上 下
249 / 296

鬼の首39

しおりを挟む

 普通。慌てもしない。恐怖もしていない。ただ、淡々と、それは日常みたいに。不満をこぼすどうしようもない奴の話をただ聞いているみたいに。たまに、行き過ぎた言葉を諭すように。

「祥子はさ、性格悪いくせに、それを偽悪的にふるまって『実はそうじゃないんだよ』と思わせようとするからよくないんだよ。ずっと」

 またぴたり、と浅井の体が止まった。あり得ない言葉をいわれたように。あるいは、図星を突かれたように。
 啓一郎は、竹中という人間が、浅井祥子という人間に対して愚痴を言ったり心配したりしているのを見たことはあるが――ここまではっきりと、貶めるような言葉をはっきり本人にいうところを見たことがない。それは、付き合いが浅いからかもしれない。が、そういうような人間には思えなかった。だから、言われたわけじゃない啓一郎すらちょっとぎょっとして竹中を凝視してしまう。

「性格悪いだろ。知ってるし、ずっとそう思って友達やってたよ。言葉が悪いとかじゃあなくて、もっと、根本的なもの。
だから――俺を近くに置いて安心していたかったんだろ。それすら、性格の悪さの発露だもんな。自分より下を見ると安心する気持ちを持ってたかったって理由と、特別じゃないけど自分のものを奪われるのはいい気持ちがしないから、くらいなのに酷く強い独占欲。でも近くにいる見下している奴が、人気者になりすぎたり滑稽じゃなくなったりするのは嫌だからそういう存在であるように」
『う、うるさい! 違う。違う! 私は性格悪くなんてない。ない! お前だろ、お前がもともとできなくて、馬鹿なんだろ! だってそうしなきゃ、そばにいなかったくせに、なにもできなかったくせに逃げたくせに、逃げてどうしようもないのに戻ってきたりする恥知らずのくせにっ……』

 支離滅裂になっていくそれは、啓一郎に対してと同じようで違う。どちらかといえば、それは個人向けの――ありきたりな喧嘩のようなヒステリーであるようにしか見えない。怒りだけではない。恥ずかしさとか、見るからに、そういうものを覆い隠したいからこそでもあるものだった。
 浅井のその姿に、どこか誤魔化したい子供を啓一郎は幻視する。

「怖がりで、寂しがりで、自尊心がやけに高くて、内側がどろどろで醜いといっていいレベルだ。そして、そんな自分を何より認めたくない。見つかりたくない。見せたくない――だから、そんなふうにまでなった。なれる力を持ってたのが、そもそもの間違いだったんだろうなぁ」

 浅井は、竹中のただ吐かれたため息に、びくりとするような反応を見せる。
 姿だけで見れば、滑稽さを感じるだろう。

「ある意味不幸だったのは、自分のそれが醜いし嫌なものだと思ってしまう事だったのかもしれないね。
助けてくれた人に、何より感謝しなきゃいけない、そうじゃなくても、負の感情を向けるべじゃないという事はわかっていて、そう思えず――まず、とても嫉妬とか殺してやりたいような気持を抱いたんだろう自分を認めてあげられずに蓋をしちゃったのが、間違いだったんだ」
『だって、だって、がっかりするじゃんかぁ。離れていくじゃんかぁ……だって、いなかったじゃんかぁ……どうして私の前にこなかったのに、代子には来るんだよぉ。どうして、私にできなくてあの程度の奴にできるっていうんだよ、変えていくんだよぉ。ずるいじゃんかぁ、そんなの、ずるいじゃんか!』

 爆発。つつかれたことでか、それに呼応するように啓一郎には見えてなかったが、竹中には見えていたらしい不満が噴出すると同時に、現実にも感情によるものか、ただ制御すらできなくなっているだけかびりびりとした衝撃があたりを走り回る。

 啓一郎の皮膚がぴりつく。そして頭から押さえつけられるような感覚に、四方八方に引っ張られる感覚。優秀な肉体を持つ啓一郎でも吐きたいほど気持ちが悪くなってくるそれ。堪えるようにいったん下を向いて唾を吐き出して、気合を入れてて立て直す。そして、思わず耐えきれないだろうと心配して竹中を見ると、想像通り耐えきれなかったか吐しゃ物が口の端から漏れ出ているようだ。それでも、倒れもせず、まっすぐ浅井から目をそらさず立っていた。こんなことは、取るに足らない、気にもしていないというように。

『可愛くて? 汚いものに触れてもそうならなくて? 人間不信じみてみてても心根では信用したいという気持ちをもってて? そうであっても好かれて、であって、成就して?
私みたいのも、信用しちゃって?』

