『星屑の狭間で』

トーマス・ライカー

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『まさか…当選!? 』

メインスタッフとの朝会

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 そう言ったところで、料理が運ばれて来る。

 スコットがウエイターから受け取りつつ皆に配る。

 スペシャルミートサラダは1人分の品としてはなかなかのボリューム感で、旨そうに見える。

 私達はハンバーグをメインにしたスペシャル・グリルコンボのディナーだ。

 ライスはそれほど多くないが、付け合わせの温野菜は多めで良いバランスに観える。

「…じゃあ頂こうか…俺は報告書に眼を通すから食べていて良いよ…飲み物は?」

「水で良いですよ」

 スコットがそう応えるのに、女性2人も頷く。

 私はウエイターに向って頷くと、彼は退がった。

「…それで先輩…面談した2人は実際に会ってみてどんな感じだったんですか?」

 ハンバーグに手を付けながら、スコットが訊く。

「うん…想像以上に聡明で明晰で、レベルの高い知性を感じさせる人達だったよ…シエナ・ミュラーさんに副長をお願いしたのも、ハル・ハートリーさんに作戦参謀をお願いしたのも、間違いではなかったね」

 応えながら報告書を読み進めて行く。

 誇張や装飾も無いが、細かく描写されているし、言及もされている。

 今後の予定についての報告も確認した。問題はない。

「…リサさん、確認しました。ご苦労様…後はよろしくお願いします…」

 そう言って彼女の携帯端末を返す…彼女も受け取って仕舞う。

「…うん…なかなか旨いグリルコンボだね…」

「…でしょ? 時々こう言うコンボが食べたくなるんですよね…」

「…でもアドルさん…野菜が少ないじゃないですか…このフォークは使ってないですから、食べて下さい…」

 そう言いながらマーリー・マトリンが未使用のフォークを取り出して、自分のミートサラダからレタスを3枚、器用に丸めるとそのフォークに刺して、私のコンボの温野菜の隣にフォークごと置く。

 何をするのかと思っていたが、あっと言う間の事だったので断る暇もない。

「…マーリー…付け合わせの野菜が充分あるから大丈夫だよ…」

「…いいえ、明日も早くから予定があるんでしょう? 食物繊維を沢山摂ってデトックスを促がして置かないと、身体を充分に動かせませんよ…これだけですから、食べて下さい…ねっ…」

 こんな事で押し問答をしていても仕方ない…受け入れざるを得ないな…小さい溜息を1つ吐く。

「…分かったよ、マーリー…ありがとう…頂くよ…」

 迂闊ながらその時に初めて気付いたが…リサさんのマーリーを観る眼の光が、ドライアイスよりも冷たいように思えた。

「…えっ、先輩明日も早いんですか? 何かあるんですか?」

「…ああ、君達が来る前に番組のマスターディレクターから連絡があってね…こちらから面談のオファーを出していた3人の女優さんとアポが取れたんだよ…それで明日の午前中に会えるように段取った…」

「…今日と同じ場所ですか?」

「そうだよ」

「…へえ…ハイペースで進展するようになってきましたね?」

「…ああ、こっちも忙しくなりそうだな…」

「…それでアドルさん。今決まっている大きい予定はあるんですか?」

 マーリーが訊く。

「…現状で決まっている大きい予定は、リアリティ・ライヴゲームショウの配信番組制作発表会見が2月22日、日曜日の18時から…全艦長と全副長が出席した上での総合共同記者会見が2月25日、水曜日の19時から…会見は総て生中継で配信されるよ…この2つの記者会見にはチームの皆も参加できるように、俺からも頼んでみるよ…後はゲーム大会の開幕が2月28日、土曜日の朝7時から…だけだね…その他の個別の要請とか企画へのオファーとかは、これから追々に届くんじゃないかな…」

