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・・・『集結』・・・

マーリー・マトリンと、エマ・ラトナー・・

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駐車スペースまで降りて、自分のエレカーに乗る・・モーターを起動させると、社宅までオートドライヴにセットしてスタートさせる・・私は先に妻と娘の携帯端末に向けて、土曜日に自宅を訪問するメンバーの人数と名前の詳細をメッセージとして送信してから、暫く時間を置いて妻に通話を繋いだ。

「・・もしもし・・」

「・・あら、あなた・・社宅からなの・・?・・」

「・・いや、艦のオールスタッフミーティングから帰る途中だよ・・今、大丈夫か・・?・・」

「・・大丈夫よ・・」

「・・先ず、エリック・カンデルチーフからの親書だけど、読んだよな・?・」

「・・読んだわよ・・状況は理解したわ・・貴方からのメッセージも読んだから、土曜日にいらっしゃる皆さんの人数と名前も承知しました・・」

「・・色々と事態と状況が急転していて、お前達の廻りも騒がしくさせてしまって悪いな・・」

「・・ううん、私達は良いのよ・・貴方は気にしないで・・」

「・・明日、班長さんと自治会長さんには、俺から通話を繋いで一報を報せて置くからな・・」

「・・いいえ、それは私がして置きますから、貴方は心配しないで・・」

「・・良いのか・・?・・」

「・・大丈夫よ・・私から連絡する方が先方も気楽に話せると思うから・・」

「・・そうか・・悪いな・・じゃあ、頼むな・・?・・」

「・・分かったわ・・こちらとしては、おいでになる皆さんの人数も分かったから・・何か食べて体が温まるものでも用意するわね・・?・・」

「・・宜しく頼むよ・・アリシアは帰っているのか・・?・・」

「・・いるけど・・今は部屋で勉強してるわね・・何か話があるの・・?・・」

「・・土曜日に、アリシアは居られるのかな・・?・・」

「・・分からないけど、何なの・・?・・」

「・・いや、トップ女優の皆さんが20人以上もウチに来てくれるからさ・・アリシアにとってもためになる話が聞けるんじゃないかと思ってね・・」

「・・そうね・・後で私から聞いてみるわね・・?・・」

「・・ああ、そっちも宜しく頼む・・じゃあ、寸志の物は用意しなくて良いからな・・金曜日の夜に帰るけど、何か買って来て欲しい物はあるか・?・」

「・・いつも通り、貴方の気持ちで良いわよ・・じゃ、楽しみにしてるわね・・気を付けて帰って来て・・愛してるわ・・」

「・・俺も愛しているよ・・じゃあな・・」

通話を終えて端末をポケットに入れる・・妻に対して申し訳ない気持ちよりも、早く帰って妻を抱きたい気持ちの方が遥かに強い・・自分もまだまだ凡俗だって事だな・・。

社宅に帰着した私は時間を長めに取って入浴し、充分に温まった・・。

上ると多めに着込んで湯冷めを防ぎ、ウィスキーグラス3分の1にヴィンテージモルトを注いでチビチビと呑みながら、メッセージチェックと返信と配信ニュースのチェックを同時に進め始め、2時間が経過したのを確認すると、寝た・・。

翌日(2/4・木)・・まだ雨が降り出す迄にはならないが、厚く雲が垂れ込めている朝だ・・そのせいか気温は少し高くて暖かい・・。

今朝はいつもと変わらない時刻に目覚めた・・この時刻に目覚める方が調子が良いように思う・・いつもと然程には変わらない朝のルーティンを過ごして社宅を出る・・それから10分少々が経過した頃に、リサ・ミルズからの通話が繋がったので、ハンズフリーで応答する・・。

