十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

文字の大きさ
上 下
165 / 296

あい すてる らぶ うー13

しおりを挟む

 ひっ、と声が出たのは無意識か。
 ぼこ、と、で動いたように蟻の子の表面が確かに動いた。
 ぼこ、ぼこ、と泡が立つように。
 膨れ上がる。
 硬質的な虫の表面を、まるで皮膚の下で虫がうごめき回るかのように何かがうごめきまわる。
 また膨れ上がる。

「う……」

 吐き気を覚えた。
 素直に、その様子が気持ち悪いと思ったのだ。怖気が走る。
 そのさまは、どこか生理的な嫌悪を呼ぶものだ。
 脱皮とも違う、虫がさなぎから羽化するでもない。
 人の成長とも、当然違う。

 ぼこぼこと、内側から硬い泡が破裂しないように積み重なっていくみたいに。沸騰しては次々に泡を連結させていくように、大きくなっていくのだ。目が生え、手が生え、形に合わせて流されていくように。
 奇妙な臭い。
 千都子がどこかで嗅いだことがあるような、ないような。
 それは何か記憶を刺激する。

(どこ、かで……?)

 そこで――すっと、どこか冷静な部分が生まれてしまって、恐怖感が抜けていく。
 不思議な感覚だった。
 膨れ上がる。
 急速に大きくなった蟻の子は、すでに幼体とは言えぬ様であるだろう。プレハブ程度の大きさのそれ。

 いや、もはやそれを蟻とよんでいいものだろうか?
 元から、蟻に似ているだけで別の生物ではある。
 しかし、千都子が今まで見てきた中でもそれは一等――蟻というものからかけ離れている。
 今までは、大きさが変わっても、角が生えている等の特徴がある個体はいても、ここまでかけ離れているものはいなかった。
 だから蟻と千都子は呼んでいたし、ダンジョンの名前が蟻なのだろうと思っていた。

(あぁ――)

 見ているだけで狂気に包まれていそうなそれが出来上がる風景を、千都子はただ別の事に気を取られながら眺めているままだった。
 その体は大きく、醜いと言えた。
 特殊な感性をしているでもない限りは、綺麗と表現できるようなものではない。

 虫のような硬質感をところどころに残しつつ、まだらに肉がはみ出ている巨体。硬質な部分は蟻の名残か、虫らしい黒のような光沢を放っている。かたや肉らしい部分は、人を思わせるような皮膚がついているかと思えば、毒々しい血管のようなものがそのまま蠢くさまが見える状態だったり、ピンクや赤黒いむきだしの肉に毛が生えていたりもする。

 ベーシックは蟻でありながら、その肉と、さらには、ベーシックに相応しくないパーツ群もある。
 小さな、人の手足のように見えるそれがあちらこちらから生えているのだ。
 蟻の足のようなものも生えているが、それも規則性がないことが、また気持ち悪さを覚える。
 そう速く動くことできないどころか、満足に動けないのではないか?
 そう思わせるような、歪さ。

 全体像は、頭が上部付近に生えているものの、なんだかよくわからない楕円の塊である。
 気分でないのか、それとも自力で持ち上げることができないのか。体に対しては明らかに小さめの蟻の頭らしきものが頭についているというか生えているが、だらりと力なく下を向いて垂れさがっている。

 そして、その周りに――千都子には見えない、それでも人のようだとわかる顔がちらほらと産まれていた。
 わしゃわしゃといたるところについた手足や顔が無作為に動いている。
 顔も含めて、子供が自由に動くかのように、固定ではないのかその楕円の体をすべるように移動していのだ。
 固定されているのは、蟻の顔だけのようだった。体が揺れるたびに、それにしたがって蟻の頭が揺れている。

 生物的な拒否感が生まれる風景と気配だが、どこか千都子にはその這いまわっている手足のいくつかに見覚えがあるような気がして、なによりも、見えないその人の顔が気になってしまっていて、素直に他人がそうなるように恐怖や狂気に包まれることはできない。

『あぁぁぁぁ……あぁぁぁぁぁ……』

 声。
 それは、今まで殺し合ってきた蟻にはない機能だった。
 きちきちと牙を鳴らすような音は出してきたが、明らかに音ととして声をだしたことはないのだ。

 いや、千都子にとって、そんなことはどうでもよかった。
 見えないが、それは確かに、いくつかついている人の顔から発されていることがわかる。
 聞き逃せない声だった。その姿が、無視できないはずの、見るだけで精神がやられそうになるような、悪夢が決定づけられるようなその姿自体さえどうでもくなるような聞き逃せない声。

 その声は。その声に。
 聞き覚えがあったのだ。
 忘れようのない声だったのだ。

(そう――そうなるんだ……)

 離れてはいけないものだと、取り戻さなくてはいけないものなのだと、そう思っていると千都子は信じていた。

(結局、私は、逃げていただけか)

 思い返す。
 直視したくないのは、それが蟻だったからだろうか。
 予感があったから、ではないだろうか。

 懐かしい声だ。当然だ響き続ける声は、この数年ずっとずっと聞いてきた声なのだ。人は、他人は。きっとそれは幻聴だから、実際には聞いていないというだろうが、千都子にとっては確かに自分自身で聞いたと思ってきた声なのだ。

 違うとは、否定できない。千都子という存在に訴えかける声なのだ。
 姿からも、音からも。
 いつまでも否定し続けていられない。

 それを目の前にしたのなら。
 自分の半生を思い出す。
 最初の気持ち。
 次の気持ち。
 反省した時。
 ここに来る前の、絶望と諦観。

(私の子供たち、そんなところにいたんだ――)

 同じことをしたのではないだろうか。
 切実に、求めているつもりで。求めているふりをして。

(私は、また捨てたのか)

 自分の元に来た子供を、また自らの意思で捨てたのだと。

(本当は、なんとなく知ってた。気付いてた。だって、顔が見えなくなったんだもの。だって、どこか可愛らしいと思ってた。だって――誰が言うのだと言われても、それでも私の子供だもの。いなくなって、気配がして。それがいくら非現実的なものでも、わかるよ……)

 だから、逃げ出したくなったのだと。

(恨みを、果たされる時が来たの?)

 そう思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...