「…楽しみにしていますよ、先輩…」  

「…私も…」

「…先輩の『ディファイアント』に乗り組む皆さんと…出来れば少しでもお近付きになりたいものですよ…」

 表情をほころばせながらスコットが言う。

「…記者会見に皆で一緒に行ける事になったら、お前をクルーに出来る限り紹介するから、めかしておけよ…」

「…それはお任せください…」

「…サインはどうだ? 頼もうか?」

「いえ、それは結構です…ミーハーだと思われたくないんで…」

「…分かったよ…賢明な姿勢だな…」

 それから暫くは3人とも静かに食事に取り組んだ。

「…ねえアドルさん…今日会った2人は美人でした?」

 マーリーがサラダを突きながら訊く。ほんの少し不満そうな、拗ねたようなイントネーションだ。

「…そうだね…さすがに2人とも有名な女優さんだからね…」

「…アドルさんが選んだ人達の中で、一番の美人って言ったら誰ですか?」

「…それはちょっと…俺には分らないな…皆個性が違うから…」

「…先輩がこの前言ってくれた中での僕の推しは、エドナ・ラティスさんですね…昔からのファンでもあるんで…」

「…なあ、マーリー…これは君達が来る前にリサさんにも言った事なんだけど、もう一度言おう…今回のゲーム大会の企画は、場所が閉ざされた艦内で…主要なメンバーで男性は俺一人…他はほぼ全員が女性で…艦対艦の戦略、戦術のゲームではあるけれども…観客、視聴者に提供される描写は、ほぼ艦内での描写になるだろうし…観る側が期待するのは、たまにしか行われないであろう戦闘のシーンよりも…クルーに対する俺の姿勢や態度や言動…俺に対するクルー達のそれに…やがてはシフトしていくだろうし…そのまま戦い抜いて行けば行くほど…艦内での人間関係の変化や変遷…偏向や転換に、興味や関心も集まって行くだろう…でもそれらは充分に承知の上で…皆で心も力も合せて戦い抜いて行きたいし、そうして行く事に醍醐味や感動を感じたいし、今もそれは感じているし、これからも感じたい…そう言う事なんだ…それにゲーム大会は週末だけだし、平日は君達と一緒だから、マーリーが心配するような…俺が女優さんに心を動かされるような事には、多分ならないと思うよ…」

「…分かりました…何だかちょっと動揺してしまって…アドルさんの事が心配になっちゃって…いや、私の事かな…ちょっと、取り乱しました…すみませんでした…もう大丈夫です…」

「…いや、俺もさ…降って湧いたようなこんな話で…緊張しっ放しでもあるし…動揺しっ放しでもあるよ…でもさ…平日は君達と一緒にいられるから…自分らしく落ち着いていられる…感謝してるよ…」

 その後は4人とも、言葉を紡がずに食事に取り組む。

 私は3割ほどを残してウエイターを呼び、パッケージを頼む。

「…スコット…明日中にで良いから課長に連絡をとって、カンデルチーフが何を言ったか訊いて貰えるか? 俺も明日の夜に、お前と通話するから…」

「了解しました…」

「…リサさん…報告書と要請文は?」

「もう送信しました…」

「。ありがとう…ご苦労様…さすがだね…じゃ、帰ろうか?」

 紙袋に入れられて届けられた、テイクアウトパッケージを受け取って、私はそう言った。

 支払いはまたリサ・ミルズが、チームの必要経費として支払う。

 マーリー・マトリンはスコットが送って行く事になり、リサ・ミルズは私が最寄りのパブリックステーションまで送って行く事になった。

 完全自動運転で走行する車内は、2人だけで過ごす居間のようでもある。

「…今日は…どうもありがとう…本当に…君は仕事だからと言うかも知れないけど…僕は今、こう思っているよ…君が居てくれないと…おそらく僕は勝てない…だからこれからも、よろしく頼みます…」

 左のアームレストの上に乗せられている僕の左腕の上に、彼女の右手が添えられる。

 手首を反して彼女の右手を握る。彼女も握り返してくる。

「…マーリーと話をする必要を感じているかい?」

「…そうですね…今度の土曜日の朝に彼女と待ち合わせてアドルさんのお宅に伺いますが…その時の道すがらにでも話してみます…」

「…多分大丈夫だと思うよ…落ち着いたようだったし…」

「…平日は私も彼女を観るようにしますが…アドルさんも気を付けて下さい…」

「分かったよ…」

「…明日も、上手くいくと良いですね…」

「…うん…それは心配してないよ…シエナ・ミュラーさんは、僕が考えるよりも3つぐらい先を…行ってくれているかも知れない…裏付けは無いけどね…何故か、彼女には期待しているし信頼もしているよ…きっと明日も楽しくなると思うよ…君は、サラダだけで大丈夫なの?」

「…今は大丈夫です…帰宅したら、空腹を感じる前に寝むようにします…」

「…ひとつ、頼みがあるんだけど、良いかな?」

「何でしょう?」

「…最近、コーヒーを飲み過ぎているみたいでね…出来たら、君のお母さんブレンドのハーブティーを頂けると嬉しいな…」

「…分かりました…とっておきを母にお願いして、持ってきます…」

「ありがとう」

「…明日着て行く服だけど…これと同じような感じで良いかな?」

「…そうですね。概ね良いと思いますよ…でも色合いのコーディネイトは、今日とは違った感じにして貰って…もう少し襟の角が鋭角なシャツにして貰って…ネクタイも今日よりは細いものでお願いします…あと、カフスボタンはお持ちですか?」

「…2種類、持ってるけど?」

「…派手じゃない方を使って下さい…それで良いと思います…」

「…何か、ナンパ師みたいだね…」

「…大丈夫です…格好良いですよ…男前に観えるようになります…」

 そう言ってから3分程で、エレカーがパブリックステーション前のエントランスロータリーに滑り込む。

 中央出入口へと続く階段の端に、左側から横付けしたエレカーはライトを消してモーターも止める。

 私の左手を彼女が離さないので右手で左のドアを開けようとしたが、彼女が右手も取ってそのまま顔を寄せ、右頬を私の左頬に密着させる。

 彼女が自分の上体で私を抑え付けるような格好になっている。

「…リサさん…」

「…大丈夫です…キスはしません…だからもう少しこのまま…」

「…分かった…じゃあ、明日の帰りは何も無しにしてくれるか?」

「…分かりましたから…あと1分…」

 それを聞いて私はウインドウのバイザーレベルを3つ上げた。

 彼女はマーリーよりも感情をよくコントロールできるが、それでも二人きりになるのはマズい…何か考えないと。

 1分40秒ほどで彼女は頬を離したが、離れ際に頬にキスしようとして寸でで堪えたようだった。

「…今日はお疲れ様でした…そして、ありがとうございました…また明日も、よろしくお願いします…では、お休みなさい」

 そう言うとスっと降車して階段を上って行く…私は2秒だけ後姿を見上げて視線を前に戻すとモーターを起動させてマニュアルで発車した。

 彼女が階段の踊り場で振り返ったのを、私は知らない。

 私はエレカーをマニュアルで運転しながら、ハンズフリーでスコットに通話を繋いだ。

「…どうしたんですか? 何かありましたか?」

「…いや…運転中か?」

「…ええ、先輩もでしょ?」

「…ああ…彼女は?」

「…10分ぐらい前に彼女の家の近くで、無事に降ろしましたよ…先輩は?」

「…ついさっき、ステーションの前で降ろしたよ…彼女の様子はどうだった?」

「…特に何も…一言も喋りませんでしたけれどもね…先輩…もう解ってると思いますけど、2人とも先輩に首っ丈ですよ…どうするつもりなんですか?」

「…ゲーム大会が終わるまで…2人ともに近付き過ぎないように…距離感を保って接していくよ…大会が終われば関係は切れるから…大丈夫だろ?」

「…先輩…昨日噂が一つ聴こえて来たんですけど…営業第4課が創設されて…初代課長に先輩が抜擢されるって話でしたよ!」

「…何だよそれ! デマだろ?」

「…一つだけならデマで終わるでしょうけど、3つ聴こえて来たら本当になりますよ…それでもしも第4課が創設されたら…2人とも間違いなく先輩の部下として配属されてきます…先輩…くれぐれも間違いは犯さないで下さいよ…先輩の奥さん、好い人ですから…僕も悲しませたくないんです…」

「…そんな事は言われなくても解っているよ…俺には家族と家庭が第一だ…間違いは絶対に犯さない…大丈夫だ…信じていてくれ…それとは別に新課創設の話、教えてくれてありがとう…俺からもカンデルチーフに訊いてみるよ…それじゃあな…明日の夜にまた通話するから、訊いておいてくれ…気を付けてな…お休み…」