「・・アドルさん・・おはようございます・・」

「・・おはよう・・何かあったの・・?・・」

「・・いえ、運転中ですか・・?・・」  

「・・そう・・」

「・・アドルさんと私との連名で出す予定のオファーメッセージですが、私の方でもう既に送信しました・・」

「・・そうなんだ・・有難う・・助かったよ・・さすがに早いね・・」

「・・いいえ・・出過ぎましたか・・?・・」

「・・そんな事は無いよ・・逆に、無理してない・・?・・」

「・・いえ、問題ありません・・昨日撮影した静止画と動画の一部を、3人に送りました・・会議の内容も掻い摘んでメッセージで送りました・・人には言わないようにお願いもしました・・」

「・・何から何まですまないね・・ラウンジで僕からも3人には言うから・・気を付けて来てね・・?・・」

「・・アドルさんもお気を付けて・・」

「・・有難う・・それじゃ、後で・・」  

「・・はい・・」

通話を終えてから20分ほどで社の駐車スペースに滑り込む。

一階のラウンジでコーヒーを手に4人が座るテーブルに着くと、早速スコットからの挨拶を受けた。

「・・お早うございます、先輩! 全く何て羨ましい事を毎回やってるんですか?! 会議だって言ってたのに、これってパーティーじゃないですか?! 」

と、自分の携帯端末のモニターを見せながら言うので、彼の腕を優しく押さえながら言う・・。

「・・お早う、スコット・・声が大きい・・まあ落ち着けよ・・昨日の集まりはある程度の機密にしたいんだ・・だから、俺達の事を知らない人には言わないでくれ・・会議は早い時間で終わってな・・後は親睦を深める為に、皆で話ながら軽く飲み食いしただけさ・・酒は入ってない・・解ってくれるか・・?・・」

「・・分かりました・・このメンバー以外には言いませんよ・・でも、これ以上に羨ましい状況は無いですよね・?・ここはどこなんですか・?・」

「・・ああ、リサさんが知人から借りてくれた部屋だったよ・・」

「・・へえ・・リサさん、すっごいお金持ちのお友達がいらっしゃるんですね・?・」

「・・ええ、まあ・・」

と、リサさんはスコットに微笑を返す・・。

「・・流石にトップ女優の皆さんですよね・・私服なのにこんなに素敵で綺麗で着こなしの上手な人達って、観た事が無いです・・私、ご一緒しても良いですか、なんて訊いちゃいましたけど・・行ったとしても圧倒されちゃって、何も出来なかったでしょうね・・アドルさん、出過ぎた事を言ってすみませんでした・・」

マーリー・マトリンも自分の携帯端末のモニターを観ながら、感心して言う。

「・・いや、マーリー・・それはもう良いんだよ・・気にしてないから・・君達の事は、今月の制作発表会と合同記者会見で『ディファイアント』のメンバー全員にちゃんと紹介するから・・好きなだけ話して良いし、友達になって良いんだからね・・?・・」

「・・はい、分かりました・・ありがとうございます・・」

と、マーリー・マトリンが笑顔を見せる。

「・・いや・・今から緊張しますよ、先輩・・」

と、スコットが左手で顔を撫でる。

「・・何だよ、スコット・・どうした・?・堅くなるなよ・・いつものノリで行けよ・・それがお前の持ち味だろ・・?・・」

そう言って左手でスコットの右肩を掴んで軽く揺するが・・

「・・先輩・・ナンパしに行くんじゃないんですから、ヘラヘラしながら行けませんよ・・それに、憧れの人だって来ているのに・・ここは第一印象をどれだけ好く見せられるのかが勝負でしょう・・?・・」

「・・スコット・・トップ女優の皆さんてのはな・・人の素を視通すプロだ・・お前がどんなに自分を見繕っても、彼女達はほんの30秒でお前の素を視通せる・・清潔にさり気なくまとめて、リラックスして行けよ・・」

「・・分かりました・・先輩・・やってみます・・」

そうは応えたものの、自信は無さ気のようだ・・。

「・・アドル係長・・私までご一緒させて貰えると言う事には、改めて感謝します・・ありがとうございます・・」

と、ズライ・エナオが私の眼を真っ直ぐに観て言う・・誰も観ていなければ私の手を両手で握り締めそうだ・・。

「・・君もリラックスして気楽に観に行ったら良いと思うよ・・技術、知識、経験に差や違いはあっても・・ほぼ同じ年代の女性達だからね・・元々の感受性や素のメンタリティに然程の違いは無いと思うな・・リラックスして気楽に・・君らしい可愛らしさでまとめて行けば好いと思うよ・・」

