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蟻/I still love you
しおりを挟むそれは蟻に似た生物である。
幾多の世界に唐突に表れる生物である。
いるだけで自動的に世界が消滅するようなものもあるが、この蟻に似た生物のやりかたはそうではない。
ただ、食いつぶす。
生き物を、星を、宇宙を。何でも食べることができる、不思議な牙を持っている。
増えて、食べて、無くす。
それだけの生き物である。
いってしまえば、この蟻事態には何かを滅ぼす気などはないかもしれない。滅びるのは結果だ。
そして、この蟻に似た生物は酷く適応能力が高い。
どんな環境にも素早く適応し、そして次の瞬間には全体でそれを共有してしまう。火の中でも、水の中でも、宇宙空間でも。あらゆる場所が、それらがきた次の瞬間にそれらの生きる場所となる。
生きている時間が長いほどに死ににくくなるこの生き物は、何でも食べる。
生き物でも、火でも、水でも、宇宙でも。
全部食べても、食べることを止めようとしない結果、次々に滅ぼしてしまうという飢餓の生き物である。
所謂、蟻の女王のような個体が生まれることもあるが、必ず必要かといえばそうではない。
また、うまくこれを殺害せしめることに成功したとしても、別のものが発生するだけである。女王を殺害することで、この種を亡ぼすことはできない。
そもそも、女王と呼ばれるような支配権を持つ個体が生まれるのは、増殖が理由ではないのだ。
蟻のようなこの生物は、分裂するように、あるいはその辺から自然発生するように、勝手に増えることができる。
では女王個体に意味がないのか、といえば、そうではない。
少なくとも、この生命体自身にとっては大きな意味というものがそこにはある。
女王個体が発生する理由は、蟻に似た生物にとって1番の愛情を示すための手段なのだ。
蟻に似た生物は、発声器官をそのままではもたないし、コミュニケーションをとるといった行動も難しい。
思考能力がどれだけあるかは不明だ。感情というものをどれだけ感じているのかも。
しかし、1つだけはっきりしている感情がある。
そこにあるのはあふれんばかりの愛である。
蟻に似た生物は、愛によって行動する生き物なのである。
蜘蛛の中に、己の体を食わせるものがいる。
己の子を生かすために、内臓を食わせるのだ。
1匹の自己犠牲によって、多数の子を残すという行動。
人は、そこに自己犠牲の愛情というものを見る。
蜘蛛に実際、そういう感情があるかどうかはわからない。
蟻に似た生物の行動というものはそれに似ている。
蟻に似た生物にとって、食べる事と食べられることは愛情を示す行動であるのだ。
犠牲を強いる愛だ。
そして、それらの愛情というものは広い。
生き物であることにとどまらない。
だから、全部を食いつくす。
自分たち以外がなくなるまで、そうすることを止められない。
愛したいし、愛されたいという衝動を自らの種だけで止めることができない。
たとえ拒絶しようが、それらにそれが伝わることもない。
一方通行の愛である。
何も無くなれば、近くにある同種でさえ愛を伝えあって減っては増えを繰り返すようなはた迷惑な種。
女王個体は、蟻に似た生物にとって、その愛を示す最上級なのだ。
その取り込んだ生物の特徴を持って、自分たちの愛情というものを示す。
それを終えることで、種という関係を通じて一気に愛を広げることができる。
つまり、それをされると種が急速に滅んでいく。
どういう仕組みなのかはわからないが、その先が発生しなくなるのだ。
自分たちは手当たり次第のくせに、独占欲というものが強いのかもしれない。
本来は、食ったものの特徴を出すことができても、その本質、魂と呼ばれるようなものは蟻に似た生物自体であって、その特徴の生物自体ではない。
だから、千都子の子供たちがそうなったのは、このダンジョンの仕組みによるものであろうことは間違いなかった。
だが、どちらにとってもそんなことは関係ないのだ。
意思を受け取る機能がつこうが、ここにいる存在同士はそうする気がない。
千都子には見ることができないが、千都子の子供たちというのはいつだって喜びにあふれていた。
視線を向けられて喜び、少しだけ触れて喜び。
愛されることも知らなければ、捨てられることも知らないのだ。
ただ、好きだと表現することだけがそこには残った。
ようやくそれを伝える手段というものを得たから、子供たちは親に愛情を伝えている。
愛情というものを伝える手段を知ったから、それを返してくれるかもしれないと、じっと見つめる。
返してくれないから、足りないのだと伝え続ける。
それ以外知らないし、知ることができなかったから、ずっとずっと。
拘束しているわけではない、じゃれているだけなのだ。
海という少年もその中で満足していた。
ようやっと、愛情を受け止めてくれる、近くに子供としておいてくれる存在ができたからだ。
愛情を罰だと感じているとは知らずに、子供たちは無邪気に満足している。
だって、この人は1度も嫌だとは言わないから。
子供たちは、自分たちの行動を振り返ることはない。
伝える手段が確かにあるのに、それは伝わらないだろうと諦め、言わなくても伝わるはずだと勝手に解釈して。
好きも嫌いも、伝えようとしなければ伝わらないという事を知らないままで生きたり死んだりした結果、残ったのはこんな関係だけだった。
どちらかが、いつかこの関係をやめようと行動した時、どう思うだろうか。
裏切られた、とその時思うのだろうか。
それは、どっちになるだろう。
それでも、それを愛情だと思ったままかもしれない。
何せ、まだまだあなたを愛していますと思ったところでその時も伝える気はないままだろうから。
それは相手にとって届かない。
思い込んでいて、むしろマイナスであり続けるのなら、捨てているのときっと大差はないのだ。
何かのきっかけで伝えようと考えを変えない限りは、いつかどちらかにとって終わりが来ても、それに気づくことはない。
それはそれで、ある意味幸せなのかもしれない。
自分で完結していれば、それ以上はないがそれ以下もまたないのだから。
閉じられた輪っかの中で、お互い追いついてないことを知らずに、幸せそうにぐるぐると回っていた。
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