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・・・『集結』・・・

実家への帰宅・・夫婦・・土曜日早朝での、スタッフ参集・・

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リサさんが教えてくれた店は、どちらも評判の高い店だ・・ケーキ屋で生クリームフルーツケーキとベイクドチーズケーキとチョコレートケーキとフルーツタルトをそれぞれクォーターカットで購入し、生花店では妻の好きな花を5種類挙げて、花束を見繕って貰った・・そこから180分のドライブで自宅のガレージに滑り込む・・2週間振りの我が家だ・・バッグを左脇に抱え、ケーキの箱を右手に、花束を左手にして玄関ドアの前に立つと人感センサーがチャイムを鳴らす・・娘のアリシアがドアを開けた・・。
 
「・!・パパっ!・お帰りなさい!・遅かったね・?・・」
 
「・・ただいま!・・アリシア・ごめんな・・ほらっ、お土産だよ・(笑)・」
 
「・!・ウワァ・・綺麗・全部ママの好きな花だね・(笑)・これはケーキ・?・」
 
「・そう・・クォーターカットで4種類あるから、楽しめるよ・(笑)・」
 
「・・ありがとう・(笑)・冷蔵庫に入れて置くね・?・」
 
娘のアリシアにケーキの箱を託し、花束を持ってダイニングルームに入る・・妻のアリソンは・・変わらない美しさだ・・。
 
「・お帰りなさい・・週末はやっぱり混むでしょう・(笑)・?・あら、あなた・ちょっと痩せた・?・ちゃんと食べてるの・?・無理しないでよ・?・」
 
「・ただいま、アリソン・・無理はしてないよ・頗る快調さ・・君は綺麗だよ、アリソン・・これよりもね・(笑)・・」
 
そう言って花束を手渡す・・。
 
「・(笑)・何を言ってるのよ・(笑)・あら、素敵・・よく5種類も揃えられたわね・・ありがとう、あなた・・夕食の準備に気を取られていて、花を買うのを忘れていたのよ・・Cの花瓶を出してくれる・?・直ぐに活けるから・・そしたらアリシアを呼んで・?・もう出来ているから食べましょう・・今夜は特製のポトフよ・?・」
 
「・・仰せのままに・マダム・エルク・・そいつは腹を空かせて帰って来た甲斐があったな・・」
 
そう言ってCの花瓶を取り出し、軽く拭き上げてテーブルに置くと、インターコールでアリシアを呼び、私は自室に入って部屋着に着換えた・・。
 
ポトフはアリソンのマスターメニューの一つだ・・特に今の季節には身体が温まる・・私は腹が鳴るのを嬉しい想いで聴いた・・。
 
2週間振りの我が家での夕食で、口火を切って喋り出したのはアリシアだ・・学校中が私を応援してくれていると聞いたが・・実際はどうだろう・?・まあ、それが例え3分の1でも大したものだな・・。
 
アリソンのポトフは旨い!・・全身に身震いが走る・・固めのブレッドを千切ってスープに浸して食べるのも旨い・・アリソンやアリシアはあまり使わないが、私はマスタードを結構付けて食べるのが好みだ・・。
 
アリシアが作った質問リストは、50項目余りにも及ぶ・・。
 
それを私の携帯端末にメッセージで送り付けて来て、社宅に帰る前に回答せよとのお達しだ・・内容をざっと見て、機密上答え難い質問の場合には勘弁して欲しいとは言って置く。
 
明日の朝に我が家に参集してくれるメンバーに関しても、アリシアは興奮が抑え切れない様子だ・・どうやら、今日学校で友達に吹聴したらしい・・あまり他人には言わないようにと釘を刺して置くのを忘れた私のミスだが、明日の朝はあまり野次馬が増えないように祈るばかりだ・・。
 
普段自分で使っているpadを見せて、明日の朝に来てくれる女優さん達全員からサインを貰う積りらしい・・訊きたい事があれば、遠慮しないで何でも訊けば良いけれども、話す時には失礼の無い口調で話しなさいと言い置く・。

班長さんや自治会長さんへの連絡もスムーズに終わったようだ・・尤も女優さん達と一緒に伺うとは伝えていないから、驚かせてしまうかな・・。

アリシアに特に誰と話したいか訊くと、出来るだけ全員と話したいけど、特に私と同じ名前の人とは話してみたいと言うので、彼女もお前と話してみたいと言っていたよと伝えると照れて嬉しそうにしていた・・。
 
「・・お配りする寸志は何にしたの・・?・・」
 
「・・適当な価格帯でのギフトカードにしたそうだよ・・何枚持って来て貰えるのかは知らないけど・・」
 
「・・そう・・手軽で、気軽なものにしたのね・・出来る限り、配って廻りましょう・・?・・」
 
「・・そうだね・・残しても仕方ないしな・・」
 
「・・ポトフはすごく沢山作ったのよ・・明日にはもっと味が沁みるだろうから、お客様にも味わって貰いましょう・・?・・」
 
「・・そいつは好いね・・身体も温まるし、恰好のもてなしになるな・・」
 
久し振りに妻の手料理を腹一杯に堪能した・・。
 
「・・ねえっ、ケーキは何にする・・?・・」
 
「・・ママの好みで好い・?・アリシア・?・・」
 
「・・好いよ・(笑)・じゃあ、ベイクド・チーズケーキね・・?・・」
 
「・・お願い・・」
 
初めて入った店で購入したケーキだったが、存外に美味い・・アリソンも
ひと口食べて眼を丸くした・・。
 
「・・これ美味しいわね・・初めての味だわ・・初めて入った店でしょ・・?・・」
 
「・・ああ、評判の好い店だって聞いたものでね・・」
 
「・・これからケーキは、そのお店のものにしたいわね・・お願いできる・・?・・」
 
「・・ああ、登録して置くよ・・」  「・・ありがとう・・」
 
ベイクド・チーズケーキは半分程残して冷蔵庫に戻した・・3人で協力して手際良く片付け、皿洗い・拭き上げ・収納まで連携して済ませれば、15分も掛からない・・その後は寛ぎの時間に入る・・アリシアは私達に気を利かせたのか、自室に戻った・・。
 