「…分かりました、先輩…お疲れ様でした…先輩も気を付けて…お休みなさい…」

 通話を終えてから40分ほど走り、社宅のガレージにエレカーを入れた。

 テイクアウトパッケージを紙袋から出して、取り敢えず冷蔵庫に入れる。

 コートを脱いでブラシを掛けて吊るし、スーツとシャツを脱いでブラシを掛けて形を整え、クローゼットに仕舞いながら同じデザインでもっと明るい色調のスーツを取り出して、軽くブラシを掛けて吊るす。

 帰りの車内で彼女が言っていたようなシャツを見繕って取り出すと、これもまた吊るす。

 明日着るスーツが明るい色調なのでネクタイは今日締めた物より細く、濃い色合いの物を取り出した。

 小物入れの中を観て、小さい方のカフスボタンを取り出すとテーブルの上に置く。

 シャワーを浴びて、髭を軽く充たる。出ると湯冷めしないように下着を厚めに着込み、寒い日に部屋着として着ているスポーツウェアを着る。

 20年物のモルトのボトルを取り出してグラスに3分の1ほど注いでから小箱とライターをポケットに入れ、グラスと灰皿を持ってベランダに出る。

 余り風が吹いていないのが有難い。

 テーブルにグラスと灰皿を置いてチェアーに腰を降ろす。

 小箱とライターをポケットから取り出して、小箱からハイラム・サングスター氏から貰ったプレミアムシガーの吸いさしを取り出すと、一服点けて喫って更かしてからモルトを一口含む。

 営業第四課創設の噂は、彼女も聞いていただろうか? 別に今通話して訊かなくても、後で訊く機会は幾らでもあるだろう。

 もう一服喫ってモルトを口に含む。空腹は感じていないし明日も早い。

 ネットニュースを観る気にもなれない。また一服喫ってモルトを含む。

 シガーの馨りと味、モルトの香りと味が絶妙に融け合い、今日一日の疲労を引き出す。

 大きく息を吸って溜め、深くから吐く。倦怠感と充足感がある。満足感には遠い。

 モルトを一口含み、30秒ほどしてもう一口含んで呑み下す。

 残りのプレミアムシガーを、二服で喫い切って灰皿で揉み消し、モルトを呑み干してグラスを置く。

 そのまま3分過ごすと全部持って部屋に入る。

 片付けると顔が冷えたのを感じたので、温水で顔を洗って歯を磨いてからアラームを5:30にセットしてベッドに入った。

 翌日(2/1:日)も朝は寒い。が、雲は疎らでほぼ風も無く、昨日よりは穏やかかも知れない。

 ベッドサイド・アラームが鳴り始めて3回目で覚醒。

 スッキリした感覚なのでよく眠れたと思う。

 とにかく急ごう…既に挽いたマンデリンの豆をセットしてある、オートドリップ・エスプレッソサイフォンをスタートさせてシャワーに入る…今日は彼女よりも先に着きたい…10分でシャワーから上がる…多分彼女は7:30には来ている…7:00には着いているようにしよう。

