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君の苦手な3

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 しかし、当たり前のようにプラスばかりではなくて。

(その代わりに、三郎太はもう、こんなにも小さくなった)

「そろそろ帰ろうか」
「そうだね」

 にこやかに、振り返る。
 その顔は、あまりにも変わっていないように見えた。
 中身はもう、ほとんど三郎太とは呼べないはずなのに、あまりにも本人自身で、ミキには残った記憶のままだった。

 三郎太は、いくら削られても、ミキに対する態度は柔らかいまま。
 ほとんどのものは、大体クリアに積極的になるのだ。
 削られてそうなるものほど、クリアというものに前向きになる。

(つまりは、そういう調整とセットっていうことで)

 それでも、三郎太は攻略に前向きでも、決してミキにクリアを強制しようとはしない。
 日常でそうであったように、いつだってミキを優先してくれる三郎太のままであるように。
 それが、とてもミキには辛かった。
 いつまでたっても、何回繰り返しても、三郎太はミキに対してそのままだった。

(もう、名前も覚えてないのに)

 残っているのは、きっと自分の名前。
 周りの話をしても、そうだっけと困ったような顔で笑うだけ。
 ミキ――仲間内で、そう呼ばれているから、三郎太はそう呼んでいるだけなのに。

(呼び方も違うのに、態度だけが)

 御木本みきもと舞奈《まいな》を認識できていない。覚えていないはずなのだ。
 名前を呼んでいたのだから。

(これを、何と呼べばいいんだろう?)

 好きなモノすら覚えていない。
 辛いものが苦手だって、そういって代わりに舞奈がカレーをよく食べた。
 間違って注文されたり、給食だったり、いつもそうしてきた。
 ミキがカレーを食べるときはハヤシライスを隣で食べて、一緒に食べてる雰囲気だけ出して。そのうちハヤシライス自体が好きになっていたりして。

(好かれていたからというには、あまりに傲慢だ。執着と呼ぶには、あまりに無欲だ)

 三郎太がカレーを食べている。

「またカレー?」
「うん? うん。なんか、懐かしい感じがするんだよねぇ。なんか、見た目的にも?」
(カレー自体を数年以上口にしていないのだから、それは懐かしいだろう。見た目が好きなのは、別の料理が好きだったからだ)

 ミキがクリアする決断をいつまでもできないのは、三郎太が消えてしまいそうだからだ。
 クリアした瞬間に、どうかすれば消えてしまいそうで、三郎太という存在がその瞬間に無くなってしまいそうで。
 在りし日に、夜、家にちゃんと送り届けて安心したような顔をする三郎太がどうしても思い浮かんでしまう。

(そんなことは妄想だって、そのはずなのに)

 そのまま、役目を置いて消えてしまうような想像をどうしても消せない。
 繰り返しても、自然に戻ってくるわけなんてないだろうことはわかっているのに。

(戻すアイテムも、いくら探しても見つからない)
「辛いのは平気?」
「おいしいよ。いろいろトッピングもできるし、飽きなくていいよね」

 ポイント手に入るアイテム。
 使用目的がわからないアイテムを使ってみるようなスレッドを覗いたり、変化で削られたものが戻った情報等無いかなどを調べる毎日。

(逃避だ。これは)
「今日はカツカレーだから別メニューっていいはるつもりかい?」
「いやぁ、何か最近食べたくなって仕方ないんだよね、不思議なんだけど……」
(肉も苦手だったのにね)

 見たくないだけなのだという事は、ミキにもわかっている。
 現実として、結局のところ今いる三郎太という人間が気に食わないだけ。

(だって、この三郎太はもうカレーを代わりに食べてくれないかって尋ねてはくれない)

 いつもあることがなくなる。
 だんだんなくなっていく。
 三郎太という人間は、ミキにとって日常の象徴だった。
 象徴だったから、全てが壊れてしまう気がして、それにすがる。

(いっそ、全部消えてしまえば諦めがつくなんて思ってしまう。そんな自分が確かにいる)

 そんな自分を嫌悪しつつ、そうなれば楽になる自分がいることをしっかり認めてもいる。

(マイナス思考になった私が死ねば、この思いも消えてくれたりしないだろうか?)

 死ぬことは辛い事だけど、もし消えてくれるならそうしてもいいと思う。
 忘れても、新しく出会ったようになっても、また関係をつくっていけると思うから。

(前に進めない)

 自分が進めないことは、三郎太も一緒に停滞させることだから。
 自分のわがままで、いつまでも苦しめることになっているような気がしている。
 他の削られたものと同じように、クリアに向かうように調整されているはずだから。
 三郎太という幼馴染だけが例外的にその処置がされていないなんて、ミキにはそこまで楽観的に考えることはできない。

(君の苦手なカレーライスを、また、いつもみたいに。私が食べる日がくることを望んでいる)

 望むばかりで、どこに手を伸ばせばいいのかわからないままで。

(その日が来るなら、来てくれるなら――きっと、私はなんでもするのに)

 ぼんやりとカレーを食べる三郎太を見つつ、現実味のない事だけを思った。
 いつか終わるその時までの、どこか違ったままだけど、それでもいつも通りの2人の毎日。

「ハヤシライスはダメなのかい?」
「あぁ……カレーのパチモノみたいなやつだっけ?」
「表に出ろ、ぼっこぼこにしてやる」
「なんでそんなに怒ってるの……?」
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