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・・『開幕』・・

・・リサ・ミルズ・・5・・

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・・社宅に帰着した私は、先ずミルクティーを2杯淹れて一緒にソファに座って飲む・・。

「・・美味しいです・・とても癒されます・・ありがとうございます・・」

「・・どう致しまして・・何だか今日は疲れたね・・コーヒーじゃ癒せないだろうと思ったからさ・・いよいよ後5日だ・・今週は殆ど仕事にならないだろうな・・誰かが文句を言っていたら教えてくれな・・?・・俺が直接謝りに行くから・・」

「・・アドルさん・・貴方がそんな事する必要はありません・・大丈夫です・・クレーム処理は、総て私達に任せておいて下さい・・と言っても、クレームなんて殆ど来ませんけどね・・アドルさんはもう、我が社に所属していると言うだけで利益を生み出す存在になっています・・実際の業務は、もう殆どしなくても大丈夫なんですよ・・これはチーフに常務や、グレイス・カーライル副社長も私達に向けて直接に仰いました・・これからのアドル・エルクさんには出来得る限り、『ディファイアント』の艦長職に集中して欲しい、との事です・・」

「・・何だい?・リサさん、それは・・?・・それじゃ、これからの俺は、会社の守り神か守護天使みたいに扱われるって事なのかな・・?・・これじゃ、辞めるのがもっと大変になるじゃないか・・?・・」

「・・それも大丈夫だと思います・・辞める時には忖度や遠慮などもしないで、思いっ切り振り切ってしまって構わないと思います・・例え会社がアドルさんを引き留める為に、どんな条件を提示して来てもね・・」

「・・リサは強いな・・」

「・・社長の娘ですから・・」

・・座ったまま、自然に抱き合ってキスをする・・激しく求め合うものではない・・安定した信頼関係を感じさせる、優しいキスだ・・顔を離してもお互いの肩に顎を乗せて抱き合う・・そのまま数分を過ごす・・。

「・・さあ、アドルさん・・何をお手伝いしましょうか・・?・・」

「・・うん・・スーツケースに私物を詰めて・・明日着て行く服を見繕って貰えるかな・・?・・勿論、僕もやるからさ・・ちょっと待ってくれ・・スーツケースを出して来るから・・」

「・・分かりました・・」

・・スーツケースは大・中・小で8ケースあるので、総て降ろした・・取り敢えず3日分くらいの下着や靴下と、カジュアルウェアのコーディネイション・・スーツは1着・・シャツとネクタイのチョイスは彼女に任せて、持ち込みたいモルトを2本とグラスと灰皿・・日用品を幾つか見繕う・・立て掛けてある3つの家族写真・・ハードカバーの本を3冊チョイスして・・減らそうかとも思ったが結局、3冊とも持ち込む事にする・・案外どうしても持ち込みたいと思う程のものは、あまりない・・携帯端末で運営本部のメインサイトにアクセスし、一般マニュアルファイルの私物持ち込みについてを観る・・。

「・・追加で持ち込みたい私物は、毎週木曜日に受け付けるそうだよ・・」

「・・そうなんですか・・?・・それじゃ、1回で総てを持ち込む必要は無いですね・・?・・」

「・・そう言う事だね・・それなら、初回としてはこのくらいで良いかな・・?・・開幕の時に着て行くスーツをもう1着準備しておかなきゃ、だよね・・?・・煙草は買い置きが一箱あるから・・」

「・・ああ、アドルさん・・これをどうぞ・・私からの出航祝いです・・」

・・そう言って彼女は、バッグからプレミアム・シガーのboxを2個取り出して私に手渡す・・私はそれを観て、それがこの前に貰ったものより2ランクは上のものである事を認識する・・。

