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・・『開幕』・・

ゲーム大会開幕

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翌日、2月28日(土)開幕日・AM:04:00

アラーム2回目で覚醒。タンクベッドのハッチを開けて立ち上がる。思った以上にスッキリと目覚めた。

外に出てタンクベッドからマットの上に降り立ち、軽く身体を拭ってからバスルームに入り、熱いシャワーで洗い流す。

香りの好いシャンプーを使い、髭も丁寧に剃り上げる。まだ朝早い。今食べても昼前に腹が減る。

バスルームから出て丁寧に身体を拭き上げ、用意して置いたものを身に着ける。

ネクタイを細く締め込み、派手じゃないネクタイピンとカフスボタンを着ける。

上着を着てから全身をチェックし、艦長を顕す4個の襟章を着ける。

コーヒーを点てながらリサとシエナに向けて、別に見落とされても構わないと思いつつ、軽食の用意をメッセージで頼んだ。

コートを着込んでコーヒーと灰皿をトレイに乗せてベランダに出る。デッキチェアに座り、トレイを置いてプレミアム・シガーのボックスとライターをポケットから取り出し、一本を咥えて点ける。

あと数分で5時だが、まだ暗い。後10分程度で東の空が白み始めるだろう。

冷静だ。考えれば思い付く事はまだあるのだろうが、やれる限りの事はやり終えたと思う。体力的にも大丈夫だ。

高揚感と期待感が殆どで、残る僅かな部分は不安感とやれやれ感が占めている。

いつもより時間を掛けて、1杯のコーヒーと1本のシガーを味わう。

5分で飲み終わり、喫い終わったので揉み消して室内に入る。

そのままプレートを置き、バッグを携えて室内からガレージに入り、車に乗って出た。

AM 05:15だった。

AM 06:30に『トゥーウェイ・データ・ネット・ストリーム・ステーション』社の正門から乗り入れる。

ガードステーションの前で車を停め、降りて出て来た警備員に通常のPIDカードとGFPIDカードを提示する。

彼に顔写真を撮られ、両掌の掌紋をスキャンされ、両眼の網膜パターンをスキャンされ、私の艦長としての承認コードを口頭でマイクに向かって喋らされて、本人確認が完了する。

「お手数をお掛けしました。車はこちらでお預かり致します。どうぞ、お気を付けて」

「ありがとう」

そう言いながら彼にスマートスターターを渡し、バッグを携えて正面出入り口に向かう。セレモニー開始90分前だが、既に人が集まり始めている。

階段に差し掛かる前から喫煙所を探して見廻していたが、生憎見付からなかったので仕方ない、中で喫おうかと歩みを速めた時、聴き憶えのある3人の声が左後方から掛けられる。

「アドル艦長! おはようございます! 」

振り返って観るとそこには、フィオナ・コアー保安部長と、カリッサ・シャノン副保安部長と、リサがいた。

「やあ、おはよう。先ず、君達に逢えるだろうと思っていたよ」

「ありがとうございます。皆、40分前には殆ど集まっていて、今はホラ、あそこにいます」

そう言って階段の向かって右、40m程離れた所の人集りを指差す。

「それで、保安部と機関部で手分けして、艦長を探していました」

「そうだったのか、どうもありがとう。じゃあ行こうか? 」

そう言って、人集りの方に歩みを向ける。近付くと皆が気が付いて挨拶をしてくれる。

スコットとマーリーやズライもいる。アンバーさんも来ている。それに…。

「常務! それにチーフまで…一体どうしたんですか? こんなに朝早く? 」

「それは、アドル・エルク主宰の初陣ですからね。見送らざるを得ないでしょう」

「グレイス・カーライル艦長の方はどうしてるんです? 」

「ジェア・インザー次長に行って貰っていますよ」

チーフ・カンデルが私の右肩を左手で叩いて掴んだ。

「アドル! ああ、今日は好い顔をしているな。好いか? 1人で抱え込むなよ。仲間を信じて、任せて、頼るんだ。絶対に上手くいくからな! 」

「ありがとうございます、チーフ。任せて置いて下さい」

そう応えて固い握手を交わす。

少し離れた所で拍手と歓声が沸き起こったので見遣ると、マエストロ・ラッサール・コラントーニとマエストロ・エンリコ・コラントーニが、泣きながら固く抱き合っている。長らく音信不通であったコラントーニ兄弟の感動の再会だ。

