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出航

1時間の攻防

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自室に戻ると、短パンとタオルをウォッシュ・クリーナーに放り込んで起動させ、デスクに着いてPADでマニュアルを読み直したり、艦内各部所やあれこれの様々な事物を読み直したり観たりしていたが、飽きたのでソファーの上に脚を投げ出して寝た。

20分ぐらいしてドアのインター・コールが鳴ったので応答すると、ハンナ・ウェアーが自分の物らしいPADと小さい紙袋を持って入って来る。

「…やあ、カウンセラー、どうしたの? 疲れてないかい? 」

そう訊きながら起き直って座り直す。

「…大丈夫です。ありがとうございます…」

そう言って、ハンナは私の隣に座る。

「…その紙袋に私のスイム・スーツが入っているんだね? PADを持って来れば、打ち合わせの体に観えると思ったのかな? 」

「…ご明察ですね、アドルさん…ちょっと怖いですよ…」

「…悪いね…さっきは撮られていたからキス出来なかったな…?…」

そう訊くと私は彼女を抱き寄せて10秒間ほど舌を絡め合わせた。

「…アドルさん…これ以上していると、我慢できなくなります…」

そう言いながらハンナは、私を軽く押し退けるようにして顔と身体を離す。

「…分かった…時間はあるのかい? ハンナ? 」

「…はい…大丈夫です…」

「…じゃあ、先ずはお茶を淹れよう…それからちょっと話を聞いてくれるかな? 僕の心理動向プロセスに関する話でもあるから…」

「…はい…」

私は立ってキッチンに入り、丁寧に紅茶を点てて淹れ、ミルクティーに仕上げた…ソーサーに乗せて、ハンナに手渡す…ハンナは少し吹いて一口飲み、もう一度吹いて一口飲む…。

「…ああ…美味しい…もう、アドルさんのミルクティーでないと癒されませんし、寛げません…」

「…ありがとう、ハンナ…じゃあ、聞いてくれるかな…僕はマッサージが出来る事を君達に話した…僕がマッサージを施すのは、愛している人だけだ…君達と知り合う迄はアリソンだけだったけど、今後は君達にも施す…アリソンを愛するのとは違う意味で、僕は君達を愛している…アリソンとは違う意味で、君達も僕にとっては掛け替えの無い存在だ…いずれ、いつか君達とも、その…愛の交歓を共にするだろう…でも、今の僕はそれを我慢している…それでも我慢出来ない部分もあって、僕は今それをマッサージと言う形で、君達に施している…そう…僕にとってのマッサージは、愛情表現の一つなんだ…いつかはそれでも我慢出来なくなって…君達をベッドに誘う日も来るだろうけど、ファースト・シーズンの間はマッサージで疲れ果てるだろうから、大丈夫だと思うよ…いつかそんな日が来て、もしも嫌だったら、僕を張り倒しても、殴り倒しても、蹴り倒して罵倒しても好い…皆にもそう伝えてくれ…この点では、遠慮無しでいこうってね…そんな感じだよ…引くだろ? 」

「…いいえ、普通の範疇だと思います…それに皆…アドルさんにマッサージされての上でしたら、誰も怒らないと思います…」

そう応えて、ミルクティーを二口飲む。

「…そうか? ありがとう…まあ今はこんな処だ…僕の心理動向プロセス・データに付け加えて置いてくれ…(苦笑)女好きのオジサンと言うより、変態に近いよな? 」

「…いいえ、そんな事はありません…私にとってはもう…充分過ぎる程に魅力的です…」

そう応えて、また一口飲む。

「…ありがとう、ハンナ…アリソンとの場合で言えば、夜にsexをしたら翌朝にマッサージを施す…朝sexをしたら、その直後に施す…マッサージを施した後だと、僕の体力がもう無いんだよ…疲れ果てるからね…アリシアとも約束してるんだけど、あの娘に弟か妹を作ってやりたい…アリソンが妊娠したら、ひとまずは落ち着くと思うよ…」

「…分かりました…」

「…こんな変態的な恥ずかしい話を聞いてくれて、ありがとう…艦内でこんな話が出来るのは、カウンセラーである君にだけだ…副長には例え酔っぱらっていても出来ないな…まあ、君と副長は無二の親友同士だから後で話しても好いよ…あと一つ懸念があるとすれば、この性癖を敵に知られて逆手に取られた場合には、かなり危ない事になるだろう…そのような事態を防止したり、また対応する為には、君達の協力が不可欠だ…だから…宜しくお願いします…」