「・・なあ・・噂が立っていてさ・・?・・」
 
自宅に置いてあるモルトをグラスにツーフィンガー分注いで、透かして妻を観たり、少し口に含んだりしながら独り言のように言う・・。
 
「・・どんな・・?・・」
 
「・・営業第4課が創設されて、俺が初代課長に抜擢されるって話・・」
 
「・・本当なの・・?・・」
 
「・・今は分からない・・3月の後半に入ったら、分かるだろう・・」
 
「・・そうなの・?・スーツを新調した方が良いかも知れないわね・・?・・」
 
「・・ああ・・それは任せるよ・・あとこれは・・明日皆が集まってからも言う積りなんだけど・・」
 
「・・何・・?・・」
 
「・・クライトン総合商社は、営利法人として独自にゲーム大会に参加する・・これは今日、ハーマン・パーカー常務から直接に聞いた・・登録は来週木曜日の午後で・・発表は金曜日になる・・この日は俺の激励壮行会が会社で開催される予定でね・・その席上で電撃発表されるって話だ・・これが何を意味して、何を目的としているのかは判らない・・常務は会社のPRの為だと言っていたが、それだけじゃあるまい・・俺もちょっとその時には動揺してね・・らしくもない事を常務に言った・・もしも会社が俺の『ディファイアント』に於ける指揮権に対して・・ほんの僅かにでも干渉したら、直ぐに辞表を提出するってね・・今じゃ青臭い事を言ったと思ってるよ・・干渉されても気にしなけりゃ良い・・言う事を聞く振りをして逆襲したって良いんだ・・それを非難して来たら、そこで辞表を出しても良い・・ゲームの中でなら誰が相手であろうと対等だ・・干渉などされないし、影響も受けないさ・・」
 
「・・そうだったの・・貴方がそれで好いなら、私達の事は構わないで良いのよ・・気にしないし・・大丈夫だからね・・でも会社は貴方に強要も干渉もしないと思うわね・・」
 
「・・俺もそう思うよ・・だがそれと無く、気付かせずにさり気無く、俺をあるベクトルに向けて・・導こうと、促そうとはする筈だ・・それを読み切りたいんだが・・ゲーム大会が開幕して、暫く経たないと判らないだろうな・・なあ、アリソン・・俺が艦長に選ばれてから・・会社に俺の事を何か訊かれたかい・・?・・」
 
「・・?・特に初めて話すような事は訊かれてないわね・・世間話に紛れた様子伺い程度の話だったと思うけど・・?・・」
 
「・・それなら良いんだ・・多分会社は、改めて俺の事を調べた筈だ・・まあ、当然だけどね・・過去の人間関係も洗って、聴き取り調査もしたと思うよ・・それで、俺も知らなかった事を認識した・・」
 
「・?・何なの、それは・・?・・」
 
「・・俺の特性さ・・詳しくは、まだ俺自身にも判らない・・でも今はまだいいよ・・シャワーは・・?・・」
 
「・・先に良い・・?・・」

「・・良いよ・・俺は早いから・・」
 
「・・ありがとう・・じゃあ、後でね・・?・・」

「・・ああ・・」
 
アリソンがリビングから出て行くと、私は寝室の防音レベルを9まで上げた。
 
それから3時間後・・私達はお互いに裸でベッドに寝ている・・別にそれ程寒くはないが、シーツを胸の上にまで掛けている・・私は仰向けに寝て右手を頭の下に置き、アリソンは私の左腕を枕にして左腕を私の右脇にまで廻し、私の胸に上体を凭せ掛けている・・。
 