あの2人を観ているだけで、自分でも善い事が出来たものだと思う。

「常務、料理長も連れて来たんですね? 」

「ええ、絶対に行くと言っていましたから」

「あの2人を社長にも見せたかったですね? 」

「これから幾らでも観て貰えますよ」

「そうですね」

「ムッシュ・アドル・エルク、いよいよ開幕ですね。これから宜しくお願いします」

そう言いながら、私の眼の前に立って私の右手を右手で握ってくれたのが、マエストロ・サルヴァトーレ・ラウレンティス料理長だった。

「おはようございます、マエストロ。こちらこそ、宜しくお願いします。朝早くからありがとうございます」

「なんの。アドル・エルク艦長。年寄りは朝が早いですからな。何の苦にもなりません。それにしても、あの兄弟の再会の図は本当に素敵で感動的です。これも偏に、貴方の人徳に由る処ですな? 」

「いえいえ、マエストロ。私は特に何もしていませんよ。ただ同じ姓だったのが気になって訊いてみただけなんです。でもまあ、善い事ができたなとは思っています」

「おはようございます、アドル艦長。これから宜しくお願いします」

カーステン・リントハートマスター・バーテンダーと、イアン・サラッドサブバーテンダーも私の前に来て、握手を交わす。

「おはようございます。こちらこそ、宜しくお願いします。もう今から、お2人おススメの1杯が楽しみですよ」

「そう言って頂けると、バーテンダーとしては嬉しい限りです」

「アドル艦長、おはようございます。いよいよですね。宜しくお願いします」

アーレン・ダール博士だ。白いスーツでキメている。

「おはようございます、医療部長。白いスーツがキマってますね。格好良いですよ。こちらこそ、宜しくお願いします。この4日間はケガ人も病人も出ないと思いますから、安心して準備を進めて下さい」

「分かりました。お言葉に甘えて、そうさせて頂きます。やはり医者たる者、普段から白い衣服には拘りませんとね」

ここで副長と保安部長とリサとマーリーが前に立ち、シエナが報告する。

「艦長、全員集合しました。欠員はありません」

「了解だ。スターティング・セレモニーが終わって、乗艦後にもう1度確認して、保安部長から報告してくれ」

「了解しました」

「それでさ…」

「あ、はい。軽食については、シエナ副長とも相談して、マーリーに頼む事にしました。マーリー、差し上げて? 」

リサがそう応えてマーリーを促し、私の前に立たせる。

「あ、おはようございます。アドル係長。あまり沢山食べて、眠くなってしまうと良くないと思ったので、このくらいにしました。すみません。足りないようでしたら、ラウンジで何か摘んで下さい」

「おはよう、マーリー。ありがとう。大丈夫だよ。このくらい食べれば、昼までは充分に保つよ」

マーリーがそう言って差し出した小振りの包みを、そう応えて有り難く受け取った。

「アドルさん、そこのベンチで召し上がって下さい。ハーブティーを持って来ましたので、どうぞ? 」

「ありがとう、頂くよ」

そう応えてリサが差し出す小さい保温ポットを受け取り、ベンチに腰を降ろして包みを開く。サンドイッチだ。うん、このくらいなら昼迄は大丈夫そうだし、美味しそうだ。

サンドイッチを食べながら、ハーブティーを飲みながら、仲間達を眺めて見遣る。コラントーニ兄弟が泣きながらお互いの体を叩いて談笑している。エドナはスコットと、チーフ・カンデルはシエナと、ハーマン・パーカー常務はハンナ・ウェアーと、ズライはカーラ・ヘンリエッタ女史と、リサはチーフ・リントハートと談笑している。他の仲間達もそれぞれに談笑している。

