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鬼の首17
しおりを挟むただ、その驚きに含まれた感情はプラスばかりではない。
全部がマイナスというわけではないが、どちらかといえば不安とうの負の感情のほうが多いように見受けられた。
浅井は竹中に男女の情は無さそうなものの、決して嫌っていないことがわかるからこそ、啓一郎にとってその反応は意外だ。
本人と同じように、前向きにとらえるのではないかと勝手に考えていたからだ。
「……数日じゃ、どうしようもねぇだろうが。中途半端だ。希望にもなってねぇ」
心配しているのだろうか。
心配はしているのだろう。しかし、それだけではないような感覚もある。
(苛立ち? 焦燥? わからんな)
勘が鈍すぎるという訳ではないが、鋭いわけでもない啓一郎にはこうだと確信をもっていえるほどのものは浅井から読み取ることはできない。
勘が鋭いらしい神田町の事が少し羨ましくなる。そう本人に言えば調子に乗るだけだとわかっているので決して口にはしないが、割と人付き合いについて努力してる啓一郎は最近特にそう思うようになっていた。
「……あいつは、勝手に申し訳ない気分でいやがるだけなんだ。アタシは気にしてないって言ってんのに聞きやしねぇ。そういう所は本気でムカつく」
「強がりたい気持ちくらいは許してやって欲しいもんだが」
「体調崩しまくってまで強がるもんじゃねぇだろってんだ」
後悔、に浅井がかかっているからだろう。
そこに好意があるからだろう。
とは、さすがに本人には言えない。
「……アタシはな、こんなんでも昔いじめられていたし、割と環境自体も悪かった。今だってそうじゃねぇわけじゃないが、昔よりぐっとマシにはなってるからお前にはわからないかもしれねぇけど、昔から運が悪いのも変わんねぇ」
運が悪い。
どこかで聞いた話だ、と啓一郎は思う。
「確かに、今から見ればいじめられるようには見えないな――神田町じゃないが、拳で解決してそうだ」
「昔はもっとか弱い風だったかんな。いい的だったんだろうよ。アタシの不運への対応疲れでいっつも元気もでねぇ状態の有様を清楚だなんだと勘違いした馬鹿どもから妙な好意を受けたってのも手伝った感じだ」
「それでそんな恰好に」
「いや、この格好は趣味だぞ? ……なんだよその目は。かっこいいだろうが」
心底きょとんとした表情から、格好については少なくとも本人の意識的には防衛の一種ではなかったらしい。
そういう服装をかっこ悪いとはいわないし、どういう格好をしようが自由だとは思う。思うが、正直啓一郎は浅井にはその恰好が似合っているとはいいがたいと思っている。
強気を感じる化粧やじゃらついているピアスに目がいってしまうものの、慣れてきてよく見れば浅井の素の顔はおそらく少し幼めであるだろうことがわかる。体格を鑑みても、付き合いが深くなって見慣れてくると、啓一郎は己の体格の大きさもあるのかもしれないが……なんというか子供が強がっている風の感覚を受けてしまうのだ。やんちゃボーズが高校デビューするときに色々アイテム買いあさって手あたり次第つけちゃってるような。
「工大はさぁ、昔っから近くにいた友達なんだよ。一回も離れたことはねぇ。それだけで、アタシは良かったんだ。あんな顔させたくはなかった。アタシで、気に病んで欲しくなんかなかったんだ」
似た者同士ということだろうか。
会話というよりも、独白に近いと啓一郎は思う。
とつとつと、ただ気持ちを落としていくよう。
誰でもいいわけではもちろんないだろう。
「アタシは今より、ずっとずっと弱かったし、暗い考え方によってた。ガキだからな。まぁ自覚できるほど不運で、この世の不幸を全て背負ってますって面ぁしてたのも、きっといじめっ子共の癪に障ったんだろうな。だからって許す気はかけらもねぇが」
「というか食堂で話してていいのか、こういうの」
「聞こえてねぇだろうよ。人も少なくなってきてるしな。確かに普段興味ねぇ癖に、ゴシップじみた話題とくれば群がってくるゴミ虫みてぇな奴は多いけど……そういうのから怖がられてる自覚がねぇのか」
「虫よけ啓一郎君」
「毎度思うけど、お前割と愉快な頭してるよな」
「バカにしてんのかぶっ殺すぞ……!」
「そういうところだぞ」
だからというわけではないが、つい茶化すような言葉を入れてしまう。
前のように、自分語りを聞く価値がないから、と思っているわけではない。
ただ、重苦しい空気にばかりさせても駄目だと。
方向性は迷子気味ではあるが、啓一郎にとっては気遣いのつもりである。
「はぁー……まぁ、あれよ。つまり、ありがちな話ではあるんだ。アタシは、いじめられてた。仲が良かった友達は、アタシを助けようとしてくれた。でも、できなかったし、心が折れちまった。それだけなんだよ。それだけ」
「言葉通りに、恨んではいないようだよな。いや、演技派だったら知らんが」
「恨んでねぇよ。隠してもねぇ。その必要もねぇ。だって、いじめは止まらなかったし、止めようとすることもできなくはなったけど、友達のままだったのは本当なんだ。それでも、少なからず被害を受けながら、友達止めよとしなかったって、それだけでもありがてぇし、強い事だろ……?」
「すまん。俺子供のころから強かったから、あんまり想像できないんだ」
「おい空気読めよ」
「でも、孤独は知ってる。俺は、割と平気な方だったけど、それでも誰かがいてくれたらと思った事は、今思えば正直あるよ。小さい頃は、父の勧めもあってもっとお友達作りに努力したこともあったしな……できなかったけどな」
思い出す。努力して、できなかったこと。
きっと凹みすぎたりもせず、ずっと1人で平気だったのは、父が存命だったからと、今はわかる。
淡々と、熱心ではないが続けていた、途中でなくなってしまった父の教え。
今までは、なんとなくだと思っていた。楽しいからだと。
だが、それはきっと、繋がっていると思っていたいからだということに、最近気が付いたのだ。
「だれかがいてくれるってのが、ありがたいことはわかる」
「……そうかよ。心開きゴリラ気持ちわりぃな」
「おいぶっ殺すぞマジで」
「お前の真似だぞ」
「すまんて」
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