十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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もふ死ね 1/2

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 最後の最後で推測していながらも、もうどうしようもなく彼女は終わっていっていた。
 彼女の周りには今動物たちがいる。多く、多くいる。
 知っていた動物、それまで知らなかった動物。
 知ったつもりになっていた動物。
 様々な動物がそこにいる。今の彼女は、それを他の誰も理解できないだろう尺度で心に落としてしまっている。映してしまっている。どうしようもなく。
 とても悲しくて、愛しくて、そしてこのままでいさせるには惨たらしすぎると感じてしまう。

「どうか助けてください」
「早く仕留めてください」

 理性がある目。

「なぜこんなことをするのですか」
「どうして止まるのですか」

 知恵のある目だ。

「どうか、どうか変わってください。今までさんざんいい思いをしてきたのでしょう?」
「どうか知らせないでください」

 感情がわかる目で。

「だから、変わってください」

 その道筋も知っている。

「恨みがあるわけではありません。ただ、味わってほしいのです」
「これ以上味合わせないでほしいのです」

 そのすべてに刃を入れていく。その皮膚をぷつりとやぶり、骨を回避しながらその奥底にずぶずぶと切り裂きながら刺していって、なるべく痛みのないように最短距離で心臓に到達するように。
 そこに到達したならば、そこを手早く停止するように、いっきに。

「幸せを感じていたいのです。こんなものが欲しかったわけではなかったはずです」
「きっとあなたもそうなのでしょうけれど」

 あぁ! なんということだろう! 心臓は止まってしまう。
 悲しみがある。とても辛くて、喜ばしい事だった。

「こんなことになるのならどうして私たちはいるのですか」

 わからない。
 その問いに返せる言葉は彼女にはないのだ。

 様々を経て今また人に至った彼女は、良心に従って全ての命をゼロに戻していっている。
 動物の様々をここに来て経験させられてきていた。種が、揺らいでしまっている。どの種も己である。
 である以上、それは元通りのようでそうではない。何ができるようになったから、というわけではなく。

(人であることがどれだけ優れていたというのだろうか)

 何度となく思ったことがこびりついたシミのようにまた思考に反射する。
 そしていつも通りに、そんなことはないと考える。

(そうだ。ただ人であろうが、薄氷の上に立っていることに気付かないだけだ)

 彼女は元の世界で多少なりとも動物愛護精神があった。ただ団体等に入ろうとは思わなかったが、彼女なりに優しさのもとで。

(立ち位置が変わってしまえば、このように直ちにいっそ殺してくれというに違いない)

 そう思う。
 そのまま、今のままで落ちていったなら。耐えられるわけもないのだ。
 今、元の世界に戻ったとして同じことができるだろうか? 同じことが思えるだろうか。
 ぽつぽつと、幾度となく泡のように浮かぶ思考は、目の前の光景から目を背けさせてはくれないながら一時の冷静を生み出してはくれていた。

(そんなことは、多分無理だ)

 だがそれが猶更、彼女を傷つける原因になってもいる。
 人は慣れる生き物だという。
 しかし、一度上を経験すればその下にいることに耐えられないという脆さがある。
 恐らく、人だから傲慢という訳ではない。彼女はそう考える。

 生物とは、あれこれできる位置にいる者とは、そうなのだ。
 きっとそうなる。

「知らなければ、世界はこんなに狭い事を知らずに済んだのに」
(そうだ、別に知りたくなかった。知らなかったのがそんなに悪い事なのか?)

 人以外が立ったとしても。
 きっとなる。

 人以外が立ったなら。
 人は、同じく扱われる。今、人が扱っているように。
 それが世界にとって、己らにとって当然であるから。

「変わらないでください。元に戻してください」
「帰してください。あの頃の状態で、あの場所に」
(帰りたい、元の自分に帰りたい。元の世界に帰りたい。元の自分のままで帰りたい)

「同じじゃないから、滅びずに済んでいたのに」
「そういう事でバランスが取れていたのに」

 他の動物とて、そうしていないわけではない。
 例えば人が特別その範囲が他より格別に広いだけで、どの動物でもそうなのだ。
 弱きを弄り、食らう事。

「どうして同じことになってしまったんだ。こんなの誰だって耐えられない」
「良心さえなければ」
(良心さえなければ)
「それさえなければ、誰も苦しまずに済むのに」
(食う事も食われることも、そこまで苦痛でなくすんでいるのに)