「…はい…ありがとうございます…私達にお任せ下さい…必ずお守りしますから…」

そう応えて、ハンナはミルクティーを飲み干した。

「…ありがとう…感謝するよ…じゃあ、こんな話を聞いてくれたお礼に、1曲唄ってお開きにしようか?…」

そう言って立ち上がると、リビングの隅に立て掛けてあるギターを取り上げてまたハンナの隣に座り、チューニングの確認でハーモニクスを響かせる。終わっておもむろに構え直す。最初からゆっくりと情感を込めて唄い始める。

「…♪唇を♬重ねたら♫もう何も♪言わないで♫強く強くただ♬君抱き締めて♪deep kiss♫(前奏)

小さなスタンド♪消さないままだって♫君が♪「お願い」と伸ばした♬掌を押さえて♪始まるこの夜♬

引き返せない♫唇を♬重ねたら♫もう何も♪言わないで♫強く強くただ♬君抱き締めて♪指先を絡ませて♬

もう瞼閉じて好い♪深く深くただ♫祈るみたいに♪(間奏)♬「私の知らない♪私がいたの♫」って♪

君は♫困って恥じらった♩複雑な笑顔で♪もう一度甘えた♬落ちて行く恋♪唇を♬重ねたら♫もう何も♪

言わないで♫強く強くただ♬君抱き締めて♪もう少し♬このままで♫いたいけど♪切なくて♩熱く熱くただ♪

君抱き締めて♫(間奏)♬このドアを開ければ♪2人は何処へ行く♫心は♪いつでも♩此処にあるのに♬

切なさを積み重ね♪そして今♫逢えたなら♩傷痕にさえ♪口づけをして♫唇を♬重ねたら♫もう何も♪言わないで♫

強く強くただ♬君抱き締めて♪もう少し♬このままで♫いたいけど♪切なくて♩熱く熱くただ♪君抱き締めて♫…」(終奏)

深い余韻を長く曳いて唄い終える…ギターを脇に立て掛けてハンナを観ると、両手で口を押えて眼を見開いたままポロポロと涙を流している…左手で背中を、右手で腰を抱き寄せて抱き締め、舌を絡め合う深いキスを1分程交わして体を離し、胸ポケットからハンカチを取り出して渡した。

少ししゃくり上げながら涙をハンカチに吸わせた彼女は、泣き笑いの表情で立ち上がるとPADを取った。

「…それじゃ、アドルさん…また後で…」

「…ああ…また後でね…」

そう交わして私の部屋から出ていく…私は知らなかったが、ハンナはそのままシエナの個室の前に立ってインター・コールを鳴らし、ドアが開くと中に入った。私はそのまま自室でギターを弾いて唄ったり口遊んだりしながら10数曲を唄い、その後でギターの絃を新品と交換して張り替えた。

…結局の処、反復半舷休息時間の中で大きい動きは無かった。自室で軽いストレッチを10分程こなして出た私はブリッジへ上がった。休息時間の終わる5分前だった。

「…お帰りなさい、アドル艦長…」

シエナが凄く魅力的に観える笑顔でそう言って立ち、副長席に座る。既にブリッジ・スタッフは全員が自席に着いている。

「…報告を頼む…」

そう言って、私も座った。

「…間も無く、半舷休息時間が終わります。コース471マーク26。サード・スピードで慣性航行中です…現在の損傷率は7%です…レッドとグリーンはコース202マーク941…サード・スピードで推進航行中…損傷率は両艦とも、45%です…こちらとの相対距離は、第5戦闘距離の48倍です…」

と、シエナ・ミュラーが澱みなく報告する。

「…了解した。思った程には回復しないものだな…夕食休憩時間に入る迄には? 」

「…57分です…」

「…まだ放射線監視モニターで、両艦を捕捉出来るか? 」

「…はい、まだできます…」

と、カリーナが応える。

「…艦長、ご注文の品ですが、5本とも仕上がりました…」

と、リーア・ミスタンテ機関部長が報告した。

「…ありがとう、ご苦労様。難しかったかい? 」

「いいえ、前例がありましたし、前例の物よりも何点か改善したそうですよ…」

「そうか。ありがとう。いや、流石だね…」

「…何です? 」

と、副長が訊く。

「あの改造長距離ミサイルの改良版を、5本造って貰ったんだよ。思い付きで造ったにしては、かなり使い勝手が好かったからね? 」

「…なるほど…」

「…カリーナ、両艦の距離は? 」

「…第3戦闘距離の2倍です…」

「…うん…結構近いな…アリシア、リア・ミサイル発射菅から16基を放出して拡散させてくれ…終わったら15秒の間隔で1基ずつ起爆。エマ、ミサイルの起爆が始まったらエンジン始動して取舵一杯…取り敢えずレッドとグリーンが採っているコースに、反対方位から乗せてくれ…アリシアはその間にフロント・ミサイル全菅装填…」

「了解…」

「分かりました…」

「…どのような作戦ですか? 」

ハル・ハートリーが訊いた。

「…いや、至ってシンプルな作戦だよ…取り敢えず両艦が航走しているコースに、反対側から乗る…状況に因って少し変えるかも知れないが、こちらがどちらを狙っているのかは悟らせない…接近しながらどちらを狙うかを決めてシールド・アップし、先に向こうから攻撃させる…ハイパー・ヴァリアントの射線だけは外しながら接近し、シールドを降ろしてまた挙げる3秒間でヴァリアントの炸裂徹甲弾を最大限に撃ち込む…これで撃沈出来るんじゃないかな? どう思う? 」

「…あの、艦長…これでシンプルなんですか? 物凄くアグレッシブで、駆け引きもバリバリだと思いますけど?…」

驚きと呆然が半々ぐらいの表情で、エレーナ・キーン参謀補佐が訊いた。

「…そうか? まあ確かに出航直後の性能とパワーでは、厳しいかも知れないな…」

「…艦長、16基放出完了して拡散中です」

と、アリシアが報告した。

「よし、始めよう。起爆開始! エンジン始動して取舵一杯! 」

「了解! 」

「取舵一杯! 」

放出された対艦ミサイル16基が15秒間隔で起爆され始める。『ディファイアント』はエンジン始動して、素早く取舵を切る。

「…コース204マーク951…サード・レベルで光学迷彩…セカンド・レベルでアンチ・センサー・ジェル展開! 」

「了解! 」

「…エマ、敵艦の軸線に乗せられるなよ! 特にシールドを解除している時にはな! 」

「了解しました! 」

「艦長! 両艦ともエンジン停止! 光学迷彩とアンチ・センサー・ジェルを展開して、左右に3°程変針しました!…」

「…カリーナ! 放射線監視モニターでならまだ観えるな?! 」

「…はい! はっきりと観えます! 」

「…艦長、指定コースに乗りました! 現在、サード・スピードです! 」

「…分かった。カリーナ、両艦どちらの後方に密なデプリゾーンがある? 」

「…強いて言えば、レッドの後方ですね…」

「…分かった。エドナ、レッドを狙おう…」

「了解…」

「…リーア、第5戦闘距離からシールド・アップ、フルパワー。エマ、こちらのシールドパワー・サインを目標にして両艦とも攻撃して来るだろうが、コース・速度はこのままだ…第1戦闘距離に着く迄に艦首軸線にレッドを乗せてくれ…エドナ、第1戦闘距離に着いたらシールドを3秒間だけ解除するから、ハイパー・ヴァリアントで炸裂徹甲弾を6発撃ち込んでくれ…それで沈むだろう…」

「…了解です…」

「…了解しました…」

「…分かりました」

「…艦長、放出ミサイルは残り2基です! 」

「…そうか。最後の放出ミサイルを起爆させたら、フロント・ミサイル1番から順次発射! 目標は両艦の中間点だ…発射後15秒で起爆させ、同時に2番発射! 」

「分かりました! 」

「…ハイパー・ヴァリアント、炸裂徹甲弾連射セット完了! 」

「エマ、レッドに6発撃ち込んだら、右舷を擦り抜けて全速離脱だ。目一杯加速して振り切ってくれ…」

「分かりました…」

それから数分メイン・ビューワーを眺めながら座っていたが、思い付いて端末を取り出すと、チーフ・リントハートに通話を繋いで2.3の頼み事をした。その通話を終えて端末をポケットに仕舞った頃合いで、カリーナが報告する。

「…第5戦闘距離に10秒前です! 」

「ミサイル発射中止! シールドアップ・フルパワー! レッドを攻撃して撃沈する! 最小限回避運動航行! 」

「了解! 」

「レッドとグリーンの兵装が起動してパワーアップ! こちらに対する攻撃態勢に入ります! 」

「…コースそのまま、20%減速」

「了解」

「レナ! 狙える総ての主砲をグリーンに照準セットして自動追尾! シールドを解除している3秒間で一斉射だ! アリシア! リア・ミサイル全菅装填! 離脱する際にグリーンに向けて斉射し、脚を止める! 」

「了解! 」

「分かりました! 」

「…艦長、先程の通話はチーフとですか? 」

と、シエナが訊いた。

「うん? そうだよ? 」

「…何をお願いしたんです? 」

「ああ、誕生会でのちょっとした趣向だよ。まあ、後のお楽しみって事でね…」

「…分かりました…」

「艦長、第1戦闘距離まで40秒です! 」

と、カリーナ。

「レッドを艦首軸線に乗せました! 」

と、エマ。

「エンジンは何時でも最高速を出せます! 」

と、リーア。

「よ~し、いくぞ! エドナ、レナ、アリシア、エマ、リーア! いいな!? 」

「OKです!! 」

「シールド解除7秒前! 5! 4! 3! 2! 用意! 今だ! 撃ってー!! 」

ハイパー・ヴァリアントの炸裂徹甲弾6発がレッドの艦首から左舷中部に掛けて突き刺さり、主砲1番、2番、4番、5番の一斉射が、グリーンの右舷中部に直撃した。

「シールドアップ! エンジン全開! 全力全速発進! レッドの右舷を擦り抜けてダッシュ!! 」

「了解! 」

艦体の損傷箇所から噴き出る焔と煙と共にスパークも拡がり、小爆発も起こしているレッドの右舷を10数mの間隙で擦り抜ける『ディファイアント』

後方に抜けて10数秒で、レッドは爆発した。

「グリーンはどうしてる? 」

「損傷率54%で離脱中。こちらに来る気配はありません…」

「そうか…夕食休憩時間に入る迄には? 」

「…あと13分です…」

「…分かった。エマ、あと12分、目一杯加速して走ったら、エンジン停止だ…操艦は任せる…今日の仕事は終わったから、今夜はパーティーを楽しむとしよう…」

「了解でーす! 」

緊張が解けてホッとしたのだろうか、エマ・ラトナーは明るく応えた。私は立って、後ろのドリンク・ディスペンサーにホット・ミルクを出させた。何故かと問われるなら、そろそろ腹が空いてきているからだ。

ホット・ミルクのカップをソーサーごと持ってシートに座り直す。二口飲んで、空腹感が薄らぐのを感じる。

マレット・フェントンとエレーナ・キーンとハンナ・ハーパーとタリア・サルマが立ち上がって、私の処に集まって来る。

「…それでは艦長、パーティー会場の設営と多少の準備がありますので、お先に失礼します…」

マレット・フェントン実行委員長がそう言って笑顔を観せる。胸に刺さるような愛くるしい笑顔だ。初めて観た。

「…ああ、お疲れ様…ご苦労様だね…えっと…気を付けて、怪我しないようにね? 」

「…はい、お気遣い、ありがとうございます。それでは、お待ちしております…」

そう応えて4人とも笑顔で会釈すると、ブリッジから出て行った。

エマはまるで自分のスピード・ポッド・レーサーを操るかのように、次々と浮かぶ岩塊の間際ギリギリを『ディファイアント』で回り込ませて右に左に舵を切り、躱しながら走らせて行く。流石だ。まだ1日経っていないのに、もう一体となったかのような彼女の操艦感覚には、舌を巻かざるを得ない。

ホットミルクを半分まで飲んで、左隣のシエナ・ミュラーに声を掛ける。

「…副長…やっぱり僕は運が好いし、恵まれているよ…『ディファイアント』に乗ってくれたひとりひとり…この全員は、探そうとしたって見付けられるようなメンバーじゃない…君達には感謝してもし切れないし、僕は総てを出し尽くして倒れる事になっても、君達を守るだろうな…」

「…ありがとうございます、アドル艦長…でも、貴方は倒れません…何故なら私達が全員で貴方を守ってサポートしますから…私達こそ、貴方には感謝してもし切れません…私達の最大の望みは、貴方がいつまでも元気で明るく、私達をまとめ挙げていてくれる事なんですから…」

「…分かったよ…改めてこちらこそ…本当にありがとう…」

柄にもなく熱い想いが込み上げたのでそれだけ言うと、ミルクを飲み干してカップとソーサーを片付ける。一度出てレスト・ルームで用を足し、手と顔を洗って戻り、シートに座り直した頃合いで状況が止まった。夕食休憩時間に入ったのだ。

私は立ち上がり数歩進み出て振り向き、皆を見渡した。

「…皆、ご苦労さん…お疲れ様…そして、本当にありがとう…たった今から全員が非番だ…お待ちかねのパーティーが始まるよ…装いは自由だから、全員で参加して楽しもう…副長、ナイト・シフトとモーニング・シフトのスタッフ配置は大丈夫かな? 」

「…大丈夫です。既に通達・連絡は終えています…」

「…OKだ…全員でそれぞれの状況を再確認して、ロック出来る処はロックしてくれ…それが終わったら、行こうか(笑)? 」

「はい! 」

センサー・チームの3人が降り立つのを手を取り肩を貸して手伝い、集まって来る全員と握手を交わし、労い合いながら軽くハグし合い、連れ立ってブリッジを後にした。
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