 圧力が増す。
 竹中の膝が意思に反して耐えきれなかったががくりと折れる。
 啓一郎は、慌てて何とか近寄ると、気持ち等など考える余裕なく自然とそれを支えていた。一瞬だけ、目が合う。その顔は苦笑していた。

「ごめんよ。ごめん」

 小さく呟かれた言葉は、啓一郎に向けてだろう。
 それ以外、言える言葉がないというようだった。

『馬鹿にしてるのか。馬鹿にしてんのか!?』

 もう、視線は戻されている。ただ、支えているくらいしかできない。

『私を、馬鹿に!? 馬鹿女だろうが、よっぽど! いっつもそうだ、お前も、周りも! あいつみたいなのが好かれて、好まれて、囲まれて、幸せの切符をつかみやすいようにできてるっ。私みたいのは、私とか、そういうのはっ、いつだって貧乏くじだ。切符を得る、そのチャンスさえ提示されないっ』

 浅井の崩れる速度が増しているように見える。
 それは無茶をしているからだろうか。それとも既定路線なのだろうか。

『あぁ、そうだ。そうだよ! 羨んで、嫉妬した。憎んだ。そうだよ。何が悪いの? 何が悪いわけ? 見せつけるみたいにきらきらしちゃってさぁ……そう思って、八つ当たって! 言い訳しながら貶めることの? 何が悪いってんだよっ! 結局、全部乗り越えちゃってさぁ! じゃあ、いいだろ!』

 その浅井が、開き直ったか、怒りで全てを誤魔化すことにしたか、ヘドロのような感情を隠しもせずに吐き出しながらどすどすと苛立ちをアピールするように近づいてきていた。
 離れよう――とその意思を伝えるように竹中を引っ張ろうとするが、竹中は視線はそらさぬまま首を振った。それでも、如実に伝わる。動かない、そのつもりはない、と。
 どうしてか、危険なのはわかっているし、そうしたほうがいいとも思うのに、無理やり動かすことはできなかった。

 を。
 遮っては、いけないと思ってしまったのだ。友人であるのに。ここにいるから、当事者であるはずなのに。ここには3人しかいないのに。そう、思ってしまったのだ。

 啓一郎は、もう感情がどういう方向を向いているのかもわからなくなっていた。余裕もなく、鹿状況に、もはや不自然を感じることもない。

『そんな、そんな汚い自分を認めたくない事の、何が悪いってんだぁっ! あぁ!? 綺麗であろうとして何が悪い。私だってそうありたいって、綺麗になろうとして、そうだって思う事の何が悪いんだよ……そうなるはずだった。そうなるはずだった! 何もかも、そうなるはずだったんだっ! 綺麗に収まるはずだったんだっ。間違ってるってんなら、間違ってたっていうんなら、どうすりゃよかったのか言ってみろぉぉぉっ!』

 興奮したからか、ぼろぼろとより自壊の激しくなった、しかし人という生き物を殺すにはいまだ容易い暴力が感情のままに、大きく振り上げられて――

「言えばよかった。嫉妬してます。悔しくて仕方ないしムカついたりもしますって」

 振り下ろされる前に、その言葉で、停止した。
 思わぬ言葉を言われたのか、すとんと振りかぶられた浅井のその腕が切れたように落ち、理解できないという調子で後ずさりさえしている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

練習船で異世界に来ちゃったんだが?! ~異世界海洋探訪記~

さみぃぐらぁど
ファンタジー
航海訓練所の練習船「海鵜丸」はハワイへ向けた長期練習航海中、突然嵐に巻き込まれ、落雷を受ける。 衝撃に気を失った主人公たち当直実習生。彼らが目を覚まして目撃したものは、自分たち以外教官も実習生も居ない船、無線も電子海図も繋がらない海、そして大洋を往く見たこともない戦列艦の艦隊だった。 そして実習生たちは、自分たちがどこか地球とは違う星_異世界とでも呼ぶべき空間にやって来たことを悟る。 燃料も食料も補給の目途が立たない異世界。 果たして彼らは、自分たちの力で、船とともに現代日本の海へ帰れるのか⁈ ※この作品は「カクヨム」においても投稿しています。https://kakuyomu.jp/works/16818023213965695770

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

魔人に就職しました。

ミネラル・ウィンター
ファンタジー
殺気を利用した剣術の達人である男、最上 悟(さいじょう さとる)。彼は突然、異世界に転移してしまう。その異世界で出会った魔物に魔人と呼ばれながら彼は魔物と異世界で平和に暮らす事を目指し、その魔物達と共に村を作った。 だが平和な暮らしを望む彼を他所に魔物達の村には勇者という存在が突如襲い掛かるのだった――― 【ただいま修正作業中の為、投稿しなおしています】

処理中です...