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出航

反復半舷休息

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ブリッジから出た私は、隣のレストルームで用を足すと手と顔を入念に洗い、ペーパータオルで水気を拭い取って、自室へと向かう。

自室に入るとドリンク・ディスペンサーに甘くないレモン・ソーダを出させてデスクに着き、空調を強化させて灰皿とライターを置いてプレミアム・シガレットのボックスを開ける。

1本を取り出すと残りは1本だ…次にハイラムさんに会ったら、趣味の好いシガレット・ケースが何処で買えるか訊いてみよう。

レモン・ソーダを飲みながら喫って蒸かして燻らせて香りを楽しむ。

ここで暫時溯る。私がブリッジから退室して、6分後だ。

「…ねえ…どうしてアドルさんは、レッドとグリーンを見逃したのかな…? 」

右舷ミサイル・オペレーターのモアナ・セレンが誰に訊くでもない問いを口にした。左舷担当のリサ・カントは、半舷休息に入ってブリッジから退室している。

「…モアナはどうしてだと思う? 」

と、アリシアが逆に反問する。

「…いつでも沈められると思ったからかな? 」

「…それもあるけど、それだけじゃないね。4隻全部沈めちゃったら、フォース・ステージが終っちゃうでしょ? それで、また1時間くらいは休み時間があるんだろうけど、フィフス・ステージが始まるね…そうなると、今度は5隻を相手にするんだよ? いい加減にウンザリじゃないの? 」

と、エドナがシステムの調整をしながら応える。

「…ああ、そうか…それもそうだね…」

「…多分、アドル艦長は…明日が終わる迄には、あの2隻を沈める積りでいると思うわよ…」

と、シエナもタッチ・パネルの上で指を走らせながら補足した。

レモン・ソーダを半分程飲んだ頃合いで1本を喫い終る。灰皿で揉み消してから携帯端末を取り出して副長に繋ぐ。

「…はい、シエナです…」

「…ああ、副長…半舷休息で2時間取ると言ったけど、そうなると夕食休憩時間迄残り1時間くらいかな?…」

「…そうですね…そのくらいです…」

「…そうか…分かった。夕食休憩に入る迄の1時間で、1隻を沈めよう…最後の模擬敵艦は明日の午前中に沈める…」

「…了解しました…」

「…あと15分でブリッジに上がる…その時にちょっと話して交代しよう…」

「…分かりました…」

通話を終えると携帯端末をポケットに仕舞い、レモン・ソーダを飲み干す。グラスと灰皿を洗って片付け、他の小物も片付ける。ペーパータオルでデスクの上を拭き上げて捨ててから、少し考えて持ち込んだ楽譜のファイルを3冊とも取り出し、今夜のパーティーで弾き語りやデュエットで歌う曲の楽譜を、歌う順番通りに抜き出して何も入れていないファイルへと挿し替えた。次に楽譜ファイルの1冊に入れてあったソリッド・メディアを取り出すと、左の胸ポケットに入れる。

改めて、今夜のパーティーで使う楽譜ファイルを最初から捲って確認すると、閉じてデスクの右隅に置いた。

左腕のクロノ・ウォッチを見遣るとあと5分で15分経過する。私は立ち上がってブリッジに向かった。

私がブリッジに上がると、シエナは立ち上がって自分の席に移った。

「…操舵状況を報告してくれ…」

そう言いながら、座る。ハル・ハートリー参謀とハンナ・ウェアー・カウンセラーは席を外していたが、エレーナ・キーン参謀補佐がハルの席に座ってシステムの調整をしている。

「…方位267マーク09、セカンド・スピードで慣性航行中です…本艦の損傷は1%回復しました…」

と、カリーナが報告する。カレン・ウェスコットとジェレイント・セキュラは席を外していた。

「…レッドとグリーンはどうしている? 」

「…本艦が反転して5分後にエンジンを停止しました。現在はロストです。大凡、第5戦闘距離の50倍程度は離れたかと思われます…」

「…了解だ。カリーナ、シールド・パワー10%まで何分掛かった? 」

「…210秒ほどでした…」

「…そうか。3対1だとそんな処か…副長、交替する前に全乗員に通達してくれ。この半舷休息時間を積極的に利用して、シュミレーション・ポッド・カプセルでのシャトル・コントロール訓練に取り組んで欲しいと…そして、休息時間が明けて夕食休憩時間に入る迄の1時間で、レッドかグリーンのどちらか1隻は沈めると…」