「・・分かりました・・考えてみます・・」と、そう言って頷く・・。

「・・さあ、もう朝礼が始まるよ・・上がろうか・・?・・」

そう言ってコーヒーを飲み干し、立ち上がった。

私を指名して寄せられる各種の受注や依頼は増えている・・増加率も日々上昇している・・まだ今のメンバーでなら業務の遂行は可能だが、これ以上に増えるようだと、またリモートパートサポートメンバーを増やさなければならなくなるだろう・・。

もう皆慣れているので、始業して直ぐそれぞれの業務に集中して没頭する。

お昼には2回の記者会見にどんな服を着て行こうか、等の話題で食べながら盛り上がり、話は尽きない。

業務の進捗にはまだ少し余裕があるので、残業の要請は出ない・・。

リサ・ミルズともマーリー・マトリンとも業務中に数回視線が絡み合う・・。

社外ではどうしても尾行や追跡の可能性があるので終業後、退勤を記録してから第3資料室に来てくれるよう、メッセージでマーリーに頼んだ・・。

終業15分前からデスク周りを清掃し、明日の準備や出来る範囲での段取りを進めながら終業を待つ・・業務の進捗にはまだ余裕がある・・終業のチャイムが響くと周囲のメンバーと出来る限りの挨拶を交わし、バッグを携えて駐車スペースまで降り、バッグだけエレカーに入れてから3階の第3資料室に入る・・ここのカメラは終業時刻には切られる・・。

私が入ってから6分でマーリーが入室する・・手招いて更にカメラの死角へ念を入れて誘い、壁を背にさせて立って貰う・・。

「・・退勤は記録した・・?・・」

「・・はい・・でも、どうしてここなんですか・・?・・」

「・・僕が使っている車の存在はもう把握されていて、尾行や追跡の対象とされている可能性が高いからね・・君と逢うのは社内で、と言う事にしたよ・・」

「・・分かりました・・」

そう言ってマーリー・マトリンは私の首に両腕を絡める・・私も彼女の背中に腕を廻して抱き締め唇を重ねる・・90秒程して顔は離したが、お互いに腕は解かずにその後2分間ほどは抱き締め合ったままで過ごす・・。

「・・気を付けて帰るんだよ・・」

ようやく身体を離して、そう声を掛ける・・。

「・・送ってくれないんですか・・?・・」

そう言って、ちょっとふくれっ面をして見せる・・。

「・・ああ、送って行く事はしないし、一緒に出て行く事もしない・・さ、あまり時間が掛かると警備の人が訝しむから、先に出て・・」

彼女のコートの襟を直してバッグを肩に掛けてあげながら、そう少し冷たげに言って促す・・。

「・・分かりました・・ありがとうございました・・お疲れ様でした・・それでは、また明日・・」

私の冷たげな言い方にそれ以上のおねだりを諦めたのか、しおらし気に応えて彼女は退室していく・・。

その場に立ったままで大きく息を吐くと、私も退室して駐車スペースに向かい、車に乗り込んでスタートさせる・・。

帰路について10分程が経過すると、リサ・ミルズからの通話が繋がる・・。

「・・お疲れ様でした・・アドルさん・・」

「・・お疲れ様・・どうしたの・・?・・」

「・・終わったんですか・・?・・」

「・?・ああ、終わったよ・・」

(・・と言う事は、マーリー・マトリンが出て行くのを観たのか・・)

「・・どこで逢ったんですか・・?・・」

「・・第3資料室だけど・・?・・」

「・・明日の終業後は、秘書課の控室で待っています・・」

(・・張り合うのか?)