うん、皆快い雰囲気だな。

その後15分程を掛け、食べ終わって飲み終える。サンドイッチの包みを畳んでポケットに仕舞おうとする処を、アンバーさんに止められて、紙コップのコーヒーと交換した。

「アドル係長、日曜日にはお迎えに上がります」

「深夜になるから、来なくて好いよ。君が来たら、君を送って行かなきゃならなくなるから、僕の睡眠時間が無くなるからさ? 」

「分かりました、すみません」

「好いんですよ」

アンバーさんが離れて行くと、リサが私の右に、シエナが私の左に、ハルがシエナの左に、フィオナがリサの右に座る。

「好い天気だね。出航日和だな」

「そうですね」

と、シエナが応える。

「撮影され始めるとしたら、セレモニーホールに入ってからだろうな。私を探している時に、カメラを観たかい? 」

「いえ、カメラは観ませんでした」

今度は、フィオナが応える。

「そうか。超望遠で撮られている可能性もあるけど、確認出来ないものを気にしても始まらない。各々で気を付けて行動するしかないね? 」

「アドルさん、同盟に参画する各艦の状況を把握して確認する必要はありますか? 」

と、ハルが訊いた。

「いや、その必要は無い。それはそれぞれの艦長と各艦司令部の責任に於いて、行われるべき任務だ。私がそんな事をしようとするなら明確な越権行為になるし、それ以上にお互いの信頼を損ねようとする、行為も発想も無いだろうね」

「分かりました。失礼しました」

「いや、好いんですよ。時折、私の見解や姿勢を質すのも、参謀としての君の任務であり、職責ですから」

そう言って私はコーヒーを飲み干し、空の紙コップをリサに渡した。

「時間は? 」

「間も無く、07:40 です」

「よし。じゃ、行こう。寒いし、スターティング・セレモニーが始まる。リサさん、2日間だけだけど後は頼みます。入港したら、連絡しますよ」

「はい、分かりました」

「副長、参謀、保安部長、皆を促して? 出来ればグループでまとまって行こう」

「はい! 」

「行きましょう! 」

3人で皆に声を掛けて、動き始める。ラッサール・コラントーニ料理長が、私の所に来る。

「アドル艦長、お早うございます。挨拶が遅れて申し訳ない。弟を宜しくお願いします。貴方には本当に感謝していますよ」

「どう致しまして、料理長。大丈夫ですよ。最初の4日間は何事もありませんから。マエストロ・サルヴァトーレ・ラウレンティス料理長とは、お話されましたか? 」

「ええ、はい。さっき弟から紹介されまして、暫く話し込みました」

「それは好かった。ああ、今日はクーポン・チケットを持って来ていないんですけれどもね。月曜日のお昼は、料理長の特製スペシャル・ランチ・バスケットを宜しくお願いしますよ? 」

「承知しました。腕に縒りを掛けて作りますから、元気で顔を出して下さい」

「了解致しました! 」

と、歩きながら会話を交わして、最後に料理長とも固く握手した。

その後は誰とも話さなかったし、誰の顔も観なかった。真っ直ぐ前を観て歩き、正面出入り口を目指した。皆それぞれ、上手くやっているのだろうと思っていたし、そう信じてもいた。真っ直ぐ前を観ながら階段を昇り、正面出入り口から入ってリフトを目指す。

と、立ち止まってクルー達を先に行かせながら携えていたバッグを開けて必須の3種アイテムを取り出し、バッグは直ぐ傍に控えているリサに手渡す。

そのまま左手でリサの右腕を軽く持ち、振り返って見送りに来てくれた仲間達に笑顔で左手を振って見せた。

ここから先に彼等は入れない。彼等の笑顔を確認してから踵を反し、私は1人で最後に、リフトに乗り込んだ。

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