「…了解しました…そのように通達します。お疲れ様でした、アドル艦長…」

「…君もな…」

そう言って笑顔を観せるシエナの右肩を左手で軽く掴んだ。

「…お疲れ様でした、アドル艦長…失礼して、お先に休ませて頂きます。熱いですよ? ちょっと濃い目で、ちょっと甘めです…」

そう言いながらリーア・ミスタンテ機関部長が、コーヒーをソーサーごと手渡してくれる。

「…ありがとう、機関部長…休み明けも宜しく頼む…」

そう応えると、彼女は笑顔で会釈して退室した。

一口飲んで右のアーム・レストに置く。なかなか好い味わいだ。香りも立っている。

メイン・パイロットシートには、左舷サブ・パイロットのハンナ・ハーパーが座っている。

「…ハンナ、エマとソフィアは何処に行くと言っていたかい? 」

「…はい、艦長…2人とも、シャトル・コントロール・シュミレーションで、レベル7まで行くと言って、張り切っていましたよ…」

「…そうか(笑)さすがだな…ハンナだって、それくらいは軽くイケるだろ? 」

「勿論(笑)私だって負けませんよ、あの2人にもね(笑)」

「…その意気だ…シャトルで一緒に出る時には、君に操縦して貰うよ? 」

「…あ、はい…ありがとうございます…嬉しいです…」

「どう致しまして…ハンナ、調整が済んだら交替する迄の間で好いから、操艦訓練をchapter 1から反復して行ってくれ…」

「分かりました」

ハンナがそう応えた処で通達を出し終えたらしいシエナが立ち上がる。

「…それでは艦長、お先に失礼します…」

「ああ、お疲れ様…次の交替では、誰が来る? 」

「ハルが来ます」

「分かった。ゆっくり休んでな? 」

「はい、ありがとうございます…」

シエナはそう応えると、可愛らしい笑顔を観せて退室した。

私はコーヒーを二口飲んで立ち上がると、パネルモニターに映し出されるデータ表示をスクロールさせつつ確認しているマレットの左側まで歩み寄る。

「実行委員長、私が最後に唄う曲の伴奏とコーラスがこれに入っているから、セットを頼むな? 」

そう言って左胸ポケットからソリッド・メディアを取り出し、彼女に手渡した。

「…あ、はい…分かりました。お任せ下さい…」

「…今夜の料理と酒の用意は、大丈夫かい? 」

「…大丈夫ですよ、艦長…ご心配なく。それも抜かりはありませんから…」

「分かった。野暮な事を訊いて悪かったね。交替したら、ゆっくり休んでくれ。歌は思い出したかな? 」

「…それも大丈夫です。ご期待下さい…」

「…了解だ…」

そう返して自席へと戻り、コーヒーをまた二口飲む。ふと思い付いてヘッドセット・ヴァイザーを被り、会議室『DSC24GF』にアクセスしてタイムラインに入り、スクロールして観る。

やはり、同盟に参画する僚艦の艦長又は副長からの書き込みはあまり無い…無理も無い…そんな暇も余裕も無いのだろう…キーボードを引き出して書き込みを始める…男性が指揮を執る艦の心配は、あまりしなくても好い…女性艦長達が自信を失くしたり、萎縮してしまうのが心配だ…このチャレンジ・ミッションは所詮、模擬戦闘だ…どんなに叩かれたとしても実際に艦が傷付く訳じゃない…敗けて無力化したとの判定をミッションAIから下されたとしても、リスタートすれば好い…敗けた経験に学んでまた違ったアタック・アプローチを仕掛ければ好いのだ…そう言う意味合いでの記事を書いた…どんな経緯でも学びになり、数値として顕れなくても確かな経験値となる。と書き込んだ私は、そのまま結びとして会議室のタイムラインから出た。

会議室との接続も切ってヴァイザーを頭から外す…どの道このゲーム・フィールドでは僚艦との距離があり過ぎて、支援と言ってもこれくらいしか出来ない…コーヒーを飲み干してカップとソーサーを片付けに立つ…流石に少し辟易して来た…暫く飲み物はいい…戻って座り直すと、カリーナが声を挙げた。

