258 / 296
鬼の首44
しおりを挟むぐらぐらと体の底だけ煮え立っているような不思議な感覚の中、思考は巡る。
天秤は何故己をやすやすと殺したくないのだろうか。
それはなぜか。
どうして回りくどい事をしているのか。
それはなぜか。
まるで情報を与えて誘導しているようだ。
絶望していくように。
(諦めさせたい?)
一緒にいられるようにとも言っていたと啓一郎は台詞を反芻する。
最初の絶望から、更に進んだところでもしそんな誘惑をされたら――乗ってしまったかもしれない、と思った。
では、目的はそれなのだろうか。どうして?
どうやって?
殺さない。という理由は、思いついた。
ここでは、殺すことに意味がないからだ。殺したところで、諦めない限りは――いや、限界はあるはずだ、と思った。
適正はあるが、啓一郎は死ぬたびにその代償を払ってきた。それにおかしなことに、先ほどの記憶の復帰に伴って削られた全ても戻ってきているのだ――そちらの方が都合がいいのだというように。
だから冷静になったのだろうか。
とふと思い立つ。
何か、ちぐはぐになっていってる事を自覚している。戻されたことで、逆にだ。
腹の底にあるものは、きっとずっとあった。戻されることで、形がはっきりしてしまって動いたのだとなんとなくわかってきていた。ためていたものがなくなったから、急いで戻しているような。いきなり空腹なってしまったから、急いで食べてでもいるような。
ここに立つ前の、体が変わっていく感覚。
鬼。
鬼になるような。
その存在をより知覚してしまったような――
「いやになる。あぁ、本当に嫌になる。私、こんなんだったんだ」
「はぁ? クソアマ、てめぇみてぇなのと一緒にするなよ低能メンヘラ雑魚迷惑製造機がよぉ。てめぇのそれは何の役にも立ってねぇどころの騒ぎじゃ無かったろうが?」
吹き出しそうになった。ブーメランの投げ合いをこんなところで見せないでほしいと思った。
ただでさえ、何か笑い出しそうな気分なのだから、と。
「切り捨ててやろうか、マジでよぉ」
「できもしないくせに……だから、こんな回りくどく利用して絶望させて優位に立とうとしているんでしょ。わかるよ。嫌だけど、似てるからわかる。支配下というよりさっきまでは一体化に近くなっていたんだからよりわかるよね、それは」
「てめぇ……」
「わかるのが自分だけだと思った? はは、不様だねぇ? 意地汚い真似は得意なんだよ! お前と同じでな!」
「黙れ」
パン、と強く踏みつけすぎたからか圧縮された逃げ場が無くなったか。頭は叩きつけられた水風船のようにはじけ飛んだ。
「再生しなくすることはできんだぞ? あ? 苦しみにあえげよ」
くるりと、天秤がこちらを向いている気がした。
気がした、というのは、その時啓一郎は竹中の方を見ていたからだ。
じっと、竹中がいつの間にか浅井ではなく啓一郎の方を見ている。襲い掛かるのも助けに行くのも堪え、できずにただ見ている。
ゆっくりと余裕を見せるように浅井を放置して歩いてくる天秤を改めてみれば――家族もまた、啓一郎を見ている。
じっと、見ている。
どくり、と心臓が跳ねた気がした。
それは、強い感情による作用。
特大の餌に、体に染みついた鬼が反応した気がした。
雨宮啓一郎という人間をその情報だけ第三者が見た時、劣っているとみることは難しい。
まず、身体能力が極めて高い。
その高さはどの分野のスポーツでも驚愕を通り越して冷めるほどの速度で習得し、頭角を現すことができるだろうというインチキさをもってさえいる。
記憶力も悪くない。
本人にそこまでやる気がなかっただけで、勉学に傾倒していればそこそこ以上の成果を出すことができただろう。
超常現象においてもそうだ。
時に理解を示し、時にそれに適合していき、時に一定以下なら無意識に干渉をはじくほどの強靭さを持っている。
容姿も美的センスには個人差はあるだろうとはいえ、よろしい。
身長は高く、手足のバランスも良い。顔に関してもおおよそほとんどの人に威圧的という印象はぬぐえないながらも優れていると評されるだろう。
優秀。
優秀である。
特に身体能力については天才というより――化け物のそれである。人という枠を逸脱しているといっていいのだ。ここに来る前には天秤という存在のそれには届かないとはいえ、少々の油断か慢心さえさせていれば殺すチャンスが発生するくらいには迫っていた。
――では、そのあらゆる優秀さは、優れたる全ては、啓一郎という個人を救ってくれただろうか?
情報以外をも知っているものがそう聞かれると、恐らく肯定しがたいものとなる。
力を持っている。
頭も宝の持ち腐れ状態とはいえ、そう悪いわけではない。
容姿も良い。
学生の頃は少ない時もあったが基本的には行動力もあって、相手に合わせることも苦手であったが改善する前向きさを持っていて――
性格だって、特に目立って悪いところもない方だろう。少なくとも、優しさというものを知っているし、むやみやたらに暴力も暴言も他人に率先して振るうタイプでもない。目的のために切り捨てたといいつつ、慮ることをやめられない人間でもあった。情を捨てられないのは、嘲笑と短所どちらもともとれるが。
子供好きであり、無駄に人と敵対することを嫌っていて、ただ、好きな人と平和に暮らせれば特に贅沢なども必要ない――
力を持っている。
力を持っていた。
他人に羨まれてもおかしくない力を確かに持っていた。
ただ情報だけ、外身だけを知っているなら『あぁ、それだけ色々と持っていればさぞかし輝かしい道を歩いてきたのだろう』と想像してなんらおかしいことはない。
――ただ、実際それらは、啓一郎自身を何一つ救ってはくれない人生だった。
どれだけ優秀だろうが、自分のせいもあるが忌避され続け、孤独で。
力があろうが、容姿が良かろうが、初めて深く友人だと思った人と出会うのは学生も終盤である。そしてそのものたちとの問題に深く介入することも、役立つこともできず。むしろ、本当は蚊帳の外気味で。
それでも残った大事な人は、その力で守ることさえできず、幸せの結晶は全てが目の前で砕け散っていて。
そうしたそれを、せめて始末すると決めた。そしてそれは達成はした、したが――そのころにできていた小さな友人で、子供のようにも感じていた存在を守ることもできなかった。
それ以外も、いつだってそうだった。
助けられない。辿り着けない。
間に合わない。すり抜けていく。
自分だけは生きている。大きな後遺症等残ることもなく。
友達も、家族も、仲間も、助けを求めてきた子供も、行きずりの相棒だったりした人間だって、いつだって、誰だって。
啓一郎は間に合わないことばかりの人生だった。
大事なことには何一つ。
ただ壊すことだけが得意なまま。
力がある。
力がある?
それでなんだというのだろうか、啓一郎は思う。
色々、トラブルというか、事件というか、そういったものに異常に関わってはきた。
まるで、物語の主人公のように、吸い込まれるように関わってはきた。
けれど、それだけだ。
『関わってきた』だけなのだ。
間に合わない、いつも。
届かない、いつだって。
中心にいるようで、ずれた場所にしかいられなかった。
原因を殺しせしめることだけできたとして、何も残らなければ己一つ救うことができない。
だから、後悔はいつだってこびりついて落とせない、増えるばかり。
見ないふりをする事の優秀さえなければ、その瞬間身動きが取れなくなるくらいには重い、生きるたび重くなっていくくらいにはずっと。
雨宮啓一郎という人間を見て、ほとんどの人が優秀であるとみてくる。
本当に欲しいものは何一つ手に入らない、啓一郎という人間を見て。
破裂した。
啓一郎は、自分の体が内側から砕け散ったような空想をしてしまうほどの衝撃を受ける。
強い強い熱が、凍えるような冷気が、矛盾したそれぞれが体を塗りつぶしていくような、不快でいてそれでいてそうでありたいような。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる