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鬼の首54
しおりを挟む死者が蘇ることが間違いだとか何とかいう、おためごかしを言えるような感情じゃない。
もう一度、共ににあれるなら、それは素晴らしい事なのだ。少なくとも、それが啓一郎にとっての真実だ。
望んでも望んでも、叶わぬ夢の光景だった。
しかし――ここには犠牲者だらけで。
加害者と被害者を一緒くたにして、鬼という苦痛に縛られた存在のままにしてよいのだろうか、などという思いがいくつもいくつも湧いてきてしまうのだ。
それは、家族も。ついでに、友人たちもであって。
鬼という存在に落として、人間であった自分というものをなくしながら魂を侵されて。
自分の支配下で、生きなければならない。
それは、一時的なものを越えた先に――幸せと呼べるものになるのだろうか、という。
そんな思いが、どうしたって啓一郎を苦しめるのだ。
人として、鬼を退治するのか。
鬼として、闘争の日々に全てを巻き込むのか。
人として、弔うのか。
鬼として、食らうのか。
今再び、親しきものの死を味わうのか。
今再び、親しきものを失わないために死を味合わせ続けるのか。
選ばなければいけない。そうしなければ流されるまま、終わるまでダンジョンという場所でぐだぐだと浪費した挙句の果てに――また、啓一郎の意思は関係なく終わってしまうだろう。その時どうなるか、介在の余地はなくなってしまうだろう。
元の2択のように、逃げて終わる選択肢はないのだ。選ばなければ、ただ流されるままに。
ずっとずっとそうだったように。いつの間にか決まってしまう。
せめて、選びたいと啓一郎は思った。
選ばねばならないと思った。これだけは、流さるまま、よく関われないまま中途半端に絡んで終わるような結果でありたくないと。
苦しむのだろう。苦しまねばならない。
どちらを選ぼうとも。納得などできようはずもない。そういう選択肢だった。
それで納得がいくのなら、復讐など志さなかったろうから。
『悩む事なんて、ないですよ』
(代子……?)
声が聞こえる。
落ち着く声だ。落ち着いた声だった。今まで内部にいても、竹中等や他の支配下にいるものたちとは違い、沈黙を保っていた家族の声だった。
それは、無視しているだとかそういうものではなく、そっと見守るような気配であった。感じなれた、日常の気配だったのだ。
声を出しても、それは変わらない。
仕方のない人だなぁ、というような、優し気で突き放すことのない付き添うような温かな。
『我儘にいきましょう? だってあなたは、元々マイペースな人じゃないですか。気にしなくて、いいんですよ。だって私たちはもう、終わった存在なんですから』
(……それは、)
『まぁ、でも……でもですよ? 私はほら、啓一郎さんの特別じゃないですか。一番ですよ! 凄くないですか?』
(一番には子供も入るが)
『今そういうこと言います……? 乙女心がわかってないですねー!』
(乙女……? お前、自分の歳を考えろよ。俺と同じならお前も)
『あー! あー! いつまでも心は乙女なんですぅ―。男の人だって心は少年っていうでしょ! それに、終わってるから啓一郎さんより若いままですもん』
(うっわきっつ)
『なにがきついか転がしまくるぞ』
在りし日のじゃれ合いのような会話。
ちょっとしたことだった。それは、なんてことないことだ。
たったそれだけのことで、驚くほどに啓一郎の頭はすっきりとしていく。
『まぁ、だから……特別なので。私は、私たちは、どう選んでも貴方の味方ですよ』
(代子)
『ちょっと文句言ったりはするかもしれません。だいぶ言っちゃうときもあるかもしれませんけど』
(台無しだな!)