「…! 艦長、レッドとグリーンがエンジン始動しました。こちら方面に向けて、動き出しています。距離は、第5戦闘距離の53倍です…」

「そうか。こちらはエンジンを停止しているから捕捉されてはいないだろうが、面倒なものだな…それに、ここまで模擬戦をやって来ていて判るのは、模擬敵艦の制御AIがバカだってことだ…まだ2%ぐらいしか損傷が回復していないのだろうに、追撃行動に出るとはね…もしかしたら隻数が増える毎にバカになるのかも知れないな…正に、総身に知恵が回りかねる、か…この分でいくと、例えフィフス・ステージが始まって5隻の相手をする事になったとしても、それ程に悩まなくても良いかも知れない…ハンナ、右舷アポジ・モーターで取舵5°、艦尾アポジ・モーターを起動してサード・スピードまで加速だ…レッドとグリーンについては、トレース・フォローだけしていてくれれば好い…」

「…了解しました…」

私はもう一度席を立って、ブリッジ後部の機関部遠隔集中制御室に入り、そこで細かい調整作業を続けているロリーナ・マッケニット副機関部長に声を掛けた。

「…ロリーナ、今回造った改造長距離ミサイルなんだけどさ…全く同じ物で本物を5本、時間を観ながらで好いから造って置いてくれるように、アンバーとナターシャに伝えてくれるかな? 急拵えの物だったけど、使い勝手はかなり好かったからさ? 」

「…分かりました。伝えておきます」

「頼む…」

そう言って自席に戻り、座り直して脚を組むと、両手を頭の後ろで組んで前を向いた…後は何も思い付かなかったし、誰からも声は挙がらなかったし、声も掛けられなかった…ぼんやりと前を向いて観ていただけだったが、不思議と眠くはならなかった。

「お待たせしました、アドル艦長。交替に参りました…」

ハル・ハートリーの声が右側から聞こえたので、上体を起こして右側を観ると彼女がちょっと心配そうな笑顔で私を観ていた…。

「…ああ、参謀…ご苦労さん…じゃあ、頼むかな…レッドとグリーンがこっちに向かって来ているよ…と言っても、こちらの正確な位置は掴んでいない…こちらとしては僅かに変針して、僅かに加速した…それだけだ…通達は聞いていると思うけど、半舷反復休息で2時間が経過したら、パーティーが始まる迄の1時間でどちらか1隻を撃沈する…」

「…承知しました、アドル艦長…どうぞごゆっくり…」

「…宜しく頼む…」

そう言って立ち上がり、お互いに笑顔で握手を交わしてから、ブリッジを後にした。

再び自室に戻った私は短パンをタオルに包んで持つと、自室を出てファースト・エクササイズ・トレーニング・デッキに降りた。

初めて入るが、男性用の更衣室は狭いように思える…勿論、女性用更衣室内の容積を確認した訳ではない…私は下着も含めて総てを脱ぎ去ってロッカーに入れると、タオルを肩に短パンを履いて腰紐をきつめに締める…来週の木曜日に持ち込む物品の中には、水着のパンツも入れよう…。

エクササイズ・トレーニング・デッキの中は、かなり気温が高い…パンツ1枚でも寒いとは感じない…湿度もかなり高いようだ…タオルを肩に掛けたまま、スイミング・エリアに足を踏み入れる。

通常設定では全幅20m、全長60m、水深1.5mの温水プールだが、最大設定では全幅50m、全長150m、水深3m迄換装できる…遠目に観て4人が泳いだり、ボール等を持ち込んで遊んでいるのは観えたが、私はプール・サイドのデッキ・チェアの背凭れにタオルを掛けると、プールに対しては背を向けてストレッチ系の準備運動に入った。

