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鬼の首4
しおりを挟む食堂にてゆっくりと昼食をとっていると、後ろからふと『あ』という声がした。
したことには気づいていたが、自分に話しかけているとは考えもしなかったため、啓一郎がそのまま食事を変わらぬ速度で続けていると、隣に1人の女が勝手に座ってきていた。
じぃと視線を感じる。
感じるが、どうでもいいことかと食事をそのまま続けた。
「わぁ、ここまでの無反応は初めてですねぇ……」
でかい独り言だ。
思いながら、視線も向けずに沢庵をかじる。
塩辛い。はずれだと思う。そういえば、前回利用した時も同じことを思った気がして塩辛さよりもその事実に顔をしかめた。今度は忘れまい。そう心に決める。間の沢庵は昼食を楽しむための大事なキーパーソンたりえるのだ。沢庵の質が悪いと啓一郎はなんだか萎える方だった。
「おぅ、表情怖いですね」
なんとなく知っている声な気がした。もしかしたら、知り合いかもしれないとちらりと声の主の方に視線だけを向ける。
「お、ようやくこっち見ましたか。こんにちはー」
手をひらひらとふっている見栄えのいい女。
確かに見覚えがあった。
「お前は……田中」
「いや誰ですか……指をささない。違います。私、ノー田中、ね?」
「そうか」
そうか。じゃあ知り合いではないのかもしれない、じゃあわざわざ今相手をする必要はないのでは? そう思いながら食事再び集中しようとする。
「いやいやいや! 諦め早くないですか? 田中ではないけど! 覚えてないんですか? え? 本気で?」
「……山田?」
「田中じゃないなら山田だったとかそういう落ちなわけないでしょ……って食事だけ集中モードに戻るのやめてくださいよ。相手をしましょう、私の……めんどくさそうな顔しないで?」
ここまでないがしろにされれば怒っていなくなるなりしてもおかしくはないが、女はどうも啓一郎とコミュニケーションをとるのを諦めたくないらしい。
仕方がないと嘆息して、沢庵を一度に口に詰め込み流し込みながら食事だけに集中するのを止める。割合的には7対3くらいだろうか。当然のことながら食事が7である。
「話を聞いてくれるのに気を裂いてくれたのはなんとなくわかりますが、それでも食べる方の割合が多いんですね……」
「話の方に集中する理由がないしなぁ……」
「わぁ、本気で思ってる顔だぁ……新鮮な反応ですよほんとに……」
そのあたりで、確かこいつは前の日払い1万円飲み会の時にいた奴かとようやく思い出す。
思い出したが、話しかけてくる理由にまでは思い至らなかった。啓一郎としては、関係はそこで切れたものだった。
「連絡先、渡したのに連絡してこないんですね」
「……?」
「めっちゃ不思議そう」
「用事がないのに何故連絡を……?」
不満そうというよりは、不思議そうな顔をして言ってくる女に対して啓一郎もまた不思議そうに返答をする。
お互いが首を捻るシュールな光景がそこにはあった。
「ほら、私って見た目可愛らしいじゃないですか」
「……お、そうだな」
「可哀そうな目で人を見るのはやめてくれませんか……?」
「いや、別に自意識過剰だなぁとかそういうことは考えてない。そうだなぁ! と思ったからそうだな、と返しただけでな?」
「自意識過剰と思ったでしょう? とかいってないでしょ」
「田中は名探偵だなぁ……」
「犯人がずぼらなだけなんじゃないですかねー。後、田中じゃないので」
そういえば、連絡先を交換したのだと携帯を取り出して名前を見ると、そこには神田町代子と記されている。そうそう、確かそうだった、とおざなりに交換した当時の情景まで含めてようやく思い出した。思い出した映像からは、神田町自身も適当だった記憶があるのでなぜ話しかけてくるのかが啓一郎には本当に謎である。
そういえば、昨日その名前を聞いたようなこともついでに思い出した。
「神田町!」
「どうだ! 当たってるだろう! みたいな所申し訳ないんですけど、たった数日で忘却の彼方なほうがおかしいですからね……? 大体思い出したわけでもなく正解見て答えてるのに何でそんなどうやぁ……って顔できるんですか?」