「・・寒いかい・・?・・」
 
「・・ううん、いいの、大丈夫・・気持ち良いから・・」

そう言ってアリソンからキスをして来る・・情熱的な接吻は2分以上も続いた・・。
 
「・・貴方・・2週間振りの割には激しかったし、溜まっていたわね・(笑)・綺麗な女優さん達と色々話していたんだから、あてられて欲情していたの・(笑)・?・」
 
「・・そんなこと・(笑)・無かったと言ったら嘘になるけどな・(笑)・とにかく・・お前を早く抱きたかったよ・・(笑)・・」
 
そう言って妻の顔を両手で持ち上げると、私からもキスをする・・。
 
「・・ありがとう、あなた・・愛してるわよ・・」
 
「・・俺もだよ・・アリソン・・」
 
「・・ねえ、アイソレーション・タンクベッドで休みましょう・?・3時間のセットで、睡眠には充分足りるから・・」
 
「・・そうだな、そうしようか・・」
 
そう言って起き上がると、裸のまま隣の第2寝室に入り、アイソレーション・タンクベッドのスリープモードを調整し、タイマーをセットして中に入る・・。
 
「・・お休みなさい、あなた・・」
 
「・・お休み、アリソン・・」
 
イヤーウィスパーを着けてハッチを閉め、中の温かいエプソムソルトの塩水中に身体を浮かせて横たわると、瞬く間に眠りに落ちた・・。
 
翌日(2/6・土)・・アラームが3回響いたところで覚醒した・・。
 
タンクベッドのハッチを開けて立ち上る・・。
 
隣でアリソンもハッチを開けた・・左腕のスマートクロノリストを観ると、午前6時・・好い時間だ・・タンクから出て降り立ち、タオルで軽く身体を拭って2人一緒にバスルームに入る・・熱めのシャワーで体表面の塩分を洗い流すと直ぐに出る・・気分は素晴らしく壮快だ・・たった3時間でも、10時間は深く眠れたかのように感じる・・部屋着を着けるとインターコールでアリシアを起こす・・自分の為にコーヒーを点て、妻の為にミルクティーを淹れ、娘の為にホットミルクココアを作る・・。
 
厚手のセーターを着てコーヒーを持ち、ベランダに出て一服点ける・・。
 
今日はよく晴れて風も無い・・陽射しを受ければ少し暖かい・・。
 
よく眠れた充足感と壮快感で身体が軽い・・一本を喫い終りコーヒーを飲み干した私は、自宅の周りと玄関先と玄関とレストルームの掃除を終えて顔を洗い、ダイニングに入った・・。
 
どこに行ったのか、アリシアが居ないのでキッチンでポトフを作り増ししながら味の調整をしている妻を振り向かせてキスをした・・。
 
「・・何処に行ってたの・?・観なかったけど・・?・・」
 
「・・家の周りと玄関先と玄関と、トイレの掃除は終わったよ・・」
 
そう言うと妻は自分から両腕を私の首に絡めて引寄せ、私と熱く情熱的な接吻を40秒程深く交わした・・。
 
「・・ありがとう、あなた・・愛しているわよ・・」
 
「・・俺もだよ・・他にご用命は・?・マダム・エルク・?・(笑)」
 
「・・休んでいてよ・・今日はお客様もみえるし・・外回りにも行くんですからね・・」
 
「・・はいはい・・真冬の朝だってのに妙に暖かいと思ったら、やっぱりね・・おはよう、パパ・・ココア、ありがとう・美味しかったよ・・」
 
言いながらアリシアが学校の制服を着て入って来る・・。
 
「・・お早う、おっ!・用意が好いな、アリシア・?・」
 
「・・これが学生の正装ですからね・・今日は朝からご近所を廻るんで
しょ・?・・パパと我が家の印象を良くしないとね・・」
 
「・・ありがとうな、アリシア・・じゃあ、パパもちょっとはパリッとした格好をしなきゃな・・」そう言って立ち上ると妻が言う・・。
 
「・・お腹、空いてるでしょ、あなた・・?・・」
 
「・・いや、お客さん達が来たら、一緒にポトフを一杯貰って出るよ・・着換えて来るな・・」
 
「・・貴方の部屋に用意して置いたから、それを着てね・・」
 
「・・了解・・いつもありがとうな・・」
 
そう応えて自室に入り、アリソンが用意してくれていた服に着換える・・ちょっとフォーマルな感じもするが、堅苦しくは観えない・・ネクタイは若者向けの細いものだが派手ではない・・着換え終わって全体をチェックし、髪を整えて戻る・・。
 
「・・パパって何を着ても結構似合うんだよね・・」
 
「・・ママが選んでくれているからだよ・(笑)・」
 
「・・そりゃそうだよね・・」

「・・こいつ!(笑)・・」
 
「・・ホラ、アリシア、エプロン着けて手伝って頂戴・・もうすぐお客様がみえますからね・・」
 
「・・はーーい!・・」
 
アリシアもエプロンを着けて、母親の指示に従って手伝い始める・・時計を観ると7時40分だが、まだ端末にメッセージは来ていない・・配信ニュースを眺めると、ゲーム大会の関連は相変らずの盛り上がりようだ・・。
 
手の爪を切ってやすりを掛け終わった頃合いでメッセージが来た・・。
 
リサさんからだ・・公共の駐車スペースに着いたので、今から徒歩でこちらに向かうとの事だった・・。
 
「・・お客様からメッセージだよ・・もう車を駐車したから歩いてこちらに向かうって・・パパは玄関でお迎えするから、頼むな・・」
 
「・・はーーい・・」
 
その返事を背中で聴いて、私は玄関先に出る・・。
 
玄関先に立って見晴るかすとまだ小さいが4人の姿が観えたので、右手を高く挙げて手を振ってみる・・。
 
リサ・ミルズとマーリー・マトリンが右手を挙げて応えてくれる・・。
 
私は門扉を開けて歩道に出る・・。
 
「・・お早うございます!・お邪魔させて頂きます!・」と、マーリー・・。
 
「・・お早うございます・・お邪魔致します・・」と、リサさん・・。
 
「・・お早うございます・・素敵なお宅ですね・・」と、シエナさん・・。
 
「・・お早うございます・・今日は宜しくお願いします・・」と、ハンナさん・・。
 
「・・お早うございます!・・早朝からエルク家にようこそおいで頂きました・・今日は宜しくお願いします・・皆さんのご協力に感謝します・・狭い所ですが、どうぞこちらへ・・歓迎させて頂きます・・」
 