「・・あんな所まで上がって行ったら、何の関係も無いのに警備の人に怪しまれるだろう・?・」

「・・大丈夫です・・役員専用の第2リフトを使えば、秘書課の控室迄カメラはありません・・リフトを使うためのパスコードは、明日メッセージしますので・・」

「・・分かったよ・・土曜日に配る寸志には、何をチョイスしたの・・?・・」

「・・適当な価格帯でのギフトカードにしました・・一番手軽ですから・・」

「・・分かった・・好いチョイスだね・・」

「・・ありがとうございます・・あの・・明日は、自宅に帰られるんですよね・・?・・」

「・・うん・・そう・・」
(・・まさかな・・)

「・・お土産は、どうされますか・・?・・」

「・・自分で適当に選んで、買って帰るよ・・」

「・・分かりました・・」

「・・土曜日は、何時に来るの・・?・・」

「・・午前8時にお伺いします・・」

「・・皆で一緒に来るの・・?・・」

「・・いえ、私とシエナさんとマーリーは、一緒に8時までにお伺いしますが・・他の皆さんは、それぞれタクシーでおいでになるでしょう・・」

「・・そう・・分かったよ・・世話になるね・・」

「・・どう致しまして・・私も楽しみにしていますので・・」

「・・そう・・ありがとう・・」

「・・お気を付けて、お帰り下さい・・」

「・・君もね・・また明日・・」

「・・はい、また明日・・」

リサ・ミルズの方から通話は切られ、私はそのままどこにも寄らずに社宅に帰る事にした・・明日1日だから、まだ買物は大丈夫だろう・・。

リサ・ミルズとの通話を終えて10分程経った頃に、また通話が繋がる・・エマ・ラトナーからだ。

「・・今晩は・・お疲れ様です・・エマです・・」

「・・今晩は・・どうしました・・?・・」

「・・いえ・・今は、大丈夫ですか・・?・・」

「・・運転中ですけれども、ハンズフリーですから大丈夫ですよ・・」

「・・お邪魔してすみません・・どうしても声が聴きたくて掛けちゃいました・・」

「・・エマさん・・」

「・・もうどうしようもなくアドルさんの事が好きなんです・・昨日逢ったばかりなのに、声が聴きたくて堪らない・・逢いたくて堪らない・・今迄にも男性を好きになった事はありますけど・・貴方ほど焦がれた事はありません・・今から・・そちらに行っても良いですか・・?・・」

「・・エマさん・・今から僕と逢って・・土曜日に素知らぬ顔でウチに来れますか・・?・・」

「・・これでも女優ですから、出来るとは思います・・けど・・お宅でアドルさんと眼が合ったら・・分かりません・・」

「・・エマさん・・僕は妻と娘を愛しています・・今から僕の所に来てくれたとしても・・僕が貴女に出来る事は大した事じゃありません・・それでも良いんですか・・?・・」

「・・それでも良いんです・・顔を観る事が出来て・・声が聴けるのなら・・それじゃ、今からお伺いします・・」

そう言って、通話は途切れた・・。

それから25分程で社宅に帰着した私は、室内を片付けて風呂に入り、食事の支度を始めた・・スープストックを基として具沢山のスープを準備しつつ、在り合わせの食材で2人分の夕食の準備を進める・・。

具沢山のポトフのようなスープと、薄切り豚肉のカリカリソテーに温野菜サラダの盛り合わせと、白身魚のムニエルなんて作ったのは2年ぶりぐらいかな・・取り敢えず出来上がった料理を保温モードに入らせて、暫く雑事をこなしながら配信ニュースを観ていると、彼女からの通話が繋がる・・。

「・・今、お宅の前に着きました・・」

「・・いらっしゃい・・今、ガレージを開けるから入って下さい・・」

「・・分かりました・・ありがとうございます・・」

通話を切り、室内から操作してガレージのシャッターを開ける。

彼女のエレカーが入庫したのを室内のモニターで確認してから、ガレージのシャッターを閉める・・。

それから20秒ほどしてインターコールが響き、彼女の来訪が告げられる。

「・・いらっしゃい・・どうぞ、入って・・」

玄関のドアを開けて、少し上気した顔で立っている彼女を招き入れ、リビングで座って貰ってコーヒーを出す・・。

「・・お腹、空いてないですか・?・私はまだ食べてないんで・・在り合わせの賄い料理で申し訳ないんですが・・ご一緒して頂けませんか・?・」

「・・ありがとうございます・・嬉しいです・・実は今日はまだ一食しか食べていなくて・・アドルさんの事を考えていて食欲が湧かなかったんですけど・・お宅にお邪魔させて頂いて、急にお腹が空いて来ました・・喜んでご一緒させて頂きます・・」

