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・・『開幕』・・

・・オンライン・オンタイム・セカンド・トップミーティング・・2・・

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・・フロア・チーフのヘイデン・ウィッシャーに断って、朝礼の最後に私はこれだけ伝えた・・。

「・・おはよう・・皆、これまで本当にどうもありがとう・・そして、これからも宜しくお願いします・・」

・・朝礼が始まる前にリサと示し合せて、9:30まではデスクワークに集中する事にした・・とにかく、やれる処まではやっておきたい・・今朝は気分良く目覚めたから、いつもより指の動きも速い・・9:30までなら全速の9割でも好いだろう・・いつもは使わない、ヘッドセット・バイザーを着ける・・ペルスペクティブ・フォーカスコントロールと音声入力も併用し、メッセージ交換も同時に行いつつ30数個開いた窓を次々と切り替えながら、3Dモニターに集中して指を走らせ続ける・・不意に誰かの手が右肩に置かれる・・右肩越しに観るとリサだ・・タイムカウンターは、9:25・・もうこんな時刻か・・進捗を見渡したが思った程には進められていない・・が、仕方ない・・途中だった作業を総てやり終えて窓を閉じ、シャットダウンする・・携帯端末をポケットに入れてPADとLAPTOPを小脇に抱えて席を立つ・・眼の届く処にいる同僚達に右手を挙げて挨拶してから・・リサと一緒にフロアを出てリフトに乗った・・。

「・・私・・アドルさんがあんなに凄い勢いとスピードで仕事するのを初めて観ました・・」

「・・うん・・俺もあそこ迄集中したのは暫くぶりだね・・気付かせてくれてありがとう・・」

「・・どう致しまして・・着きますよ・・」

・・リフトが18階で止まって降りた私達は第1役員待機室に入る・・するとそこには既に、前回のトップミーティングで集まった全員が来ていた・・いや、それ以上に集まっている・・前回では参加していなかった、カーネル・ワイズ・フリードマン副社長・・そしてフローレンス・スタンハーゲン専務・・もう1人、ベアトリス・アードランド常務も参加するようだ・・なるほど・・副長に参謀にカウンセラーと言う訳か・・秘書課の女性が歩み寄って来て、私とリサの胸元にピンマイクを付けてくれる・・持って来たPADとLAPTOPは、取り敢えずソファーの隅っこに置いた・・。

「・・皆さん、おはようございます・!・今回も宜しくお願いします・!・」

・・先ず、朝の挨拶は元気良く行おう・・これをやって悪い事は何も無い・・。

・・するとそれぞれにくつろいでいた、トーマス・クライトン社長・・グレイス・カーライル副社長・・カーネル・ワイズ・フリードマン副社長・・フローレンス・スタンハーゲン専務・・ベアトリス・アードランド常務・・ハーマン・パーカー常務が、満面の笑顔で私達を観る・・エリック・カンデルチーフは茶目っ気を漂わせた表情で眉を上げると、左手でサムズアップをキメて見せる・・ジェア・インザー営業本部次長は、私と眼を合わせはしたが表情は変えなかった・・。

「・・おはようございます、アドルさん・・朝早くからありがとう・・お世話になりますね・・」

・・笑顔のままここまで言ってくれて握手もしてくれて、ポットからカップに手ずから注いだコーヒーをソーサーに乗せて手渡してくれる社長とは・・??・・はっ!!・・彼女の外泊が知られている・・??・・思わずリサの顔を観てしまったが、彼女は笑顔のままでほんの少し首を振った・・。

「・・あ・こちらこそ、ありがとうございます・・とんでもないです・・微力を尽くします・・」

「・・今朝、1階のラウンジで料理長と話したんだって・・?・・」

「・・え・?・あ、はい・・よくご存じで・・」・・料理長がもう話した・・?・・。

「・・この事を知るのは、役員会でも1部なんだけれどもね・・私と彼とは幼馴染なんですよ・・だから、彼の弟もよく知ってるんです・・」

「・・え・!?・じゃあ、マエストロ・エンリコ・コラントーニが『ディファイアント』厨房のセカンドシェフとして入った事も・・?・・」

「・・ええ・・それも彼から聞きました・・」

「・・そうだったんですか・・」

・・今日は色々と驚かされる・・隣でリサも驚いているのは、気配で判る・・渡されていたコーヒーに今更気付いて口を付ける・・!・今日はマンデリンだ・・。

「・・彼は弟さんと疎遠になってから、大分落ち込んでいてね・・見かねた私から声を掛けて1階ラウンジの料理長として入って貰ったのが、確か4年前だったかな・?・グレイス・・?・・」

「・・そうでしたわね・・以来、務めて貰っています・・」

「・・私も含めて社内で彼を知る人は、料理人としての彼が如何に素晴らしい人かは充分に知っています・・特に私は、料理界に於ける彼ら兄弟の存在は唯一無二のものであると思っていました・・そのたった2人の彼ら兄弟が、仲違いの末に6年もの間音信不通であった事は、この私でも胸が痛かった・・私が彼の為に出来た事と言えばせいぜい、1階のラウンジに料理長として入って貰った事ぐらいでしたからね・・それが、アドルさん・・貴方があの兄弟を繋ぎ合わせた・・私からも言います・・本当にありがとう・・」

「・・いいえ・・私はお二人の姓が同じであったのが気になって訊いてみただけで・・お二人の関係を思わぬ形で修復出来たのは、私にとっても僥倖でした・・こちらこそ善い行いをさせて頂きましたので、感謝しております・・」

「・・アドルさん・・貴方は本当に素晴らしいですわ・・運営本部でも配信会社でも、貴方の素晴らしさばかりが耳に入ります・・貴方と一緒にゲームに参加できるのが、こんなにも嬉しいのです・・改めて宜しくお願いしますわね・・?・・」

・・グレイス・カーライル副社長の方から、私の右手を取って握手してくれる・・温かくて力強い手だ・・。

「・・ありがとうございます・・グレイス艦長・・私もご一緒できてとても嬉しいです・・こちらこそ、宜しくお願いします・・」

「・・アドルさん・・聞けば今日は男性艦長10人が集められての、インタビューと対談の生配信が・・何時からでしたか・・?・・」

・・と、カーネル・ワイズ・フリードマン副長が訊く・・。

「・・14:00からです・・それに先立ってPVも公開される筈ですので、宜しければご覧ください・・あの・・宜しければ今回のトップミーティングの中で、もう1つだけ提案させて頂きたいのですが・・?・・」

・・そう言ってもう二口、コーヒーを飲む・・。

「・・何でしょう・・?・・他ならぬアドル・エルクさんの提案です・・何なりと遠慮や忌憚も無く、言って下さい・・?・・」

・・と、フローレンス・スタンハーゲン専務(参謀)が訊く・・。

「・・それでは申し上げます・・『ディファイアント』と『ロイヤル・ロード・クライトン』の両艦を、セカンドシーズンの最終回まで生き延びさせる為に、両艦全クルーの居宅にも、アイソレーション・タンクベッドを安価で設置して頂きたいのです・・それが出来れば・・アイソレーション・タンクベッドの販売に関連する総てのサービス・ビジネスは、大きく・広く・急速に拡大するでしょう・・勿論それには両艦が・・サードシーズンの制作が決定されるのなら、そのシーズン最終回まで生き延びる事が絶対の条件である事は承知しておりますし・・それについてはお任せ下さっても結構ですので是非、宜しくお願いします・・」

・・そこまで言い切ってコーヒーを飲み干すと、ソーサーと一緒にテーブルに置く・・。

「・・採用しましょう・・」

・・と、社長は事も無げな様子で、間を置かずに応えた・・。

「・・宜しいのですか・・?・・」

「・・ええ・・タンクベッドの設置数がほぼ倍増する、と言うぐらいでしょう・・?・・ハーマン・・『クライトン』に乗り組む役員と部長クラスのクルーで、自宅にアイソレーション・タンクベッドを設置していないメンバーはいるかな・・?・・」

「・・確認しますが、ほぼいないと思いますね・・」

・・そう言いながらその場に居る秘書の1人に向けて、目配せで指示するハーマン・パーカー常務ではあった・・。

「・・それなら、倍増未満と言う事ですね・・今の我が社の地力を鑑みるなら、特段の問題は無いと思いますよ・・アドルさん・・むしろその程度の投資で、『ディファイアント』と『クライトン』を真に我等にとっての特別な艦と出来るのなら、安いものです・・配送から設置・・アフターケアにまで至る総ての必要経費を我が社で負担しても構わないと思いますね・・ただ、無料供与とまではさすがにいきませんが・・ですが我が社の社員なら、我が社の商品であるわけですから・・社内販売として社員割引制度は適用し得るでしょう・・今回も、画期的な好いアイディアですね、アドルさん・・さすがです・・」

「・・ありがとうございます・・恐縮です・・」

「・・ミーティングが始まりましたら、アドルさんから提案をして下さい・・今回決定するのは先ず各社での利益率と、商品の小売価格と、開幕までに配送して設置する商品の価格をどこまで割り引くか・・?・・割引率が決まったら、それを3社でどのように割って引き受けるか・?・ですね・・そこまで決まれば後は事務・実務上での協議に引き継げるでしょう・・逆に言えば、決まらなければもう間に合わなくなると言う事です・・でも多分、大丈夫だと思いますよ・・ちなみにアドルさんはどのように考えますか・・?・・割引率と、各社での引き受け率については・・?・・」

「・・割引率は6割・・3割を我が社で負担して、配信会社が2割負担・・そして製造メーカーが1割負担ですね・・ですがこれは言わば共同業務提携事業特典と言う事で、『ディファイアント』と『ロイヤル・ロード・クライトン』に関連する配送先のみに止めます・・でないと独占禁止法に抵触する可能性があります・・6割引きでもギリギリですので、もしかしたら内々に注意が入るかも知れません・・そしてこれ以降・・ゲームに参加する他艦からの注文が入った場合には、4割引きで販売します・・我が社で2割・・他の2社で1割ずつです・・その他の、一般消費者からの発注に於いては、小売価格で対応するか・・何か販促キャンペーンを考えるのでしたら、その内容での割引を行うか・・ですね・・」

・・言い終ってソファーに座る・・相変らずどこまでも沈み込んでしまうような超高級ソファー・・リサは秘書課の人から紅茶を貰って私の隣に座り、二口飲んでテーブルに置く・・社長は紅茶を飲み終わってカップを置いた・・。

「・・今のアドルさんの提案について、皆はどう思うかな・・?・・」

「・・提案してみれば良いと思います・・私は諒承を貰えると思いますね・・先程言われたように、今回そこまで決められなければもう間に合わなくなると言う事は、2社の首脳も承知していると思いますのでね・・」

・・と、カーネル・ワイズ・フリードマン副社長がそう応えて、同じようにカップを置く・・。

「・・製造メーカーが提案する希望小売価格をこちらが諒承するなら、こちらの提案も諒承されると思いますね・・」

・・と、グレイス・カーライル副社長・・。

「・・どのくらいの価格帯で提案して来ますかね・・?・・」

・・と、ベアトリス・アードランド常務・・。

「・・そんなに高額では、設定して来ないと思いますね・・」

・・と、フローレンス・スタンハーゲン専務・・。

「・・良いでしょう・・対案も無いようだし、こちらからの提案はこれでいきましょう・・準備はどうですか・?・ミスター・インザー・・?・・」

「・・あと数分で整います・・」

「・・それでは皆さん、着席しましょうか・・?・・」

・・2枚の大型モニターを前にして、最前列中央にトーマス・クライトン社長・・右にグレイス・カーライル副社長・・左にカーネル・ワイズ・フリードマン副社長・・カーライル副社長の右に、フローレンス・スタンハーゲン専務・・フリードマン副社長の左には私が座る・・。

・・2列目にはベアトリス・アードランド常務と、ハーマン・パーカー常務とリサが着座した・・。

・・エリック・カンデルチーフとジェア・インザー営業本部次長は、左端の若いエンジニアの後ろに並んで座った・・。

・・モニターOK・・ネットワークOK・・サウンドOK・・マイクOK・・カメラOK・・。

「・・ハロー・!・おはようございます・!・聞こえますでしょうか・?・こちらは、インターナショナル・クライトン・エンタープライズです・!・接続の準備は宜しいでしょうか・・?・・・はい、聞こえます・!・分かりました・・それでは、宜しくお願いします・!・同期10秒前です・!・・8・7・6・5・4・3・2・1・コネクト・!・・」

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