十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

文字の大きさ
上 下
164 / 296

あい すてる らぶ うー12

しおりを挟む

 酷い悪夢だった。
 目を覚ますまでもなく、千都子にはそれが夢であることがすぐにわかった。
 我ながらありがちなものを見ているな、と笑いたくなるほどのわかりやすい夢らしい夢。
 笑顔の母と、父。
 離婚していない両親。
 自分もそこにはいる。自分の感覚もありながらにして、映画を見るように少し遠くからそれを見ているような感覚。

『喧嘩したこともあったな』

 ははは、と笑い声。
 なんて、乗り越えられたという、無くなった可能性。
 痩せていない母。
 若いころのままの父。

(あぁ――なんて浅はかな)

 そんな夢を見る資格なども、自分にはないだろうに。
 痩せ切ってしまって、ただ苦しそうな表情を向けるばかりの母の事を思う。
 結局、和解できないままで。

(1人で大丈夫だろうか、なんて思う偽善が今更――)

 鬱陶しくて、恨んでいて、だけど決していなくなってほしいとは思っていない。千都子にとっての母とは、そういうもの。
 ――母も同じだったろうか。
 そんなことを夢の中だからか、反発心もなく考える。
 自分の思い通りにしてしまって、後悔した顔だったかもしれない。

 嫌な感触を今でも思い出せる。
 感触と共に、見せた表情は、いったいどういう意味だったのだろうと。
 今更ながらに思っても、聞くことができる関係ではなくなってしまった。
 口を開けば、今でも罵倒が飛び出してしまいそうだから。

 それを正当だと思う感情。
 それを八つ当たりでしかないと思う感情。
 どちらも千都子には真実で、どうしようもない。

 ふと、夢の中に自分に目を向ければ、そこにいるのは中学生くらいのままの自分。
 和やかに、楽しそうに、両親と話している自分。姿は中学生なのに、話す内容は今の内容だった。
 顔が歪みそうになる。
 結局、前に進めていないのだと、突き付けられた気分になった。

(誰かがいった大人に素直になれていれば、こういうものも素直に解決できたんだろうか?)

 たたた、と走る音が聞こえてそちらに目を向ける。
 幾人かの子供の姿。そばには大人の男性らしき姿。

(あぁ――)

 家族団らんの風景。
 温かな、とてもとても憧れた。
 心が冷たくならない風景。

(だから、これは夢でしかない)

 現実ではありえない風景でしかない。
 母だけが老けているのは、それを知っているからで。
 父が若いころのままなのは、それから一度もあっていないから。
 大人の男性らしき姿は、付き合ってきた男の集合体のような誰かでしかなくて。
 子供たちは――やはり、顔がみえないままで。

(まるで、夢でも忘れるなといわれているかのよう。わかってる。わかってるよ……忘れたりなんかしない。できない)

 もう、見えているすべてが手が届かない事なんてわかっている。
 それは叶えることができない夢なのだと。
 現実は。千都子の今いる場所以前の話で。
 母は笑わなくなったし、父はどこにいるかもしれない。
 家族になれるかもしれない男からは手ひどく離れられてしまったし、望んだ家族の形自体、もう作ることはできないとわかってしまった。

(失くしたものを取り戻したかった……失くしたから、取り戻せないのにね)

 たとえ眠っていて、たとえ夢の中だろうが、素直に忘れてはやれない事実。
 だから、これは夢でしかない。

(それでも、子供がよく笑っているのはいい)

 現実の自分ならきっと、泣かすことしかできないから。



 土の感触。
 土のにおい。
 千都子は、目を覚ますとそこが見慣れてしまった自室でない事に気付いた。
 何か夢を見ていたのはわかるが、それは思い出せない。

(さすがに攻撃や死んだら起きるだろうし……死ななかったのか。こっちに来てから、1番眠れたみたいなのがダンジョンの中なのは何の皮肉かな?)

 眠りを挟んだ影響か、精神的には落ち着きを取り戻していた。
 軽い発狂のような状態は、何度か経験済みであることもあって、この程度なら立ち直るのもまた早い。
 むしろ、一度感情的な爆発をしたことですっきりしたくらいのものだ。

(あぁ、でも通路潰しちゃんだっけ。死に戻りしかできないや……やだなぁ)

 ぼんやり頭で、辺りを見回す。

(……ん?)

 広い。
 そこで、自分が通路ではなく。大きな部屋じみた場所にいることに気付いた。
 土でできた部屋。

(……なんで? 運ばれた?)

 蟻共は、近くにはいない。
 部屋の真ん中あたりに千都子はいるらしかった。
 部屋の出入り口になるだろう通路に、蟻の姿がみえるくらいで部屋の中にも見えるようなサイズの蟻はいないらしい。

 いや――1匹だけ。
 1匹だけいる。
 正面。そう大きくはない。
 千都子にとって――見たくはなかった蟻。
 顔の見えない、奇妙な。
 人間の子供でないから、千都子にとってそうはならないはずなのに、どうしてもそう見えてしまう。
 見ていると変な気分になる蟻の子。
 どうしても、攻撃することができない蟻の子。

(あ――)

 それとは無関係に。
 それを見て急速に目が覚めた千都子は理解した。
 理解してしまった。

(ここ――ゴール、なんだ……)

 ここが、ダンジョンの終着点であると。
 これ以上先逃げるのはないの終わりだと。

(は、はは。たどり着いたら、出口があるっていってたじゃん……)

 何もない。
 自分と、蟻の子以外いないこの部屋が。
 千都子のいる、ダンジョンの終わりを示す部屋だった。
 出口もなにもない、この頼りない土でできているらしい部屋が。

(他の難易度だと、扉みたいな出口とかワープする渦みたいなのとかが、あるって……)

 言われてきた出口など、いくら見てもない。
 何度見ても。

(違う。違う! 多分、ここじゃないんだ。ここ以外に、ここじゃなくて! 出口が)

 否定しようとする。
 必死に、これは何かの間違いなのだと。
 しかし――嫌なは消えてしまっている。目的を達成して現実になったから用済みになったように。
 他の難易度のものはいっていた。
 ゴールはたどり着けばわかると。
 それはきっと、そうされているものなのだろうと。

(違うよ。だって、それならどうして私は、私たちはダンジョンなんて、進んで――)

 最初に言われた文言を思い返す。

(クリア条件)

 クリア条件を達しろ。
 そう聞こえたことを思い出す。
 それは――

(条件が、違う、の? 他の、ところは……ただ進めばクリアできるらしいのに、その条件が私にはないって……? なんて、クソみたいな……あぁ、クソゲーなんだっけ……笑えないなぁ)

 座り込んでいなければ、崩れ落ちただろう、力が抜けてしまう感覚。

(じゃあどこから入ってきたんだって話よ。私は、この、ダンジョンとやらに……出入口くらい!)

 ただある出口現実から逃げる事逃避は、できない。そのままで済ませない。
 いくら否定しても、それをわかってしまって。
 また、叫び出したい気分になりながら、千都子は蟻の子を見つめた。
 それは、恐らく自分がクリアするのに――それが関わるのだということを、最初からどこかで推測していたからかもしれなかった。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...