そう言って私は玄関のドアを開けて4人を招き入れる・・玄関では既に妻と娘が来ていて、4人を出迎えていた・・。
 
4人とも妻の顔を観て3秒程動かなかったが、リサさんが口火を切った・・。
 
「・・お早うございます・・初めまして・・リサ・ミルズと申します・・アドル・エルク係長の専任秘書と同時に、同じフロアでの同僚として業務に従事させて頂いております・・本日は宜しくお願い致します・・」
 
「・・お早うございます・・初めまして・・マーリー・マトリンと申します・・アドル・エルク係長の下で、業務をサポートしております・・本日は宜しくお願い致します・・」
 
「・・お早うございます・・初めまして・・シエナ・ミュラーと申します・・『ディファイアント』の副長に就任致しました・・本日は宜しくお願い致します・・」
 
「・・お早うございます・・初めまして・・ハンナ・ウエアーと申します・・『ディファイアント』のカウンセラーとして就任致しました・・本日は宜しくお願い致します・・」
 
「・・お早うございます・・初めまして・・アリソン・エルクでございます・・いつも夫がお世話になっております・・これは娘のアリシアでございます・・このような早朝に遠くからおいで頂きまして、ありがとうございます・・さあどうぞ、お上がり下さい・・狭いですが、歓迎させて頂きます・・」
 
「・・お早うございます・・初めまして・・娘のアリシアです・・父がいつもお世話になっております・・今日はようこそおいで頂きました・・歓迎させて頂きます・・どうぞ、ごゆっくりなさっていって下さい・・」
 
妻と娘が先導して4人をダイニングに招き入れる・・。
 
「・・さあどうぞ、お座り下さい・・寒かったでしょう・?・丁度昨日からこれを作っていましたので、是非召し上がって下さい・・温まりますよ・・」
 
娘と私で4人の為に椅子を引いて座って貰い、妻がポトフを皿によそって供する。
 
神妙な面持ちで4人とも頂きますと言いスプーンを取ったのだが、一口食べただけでそれぞれに驚きの表情を浮かべた・・。
 
「・・とても美味しいです・・感激と言いますか・・感動しています・・こんなに美味しくて身体の温まるポトフは今迄に食べた事がありません・・奥様はすごくお料理がお上手なんですね・・不躾で申し訳ありませんが・・宜しければレシピを教えて頂けないでしょうか・・?・・」
 
シエナ・ミュラーが感極まったような風情で妻に向ってそう言い、他の3人も同じような表情で妻を観た・・。
 
「・・気に入って頂けたようで好かったですわ・・どうぞ、沢山作ってありますから沢山召し上がって下さいね・・私どもはこんな事ぐらいでしかおもてなしできませんので・・勿論、お教え致しますよ・・実はもうプリントして、コピーを取ってありますの・・知りたい方がいらっしゃいましたら差し上げますので教えて下さいね・・それとこちらもどうぞ・・」
 
そう言ってアリソンは1枚のプリントと自分のメディアカードを一緒にシエナ・ミュラーに差し出す。
 
「・・これからも夫を宜しくお願い致します・・」
 
シエナ・ミュラーはまた驚いて恐縮したように立ち上ると、自分のメディアカードを妻に手渡しながら言った。
 
「・・こ、こちらこそ宜しくお願い致します・・アドル艦長に副長として選ばれまして、大変光栄に思っております・・」
 
「・・副長・・そんなに堅くならなくて良い・・狭いけど、リラックスしてくつろいで下さい・・皆が集まってポトフを食べて身体が温まったら、出掛けようと思っているから・・」
 
「・・すみません・・恐縮です・・」そう言って恥かしそうに座る・・。
 
「・・私は自分でもよく料理を作るんですけれども、こんなに美味しいポトフは食べた事がありません・・今、とても感動しています・・」
 
と、マーリー・マトリンがうっとりとした表情で言う・・。
 
「・・ありがとうございます・・沢山食べて下さいね・・」
 
「・・シエナさん・・ハンナさん・・皆が揃ったら、食べている間に話したい事があるんです・・一つはお願いと、一つは状況の報告です・・深刻な事ではないので、心配しないで下さい・・後の人達は、ここが判りますかね・?・リサさん・?・・」
 
「・・全員に、ここの住所はメッセージでお伝えしましたので、大丈夫だと思います・・」
 
「・・そうですか・・ありがとう・・」
 
その時ハンナ・ウェアーの携帯端末にメッセージの着信があった。
 
「・・ハルからです・・・!・バスを借りたそうで、全員で来ます・・あと10分位だそうです・・」
 
「・・そうですか・・分かりました・・我が家始まって以来の、賑やかな朝になるね・(笑)・?・」
 
「・・もしも失礼な言動などがありましたら、どうぞお許し下さい・・」
 
「・・構いませんよ・(笑)・賑やかな方が明るいですし、楽しいですからね・(笑)・」
 
そう言いながらアリソンはレシピのプリントと自分のメディアカードを配っていたが、4枚配ったらメディアカードが無くなった。
 
「・・あら、ごめんなさいね・(笑)・普段、メディアカードを配る事なんて無いものですから・(笑)・もしもご入用な方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんけれどもデータをコピーして渡してあげて頂けませんか・・?・・」
 
「・・はい、それは勿論、お任せ下さい・・」
 
そうハンナ・ウェアーが応じた。
 
アリシアが、そんな彼女の傍にすっと近寄る・・。
 
「・・あの・・改めて初めまして・・娘のアリシアです・・ハイスクールの1年生で、演劇クラブで活動しています・・ハンナ・ウェアーさんは、女優さんとしてすごく有名でいらっしゃるのに、とても高名な心理学の先生でもいらっしゃいますよね・・?・・私・・演技とか、演じると言う事を、もっとよく勉強したいんですけれども・・心理学についても勉強した方が良いのでしょうか・・?・・」
 