「神田中」
「誰が田中の神ですか。なんかちょっと思いついたから言わずにいられなかったみたいなノリですよねそれ。やり終えた感出すのやめてくださいよ……というか、割と愉快な人ですね……そこも予想外です」
ごはんを1粒残らず制覇して、お茶を飲む。
さて、食器返却口に投げ込みに行こう! と立ち上がった。
「本気でどうでもいい扱いをされるのは本当にレアなんですけど、全く嬉しくないのはなんででしょう」
そんな声が後ろから聞こえたが、別にどうでもいいので返却をすます。
一応同じ席に戻ってはきた啓一郎に、どこかほっとした様子だが、同時に何か疲れている様子にも神田町は見えた。
啓一郎は、親切心を出した。
「疲れているなら帰ったらどうだ?」
「貴方のせいなんですけどね」
「ははは、そんなバカな」
今日はもう帰るか、と思いながら、視線を神田町にむける。
最初から今まで、ずっと奇妙な視線を向けられていることに啓一郎は気付いていた。
どんな思いであるのか、細かくはわからない。
ただ、恐怖しているという訳でもなく、あまり合わない人間に対して緊張しているという風でもない。
何か、不思議そうなものを見る感じというか、珍獣を観察しているようなというか。何かしら興味があるのは確からしい視線。
(不思議と首を捻りたくなるのはこちらのほうだと思うが)
「それで? 何か用だったか」
「そうですよ。そう聞くのが最初のお話ですよね? まぁ、大した用事でもないんですけどーって、言った瞬間『じゃあいいか』みたいな空気出して帰ろうとするのやめる! ステイ!」
「犬か何かだと思っているのか貴様」
「多分、犬の方が私の話聞いてくれてますよ……」
「ははは、犬に人の言語が通じるかよ。愉快な奴だなぁ、神田中は頭お花畑か?」
「貴方のほうが愉快な頭してると思うんですけどね! 神というならもうっちょっと敬ってくださいよ!」
「やかましい! 食堂で騒ぎすぎるな!」
「うっわ、頭おかしい人に正論言われるのってイラつきますよね……」
そういえば、と。
初めて会った時は、『なんか来たな』程度にしか見られていなかったような視線も思い出す。
緊張感がないといえばいいだろうか。余裕があるといえばいいだろうか。今もそうだが。
(なんとも不思議というか、おかしなやつが大学生になって集まったものだ)
「一応、お礼を言うくらいはと思ったんですよ」
友人の呼んだ友人という位置だからか、恐怖感のようなものはなく、むしろなんか来た程度で警戒すらされていた。
知らないのだから警戒は当然ともいえるが、もともと1人でどうにかするつもりだったようでもあり、余計なお世話という気分だったのだろうと啓一郎は予測していた。その対応自体はどうでもよかった。礼を言われなかったことも、どうでもいい事である。啓一郎としては数時間の拘束の代わりに1万もらえるバイトのような認識でしかなかったからだ。元々、そこまで心配というものをしていないし、する関係でもない。見てそう言うものが必要なタイプにも見えなかった。
それを置いても、まぁ強気なものだとも思う。威圧感がわざとではないとはいえ常に出ているようなごつい、目つきも悪いような初対面の男相手に。何せ、それが虚勢ではなかったようだからなおさら。
「いらんがな。もらうものはもらっているし――何より、おざなりな礼などもらっても嬉しさのかけらもない。玩具の空箱渡されてプレゼントだやったぜ等と喜ぶようなタイプではないんだ。言うタイミングとしてもおかしいしな」
「誰のお礼が空箱ですか。むしろ本体でしょうが。可愛い子がお礼言ってるんだからデレてもらっといてくださいよ、そこは」
適当に言っているという指摘に、ハイ適当にいってますが何か問題でもといわんばかりの態度。
ふてぶてしさも、己の容姿を計算して許される範囲というものを自覚していっているのだろうなという強かさが見える。
だからといって、別段イラつくというほどでもない。
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