 丹念に身体の水分を拭ってから髪を乾かして着換える…寒さと乾燥対策に保湿クリームを塗り、シャツを着てネクタイを締めスーツをまとう。

 ネクタイとネクタイピン、スーツとシャツの状態と着合わせを確認してカフスボタンを着ける。そこでコーヒーカップを取り外して口を付ける…旨い…一息吐く。

 コーヒーを飲みつつ、髪を整え、持ち物を確認して、吊るして置いたコートを着込む。

 最後に身嗜みの一通りと室内を確認して、コーヒーを呑み干す。

 昨日履いていたのとは違う革靴を出し、軽く拭き上げてから履いて玄関から出る。

 社宅を出てガレージのエレカーに乗り込み、モーターを起動させると「ホワイトブリッジ」を目的地としてナビゲーションシステムに入力し、オートドライヴで発車させた。

 ナビゲーションでの到着予定時刻は、6:50…まあ、良いだろう。

 日曜日の早朝は、出ている人も車も少ない。

 エレカーが店のパーキングに入ったのは、6:45…上々だ。

 店内では女性たちのグループが、寄せた2つのテーブルの廻りに座っているだけで他に客はいない。

私 が店内に入ったのを観て、その全員が立ち上がる。

 リサ・ミルズとシエナ・ミュラーが、朝の陽光のような微笑みと共に私を観る。

 『ディファイアント』の司令部が、より強固に確立しようとしている。

 リサ・ミルズとシエナ・ミュラーが開いて空けてくれた位置に立つ。

「…お早うございます…アドル・エルクです…このような早朝からおいで頂き、感謝します…『ディファイアント』の艦長を務めます…ご参集頂いた皆さんには、改めて感謝します…」

 私の右にシエナ・ミュラー副長…左にリサ・ミルズ秘書…副長の右にハル・ハートリー参謀…秘書の左にハンナ・ウエアー…参謀の右にリーア・ミスタンテ…ハンナ・ウエアーの左にパティ・シャノン…リーア・ミスタンテの右にカリーナ・ソリンスキー…パティ・シャノンの左にエマ・ラトナーが立っている。

「…それじゃ皆さん、座りましょう…お早うございます、アドルさん…」

 そう言いながらシエナ副長が、私に椅子を勧める。

「…お早うございます…シエナさん…皆さん、すごく早いですね…今朝は最初に来ようと思って早く出たんですが、遅れました…皆さん、早朝は強いんですか?」

 そう言いながら脱いだコートを椅子の背凭れに掛けて座る。

「…アドルさん…俳優にとって早朝の集合は、ほぼ日常です…仕事なら何でもありません…」

 そう言いながらハル・ハートリーが水の入ったグラスをくれる。

「…私が来た時には、もう皆さんお揃いでした…こんな早朝なのに皆さんピシッとされていて、すごく感心しました…」

 そう言いながらリサ・ミルズが私に、1ℓ入りらしい保温ポットを手渡した。

 そのままテーブルの上に置く。

「…アドルさん、順を追ってご説明します…昨日アドルさんとリサさんが帰られた直後に、ハンナ・ウエアーが私を迎えに来ました…ちょうど終わる頃だろうと見計って車で来ました…一緒に私達のオフィスへと戻る道すがらから、オフィスに着いてからも話をしまして…『ディファイアント』への乗艦とカウンセラーへの就任もともに了承を貰いました…その後私達の次の仕事は同じ現場でしたので…また一緒に車で移動する道すがらに…昨日アドルさんから教えられた、メインスタッフのメンバー全員と通話を繋ぎ…ハンナとも交代で話を進め…『ディファイアント』への乗艦とメインスタッフポストへの就任についても共に、全員から諒承を得る事が出来ました…今日も出来ればここで全員を揃えたかったのですけれども…スケジュールが許したのは、今ここにいるメンバーだけでした…」

 副長の話が終ると私は立ち上がって皆を見渡した。

「…先ずシエナ・ミュラーさんとハンナ・ウエアーさんに対しまして、心からの感謝を申し上げます…正直に言ってこれ程に早く、メインスタッフを揃える事が出来るとは、全く考えておりませんでした…この場をお借りして今ここに『ディファイアント』の司令部が完全に成立した事を宣言します…同時に司令部を代表して、総ての司令部人事が司令部として決定され、承認された事を認めます…そして、ハンナ・ウエアーさん、リーア・ミスタンテさん、パティ・シャノンさん、カリーナ・ソリンスキーさん、エマ・ラトナーさん…直にお会いするのは初めてですので、初めまして、と申し上げます…今朝は早くから来て下さってありがとうございます。感謝します…また『ディファイアント』への乗艦と司令部ポストへの就任を諒承して頂きまして、本当にありがとうございます。艦長として歓迎させて頂きます…」

「…初めまして、アドル・エルクさん。ハンナ・ウエアーです。よろしくお願いします…今回は呼んで頂きまして、また、カウンセラーと言うポストを提示して頂きまして、ありがうございます。正直に申し上げまして、大袈裟な言い方かも知れませんが…少し鳥肌が立つぐらい感動しました。嬉しかったです…自分が行って来た心理学研究の成果が、このような形で認められたのは、感激です…」

