお勤め先女性社員の大半と、同盟参画艦女性クルーの大半は、貴方に好意を持っています。更なる自覚をお願いします」

 副生活環境支援部長のヘザー・フィネッセーだ。ちょっと呆れたような表情に微笑みを混ぜながらも、少しキツイ眼で私を観る。

「…やれやれ…大変だ…」

「まあまあ、アドルさん(笑)先ずはしっかりと食べて、元気を付けましょう? はい、どうぞ? (笑)」

 アンバー・リアム主任機関士が、私のモーニング・セット(A)を渡してくれる。彼女の笑顔もすごく可愛い。

「よし、食べよう、食べよう。朝早く起きると、腹が減るのも早いからね」

 そう言ってセットを受け取る。皆の許にも朝食が届けられている。それぞれ、とても美味しそうだ。サイドメニューの1品料理に、シーザー・サラダとヨーグルトも頼んで、今日の朝食を完成させた。

「頂きます。いやあ、美味しそうだ」

「よく食べますね? 」

「腹が減ってるからね。ああ、そうだ。また思い付きの話で申し訳ないんだけどね。前にもこの話は言ったと思うんだけど、始めるのはボチボチで好いから、同じポスト同士での対話・交流を進めていって、グループ会議室をゆくゆくは作って欲しいんだ。これはゆっくりで好い。急がなくて好いからね」

 それからは、他愛のない話をしながら朝食に取り組んでいく。自室での荷解きが終わったかどうか訊くと、3分の2のメンバーはまだ終わっていないと応えた。まあ、無理も無い。

「皆、今度の木曜日は何を持ち込むんだい? 」

「そうですね。主には私服に下着にボディ・ケア、ヘア・ケア、スキン・ケア用品、入浴剤、カウンセリング用の資料になると思います」

 ハンナ・ウェアーはそう言いながら、私の顔を流し目で見遣る。

「そうか。資料は紙の媒体で持ち込んだ方が好いよ。メディアで提出すると、許可されない可能性があるから」

「分かりました」

「僕もそうだな。上下揃いでの上着を何着かと、クッションやら椅子になるような物を幾つかと、茶葉とコーヒー豆とそれらに関わる用具とカップやソーサーを幾つかと、アルト・サックスを持ち込もうと思っているんだよ」

「素晴らしいですね。来週は、アドルさんのアルト・サックス演奏が聴ける訳ですか? 早く聴きたいです」

 エマ・ラトナーは食べながらでも、ワクワクしているようだ。

「うん。まあ、管楽器の演奏だからね。弾き語りは出来ないけど…」

「それでもアドルさんの演奏ですから、魅力的な調べで感動するのだろうなとは、まだ聴く前でも解りますよ」

 微笑みながらそう言ってくれるハル・ハートリー参謀も、私には凄く魅力的に観える。

 その後は、20分程度で皆朝食を食べ終えた。

「ご馳走様でした。それじゃ、僕は自室に戻るよ。標準時07:50には、ブリッジに上がります。今日も宜しく頼みます。じゃ、お先に」

 コーヒーを飲み干してナプキンで口を拭ってから、そう言って私は立ち上がった。
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