「・・リサ・・君からの出航祝いだから、これは有難く頂くよ・・でも今後、こんなに高価なものは2度と買わなくて良い・・分かったね・・?・・」

「・・はい・・分かりました・・」

「・・あとは何だろう・・?・・そうか、パジャマか・!・まあ、ジャージかトレーナーでも良いんだろうけどね・・」

・・そう言って、畳んで仕舞っておいたパジャマを出して来る・・。

「・・実はパジャマって、これとあともう一着しか無いんだよね・・まあ良いけどさ・・ああそうだ・・楽譜のファイルを持って来るから、パジャマを入れておいて・・?・・ギターは取り敢えず車に積んでいるのを持ち込もう・・本当は自宅に置いてあるギターと、アルト・サックスを持ち込みたかったんだけど、もう取りに戻る時間も無いから今回は見送るよ・・」

・・そう言うとパジャマをリサに渡してから自室に入り、楽譜のファイルを取り出し始める・・渡されたパジャマをスーツケースに入れたリサは、またバッグから新しいパジャマを取り出すと内ポケットから封書を取り出してパジャマの間に挿み、先に入れたパジャマの下に入れた・・私は持ち込みたい楽譜を3冊のファイルにまとめて整理し、別のスーツケースに入れる・・。

「・・さてと・・初回としてはこんなものかな・・?・・あとはマレットが用意してくれる、1人分の日用品パックがあれば2日間くらいは大丈夫だろう・・もしも何か足りない物があったら、誰かに訊いて借りたって良い・・それじゃあ、明日の生配信用に着て行く服だけど・・スーツ・?・ジャケット・?・・」

「・・うーん・・そんなに畏まった席でもないんでしょうから、ジャケットで好いでしょう・・でもデニムは避けて、薄手のポロネックセーターに羽織る感じで、パンツも同じ色調にしましょう・・」

「・・OK、分かった・・チョイスしておいてくれる・・?・・僕はギターのメンテをしてから君の着換えを用意するから、終わったらその服をプレスして先にバスを使って・・?・・洗濯するかい・・?・・」

「・・いえ、軽くドライ・プレスをしますから、大丈夫です・・」

「・・OK・・それじゃ・・」

・・そう言って私はガレージに出ると、前に乗っていた車からギターケースを取り出して室内に戻り、自室に入ってギターのメンテナンスを始めた・・ネックとボディをチェックして出来る範囲での調整をする・・外しておいた絃はまだ使えそうだから、新品の絃と一緒にギターケースのメンテナンスパックに入れておく・・全体をオイルで湿して拭き上げてから、乾拭きでも徹底的に拭き上げる・・それからギターケースに改めて仕舞う・・ギターケースを持ってまたガレージに入り、新しい車のトランクに入れる・・室内に戻ると自室に入り、彼女の着換え用にトレーナー上下を用意して脱衣場のカゴに入れておく・・ランドリールームを覘くと、バスタオルを巻いた彼女がプレスをセットしてタイマーを掛けた処だ・・。

「・・着替えは置いたからね・・タイマーは何分・・?・・」

「・・ありがとうございます・・あの、お風呂から上がったら自分で取り出しますので、ご心配なく・・それでは、すみません・・お先にお風呂を頂きます・・」

「・・どうぞ、ごゆっくり・・よく温まるんだよ・・」

「・・はい・・」

・・そう応えて、彼女はバスルームに入った・・私はティーカップを持ってキッチンに入ると、洗って拭いて仕舞い・・またリビングに戻る・・。

・・リサがバスルームから出て来るまで30数分だったが、瞑想をして過ごした・・今日は心が細波だっている・・ストレスコントロールは無論だが・・更に冷静で、落ち着いた心が必要だ・・彼女がバスルームから出て来る物音で眼を開いて立ち上る・・トレーナーの上下を着て顔を上気させ、ダイニングテーブルに着いた彼女に冷水をグラスに汲んで手渡す・・。

「・・ありがとうございます・・」

「・・じゃ、僕も入って来るね・・?・・」

「・・はい・・」

・・バスに浸かり、よく身体を温め、丁寧に全身を洗い、丁寧に髭を剃る・・垢すりタオルでいつもの倍くらい時間を掛けて身体を擦る・・最後にもう一度よく温まって、出た・・・色違いで同じデザインのトレーナーを着てバスルームから出ると、彼女からお返しの冷水グラスが手渡される・・。