 立ち上がってそう言うと会釈して微笑む。

 襟ぐりの広く大きい真っ白なとっくりセーターで、白と水色と青の長いスカーフショールをゆったりと頸に捲いて垂らしている。

 オレンジブラウンのナチュラルロングストレートをパッションピンクの幅広なヘアバンドでまとめて、オールバックで後ろに流して垂らしている。

 虹彩の色は明るい山吹色で、ライトピンクのルージュを挽いている。

 美しくて魅力的な女性だ。気を付けないといかんな。

「…初めまして、アドル・エルクです…今日は早朝からおいで頂き、また乗艦とカウンセラーへの就任要請に対しても諒承して頂きまして、ありがうございます…艦長として歓迎します。これからよろしくお願いします…」

 立ち上がってそう応え、握手して自分のメディアカードを手渡す。

 心成しか少し恥かしそうに応じてくれた。

「…初めまして、アドル・エルクさん。リーア・ミスタンテです。よろしくお願いします…私からも『ディファイアント』に呼んで頂きまして、感謝を申し上げます…また、『ディファイアント』のエンジンを担当すると言う大役を私に提示して下さった事にも…心から感謝します…女優をやっていますが、機械を扱うのが子供の頃から好きです…亡くなった私の父の影響だと思っています…『ディファイアント』のエンジンを観るのが今から楽しみです。少々興奮もしています。ハンナと同じように感動しています…本当にありがとうございます…」

 彼女も立ち上がって会釈した。

 リーア・ミスタンテ。33才。髪はカーマイン・ブラウンのジェンダーレスボブ。

 ホワイトベージュのプレンウェーブテーラードジャケットを着ている。

 虹彩の色は、ディープブラウン…ルージュではなく、耐寒・耐乾燥仕様のリップクリームを挽いているようだった。

 メカニックウーマンを感じさせるような印象は、微塵も無い。

「…初めまして、アドル・エルクです…お父様は特殊航空機のエンジン開発を担当されておられましたね…お父様の遺された言葉に、感銘を受けたものがありました…それは、『好いエンジニアってのは、本当の数字は言わないもんだ…特に記録して残す場合にはな』…です…まあお父様の事例を引かなくても、直せない機械の無い女優さんの評判は…私のような者にも聴こえて来ます…今日は早朝からおいで頂き、また乗艦と機関部長への就任要請に対しましても諒承して頂きまして、ありがうございます…艦長として歓迎します…これからよろしくお願いします…」

 また立ち上がってそう応え、握手して自分のメディアカードを手渡す。

 心成しか誇らし気に応じてくれた。

「…初めまして、アドル・エルクさん。パティ・シャノンです…よろしくお願いします。私も、呼んで頂きました事に対しまして、また、観測室長と言うポストを提示して頂きました事に対しましても、感謝致します…ありがうございます。私にとって天体観測は…趣味以上のライフワークです。私もハンナやリーアと同じように、感動していますし…感激しています。嬉しいです…早く天体観測ラボですか? 見てみたいですし、触りたいです…今からワクワクしています。きっと、アドルさんのお役に立てると思います…」

 彼女も立ち上がってそう言うと、会釈して微笑んだ。

 パティ・シャノン。32才。髪はライトレッド・ブラウンのフェミニンショート。

 ライトグリーンのレディース・パンツスーツ姿で、レモンイエローのアスコットタイを締めている。

 一見して寒そうないで立ちに観えたが、椅子の背凭れに掛けているコートは、厚手のロングコートなので大丈夫なのだろう。

 虹彩の色は鳶色で、ローズピンクのルージュを挽いている。

「…初めまして、アドル・エルクです。よろしくお願いします…今日は早朝から来て頂きまして、ありがとうございます。また、『ディファイアント』への乗艦と天体観測室長への就任要請をも、諒承して頂きまして本当にありがとうございます…艦長として、歓迎致します。ゲーム大会の運営本部から私に送られて来ましたクルー候補者名簿の中に、貴女の名前があった事は本当に幸運でした…第一線で活躍されている女優さん達はおそらく数千人はいらっしゃるであろうと思われますが…新発見小惑星6個と、新発見彗星3個に自ら命名された女優さんは貴女だけでしたので、貴女に頼むしかないとスムーズに決断しました。ご存知かも知れませんが、『ディファイアント』が戦うのは岩塊やデプリが多く存在して漂う宙域です…このような宙域では、相手艦よりも早く相手艦を発見する事が、戦局を優位に進めるキモとなります。より早く相手艦を発見する為に…是非とも貴女のその眼の力をお貸し下さい…」

