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鬼の首13
しおりを挟む竹中工大という男は、幼馴染である浅井祥子という少女に幼いころから好意を抱いていた。
ライクではない意味の好きという言葉の意味を理解したのも祥子という少女に向ける感情を改めて考えた時であった。
浅井祥子という少女は、竹中工大にとっていろいろな感情を教えてくれた存在なのだ。
プラスも、マイナスも。
浅井は、不運な女であった。それは竹中もそう思うし、本人もそう思っているらしかった。
中途半端な不運が喜び勇んで側によって来る、とは浅井自身の言葉である。
不運だ。死なないほどの。死ねない程度の。
不運。
両親が離婚した。
母親はまともで、父親が性格的にまずい人間だった。
不運。
なぜか父親に親権が渡る羽目になった。
偶然に偶然が重なって、どういうわけか母親には親権が渡らないことになった
不運。
そんな父親が再婚した。
再婚したら、なんだか更生したようでまともになっていった。
不運。
事故が起きて死んだ。
今更という気持ちがあって、仲良くできないままだった。
残ったのは、血のつながらない誰かだった。
不運。
母親だった人は更生に向かっていた父とは逆方向へ歩んでいた。
血走った目は、かつての愛情はなかったらしい。
血のつながらない誰かと共にいつの間にかいなくなっていた。
不運。
親戚に引き取られた。
近くにいたが、今まで聞いたことがない程度に疎遠の関係。
そこには、何もなかった。
歓迎する空気も、拒否する空気も。
無関心。世間体のために引き取っただけ。
身体的虐待がなかったのは、せめてもの救いなどいうことは本人には何の慰めにもならない。
不運。
追い打ちをかけるように、いじめが発生した。
たまたま、浅井を気に食わないと急に思い出した相手がたまたまカースト上位だった。
たまたま担任は話を聞いてくれないタイプで
たまたまほんどのクラスメイトの性格がねじれていて。
たまたま小学校自体が隠蔽体質で。
たまたま親戚が最低限生きていれば浅井の状況になど興味がなくて。
たまたまいじめが周りにばれないように周到に行われていた。
たまたま、味方のままだった竹中もどうしてか気付くのが遅れた。
不運。
運がない。削られていく。減っていく。けれど、浅井にとってはどれも1撃では止めにならないような不運。
たまたまだ。幼い浅井本人にはどうしようもなかったものだ。
竹中は、そんな浅井を近くで見ていた。
あの子と居るとよくないことが起きる等といわれる浅井の近くに居続けたのは竹中だった。
笑い顔が年々少なくなることが、竹中は悲しかった。
色々と、気が付けないのが悔しかった。
だから守りたいという気持ちを抱いたのは、そんなころであり。
けれど守れないとわかったのは、そんなときである。
幼くして、しかししっかり抱いたはずの決意は――暴力の前には、あまりに弱かったのだ。執拗な暴力というものは、体にもそうだが、心にも、よく響く。
同じく幼かった竹中には、その暴力以上に延々と自らを縛り続けることになる恐怖があるということなど、わかりようがなかったのである。
漫画や小説のように。
格好良く。
助けたい人を当たり前に助ける。
ああ、輝かしきヒーローとヒロイン。
竹中は、その役割を掴むことができなかったのだ。
浅井はそんな竹中の事を、責めたことはないけれど。
「神田町って、勘がするどい! とかいいながら警戒心薄くない? と思ったらあいつ物理法則おかしくない?」
「壁を素手でぶっ壊しといて皮擦りむいた程度の怪我しかしなかった啓一郎サンがそれいう……?」
「止めは蹴りだぞ」
「違う、そういう事じゃない」
きっと、このくらい強ければ。
啓一郎の事を見て、そう思わなかったことがないかと聞かれてなかったといえば嘘になる。
強さは、憧れだ。
竹中にとって、強さは手が掴むことのできない光である。
「いや、さすがにあの体であんだけ強いの意味わからなくないか? 俺くらいの見た目ならまだ納得がいく部分はあると思うのだ」
「不思議ぱわーだと俺は納得しているんだ!」
「それは単なる現実逃避なのでは……?」
「世界には不思議がいっぱいだもん」
「定期的になんだもん! とか言い出すの本気で気持ち悪い」
「え、ごめん」
周りにいる人間は強い。
自分が異常でありたいとは思わない。弱い目線だって必要だと思っている。寄り添うには自分のようなものが必要だと確かに認めている。
だがそれは劣等感がないという事を意味しない。そも、物理的な強さの面で置いては己が平均にも届いていないということも自覚している。
いつだって、あの時力があれば、勇気があればと思い続けていた。
好きな人だけ、助けられるだけの力を。
その時だけでもかまわないから。
願いに反して、思う力というものを手にしたことは1度たりともなかった。
一般的の範囲でいい。せめてその平均値くらいには。そういう、ただ少しだけでもという願いも。
「それにしても、浅井も俺とか神田町ほどではないとはいえ運動神経いいっぽいのにお前だけもやしなのはなんでだ」
「……いや、俺、強くなろうとした……っていうか、体鍛えようとしたことあるんだよ?」
何故?
というストレートな質問は、いつものもやしという冗談でしかない表現が、己を少し振り返っていたからかいつもとは違って竹中の心の傷にひっかかる。
竹中は、いつも通りめいたやり取りの中で、気を使われるのが嫌だった。
顔に出さないのは、慣れだろうか。それとも、啓一郎が人付き合いに慣れていないからわからないだけだろうか。
なんとか不自然にならない速度で返した返答に、その割には、という視線が刺さる。
竹中は、自分でも冗談のネタにするように、もやしという言葉通りの体だ。
貧弱。
その一言に尽きた。
筋力があるように見えないひょろながの体形。
強さがあれば。
勇気があれば。
何か自分に、少しでも役に立つような力があったなら。
普通であることを卑下していないまでも、そう考える、考えてきたような人間だと知っていたのなら、明らかに不釣り合いの体形だった。
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