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出航

プレ・フライトチェック

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シルバーホワイトに塗られた扉を潜り抜けてから25分後、私は『ディファイアント』バーラウンジのステージで、ピンマイクを着けて立っている。

フィオナ・コアー保安部長が歩み寄る。

「アドル・エルク艦長、全員乗艦しました。欠員はありません」

「ありがとう。了解したよ」

心成しかフィオンは、誇らし気にそう報告した。私を艦長と呼べるのが、何だか嬉しそうに観えた。

「マレット・フェントン…チーフ・リントハート、準備は好いかな? 」

「OKです」

「何時でもどうぞ」

「よし。皆、来てくれてありがとう。欠員無しで全員が乗艦した。いよいよ開幕だ。この日、この瞬間を皆と揃って迎えられた事に、改めて感謝する。ここで少し話をしてから、全員でサンクロスト・トラッシュの20年物をハーフショットで1杯だけ酌み交わして、プレ・フライトチェックに入る。言う迄もなく『ディファイアント』は同盟主宰艦なので、最初に出航する。その為に私は機関室に入って最大限に手伝う。皆にもそのつもりで取り組んで貰いたいが、無理せず、慌てず、焦らずに、時間が掛かっても確認しながら着実に進めて欲しい。また、同時進行でやって貰いたい事について、ここで指示する。生活環境支援チームは全乗員に分配して艦内に持ち込んで貰ったプリント書類を総て集めて、心理動向データベースと訓練プログラムプランとに分け、順番通りに再構成してスキャンして読み込んでくれ。副長と参謀は、会議室『GFDSC24』と『GFトゥルーダイス』の登録・設置・設定を並行して速やかに行う事。参謀補佐は会議室の設定が終わったら、単艦訓練プログラムプランマニュアルを『GFDSC24』のタイムラインにアップしてくれ。そこまで出来たら後は出航迄の手順に集中してくれ。改めて言うが、本艦は撃沈には拘らない。撃沈に固執すれば、生まれる隙を突かれて撃たれる可能性が高くなるし、何より仲間を作りづらい。なので、この事は頭に入れて置いて欲しい。以上だ。質問が無ければ、乾杯して作業に掛かる。好いかな? 」

質問は無かった。

「よし、じゃあお願いします」

そう言うと、補給支援部とバーラウンジ・スタッフが総出でハーフ・ショットグラスを全員に配り、配り終えるとサンクラスト・トラッシュ20年物のフルボトルを5本開け、全員に注いだ。私もその内のひとつを貰って掲げた。

「取り敢えずこのファーストシーズンは、皆で協力して乗り切ろう。無理せず、重荷にもならず、楽しんで生き延びられるように、勝てる算段は司令部でするから心配しなくて好いよ。今の処皆に頼みたいのはそれぞれの健康管理と、慌てて焦ってケガをしないように、それだけ頼む。じゃあ2日間を無事に乗り切って、日曜日の午後11時に入港しよう。乾杯! 」

「乾杯!! 」

全員がひと息で飲み干し、グラスを置いて立ち上がる。それぞれのグループリーダーの指示が飛ぶ中を足早に歩いてラウンジから出るとブリッジに向かう。

ブリッジに入ると艦長控室に入り、ロッカーからメンテナンス作業用のエンジニアリング・ジャケットを出して着替え、メンテナンス・ツールケースを手にした処でインターコールが鳴る。

「どうぞ? 」

ドアが開いてシエナ・ミュラーが入って来る。

「機関室へ? 」

「そう。ブリッジと全体のバランスを頼むよ。あと、さっき指示した事もね? 」

「分かりました。お気を付けて」

「大丈夫だよ」

ツールケースを左手に提げて、ブリッジへ出て行く。ターボリフトで機関室のデッキへ向かう。入ると、リーア・ミスタンテがメンバーを作業に割り振る声が響いている。

「リーア! 何処のベースラインが手付かずだ? 」

「あっ、艦長! D7からお願いします」

「分かった! 終わったら見渡して、手付かずの所に入って好いな? 」

「宜しくお願いします」

メンテナンスBメイン・チューブに入り、ベースDラインのパート7ハッチを開ける。ツールケースを開けて適切なツールを取り出し、手順に従ってパワーチェックと動作確認を行っていく。

パート8、パート9と進めていき、ベースFラインに入って進めていく。

その後、ベースJラインとMラインを終わらせると、もう手の付いていないベースラインは無くなったので、メインコンピューターのセットアップを手伝う。

スピードモードの5割増し程度のスピードで30分程進めると、粗方の終わりが観えて来たので後は任せて離れ、全体を見渡す。

「リーア・ミスタンテ機関部長、どうだろうかな? 最後の全体システム再構築をバランス良く仕上げられれば、問題無いと思うんだけど、任せても好いかな? 」

「はい、大丈夫です。お任せ下さい。確実にバランス良く仕上げます」

「分かった。じゃあ、ブリッジに上がるよ」

「ご苦労様でした。ありがとうございました」

「礼はいいよ。終わったらダブルチェックで確認して報告してくれ」

「了解」

頷いて再びツールケースを左手に提げ、機関室を後にする。ブリッジでも皆忙しく立ち働いている。

「シエナ! こっちでのハードチェックで手伝える所は? 」

「ああ、艦長、お帰りなさい。大体…終わりました。後は微調整と全体システムの再構築です」

「そうか。最後の再構築はバランス良く仕上げてくれ。何かモヤモヤした違和感を感じたら、やり直して好いから」

「分かりました。バランス良く仕上げます」

頷いて艦長控室に入る。メンテナンスジャケットを脱いで、スーツに着替える。ドリンクディスペンサーにコーヒーを出させてデスクに着き、固定端末を起動してメインコンピューターのシステムメンテナンスリンクに繋げて、全体の進捗を見渡す。

うん、順調に進捗している。これなら思ったより早く出航できるだろう。

改めて、彼女達のアビリティ・スキル・ポテンシャルの高さには感心した。

「コンピューター、プレ・フライトチェック予測完了時間」

【30分➕➖10分】

「了解」

「コンピューター!  艦内オール・コネクト・コミュニケーション!  」

【コネクト】

「ブリッジより全乗員へ、こちらは艦長だ。プレ・フライトチェックの完了予定時刻を、今から50分後に設定する。厳守とまでは言わないが、総体としてそこを目指し、取り組んで欲しい。繰り返すが、慌てずに、焦らずに、急いで、確認しつつ着実に進めて欲しい。以上だ」

もう私が手伝って、効果的な所は無い。

もう事前に指示すべき事も無い。

自分が落ち着いて、待てば好い。

ブリッジに戻っても、邪魔になるだけだな。

設定時刻まで15分を余して、GF携帯端末に通話が繋がる。副長からだ。

「アドル艦長、プレ・フライトチェック、完了しました」

「了解。全体でのダブルチェックをもう1度行って下さい」

「分かりました。10分以内に報告します」

「宜しく」

それから8分後に、また通話が繋がる。

「ダブルチェック完了しました。異常ありません。バランスも良好です」

「了解、ブリッジに出ます」

控室から出て、キャプテン・シートに座る。

シエナ・ミュラー副長が歩み寄り、改めて口頭で報告する。

「アドル艦長、艦内オールセクションのプレ・フライト・ダブルチェックを完了しました。『ディファイアント』発進準備完了です」

「よーし、行こう! 運営推進本部に向けて発進準備完了、出航許可を乞うと送信。出航許可コードが付与されるから、メインゲート・コントロールに、それをそのまま送信してくれ」

「了解」
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