私はそんな娘の姿を微笑ましく観ていたが、ハンナさんも微笑ましそうに観てくれていた。
 
彼女は座ったままで娘の両手を両手で取り、真っ直ぐに眼を視て言う・・。
 
「・・初めまして・・アリシアさん・・ハンナ・ウェアーです・・宜しくお願いしますね・・私が心理学を勉強し始めたのは、演じると言う事を仕事に選ぶ前からだったのね・・だからと言う訳でも無いんだけれども・・心理学で学んだ事は、架空のキャラクターを演じると言う事に於いても・・演技で表現された架空のキャラクターを観た誰かがどう感じるのか・・どう受け取るのか、と言う事を推察する上でも・・役に立ってきたことは確かです・・でもね・・心理学者で女優なんて殆どいないし・・心理学なんて知らなくったってすごいトップ女優になっている人は何十人もいるよ・・それでもアリシアさんが、心理学を勉強してみたいのなら・・私が以前に書いた『演技者・表現者としての心理学概論』て言う中編の論文があるんだけど・・読んでみる・・?・・」
 
「・・ありがとうございます・・是非読んでみたいです・・読ませて下さい・・お願いします・・」
 
そう言ってアリシアはハンナさんの両手を握り返して懇願する・・。
 
「・・分かったわ、でもねアリシアさん・・今の貴女にとって大事な事は、ハイスクールでの勉強とスポーツとクラブ活動と、お友達とのお付き合いだと思うのね・・だから私が貴女にあげる論文を読むのは・・ちょっとした気分転換が必要だなって思った時だけにして欲しいの・・それを約束してくれるんだったら・・これに貴女のアドレスを入れてくれる・・?・・」
 
そう言ってハンナさんは、自分の携帯端末をアリシアに手渡す・・。
 
嬉しそうに受け取ったアリシアは、直ぐに自分のアドレスを入力して登録し、「・・ありがとうございます・・宜しくお願いします・・」と、そう言って両手で端末を返した・・。
 
「・・アリシアさん・・授業の科目とか、スポーツで好きなのは何・?・」
 
「・・好きなのは理数系です・・あと、生物も・・パパがその辺は詳しいので・・スポーツは体操全般と、球技全般ですね・・これはママの影響が大きいです・・」
 
「・・へえ、そうなんだ・・パパもママもすごいんだね・・?・・」
 
「・・すごいですよ・・とっても・・」
 
その時、シエナ・ミュラーがポトフを完食した・・。
 
「・・ご馳走様でした・・奥様、とっても美味しかったです・・本当にありがとうございました・・」
 
と、そう言って副長が妻に食器を返そうとする・・。
 
「・・あら、ご丁寧にありがとうございます・(笑)・まだ沢山ありますからね・・どうぞ、お代わりなさって・・?・・」
 
「・・いえ、もう充分に頂きました・・本当にありがとうございました・・」
 
そう言って妻に食器を手渡すと、そのまま私に顔を向ける・・。
 
「・・アドルさん・・そろそろバスが着きますね・・私も一緒に出迎えます・・」
 
「・・まだ大丈夫だよ・・ここいら辺でバスを駐車して置ける公共スペースは、もうちょっと先にあるんだ・・そこで降りてここまで歩いて来るとなると、また数分は掛かる・・ゆっくりして下さい・・そうだ、ミルクティーを淹れてあげよう・・」
 
と、そう言いながら私は他の3人に目配せする・・3人とも気付いてポトフを食べるスピードを上げた・・。
 
「・・それにしても、今日は晴れて本当に好かったね・・」
 
言いながら淹れ立てのミルクティーをソーサーごとシエナに手渡す・・。
 
「・・本当にそうですね・・」
 
「・・挨拶に伺う事を自治会長さんと班長さんには伝えてあるんだけど、君達も一緒だとは言ってないんだ・・ちょっと驚かせてしまうとは思うけど、宜しく頼むね・・?・・」
 
「・・任せて下さい・・私達全員となら、明るく楽しく盛り上げて廻れますから・・」
 
「・・そうですよ・・アドルさん達は私達の真ん中で、笑顔でいてくれれば好いんですからね・・?・・」
 
そう言ってシエナもハンナも私に笑顔を見せてくれる・・。
 
「・・ありがとう・・頼りにしてるよ・・」
 
「・・アドルさん・・このミルクティーもすごく美味しいです・・本当にアドルさんには、会う度毎に驚かされますよ・・」
 
「・・そうなんですよ・・係長の淹れてくれるミルクティーは絶品なんです・・」
 
と、マーリー・マトリンも言ってくれる・・。
 
「・・シエナさんもハンナさんも、パパと知り合ってそんなに何日も経ってないですよね・?・でも、もうすごく仲が良さそうと言うか・・パパの事を慕っていそうと言うか・・もう、すごく強く信頼しているように観えるのは、どうしてなんですか・・?・・」
 
と、アリシアが眼を見開いて、驚きの表情で不思議そうに訊く・・。
 
「・・アリシアさん・・それも貴女のお父さんの凄い所の一つでね・・その事についてもこれから追々教えますから、楽しみにしていてね・・?・・」
 
と、ハンナ・ウェアーがまたアリシアの眼を真っ直ぐに視て言う・・。
 
「・・分かりました・・楽しみにしています・・」
 
「・・ご馳走様でした・・本当に美味しいポトフでした・・身体もよく温まりました・・ありがとうございました・・ですので、お礼にお手伝いさせて下さい、アリソン・エルクさん・・」
 
