285 / 296
簡単に空になりまた満たされる器 1/2
しおりを挟む幸せだったのだと思う。
幸せだったのだと実感している。
ジョフは自らの過去を思い出す。
ジョフは小さな家庭で育てられた。ジョフは互いが互いに興味がないという両親の中で都合の良いペットのように育った。
親愛の情が向けられるペットではない。モノ扱いという意味に近いペット扱い。
それはつまり、気まぐれに構われ、気まぐれに叱られ、気まぐれに放置される。
気まぐれの元に、飼い主の都合だけを元に扱われる、所有物という意味でのペット扱い。
動物に対する扱いでもなければ、人間に対する扱いでもない。
同じくしてみていればできない扱い。
そんな中で育った。
そして、ジョフはといえばそんな中で育ったのにも関わらず、犯罪等をするような人間とはならなかった。
危なげなものに誘われたことはある。
いくつか、参加したことがないわけではない。
それでも、ジョフは途中まで。
危ないラインが見えているように引き返すのだ。だから、ジョフの経歴に傷はなく、周りの人間の評判もそう悪いわけではない。
ある種の蝙蝠じみた行動ではある。近寄って、けれど深入りしすぎないを繰り返している。交友関係も広いが誰もジョフ自信を深くは知らない。
しかし、問題は起きない。
ジョフは媚びを売るのがうまかった。
ジョフは両親を愛していない。
両親がジョフを子供として愛さなかったように、両親としての存在を認めていない。
ジョフは無償の愛とか家族愛といったものを信じない。
与えられたものはそこら中に転がっているものだと自覚している。
誰しも持っている、気まぐれに、誰かを『自分本位に』救いたいだとか、愛を与えただとか思いたいからする行動でしかないのだと知っている。
勘違いなのだと。全ては、その関係が特別だと思っているが故の。すぐに崩壊する程度でしかないそれを、命綱のように思って握りしめているだけなのだという目でずっと見ている。
だからジョフはその綱を増やしてきたのだ。
頼りないなら増やせばいい。単純な発想だった。
気まぐれに食事を与えられなくなった時、愛想を一応振りまいていた近所の老夫婦から食事をまた気まぐれにもらい、その老夫婦も気まぐれにまたやめて食事に困ったことからそうするように努めてきたのだ。
だからぐれるといった行動にでなかったのだ。
誰かに認めてもらいたいわけでも、世間という風呂敷を広げながらの親という存在への反抗といった風なことに耽溺する気持ちもなかった。それは、効率が悪い事だと知っているから。
ジョフにとってそういう誘いを断らないことは、短絡的に暴力を振るえる者へのコネクションを得る事だけだった。そう認識されているのなら、それは立派な抑止力でその組織に身を置かない距離であれば己にとって有用だと考えていたからだ。
ジョフは自分には理解できないが、この世代の多くはどんなに着飾っていても自らというものを受け入れるものや認めてくれるものに飢えているという事は知っていた。だから、ジョフは人気があったのだ。
誰もジョフを深く知ろうとしなくとも全く不満もない。
むしろそれは、ジョフ自信の考えを肯定してくれるものだ。
誰しもただ自分が気持ちよくなりたいだけだという証左であると認識できた。
だから、ジョフは幸せだった。
もうハイスクールを卒業するころには新たな綱を増やすために婚姻を結ぶ予定もあった。
そして、その流れで子供もできたと知った。
初めて、その将来妻になる女と目が合った気がした。
ジョフはその時初めて――何か、奇妙な感覚を味わった。
心臓が内側から叩かれるような錯覚を受けた。頭に液体をぶち込まれるような。
それは、不安ではない。
言葉にすればつまり。
何か、わくわくしたのだ。
何かが変わるという予感であり、確信だった。
それが何だったのかジョフにはわからなかったが、だからこそ待ち望んでいた。
新しい自分が見つかるような気持ちだったのだ。
何か、強く今までのモノを捨て去らねばならない予感もあったがそれ以上に。
何か、光り輝く道のような――
だが、それがなくなった。
なくなってしまった。
なにがどうしたかはわからない。
記憶には空白があるように思う。
ただ大事なことは、周りには結婚秒読みだった人間はいなくて。
つまり、自分にとって大きな転機を確信させた存在もいない。
それだけが、ジョフにとって大事なことだったのだ。
今まで手繰り寄せてきた綱が無くなったことさえどうでもよかった。
ジョフは決して人間社会において悪性だったわけではない。
どういう思考をしていようが、それが合理的でないと考えていたからだろうが、他者を率先して傷つけようなどとは考えたこともなかった。
誰かを貶めてやろうと思ったこともない。
愛は知らなかったけれど、愛してると囁く結婚相手をないがしろにしたこともない。むしろ、ジョフはジョフなりに一番丁寧に扱ってきたつもりだ――それがどういう思考に基づくものだとしても。
ジョフは何も裁かれるような悪意を社会に示したことはない。
むしろ、ただ安全に生きたいという目的のために善良と呼ばれる行動を率先して行ったことも多々ある。
ジョフは笑った。
ここにきて、何もなくなったのだと自覚して大声で笑った。
悲しみだけではない、そこには強い強い歓喜もあった。
何もなくなったことを惜しんでいる自分に気付いて。
何もなくなったことをどうやら悲しんでいるらしい自分に気付いて。
何もなくなったこと自体でなく、その先をどうやら心配しているらしい自分に気付いて。
『あぁ! あぁ神様! 愛とは、情とは、失ってから強くその身に感じられるものなのですね!』
転機はあった。
違う転機があったはずだった。
恐らく芽生え始めていた。関係性と生活の中で。
もしかすれば、子と共にそれは生まれる予定だったのかもしれない。それをもって新しいジョフとして完成したのかもしれない。
だがもうなくなったのだ、この瞬間に。
ジョフは、人間社会において善良だった。ジョフを知るものの中で、一方的に悪性だと糾弾するものなどいないだろうくらいに。
ジョフはそこに神を見たのだ。
見てしまったのだ。
今まで信じられなかった、身勝手の権化でしかなかった『愛情』と呼ばれる存在が不確かだったものを、違う形で自分を通してはっきり見ることができてしまった。
その日より、ジョフはPKと呼ばれるものと化した。
それは善良なる意識からである。
『この場所は素晴らしい! 何度も何度も繰り返し愛の実感を得ることができる。きっと、それを与えることこそここで目覚めた自分の使命なのだ!』
ジョフはその日より、誰かを殺さなかった日はない。
ジョフは幸せだった。
その胸に、ただ平和に生きたかったから這いずり回ったかつてのジョフはいない。
その胸に、幸せの綱を掴みかけていただろうかつてのジョフはもういない。
ただ、今ジョフは幸せと使命感に包まれていて、無償の愛をばらまくばかりだ。
やめてくれ、という声は届かない。
制止の声など響かない。愛を知らない気まぐれの声に等しいものでしかないからだ。むしろ、そういうものこそ失うべきだと考えて、優しさでその心臓を止めるのだ。
ジョフにとっての正義で真実は、失うことで知る愛が全てなのだから。ジョフはそれをただ与えたいだけなのだから。
誰かがそれを壊れているといったとして、誰がそうしないことこそ正常であると示すことができるだろうか。
善意も悪意も、他者が勝手にただそう名付けるモノである。
殺すことも愛を知らす行為であり幸せ。
向かってきて殺されるのも愛を知れて幸せ。
ジョフにとってこの場所とは愛によってできていて、愛によって包まれている。
じりじりと焦がす愛が、そう思えと言っているのだからそれは正しいのだ。
ジョフは幸せだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる