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あい すてる らぶ うー7
しおりを挟むこの意味の分からないままの状況に陥って、それなりの時間が経過してしまった。
慣れない死に戻る日々。
慣れた生き物を殺すという感覚。
死んで削られては、そうなっていく気がしている。
(どうせ削られてしまうのなら)
そう思ってしまう自身を嫌悪しながら、ただダンジョンと呼ぶらしい空間を進んでいる。
これがもし、逆にイージー等といった難易度ならば、もしかすると千都子は座り込んで立ち上がれなくなっていたかもしれない。
千都子にとっては、ここが怖い場所であったことが、動かざるを得ない状況にさせていた。決して、それが良い事とは言えないが。
少しずつ、少しだけ。
進んでいき、余裕というものが生まれてきた中で、自分だけではなく他のダンジョンにもある変化が訪れた。
奇妙なアイテム。
千都子の場合、それをアイテムと呼んでいいのかどうかは疑問だが、ともかく、妙な、強制的に持ち主にされてしまうモノが現れだした。
嫌な予感がその時点でしていた。
嫌な予感というものは、良い予感よりもずっと当たりやすいと千都子は思う。
卵。
その時点で、何か嫌な予感はしていたのだ。
明らかな生き物。
攻撃される。明確に敵であれば、まだいい。
産まれてきたのは。
最初から、理解できない敵であり続けてくれるのなら、生きるためにだけ集中することができる。
この意味の分からない場所で、決定的な死は訪れないらしいとしてもだ。
しかし――たとえ、知らない生物だとしても。
敵でないことが、千都子を戸惑わせる結果となる。
(あの子たちが消えてしまったこともある)
ここに来てから、ずっとずっと後ろにいたはずの存在達が消えた。見えなくなった、ではない。
千都子には――どうしてか、はっきりそこにいないのだということがどうしてかわかってしまっていた。
見えなくなったのではなく。いなくなったのだと。
それは、ただ喜びだけを示すことができる現象ではない。
千都子にとって、それは自らの一部であり――良心の証明で、人の証明でもあったから。
まっさらな背中。
数年以上経験していないそれは、どこか寂しさすら覚えてしまう。
(最後に、1番後ろにいたのが本当だったのかどうかも、わからないままだ)
死んでしまったらしい、教え子。
今なお、考えれば『どうして』という疑問しかわくことはなかった。
(私は、また間違えたのだろうか)
ただ、自分より他の人のほうがいいということだけ、いいたかっただけなのだ。
言い方を間違えただろうかと。
何か、いけないことを自分がいったからとしか、千都子には思えなかった。
最後に見たのが真実なら、なおさらだった。
千都子が原因だから、見えるようになったのだろうと。
(子が、子供が、死んでしまうのはどうしようもなく悲しい――私がいえた話ではないかもしれないけれど)
この意味の分からなない場所にも、子供がいたと知って更に随分と凹んだ。つい、重ねて考えてしまったという部分もあって。
ちらりと後ろを見る。
やはり、そこには誰もいない。自らの子も、悲しく怖い選択肢を選んだ子も。
ぞり、と足で何かが地面をこするような音が聞こえる。
(蟻。蟻だ。蟻のはずなんだ、これは)
最初はただの蟻に見えていた。
孵化したその瞬間は。気味の悪ささえ思っていたはずだ。
攻撃をしてこないとわかって、まるで懐くように足元によって来て。
どうしてか、洗脳されるように親近感を覚えてしまって――それが攻撃だと言い聞かせても、もはや手遅れだった。
(蟻のはずで、こんなことを思うのは攻撃のはずで、掲示板のクソゲ仲間がいうみたく、1度始末してしまうのが正解に思えるのに)
どうして。
どうして、と。
どうして、この自分をこの意味の分からない場所で傷つけ、無惨に殺し続けた姿をしているくせに、と。
(顔が、見えない)
まるで、子供を見たように、顔が見えないのだろうか。
千都子は――生きてきた社会上は当然のことではあるが――子供に攻撃などすることはできない人間だ。
その時を過ぎてからは、なおさらそうなった。
子供からいくらイラつくような態度をとられようが、度を越した悪戯をされようが、敵意を持ってこれを対処することができない。
子供という存在に対して、無力である。
そして、今問題なのは――その証明である、顔が見えなくなるという症状が怪しさしかない存在の塊であるまさに赤子サイズの蟻によく似た化け物に対して発動してしまっているという事。
(違う)
蟻を潰すに選んだ、己の武器である鈍器を振り上げる。
きっと、きっと柔らかいのだ。
潰してしまえるほどに、それは硬い存在ではないことがわかる。
ここにきて今までの経験がそれを行動を為す前に確信させる。1撃。たった1度。振り下ろしさえすればそれは容易に処理できる。
頭を潰して、息絶えさせることができるのだ。
(違う)
蟻の化け物は、千都子を見上げている。武器を振り上げている千都子を、ただ見上げている。
千都子には、蟻の表情などもとよりわからないし、今は見えなくなっているからなおさらだ。
どんな表情をしているのだろうか、と千都子は思う。
武器を振り上げる、自分を見て。
殺そうとしている、己を見て。
(違う)
手が震えている。
いや、全身が震えている。
鈍器の重さに耐えきれないわけではない。
もう、最初のころとは違ってそれなりに人間を止めてしまったといえるほどの強化をしているのだ。なんのことはない。このまま1日だって、千都子は維持することができるだろう。
(どうして! なんどもやってきたことなのにっ。これは、これは)
見上げてくる蟻と、目が合った気がした。
見えもしないのに、確かに。
産まれた子供だ。
これは、そういうことなのだ。見えない以上、それはどうしようが結論誤魔化しがきかない。
蟻だ。
人ではない。
決して、人から生まれたものではないし、自分をここに来てから執拗に殺してきたものの姿をしているものだ。
それでも、この生き物は千都《・》子の元で産まれた赤子だった。産まれたばかりの、子供だった。
(違う! こんなものが、私の子供たちと同じなわけがないんだ!)
ここにきて、見えなくなってしまった幻影を思う。
(私の子供たちは、私は)
見上げる蟻の姿をした化け物。
そこに、どこかいつも見る夢を思い浮かべてしまって――どうしても、手を振り下ろすことはできなかった。
鈍器がその手から滑り落ちる。
目を、手で覆った。迷子になった気分。
どうしようもなく座り込んでしまう千都子に、蟻の触り心地の悪い足がその膝を撫でるように動く。
それがまるで、慰めているようにでも感じてしまって、千都子は余計に泣きたくなった。
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