首・肩・手首・腰・足首を廻す…各部筋肉と腱の屈伸運動も余念なく行う…ジャンプしながら、膝の蹴り上げ運動…軽い反復横跳びまで行った。

プール・サイド迄歩み寄って温水を掬う…30℃はあるようだ…申し分無いな。

ゆっくりと温水に入り、先ずは歩き始める…好いね…プールの中でも屈伸運動を行う…イヤー・ウィスパーを詰めて、全身を沈める…段々と身体が温水の温かさと抵抗に馴染んでくる…背泳ぎではないが大きく息を吸い、背中で浮かんで天井を観る…改めて高いな…気持ちも気分も好い…立ち上がって、本当にゆっくりとクロールで泳ぎ始める…本当にゆっくりだ…伸ばした手が反対側のプール・サイドに触れるまで、3分以上も掛かっただろうか?…立ち上がり、濡れた髪を後ろに流して息を吐く…泳ぐのは、あのナイト・プールの時以来だな…そう思いながらプール・サイドに寄り掛かろうとすると、誰かの身体と接触した。

「! ああ、すまない! 」

思わずそう言って身体を離そうとしたが、その前にその人物の右手が私の右肩を押えた。

「…お疲れ様です、アドルさん…ナイト・プール以来ですね? 」

ハンナ・ウェアーだ…あの時の、黒地にゴールドの飛沫を散らせたワンピースの水着を着ている。

「…ありがとう、カウンセラー…あの時の水着を持ち込んでいたのか…良く似合うよ…私のスイム・スーツ、預けっ放しだから…今度行って回収して来ないとな…」

そう言いながら彼女の右手を左手で外してそのまま握り、彼女の右側に立ってプール・サイドに寄り掛かる…動画を撮られているから、これ以上彼女と接触するのはマズイ。

「…アドルさんのスイム・スーツなら、私が預かって持ち込みましたよ…」

「えっ! 君が持ち込んで乗艦したのかい? 何だ…言ってくれれば、こんな短パンなんか履かなくても済んだのに…」

私がそう言うとハンナは手を離して右手で口を、左手でお腹を押えて笑いを堪えた。

「(笑)すみま(笑)せん…(笑)乗り込んだ時に…(笑)言えば良かったですね…」

「…ああ…明日にでも持って来てよ…流石に短パンで泳ぐのは、水の抵抗がすごいからさ?…」

「分かりました…暇を観てお持ちします…」

「頼むよ。そう言えば、あのナイト・プールで一緒だった他の5人も、あの時の水着を持ち込んで来ているのかな? 」

「…そうですね…訊いて確かめた訳じゃありませんが多分、持って来ていると思いますよ…」

「…そうか…まあ、それは追々に分かるだろう…じゃあ、俺はジャグジー・バスに入るよ…」

「分かりました、ご一緒します…」

ここで、ハンナの右耳に口を寄せる。

「撮られているから、気を付けてな? 」

「分かっています…」

2人ともプールから上がる…私はタオルを取り上げてジャグジー・バスの近くに置き、バスに入って脚を伸ばした…。

直径で20m程の円形ジャグジー・バス。
30人で入っても余裕だな。

「…このジャグジーも気持ち好いね…」

「…そうですね…」

「…今度は女性クルー全員で、ナイト・プールに行こうか?(笑)…」

「(笑)大丈夫ですか(笑)?…70人近くになりますよ?…」

「…そうか(笑)…だったら、家族や関係者や知り合いを出来得る限りに招待して、水上大運動会を開催しよう? そのぐらい開けっ広ろ気にやった方が、却って気持ちの好い交流が出来ると思わないか?(笑)…」

「(笑)出ましたね(笑)またアドルさんのスーパー・アイディアが(笑)…」

「どう思う? 」

「大賛成です(笑)」

「よし、カウンセラーのお墨付きが貰えれば大丈夫だ。来週から企画を立てて煮詰めるとしよう…その為にも、レッドとグリーンは撃沈して賞金をプールしなけりゃな? 」

「はい! 」

「よ~し、じゃあ俺はそろそろ上がるよ…これ以上浸かっているとのぼせそうだ…君もよく休んでな? 」

「はい、分かりました。ありがとうございます…」

そう応えるハンナ・ウェアーを残してジャグジー・バスから上がると、シャワー・ルームでシャンプーとボディーソープを使い、丹念に洗って流してタオルで水分を拭き取り、短パンを脱水機に掛けている間に服を着直す。そして、脱水した短パンをタオルで包んで自室へと戻った。
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