ポトフを完食したマーリー・マトリンが、食器を妻に手渡して言った・・。
 
「・・ご丁寧にありがとうございます、マトリンさん・・どうぞ、ゆっくりなさって下さい・・?・・」
 
「・・いいえ、こんなにもてなして頂いたのに、何もお返ししない訳にはいきません・・どうか、お手伝いさせて下さい・・それと、私の事はマーリーと呼んで下さい・・」
 
「・・分かりました、マーリーさん・・それじゃ、そこのエプロンを着けて頂ける・?・それと、私の事はアリソンと呼んで下さいね・・?・・」
 
「・・分かりました、アリソンさん・・宜しくお願い致します・・」
 
そして、シエナ・ミュラーがミルクティーを飲み終え、リサ・ミルズとハンナ・ウエアーもポトフを完食した・・。
 
3人とも丁寧な謝意を妻と私に対して述べると、食器をシンクに置いてバスがもう着くので出迎えに出ますと妻に告げ、私の前に集まる・・。
 
「・・それじゃあ、そろそろ出ようか・?・大丈夫・・?・・」
 
「・・はい!・・」

「・・大丈夫です!・・」
 
「・・問題ありません!・・」
 
「・・アリソン!・・アリシア!・・お客さん達を出迎えて来るよ・・沢山連れて入るから・・宜しく頼むね・!?・・」
 
「・・ハーーーイ!!・」

「・・宜しくお願いしますね、あなた・・」
 
リサ・ミルズ、シエナ・ミュラー、ハンナ・ウエアーを連れて私は玄関から外に出る・・。
 
少し強めの風だが、好く晴れて陽射しには暖かみを感じる・・。
 
門扉を開けて歩道に出ると、左に折れて歩き始める・・。
 
「・・多分、もうそろそろ観えて来ると思うよ・・あのカーヴの先に駐車スペースがあるんだ・・」
 
そう言いつつ歩きながら携帯の灰皿をポケットから取り出すと、一本取り出して咥え、火を点けた・・。
 
「・・アドルさん・・奥様は本当に美しくて素晴らしい方ですね・・あのポトフの完璧な味わいと温かさでもその一端は判りますが・・理想の女性像の一つだと思います・・」
 
と、シエナ・ミュラーが嘆息する・・。
 
「・・ありがとう・・本人にも言ってあげて・?・喜ぶから・・」
 
「・・私・・あんなに美しくて聡明な奥様と張り合おうだなんて愚かな考えでした・・反省してます・・」
 
と、ハンナ・ウエアーが俯く・・。
 
「・・ポトフの味は、母が作るものよりも美味しいものでした・・頂いたレシピは母にも見せます・・」
 
と、リサさんが私の右横顔を観ながら言う・・。
 
「・・アリシアに約束しているんだよ・・もうかなり、間が開いてしまっているけど・・弟か妹を必ず作るってね・・ああ、観えて来たね・・」
 
カーヴしている歩道を見晴るかす向こう側から、女性達の一団が歩いて来るのが観えて来た・・右手を高く挙げて手を振ってみる・・距離は150m程だったが、何人かは手を挙げて応えてくれた・・。
 
「・・そうだ・・みんな・・昨夜、思い付いたんだけれどもね・・『ディファイアント』の総ての個室に、アイソレーション・タンクベッドを設置するよう、プロデューサーに頼んでみよう・・追加料金を請求されるようなら、私とリサさんが会社から預かっている金を全部使っても良い・・『ディファイアント』にゴテゴテとオプションパーツをくっ付けるよりも、その方が余程効果が上ると思うんだよ・・何と言ってもクルーが十全で、最高の状態でなければ、最高の操艦は出来ないんだからね・・」
 
「・・アドルさん・・奥様とアリシアさんが素晴らしいのは、貴方が素晴らしいからなんですね・・やっと分かりました・・」と、ハンナ・ウエアー。
 
近付きつつある女性達の一団との相対距離が50mを切ったので、私は煙草を携帯灰皿の中で揉み消してポケットに仕舞った。
 
私達4人と『ディファイアント』のスタッフ達22人は朝の歩道上で邂逅を果たし、口々に朝の挨拶と握手を交わし合って、私の自宅に向けて戻り始める・・。
 
全員、セミフォーマルな装いで来訪してくれた事には、内心で感謝した。
 
メンバーへの説明や指示や確認等は副長とカウンセラーに任せて、私とリサさんは並んで歩く・・。
 
「・・アドルさん・・アイソレーション・タンクベッドの件ですが・・言えば会社は必要経費として出してくれると思いますよ・・?・・」
 
「・・どうだろうかな・・?・・営利法人として参加する場合には、巨額な参加費用になる筈だ・・宣伝費の全予算を突っ込んでも足りるかどうか・・?・・そこへ来て『ディファイアント』で余計な出費が掛かると言ったら、渋るだろう・・?・・」
 
「・・アドルさん・・常務の言葉を信じませんか・・?・・『ディファイアント』がステーキなら、会社の艦は付け合せの野菜です・・」
 
「・・!?・ハッ!・『ディファイアント』を会社の艦と対比させて、視聴者に観せようと言うのか?!・・僕とした事が今迄気付かなかったとは・!・・やはりまだ動揺していたな・・成程・・それなら、強要や干渉にはならないし・・する必要もない・・直接にこちらと全く関りを持たなくても・・僕やクルーや『ディファイアント』が視聴者にどう観られるようになるのかを・・制御する積りなんだな・・これは侮辱には当たらないのかな・・リサさん・・?・・」
 
