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おもちゃは はこを とびだせない
しおりを挟む鬱陶しいと思った。
煩わしいとも思った。
抜け出したいと繰り返し。
だからといって、やめることはできない。
それ以上に、恐ろしいから。
トムは、ただ笑顔で居続ける。
それ以外できない。
ヒーローだから、ヒーローで居続けるしかない。
トムはコミックや映画で見るようなヒーローが、とても好きにはなれない。
嫌いなわけではない。元から嫌いだったわけでもない。
ただ、照らし合わせて『哀れだ』と勝手に思ってしまって、楽しめなくなるというだけの話だ。見たくなくなるのだ。とても、それはもうとても。
そして、この恐ろしさと付き合っているかもしれないというどこか縋るような気持ち。
惨めさ。
「トム? トムは僕らのリーダーで、ヒーローさ!」
「あいつがいるとなんでも楽しいし、苦しい時はいつだって助けてくれるんだ。まともなやつであいつを悪く言うような奴はいないよ」
トムは恐ろしかった。
その恐ろしさを知ってしまっていた。
だから、笑顔でいることをいつまでたってもやめることができないでいる。
それを単純に喜び続けることができたなら、どれだけ幸せだったろうかと考えることもある。
もっと、もっと、自分自身が単純な生物であったならと。
(今は、きっとそういうやつはこうならないんじゃないか、とも思ったりするけど……いや、そういうのが好きなのもいるかもしれないな……)
それが、自分という存在をいつまでも押し込めてしまう事であると理解していても。
決して、止めることができない。
決して。
その恐怖が、ぬぐい切れない限り。
1人では不可能だと思っていて、周りの協力なんて得られるはずもない。周りに人はたくさんいるのに。友人を名乗るものも、親友を名乗るものも、自信を取り合う異性だって。けれど、誰も。
だから、彼にとってこの恐怖は永遠にも思える。同時に、いつ終わってしまうかわからない次の瞬間終わってしまいそうな恐怖でもあった。
「トムの事は好きよ。だって、あんなに輝いている人はいないもの」
「かっこいいってだけの人ならたくさんいるけど、それだけじゃないのさ。それだけなら別の人を好きになってる」
「……優しい、空気がするから」
「トムはアタシを決して一人にしないでくれる」
物心ついたころには、トムは中心にいた。
皆が、トムを頼る。
トムはそれに答える。
やり続ければ必ず結果が訪れる。
皆はそれを賞賛する。
それを過剰に、理不尽に、異常なまでに妬んだりするような存在はでてこない。
ご都合主義のぬるま湯のような、そんな。用意されでもしたような、そんな。
物心ついたころには、その環境は出来上がっていたのだ。
トムにとっての、周りにとっての当たり前。
だから、そうだと気付いたのはもう少したってからの話で。不自然だなんて思いもしなくて。
気付いていなかったころは、ただ得意満面で、そのままだった。
褒められれば嬉しい。
認められるのは当たり前。
わかりあえないことなんてない。
ドロドロしたものなんてなくて。
否定され続けることなんて事もないから、その意味を知らないままに。
まるで作られたように当たり前のように人が勇気と呼ぶらしいものをふるって。
「俺たちならなんだって乗り越えられる。トムと俺たちなら」
「あいつには、誰にも負けない勇気がある。パワーだって持ってるけどね」
「悔しいけど、あいつには叶わないって思わされるんだ」
トムの周りでは、とかく事件が起きた。事件のほうが集まってくるように。積極的に関わろうとせずとも。
その物事には、わかりやすい人物が関わっていて、解決できる道筋が定められているようだった。
人間、生きていれば問題は起こるが、そのすべてが綺麗に解決などすることはないというのに。
トムが関わる事象といえば、まるで決められたストーリーであるように、綺麗に収まってしまうのだ。
勧善懲悪のように。
ヒーローは、必ず悪役を倒して平和にしてから終わるもの。
捻ったものでもない限りは、必ずわかりやすいボスは倒れ、組織は無くなり、残党が燻り続けたりはしない。その影響が残ることも。残ったとしても、続編で解決するものだから。
そうあれかしというように、トムの周りには人が集まった。
決められた役割を果たすように、被らないような性格で、しかし何かしら有能な特徴を持つ人間。
大き目の事件が起こるたびに、それは好意を寄せてくるし1人を選ぶようなこともないが、なぜかドロドロのやり取りには発展しない異性と共に増えていくものだった。
それを粘つくほどに過剰に羨んだり、嫉妬したりといった事する仲間もいない。そういう過剰な形の不和は起きないし、それで仲間が離れたりもしない。
(気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪いのに……!)
だからトムはいつしか、叫び出したい気分のまま生活することになったのだ。
(こんなの、こんなのは自分じゃない。周りだって……!)