 彼女とも握手を交わしてメディアカードを渡した。何だか嬉しそうに貰ってくれる。

「…お早うございます。初めまして。アドル・エルクさん…カリーナ・ソリンスキーです。お会い出来て嬉しいです。私の仲間達も申していましたが、私もアドルさんからの要請に対しましては…感謝と感動で感激しています。呼んで下さって、ありがとうございます…今日は出来ればブリッジを見学させて頂きまして、センサー・オペレートシートに座って、センサー・スイープシステムに触ってみたいです…早く一緒に『ディファイアント』に乗って、お手伝いさせて頂きたいと思っています。改めてセンサーオペレーターと言うポストを提示して下さって、ありがとうございます…」

 彼女が立ち上がった時に、髪がフワッと拡がった。会釈して微笑んだのだが、歯が素晴らしく白い。

 カリーナ・ソリンスキー。26才。髪は細いがイエローゴールドに輝く、シンプルなロングボブで所作の度にフワッと拡がる。

 モスグリーンを基調にコーディネイトされた、厚手のロングニットワンピースにオレンジのカーディガンを羽織っている。

 ワンピースのモスグリーンもそうだが、黒曜石で造られたイヤリングもイエローゴールドの髪色によく映えている。

 そして肌が素晴らしく白い…ハンナ・ウエアーさんとは違う、強烈な美しさだ。

 当然の事だが、私はこれまでに本物のプロの女優さんを7人も眼の前にした事など無い。

 あまり長く直視していると、私の目の網膜が麻痺しそうな感覚を覚える。

 ルージュは実に薄いピンクで、一目では挽いていないようにも観える。

「…お早うございます。初めまして、アドル・エルクです。よろしくお願いします…今日は早朝から来て頂きまして、ありがとうございます。また『ディファイアント』への乗艦とメイン・センサーオペレーターへの就任要請をも、諒承して頂きまして本当にありがとうございます…艦長として、歓迎致します。あまり認知されてはいないようですが、カリーナ・ソリンスキーさんのこれまでの業績の中で強い印象を受けましたのは、我が国海軍の原子力潜水艦隊司令部の要請を受けられて、技術開発部と共同で開発創出された新人ソナーマンに対しての新しい訓練プログラムと、コンパクトに合理化された新しいソナー調整の技術及びそのシステムの開発・導入と、画期的な新型ソナーの開発・導入でした…それを成し得た貴女は、類い稀に感受性が豊かで…幅が広く、奥も深い、高度な認識種別力を持つ鋭い聴覚を持たれ、それと同時に高度で的確な空間認識能力をも持たれている…そんな女優さんは貴女しかいません。本当に、貴女の名前がリストに在った事も、私にとっては本当に幸運でした…是非、パティ・シャノンさんとも一緒に、いち早い相手艦の発見のために、そのお力を貸して下さい…お願いします…」

 彼女とも握手を交わしてメディアカードを渡す。その指の白さも凄い。右手の人差し指に黒曜石のリングを着けている。はにかむ笑顔が可愛い。

「…お早うございます。ここにいる中では最後になりましたが、エマ・ラトナーです。初めまして。アドル・エルクさん…よろしくお願いします。私もお会い出来て嬉しいです。本当に…私も仲間の皆と同じに、今日ここに呼んで下さった事にも『ディファイアント』に呼んで下さった事にも、メインパイロットと言うポストを提示して下さった事にも、感謝しておりますし、感動や感激が抑えられません…国際スピードレーサーとしての実績を認めて下さったのだと思っておりますが、有難いと思っております。私も今日は、出来ればブリッジを見学させて頂いて…メイン・パイロットシートに座って、操舵装置に触ってみたいです。そして早く『ディファイアント』の艦体を、自分の感覚として掴みたいです…」