「・・難しいでしょうね・・直接に関りが無い訳ですから・・でもアドルさん・・貴方は私にこう言いました・・ゲームの中でなら、相手が誰であろうと対等だ・・干渉などされないし、影響も受けないと・・気にしなければ良いのではありませんか・・?・・」
 
「・・そうだ・・気にしなければ良い・・気にしなければそれで済む・・僕は一般人だからね・・でもクルーはどう観られる・?・どう捉えられる・?・彼女達は芸能人だ・・社会に対して大きい影響力を持っている・・望まない観られ方や捉えられ方をされて・・忸怩たる想いをさせたまま・・僕の指揮下に置いておいて良いのか・・?・・」
 
そこまで言った時に、自宅の門扉前に着いた・・門扉を開けてリサ・ミルズを振り返る・・。
 
「・・気付かせてくれてありがとう・・リサさん・・これは総て今日、スタッフ全員に話して協議するよ・・」
 
「・・さあ皆さん!・着きました!・いらっしゃい!・我が家にようこそ!・歓迎します!・遠慮しないで上ってね・・靴は出来るだけボックスに入れて下さい・・玄関が狭いもんでね・・」
 
アリソンとアリシアがまた玄関で、出迎えてくれている・・。
 
「・・お早うございます・・皆さん・・初めまして・・アリソン・エルクでございます・・いつも夫がお世話になっております・・これは娘のアリシアでございます・・このような寒い早朝に遠くからおいで頂きまして、ありがとうございます・・さあどうぞ、お上がり下さい・・狭いですが、歓迎させて頂きます・・」
 
「・・お早うございます・・皆様、初めまして・・娘のアリシアです・・父がいつもお世話になっております・・今日は寒い中、ようこそおいで頂きました・・歓迎させて頂きます・・どうぞ、ごゆっくりなさっていって下さい・・」
 
妻と娘を観て22人のスタッフメンバーはほんの少しの間動きを止めていたが、シエナ・ミュラーの合図で声を揃えた。
 
『・お早うございます!・初めまして!・お邪魔させて頂きます!・本日は、宜しくお願い致します!・・』
 
「・・はい、どうぞ・ご遠慮なく・お上がり下さい・・」
 
妻と娘が全員をダイニングに案内する・・。
 
「・・はい、皆さん・・我が家にある椅子とクッションを総て用意しましたので、狭いですが気兼ねなくお座り下さい・・寒い中をありがとうございます・・手の込んだものではございませんが、この一杯でどうか温まって下さい・・沢山作りましたので、どうかお代わりして下さいね・・」
 
そう言いながら、妻と娘とマーリーとリサさんとシエナさんとハンナさんと私とで、大きめのスープカップにポトフをよそって全員に配る・・緊張が観て採れていた皆の顔が綻んでいく・・。
 
今度はハンナ・ウエアーの合図で全員が声を揃える・・。
 
『・・お気遣いとお心づくしをありがとうございます!・・遠慮なく頂きます!・・』
 
食べ始めると1人1人が驚きのような感動したような表情で、味の素晴らしさを妻に向けて表明した・・中には涙ぐむ者までいる・・最後に私も一杯貰って、壁に背を付けて立ったままで食べ始める・・うん・・味がよく滲みていて旨味も増している・・。
 
半分程食べたぐらいで私はカップをテーブルに置き、皆の前に立った。
 
「・・皆、そのまま食べながらで聞いて下さい・・改めて、お早うございます・・朝早くからよく、こんな個人的な用件の支援のために来てくれて本当にありがとう・・感謝します・・御近所さん廻りについては、基本的に妻のアリソンが指示しますので協力をお願いします・・出掛ける前と帰って来てからも話をして、その後で協議もしたいと考えています・・これらについても協力をお願いします・・先ずひとつめですが、来週の金曜日に私が勤める本社の屋内で・・本社の全部所を挙げて私と『ディファイアント』に対しての激励壮行会が開催される事になりました・・お昼も含めて3時間程度の時間帯で開かれます・・これは本社の全部所のみならず、社外からも関係・関連の深い所から来賓の方を招き・・報道各社にも公開します・・そこで、皆さんと一緒に出たいと思っています・・無理には頼みません・・都合が良くて協力して頂ける方だけで結構です・・何故こんな事を頼もうと思ったかと言うと、一つには壮行会を明るく盛り上げたいと言う想いがあるのと・・二つには壮行会に託けて無理難題を言われるのを回避する為です・・必ず優勝してくれだなんて冗談じゃないからね・・御近所さん廻りを終えて帰って来てからまた話をしますから、その時に参加して貰える人は表明して下さい・・次にふたつめですが、私が勤務するクライトン国際総合商社は営利法人としてこのゲーム大会に参加する事になりました・・これは昨日初めて常務から直接に話を聞きました・・来週の木曜日の午後に法人チームとしての登録を済ませて、発表は壮行会の席上で行われます・・私も昨日は少々動揺しまして、もしも会社が私に何かを強要したり、『ディファイアント』に於ける私の指揮権に対して少しでも干渉したり、また壮行会の席上で皆さんを侮辱するような言動があった場合、即行で辞職すると言いました・・ですが落着いて考えると色々気付きました・・私に対して強要や干渉をするなら、何もわざわざ会社として艦を出さなくても良いでしょう・・会社は、会社として出す艦と『ディファイアント』を様々に対比させて視聴者に観せる事で、『ディファイアント』と私と皆さんの・・世間からの観られようや捉えられようを、会社が意図するあるベクトルへと促そうとする積りのようです・・それが具体的にどの方位なのかは、まだ判りません・・大会が開幕して一定の期間が経過しないと、それは読み取れないでしょう・・私は一般人ですから・・例え誰が相手になろうが、どのような境遇や状況になろうが、最善の行動を気にせずに無心で選択して、実行すれば良いのでしょうが・・皆さんは社会に対して影響力を持つ芸能人です・・皆さんが望まない観られ方や捉えられ方をされて・・忸怩たる想いをさせたまま、『ディファイアント』に乗って貰っていても良いのだろうかと思いました・・ゲーム大会が終れば、私は一般人ですから皆私の事など直ぐに忘れます・・ですが『ディファイアント』に乗っていたと言う事で、視聴者や世間から皆さんが誤解されたら・・その誤解を払拭するのは容易ではないかも知れません・・もしもそうさせてしまったら、私は艦長として本当に申し訳ない想いです・・もしもそうさせてしまっても、私に付いて来てくれますか・・?・・」
 