「・・喜んで頂けて僕も嬉しいですよ・・ダイニングはこちらです・・本当に賄い料理なんで、お口に合わなかったらごめんなさい・・それに今ちょうどワインもジュースもアイスクリームも切らしていてね・・何のデザートも出せないですみません・・」

そう言いながら私はエマ・ラトナーをダイニングテーブルに案内し、椅子を引いて座らせる・・。

「・・大丈夫です・・私、甘いものはそんなに好きではないので・・」

「・・そうなんだ・?・辛党なのかな・?・ちょっと待ってね・・保温しているから・・」

そう言って保温モードに入らせていた料理をテーブルに並べる・・エマ・ラトナーはそれを観て眼を丸くした。

「・・どうしたんですか・?・こんなに沢山・・全部美味しそう・・好い香りです・・お腹が鳴ります・・これは白身魚のムニエルですか・?・アドルさんって、料理もスゴイんですね・・ああ・・シエナの言った通りです・・アドルさんと一緒の時間を過ごせば過ごす程、スゴイ所を見せられ続けて離れられなくなるって・・・」

「・・ただの賄い料理ですよ・・料理は大学時代にかじった程度でしてね・・その後入社して2年間は寮住まいだったんですけれども・・そこの寮母さんの作る料理がお世辞にも宜しくなかったものですから・・10ヶ月間ほど寮のキッチンを手伝っていたんです・・それだけですよ・・まあ、女房から教わった事も・・幾つかはありますけれどもね・・はい、どうぞ・・」

そう言いながら彼女にナプキンを渡し、私も胸に着ける・・。

「・・それじゃあ、頂きます・・」

「・・頂きます・・」

彼女は何を食べても凄く美味しいと言ってくれたが、特に具沢山のスープには驚いたようだ・・。

「・・このスープは、最初から作ったんですか・・?・・」

「・・ああ、これは女房がスープストックとして作って、持たせてくれているんだよ・・」

「・・奥様は、料理が凄く上手なんですね・・」

「・・うん・・僕もそう思っているよ・・ああ!・ライスを出していなかったね、ごめん・・どの位要る・?・・」

「・・少しで良いです・・」

「・・分かった・・」

そう言って、皿にライスを盛り付けて渡す・・食べながら『ディファイアント』スタッフメンバーのプロフィールや様々なエピソードの話題で盛り上がる・・個性的なメンバー達のエピソードはその一つ一つが面白く、微笑ましくもあって笑わせられる。

ちょっと多目に作ったかも知れないと感じていた料理だったが、エマさんとの会食は楽しくて時間の経過を忘れる程であり、40分後にはほぼ完食の状態になっている・・。

「・・お替わりは・・?・・」

「・・いえ、大丈夫です・・もうお腹一杯です・・」

「・・そう・・美味しそうに食べてくれてありがとう・・僕も楽しく食べられたよ・・ちょっと待っててね・?・」

そう言いながら大きいトレイに食器を総て乗せてシンクに運び入れる・・そしてまだ封を切っていない取って置きのボトルを取り出し、拭き上げて封を切るとショットグラス2つと一緒に持って来る・・。

「・・これは何か良い事があった時に開けようと思っていた取って置きでね・・艦にも持ち込もうと思っているんだ・・その前に、君と味を確認してみようと思ってね・・」

そう言ってグラスを並べて置き、栓を開けてワンショットずつ注ぐ。

封栓してボトルを置き、彼女の向かいに座り直してグラスを右手で持って掲げる。

「・・今夜の楽しい会食に感謝し、僕達の今後の幸運を祈って・・乾杯・・」

「・・乾杯・・」

30年物のヴィンテージの上に銘柄の上でも非常に珍しいモルトなので、まず眼にしない・・それらを総て差し引いても本当に素晴らしい味わいだ・・。

「・・うん!・旨い・・」

「・・本当に凄く美味しいです・・アドルさん・・どうしてウィスキーが好きだって判ったんですか・・?・・」

「・・うん・?・まあ、ただの呑み助の勘・・かな・?・帰りもあるからね・・どんなに美味しくても、この一杯だけだよ・・?・・」

ちょっとお道化たような表情で軽く両手を拡げ、軽く肩を竦めて見せる・・。

彼女はワンショットを飲み干してグラスを置くと、テーブル越しに私の両手を両手で握る・・。

「・・貴方が好きです・・愛しています・・本当はここで、貴方を押し倒そうと思って来たんです・・でも・・しません・・できません・・ですから、その代わり・・ちゃんと気を付けて帰りますから・・私を抱いて・・キスして下さい・・」

お互いに手を握り合ったままで席を立ち、向い合って立つ。

「・・それをしたら・・君はどれくらい我慢できるの・・?・・」

「・・また私からご飯が食べたいって・・連絡するまで、ですね・・・」

そう言ってどちらからともなく抱き合う・・最初は軽いハグだったが少しずつ強く抱き締め合うようになって・・唇を重ねた・・。

そのまま止まって60秒・・顔を離して抱き合い直して60秒・・ようやく身体を離してまた両手を握り合う・・。

「・・それじゃあ、気を付けて帰ってね・・お風呂に入る・・?・・」

「・・いえ、お風呂に入ったら、帰れなくなりますから・・お片付け・・やらせて下さい・・」

「・・お客さんに、そんな事させられないよ・・」

「・・いいえ、私がやりたいんです・・お願いします・・」

「・・それじゃあ、お願いしようかな・・」

「・・はい、少し待って下さいね・・」   

「・・うん・・」

そう言って手を離すと彼女は上着を脱いで掛け、袖を捲ってシンクの前に立つ・・。

私はベランダで一服してから戻ると、歯を磨いてリビングに戻って座る・・。

程無くして彼女が洗浄・拭き上げ・収納まで終え、手を拭いて上着を着直して戻って来る・・。

「・・ご苦労様・・収納までやらせてしまってごめんなさい・・」

「・・いいえ、キッチンワークは好きですので・・それに、好きな人の為ですから嬉しいです・・」

私は立ち上がると自分から彼女に歩み寄り、強く抱き締めてもう一度唇を重ねる・・彼女は眼を見開いて驚いたが、直ぐに眼を閉じて強く抱き締め返してくる・・40秒でゆっくりと顔を離す・・。

「・・煙草臭いよね・?・でもこれで・・できるだけ我慢してね・・?・・」

「・・これも含めてアドルさんの香りですから・・ありがとうございます・・はい・・できるだけ頑張ってみます・・」

そう言ってお互いに身体を離す・・バッグを取って来た彼女を私は勝手口へと促して言う。

「・・ここを通れば直接ガレージに入れるから・・」

「・・ありがとうございます・・」

「・・気を付けて帰ってね・?・」

「・・はい、お休みなさい・・」

「・・お休み・・土曜日にね・?・」

「・・はい・・楽しみにして、お邪魔します・・」

玄関口に脱いで置いてあった彼女の靴を私が持って来て、勝手口の間口に置くと、彼女は笑顔で靴を履いて私と笑顔と握手を交わし、勝手口を通ってガレージに入る・・。

私が室内から操作してガレージのシャッターを開けると、直ぐにエレカーが発車して行った・・。

シャッターを閉じて暫く座っていた・・見廻しても今日の内にやるべき事は見当たらなかったので(・・やれば何かやるべき事はあっただろうし、あるのだが、頭も体も今はあまり動かないだろうと感じていた・・)私はもう一度風呂に入り、洗って温まると出て直ぐに寝た・・。
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