 彼女がスッと立ち上がった時に、無理なく伸ばされた背筋での上体を美しいと思った。

 自然で強固な自信を感じさせる立ち姿であり、所作でもある。

 エマ・ラトナー。26才。髪はカーマイン・パープルのカジュアルショートマニッシュ。

 ストライプチェックのブルーデニムパンツに、グリーンブルーの生地にライトレッドのピンストライプが入ったブレザーレディース・テーラードジャケットを着ている。

 『E・X・F』(エクセレント・フォーミュラ)と呼ばれる、世界最高峰のスピードレースランクレベルのマスターパイロットにしか着用を許可されない、エンブレムワッペンがジャケットの右上腕と左胸にあしらわれている。

 それだけで普段は着用しないジャケットなのであると言う事が解る。

 虹彩の色はグリーンブルー。ルージュではなく、リップクリームを挽いている。

 正直、メインパイロットとしてのオファーを出すなら彼女しかいないと思っていたが、受けて貰えるだろうかと言う事については、今の今迄半信半疑だった。

「…お早うございます。初めまして、エマ・ラトナーさん…アドル・エルクです。よろしくお願いします。今日は早朝から来て頂きまして、ありがとうございます…名立たるワールド・スピードレース・パイロットでもある貴女にお会い出来て光栄です。また『ディファイアント』への乗艦とメイン・パイロットへの就任要請をも、諒承して頂きまして本当にありがとうございます…艦長として、歓迎致します。私が貰った名簿の中で、メインパイロットとしてのオファーを出すなら、実績に於いても経験に於いても、貴女しかいませんでした。当然ですね…ですが正直、受けて貰えるのかどうかについては、今の今迄半信半疑でした。改めて感謝します…ですが、『E・X・F』(エクセレント・フォーミュラ)ワールド・スピードレースツアーもありますので…入って貰える時にだけ、メイン・パイロットシートに座って頂ければ結構です。貴女が不在の場合には、サブ・パイロットで乗り切りますので。心配なさらずにワールド・ツアーに専念なさって下さい…今日は一緒に、撮影セットを見学しましょう…」

 彼女は姿勢を変えずに、真っ直ぐに私の眼を観た。

「…いいえ、アドル・エルクさん。ご心配とご配慮は有難いのですが、それには及びません。今年度のワールド・ツアーに於いて私は…既にマスターパイロットとしては参加しない事を決意しております。ですので最初から『ディファイアント』のメインパイロット・シートに座らせて貰う心積もりでおります。未経験の若輩者ですが…宜しくご面倒の程を、お願い致します…」

「…ラトナーさん! そんな事が許される契約内容ではないと思いますが、宜しいのですか? 重大な契約違反と言う事で、莫大な違約金を払わなければならなくなるのではありませんか? 本当に、無理しなくても良いんですよ? 」

「…アドルさん、ご存じありませんか? このゲーム大会は、既に世界中で大変に注目されています。私が今年度のツアー参加を辞退するとチーム・ディレクターとオーナーに申し入れたところ、当然ながらどうしてなんだと訊かれましたので…総てを話して、当面はこの大会への参加をメインに据えていきたいと伝えましたら、それはすごいビッグチャンスじゃないかと言われまして…臨時特別契約条項締結の為の協議を、既に始めています…チームオーナーからは内々にですが、違約金の請求についての条項を含める積りは無いと言われています。私としては、違約金を即金で全額振り込んででも、こちらに最初から参加したい気持ちが非常に強固に固まっておりますので、全く大丈夫です…何の問題もありませんので、ご心配には及びません。お気持ちだけ、有難く頂戴致します…」

「…そうですか…そうまで仰られるのでしたら…私としては、何も申し上げません。宜しくお願いしますと、改めて申し上げるのみです…ですが、何かありましたら、遠慮なく言って下さい…」

 そう言いながら私は立ち上がると、自ら彼女の許に歩み寄り、彼女の右手を両手で握って、左手を彼女の右肩に置いて謝意を顕してから、自分のメディアカードを渡して自分の席に戻ったが、そのまま席には着かずに話を続けた。
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