言葉を切って20秒ほどして・・『ディファイアント』のメインスタッフが全員、静かに立ち上る・・。
 
「・・アドルさん・・貴方は500人以上ものクルー候補者リストの中から、私達以外には誰も知らないグループであった私達を全員、1人として残さずに選び抜いて一つにまとめてくれました・・そればかりか、私達が全員で一つになって取組める事を与えてくれました・・そして貴方が・・私達を導いてくれる事になりました・・ここまでだけでも、私達が貴方を支えてついて行くには充分過ぎる程です・・」
 
と、シエナ・ミュラー・・。
 
「・・そうです・・そして私達はアドルさんと言葉を交わす度毎に、指導者・指揮者としての素晴らしい人柄に触れて知り、確信したのです・・アドルさんを守り、支えてついて行く事が私達の進むべき道なのだと・・」
 
と、ハンナ・ウエアー・・。
 
「・・アドル艦長が報告して下さいましたので、私からも報告します・・来週の木曜日一杯までで全クルーへのレクチャー・ブリーフィング、及び撮影セットの見学を終える予定です・・決して無理なスケジューリングではありません・・余裕を以って組みました・・そして先程副長の言ったグループですが、今では全クルーがこのグループに入っています・・私達が全員と細かく対話して行った過程で、全員がこのグループに入る事を諒承してくれました・・全クルーがアドルさんを守り、支えてついて行く覚悟です・・」
 
と、ハル・ハートリー・・
 
「・・アドル艦長・・私達は女優です・・他人や世間に誤解されるのも、ある意味で私達の仕事ですし、女優としての在り様でもありますし、素の自分を他人に知られてしまうのは、女優としての禁忌でもあります・・また・・誤解されるぐらいは覚悟の上でなければ、女優になどなれません・・ご心配は無用です・・」
 
と、エマ・ラトナー・・。
 
「・・アドル・エルクさん・・私達は全員、貴方に最初から最後までついて行き、守り・支えて・従います・・今日、奥様とお嬢さんにお会いしてまた貴方の素晴らしい人柄に触れました・・私達の事は何も心配しないで大丈夫ですから・・もっとお話を聞かせて下さい・・」
 
と、エドナ・ラティス・・。
 
私は全員の顔を見渡した・・皆、私の顔を眼を微笑んで観ている・・中には、涙を溜めている者もいる・・私は言い知れぬ感動と感謝の念で胸が一杯になり、熱いものが込み上げて来るのを感じた・・。
 
「・・皆・・本当にありがとう・・何か私も・・感動して泣きそうです・・勿論、妻と娘は掛け替えの無い存在で、私の誇りですが・・今では皆さんも・・私の誇りです・・掛け替えの無い存在です・・何かここに居る全員が・・一つの大きな家族のように感じています・・私はここに誓います・・ここに居る全員の存在と権利を・・最後まで守り抜きます・・改めて宜しくお願いします・・」
 
そこで言葉を切り、右手で軽く両眼を押さえる・・。
 
「・・それじゃあ、皆・・まだ食べ足りなかったら、お代わりして・・?・・帰ってからも食べられるよ・・身体が温まってちょっと外の風に当たりたくなってきたら・・皆で一緒に散歩と洒落込もうか・・?・・」
 
シエナ・ミュラーが近寄って来て、私の右手を右手で取る・・。
 
「・・行きましょう・・アドル艦長・・」
 
「・・ああ・・」
 
土曜日の朝の住宅街の往来は、人通りも疎らだ・・アリシアが学校で友達にどの位吹聴したか分からないが・・朝早くから集まるような野次馬はいないらしい・・。
 
かなりに広い歩道だが、この集団が一塊になって歩くと流石に手狭だ・・私の左にアリソン・・アリシアは私の右側に居る・・アリソンの左にリサさん・・マーリーはアリシアの右側に居る・・私達夫婦の前を、副長とカウンセラーが並んで歩き・・その前を保安部長が歩き、私達のすぐ後ろには機関部長と作戦参謀と副保安部長が並んで歩いている・・その他のメンバーは私達の周りを思い思いに話ながら、位置を入れ替えたりしながら歩いている・・。

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