 知識が増え、感情が増えていったから、それを殊更特別な形にしたがる。余裕ができて、手を広げられ、それで心が満たされることを知ったから、ただ同種が栄え、生きる以外に精を出し始めた。
 傲慢というならば、その行動こそ傲慢といえるだろうに。

 何を可哀そうだと思うだろうか。
 それさえ上から目線の傲慢にすぎないのに。
 たかが1世界でたまたまその席に座れただけの1種の生物如きが。全てを左右できるつもりで。
 何ができるというのだろうか。
 次の瞬間、終わるかもしれないとは考えもせずに。
 自分たちの事さえどうしようもない生き物が、他の生物の事をどうにかしようという驕り。

 そういったような思考がぐるぐると、ぐるぐると、縄のように締め付けてくるのだ。
 そう思い、そう思われ、理解し、されている。ここにいる全てがそうだ。

「それがなければ、ここにさえ立てないというのか」
「貴方はなぜ別種族他人でありながら同種自分なのか」
(全て自分であるようにわかるというのは、全てが家族のように思えてしまうのは。そこに良心さえ乗って、共感さえ乗って、愛情さえあるのならば。もう、それは地獄でしかないじゃないか)

 人だけでないそのあらゆることを、彼女は経験してきて思う。
 同じくその種でないあらゆることを、ここにいるものたちも経験してきていたから。

 殺さねばならない。
 良心に従って殺す。
 殺してしまう。
 殺さなければならない。
 だから壊れる前に。

(私が終わらないように、終わる前に、終わらせるんだ)

 壊れてしまう前に。
 自分が、自分他の動物たちがそうなる前に一思いにそうすることこそ――



 ここにいる生物は全て同じだけの知識と知能と経験がある。彼女だけではない。
 ここにいる全ては、同じく自分を保持しながらも他種族全ての生を通過してきている。彼女だけではなくそういうことで。
 理性も、知性も、感情も、本能も。
 種の幸せも、不幸せも。
 他種の傲慢も、理不尽も、優しさも、気まぐれも。

「殺し合おう」
「そうしよう」

 彼女がそうするように、動物たちもただ殺し殺されていく。
 彼女以外がそうしても、ここの仕組みからすれば無意味にその命はなるまた戻るが、それでも一時の平穏は与えられるから。

「もうだめだ」
「全て終われば、平らだ」

 ここに着た瞬間に体を巡った感覚がそうさせているのだろうとわからされている。
 そう、わからされているのだ。
 わかりたかったわけでもないのに。
 彼女を含めたここにいる全ての動物たちは、体験と――良心を、植え付けれれてしまった。わかり合おうとすることを植え付けられてしまった。争う事の虚しさまでもが。相手への労りが。慈しみが。
 しかしてそれをこそ、善意。

「全てが痛いなら、全部いなくなってしまえばいい」
(失くしてあげることが優しさだから。そうなることを望んでいるとわかってしまうからだ)

 決して、悪意で行われているのではない事もわかってしまう。
 それが何の救いになるだろうか。全くなりはしないのだ。善意だろうが、悪意だろうが、その牙が相手に刺されれば結果は同じ。
 現にそのせいで、善意であるとわかっているから植え付けられて発芽した良心が、ただただ恨む事それだけをその身に宿すことを許してくれない。
 矛盾の感情。
 恨みたいのに恨み切れない。
 彼女も、それ以外も。

「全員同じになってしまったら、もうそこには苦痛しか生まれない。平等になって生き続けるなんて不可能だ。同じ種類でさえ争い続けるのが生物なのだ。奪う事に痛みを感じるのに、自分がなくなるくらい感じるのに、奪う事を止められないなんて!
知識なんて、いらない感情なんて持ってしまえばなおさらだ。でももう違う事にも耐えられない! あぁ! 愛しくて憎い。こんなものがあるせいでこんなものがあるせいで、こんなものがあるせいで!」
「だから殺そう。良心に従って。これ以上不幸せにならないために」
「ああ、でもここでは殺すこともいなくなってしまうことで」

 全ての生き物は他の何かを犠牲にして殺し奪う事で生きている。なんてどこででも聞いてきた風な言葉。
 だからこそ全ての生き物が自分になって相手もどう思っているのかわかるなんて、そうして生きるなんて地獄から解き放たねばならないのだと彼女は思った。

(あぁきっと――わかりあいたい中で、わかりあえないからこそ生きて居られたんだ……)
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