自分でない自分がそこにいる。
人の姿をした別の何かがそこら中にいる感覚。
1度気付いてしまえば、それが『誰でも良いのだ』ということを実感するのだ。
たまたま、そこに自分がはまっているだけなのだということが、本能的に理解できてしまうのだ。
マリオネット。
操り人形。
呼び方はどうでもいい。
ただ、糸が見えるようだった。
垂らしているだれかは見えないけれど、確かに糸が。
(仕方ないだろ、それ以上に怖くて仕方ないんだ)
初めにそれに気づいたとき何も考えずに衝動的に逆らった――逆らいかけたことがある。
『聞いてくれ、こんなのは嘘だ。話を聞いてよ。こんなのは嫌だ』
嘘でも。
作られていても。
紡いだ時間は嘘じゃないと信じていたし、友人とは友人だと思っていたから。
産まれてからつかり続けている以外の水が熱かったり冷たかったりすることなんて知りもしなかった。
だから、今まで通りこれも綺麗に収まるのだと――そこから抜け出したく否定している最中でさえ、無意識に。
(無理だよ。僕には、無理だ……だって、拒否される事なんてしらない。本当の否定ってやつを、僕は知らないんだ、知らなかったんだよ……そんな勇気は、僕にはないんだ……)
今でも鮮明に思い出せる。思い出してしまう。夢に見る。
まるで時が止まったようだった。
『え?』
とでも言いたげの。
『ん?』
と首を捻られるような。
『は?』
と冷たい目で見られる感じの。
そして、
『空気を読めよ』
という、糸の先からかしれない、何かもわからないのに感じずにいられない特大の気配。
潰されると思った。
心臓が冷えていく。
魂が凍り付くようにカチコチで震えそうで、気付けば止めどなく流れ出る汗が更に冷やしていくようで。
周りの温度もさめていくのが分かった。さぁ、と波が引くように。
いつも友好的な友人だと思っていた人たちの目から、好意を持っていることを隠しもしないはずだった人達から、ギャラリーのような人たちまでもから、何かが失われて行ってしまう気がした。
冷めていく。
なにより己の体から、事件やそれらの物事に関わる時に得られる力や確信のようなものが抜けていく気も。
このままだと、糸が切られてしまうと感じた。
使っている水の温度が、冷えていく。
ちっぽけな人間になりたいのか?
と、言われている気がした。
今までとは逆転した、全員から気にも留められず、褒められることもない、そんな今よりずっと冷たい当たり前が欲しいのか? と。
だましたのかと冷遇すらされる様が幻視された。
物事を綺麗に解決するどころか、誰も協力もしてくれず、己も解決できるかわからないから勇気を出して立ち向かうこともできず、期待外れだという目すら向けられれ無くなる様。
それは、最終的には必ず受け入れられ、自分が活躍して解決する。賞賛の人生。ヒーローとしてストーリーを進んできたトムにとって全てが崩れることに等しかったのだ。
恐怖。
恐怖でしかなかった。
トムは、この生き方しか知らないのだから。
己が欲しいからと、貫き通すことは、トムにはできなかった。
解き放たれる、ではなく。
切られてしまう。そう思った時点で、ダメだったのかもしれない。
(ヒーローものの話を見ていると、ご都合主義だっていうやつがいるよな。いい気なもんだよ……何が羨ましいんだ。こんな、こんな……)
トムは自分でなくなることを選んだ。それを苦痛に感じて仕方がない。しかし、恐怖に立ち向かう気持ちの強さを、素のままのトムという少年はもっていなかった。
それは――ダンジョンという場所に来ても変わらない。
都合よく地元の仲間が巻き込まれていて、都合よく足りないパーツを補うような人間が新しい仲間になったりして、ボーイミーツガールをここでもやっとけといわんばかりにそうと気付いていれば新しいヒロインまで。
場所が変わっただけだった。トムにとって、ダンジョンという異常事態は、それ単体ならただそれだけ。
流れに乗れば必ず乗り越えられる壁も、都合のいい覚醒もそこにあるのだ。いつも通り。
何が出てきたところで、トムは驚くことはない。
糸に従っていれば、そうなることはわかっているから。
知っている身からすればただただ苦痛で、退屈さすらある見飽きた展開。
ただ、それでも恐怖に負けて今日もトムは何かにとってのヒーローをやるだけの話だった。
少なくとも、今までの経験からすればヒーローもののシナリオの行く末は悪くはならないはずだと――糸の先の何かは、ハッピーエンドを好んでいるらしいと、そうわかったから。
(従っていれば、いたずらに傷つくことだけはないのだ。そうだよ、空気を読めばいい――そうすりゃ、生きていくだけならできるんだから。怖い思いをしなくていいんだから)
と、そう言い聞かせて。
このダンジョンに来て唯一トムとしての収穫らしきものは、同じっぽいような人間がいるらしいことがわかったことくらいだろうか。
自分がそうだからこそ――何かが奥にいることが、わかる。
それを見た時には、
(やっぱり、ヒーローってのは量産品なんだな。男でも女でも、誰でも彼でも、かわりゃしねぇんだ)
ただ、そんなちっぽけな量の納得感を得た。
ネガティブな、しかし抱かずにいられない少量の安心と共に。
「さぁ行こう! 大丈夫! 僕たちに乗り越えられない事なんてないんだから……!」
トムは、ダンジョンという場所で、怯えなんてないような顔をして誰しも希望を抱くよう力強い声を出す。
何を得ようが、関係はない。
モルモットの気分で、いつも通り。
周りの評価とは真逆の、卑屈に、媚びるような気持ちで。
いつしか糸が勝手に切れたり、バッドエンドにされるかもしれない恐怖も抱きつつ。
どこでも変わらない毎日を。
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