「・・ありがとう・・」

・・二口で呑み干してグラスを置くと、厚手のパーカーにロングコートを着て、しっかりとボタンを掛けてプレミアム・シガーのボックスとライターと灰皿をコートのポケットに入れる・・。

「・・ちょっと失礼するね・・」

・・そうリサに挨拶すると、モルトのボトルにグラスを持ってベランダに出て座る・・。

・・グラスに3分の1のモルトと、一本のプレミアム・シガーを、ゆっくりと時間を掛けて嗜む・・至福の時だ・・暫く振りのような気もする・・実際は15分程だった・・喫い切り、吞み干して室内に戻る・・コートもパーカーも脱いで仕舞い、リサの隣に座る・・微笑み合いながら、お互いの両手を握り合う・・。

「・・お疲れ様・・何だか不思議だね・・初めてウチに泊まって貰うのに・・ドキドキはしてるけど、妙な興奮はしていない・・落ち着いているよ・・あっ・・ご両親への連絡は・・?・・」

「・・(笑)フフッ・・大丈夫です・・必要ありません・・もう大人ですから・・自分の行動には自分で責任を持つようにと、言い渡されています・・」

「・・そうだね・・あのさ、リサ・・泊って貰うし・・一緒にも寝るんだけど・・!・・」

・・そこまで言った時に、彼女が左手の人差し指で私の口を抑えた・・。

「・・分かっています・・!・・しないんでしょ・・?・・でも、キスはいっぱいしますよ・・身体を触り合う事もね・・?・・私も含めてクルーの皆は、好く我慢していますけど・・そろそろ歯止めが効かなくなるでしょう・・でも私達は全員、心の底の底から誓い合っています・・貴方と一緒に寝て・・愛を交わし合う事になったとしても・・妊娠は絶対に避ける・・しないとね・・だから、安心して下さい・・?・・」

「・・もう服用しているのかい・・?・・経口避妊薬を・・?・・」

「・・私はまだ飲んでいません・・他の人は知らないですけれどもね・・でも、いよいよとなったら・・飲む事を厭う積りはありません・・」

「・・全く本当に信じられないよ・・自分がこんなにモテるなんてさ・・」

「・・貴方のその一面も・・貴方をモテさせる一面ですよ・・さあ、もうお喋りはお終いです・・」

・・そう言うとリサ・ミルズは、自分から私に覆い被さって唇を重ねた・・。

・・私は初めてリサ・ミルズを社宅に泊めて同衾した・・いや・・結婚以来、妻以外の女性と同衾したのは初めてだった・・ソファーの上で、上下の体位を1分毎に入れ替えながら抱き合って接吻し、お互いの身体を触り合いながら10数分・・接吻しながら縺れ合うように立ち上がり、抱き合って接吻しながら寝室に入って2人でベッドに倒れ込む・・その時にはもう、2人とも何も身に着けてはいなかった・・。

・・私達がしたのは愛の交歓であり、性的な濃厚接触である事に間違いは無い・・だがそれは総てオーラルなものであり、挿入を伴うものではなかった・・それだけはまだしないと、お互いが自分を律していた・・。

・・ベッドの上での絡み合いの中で私が3回放つまでの間に、彼女が迎えた絶頂は間違いなく30回は下らなかった・・それでも彼女は、私が3回目の放ちを終えるや否や、私を引っ張り起こしてバスルームに引き摺り込み、総てを洗い流すとそのまま裸でベッドに入り、抱き合って眠りに落ちた・・。

後になって思い返せばそれは・・彼女がお互いの疲労を癒して体力を回復させ・・睡眠時間を確保するために、強く意識してそう行動したのだろうと思う・・おかげでアラームはセットしていなかったのだが、いつも目覚める時刻よりも少し早く目覚めた・・のだがそれは違う・・彼女が私を起こしたのだ・・起こされたのだが、久々に感じる実にスッキリとした爽快な目覚めだった・・。
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