『でも、仕方ないので結局許してあげます。何を選んでも。だから、心が決めるままにいきましょう? 貴方が決めることだから、私たちはどうなっても納得できるんですから……』
黙っていたのは。
喋らなかったのは。
きっと、こういう気持ちが湧いて仕方なくなってしまうのだと見抜いていたのだろうと啓一郎は思う。邪魔をしたくなかったのだろうと。己の心を、そういうものに左右されずに決めてほしいと。
離れがたくなってしまうという、この湧き出てくる気持ちに。
ただ、支配下のものに左右されそうになっていたからだろう。だから、バランスをとるように。
『少しだけ。私と、子供と、馬鹿で阿呆で滅茶苦茶やりやがりました懐かしい友達から』
(あぁ)
『えーっと。久しぶり? なんか今更でしゃばっちゃってごめん?』
(死ね)
『酷くね!?』
かつてのようやり取りを、間に緊張感のようなものを漂わせながらではあるが交わす。
(言われて仕方ないような事ダブルでしやがって)
『あー……いや、うん。ごめん。あの、でもさ……俺はやっぱ、あれと一緒にされるのは嫌だし、このままお前らといて幸せを感じるってのも違うと思うんだよ』
(綺麗事太郎め。まぁ、いい。わかった次)
『ザツゥ!』
それは、かつてのようで、もうかつでではない。
かつての再現をお互い努力してするような、少し悲しいモノ。だが、お互いそうあろうという努力するくらいには、思いあう欠片をまだ感じ取れるものでもあった。
『私は別にいうことないよ。私は勝手にやった。勝手にやればいい。何を言う資格もないだろ』
(それはそう)
言葉は軽いが、中身は違う。言葉の通り、許したわけでもないし許すつもりもない。
強要されても聞くつもりなどはないし、何かしようとしたなら黙らせるくらいはするだろう。
『それでいいの? いやもう……ごめんほんと、年月たってもごめんも言えない子でさぁ……』
(親気取り気持ち悪っ)
それでもかつての友人たちとのやりとりは、また一定の安定効果をもたらした。
興奮した、あるいは絶望で早まった鼓動を落ち着かせるように。刷り込まれた過去の平穏が、その効果を確かに持っていた。
『うーん。この、どうでもいいやりとり。いいですねぇ』
(いいのか? いいのか……)
『いいんですよ。恨みつらみがあろうが、殺し合ってようが、軽口を叩ける関係が残るっていうのは。奇跡みたいなものじゃないですか』
(随分安っぽいというか、軽い奇跡だなぁ)
『それも、らしいでしょう。重いものなんて、追加でもってはいられないでしょう?』
(それもそう)
『私も短く済ませようとちょっと考えたりしましたが、ちょっとでしゃばりますね』
(今まで大人しかった反動かな?)
啓一郎にとっては、すべて忘れて続けていたいような会話のやりとりだった。
かつての友人たちのそれとは違った、嬉しいが寂しい、楽しいが悲しい、そんな複雑なものが順番待ちしているように次々やってくる会話。
『私、あなたの事が好きですよ。ずっと、死んでも好きでしたよ。
だからこそ、私は――あんなのと一緒になるなんて、死んでもゴメンという気持ちが強いです。
私、こう見えて一途なので――わかってますよ。あなたは、心の中では決まっていたんでしょう?』
『お父さん。僕は、次もお父さんとお母さんの子供でいたいな』
『だから、私とこの子で後押ししますよ。家族ですから』
(……)
十年もいることができなかった。
そんな家族だった。
熟成したとは言い切れない、しかしきらびやかな。
今となっては、眩しすぎて目もうまく開けられないくらいの。
『お父さん――やっつけちゃえ!』
『今、貴方の復讐の日々がようやく本当に終わるんです、これで――やっちゃいましょうよ、こんなファンタジーがあったんです、次だってきっとありますよ。その次を始めるために、今終わらせましょう』
(最初の邪魔しないわ! みたいなムーブはなんだったんだ? ……結局、選択を後押ししてるじゃないか)
『特権、ということで。惚れた弱みというでしょう? 先に惚れたのはあなたですけどね! あなたの負けですよ、やーいやーい!』
(それ毎回いつまでたってもどっちがって言いあって終わらなかった奴だろうが、ここぞとばかりにいいやがって)
『ふふ。そうです。ずるい女なので。そういう事で――気持ちよく送ってくださいな。もう……随分前に終わっていた事なんですから』
(そうだな。そうか。じゃあ――それも、仕方ないな)
『仕方ないですねぇ』
(仕方ない)
名残惜しい。だけれど、それに足を差し出して引かせるわけにもいかなかった。啓一郎は、そんなのは格好が悪すぎるから、などという思考が浮かんで苦笑する。いまだ、大事な相手には格好がつけたいという心は剥がれ落ちていなかったらしい、と。
不思議な小瓶を手に取って、中身を呷った。
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