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あい すてる らぶ うー12
しおりを挟む酷い悪夢だった。
目を覚ますまでもなく、千都子にはそれが夢であることがすぐにわかった。
我ながらありがちなものを見ているな、と笑いたくなるほどのわかりやすい夢らしい夢。
笑顔の母と、父。
離婚していない両親。
自分もそこにはいる。自分の感覚もありながらにして、映画を見るように少し遠くからそれを見ているような感覚。
『喧嘩したこともあったな』
ははは、と笑い声。
なんて、乗り越えられたという、無くなった可能性。
痩せていない母。
若いころのままの父。
(あぁ――なんて浅はかな)
そんな夢を見る資格なども、自分にはないだろうに。
痩せ切ってしまって、ただ苦しそうな表情を向けるばかりの母の事を思う。
結局、和解できないままで。
(1人で大丈夫だろうか、なんて思う偽善が今更――)
鬱陶しくて、恨んでいて、だけど決していなくなってほしいとは思っていない。千都子にとっての母とは、そういうもの。
――母も同じだったろうか。
そんなことを夢の中だからか、反発心もなく考える。
自分の思い通りにしてしまって、後悔した顔だったかもしれない。
嫌な感触を今でも思い出せる。
感触と共に、見せた表情は、いったいどういう意味だったのだろうと。
今更ながらに思っても、聞くことができる関係ではなくなってしまった。
口を開けば、今でも罵倒が飛び出してしまいそうだから。
それを正当だと思う感情。
それを八つ当たりでしかないと思う感情。
どちらも千都子には真実で、どうしようもない。
ふと、夢の中に自分に目を向ければ、そこにいるのは中学生くらいのままの自分。
和やかに、楽しそうに、両親と話している自分。姿は中学生なのに、話す内容は今の内容だった。
顔が歪みそうになる。
結局、前に進めていないのだと、突き付けられた気分になった。
(誰かがいった大人に素直になれていれば、こういうものも素直に解決できたんだろうか?)
たたた、と走る音が聞こえてそちらに目を向ける。
幾人かの子供の姿。そばには大人の男性らしき姿。
(あぁ――)
家族団らんの風景。
温かな、とてもとても憧れた。
心が冷たくならない風景。
(だから、これは夢でしかない)
現実ではありえない風景でしかない。
母だけが老けているのは、それを知っているからで。
父が若いころのままなのは、それから一度もあっていないから。
大人の男性らしき姿は、付き合ってきた男の集合体のような誰かでしかなくて。
子供たちは――やはり、顔がみえないままで。
(まるで、夢でも忘れるなといわれているかのよう。わかってる。わかってるよ……忘れたりなんかしない。できない)
もう、見えているすべてが手が届かない事なんてわかっている。
それは叶えることができない夢なのだと。
現実は。千都子の今いる場所以前の話で。
母は笑わなくなったし、父はどこにいるかもしれない。
家族になれるかもしれない男からは手ひどく離れられてしまったし、望んだ家族の形自体、もう作ることはできないとわかってしまった。
(失くしたものを取り戻したかった……失くしたから、取り戻せないのにね)
たとえ眠っていて、たとえ夢の中だろうが、素直に忘れてはやれない事実。
だから、これは夢でしかない。
(それでも、子供がよく笑っているのはいい)
現実の自分ならきっと、泣かすことしかできないから。
土の感触。
土のにおい。
千都子は、目を覚ますとそこが見慣れてしまった自室でない事に気付いた。
何か夢を見ていたのはわかるが、それは思い出せない。
(さすがに攻撃や死んだら起きるだろうし……死ななかったのか。こっちに来てから、1番眠れたみたいなのがダンジョンの中なのは何の皮肉かな?)
眠りを挟んだ影響か、精神的には落ち着きを取り戻していた。
軽い発狂のような状態は、何度か経験済みであることもあって、この程度なら立ち直るのもまた早い。
むしろ、一度感情的な爆発をしたことですっきりしたくらいのものだ。
(あぁ、でも通路潰しちゃんだっけ。死に戻りしかできないや……やだなぁ)
ぼんやり頭で、辺りを見回す。
(……ん?)
広い。
そこで、自分が通路ではなく。大きな部屋じみた場所にいることに気付いた。
土でできた部屋。
(……なんで? 運ばれた?)
蟻共は、近くにはいない。
部屋の真ん中あたりに千都子はいるらしかった。
部屋の出入り口になるだろう通路に、蟻の姿がみえるくらいで部屋の中にも見えるようなサイズの蟻はいないらしい。
いや――1匹だけ。
1匹だけいる。
正面。そう大きくはない。
千都子にとって――見たくはなかった蟻。
顔の見えない、奇妙な。
人間の子供でないから、千都子にとってそうはならないはずなのに、どうしてもそう見えてしまう。
見ていると変な気分になる蟻の子。
どうしても、攻撃することができない蟻の子。
(あ――)
それとは無関係に。
それを見て急速に目が覚めた千都子は理解した。
理解してしまった。
(ここ――ゴール、なんだ……)
ここが、ダンジョンの終着点であると。
これ以上先はないのだと。
(は、はは。たどり着いたら、出口があるっていってたじゃん……)
何もない。
自分と、蟻の子以外いないこの部屋が。
千都子のいる、ダンジョンの終わりを示す部屋だった。
出口もなにもない、この頼りない土でできているらしい部屋が。
(他の難易度だと、扉みたいな出口とかワープする渦みたいなのとかが、あるって……)
言われてきた出口など、いくら見てもない。
何度見ても。
(違う。違う! 多分、ここじゃないんだ。ここ以外に、ここじゃなくて! 出口が)
否定しようとする。
必死に、これは何かの間違いなのだと。
しかし――嫌な予感は消えてしまっている。目的を達成して現実になったから用済みになったように。
他の難易度のものはいっていた。
ゴールはたどり着けばわかると。
それはきっと、そうされているものなのだろうと。
(違うよ。だって、それならどうして私は、私たちはダンジョンなんて、進んで――)
最初に言われた文言を思い返す。
(クリア条件)
クリア条件を達しろ。
そう聞こえたことを思い出す。
それは――
(条件が、違う、の? 他の、ところは……ただ進めばクリアできるらしいのに、その条件が私にはないって……? なんて、クソみたいな……あぁ、クソゲーなんだっけ……笑えないなぁ)
座り込んでいなければ、崩れ落ちただろう、力が抜けてしまう感覚。
(じゃあどこから入ってきたんだって話よ。私は、この、ダンジョンとやらに……出入口くらい!)
ただある出口から逃げる事は、できない。そのままで済ませない。
いくら否定しても、それをわかってしまって。
また、叫び出したい気分になりながら、千都子は蟻の子を見つめた。
それは、恐らく自分がクリアするのに――それが関わるのだということを、最初からどこかで推測していたからかもしれなかった。
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