155 / 296
あい すてる らぶ うー4
しおりを挟む歩く道はどこに続くだろうか。
すがっても、すがっても。
結局、裏切られ。
それでもすがって。
今更、なくしたものをどうにもできなくて。
それを意味のあるものにしたくて。
自らの罪悪感に目を向けたくなくて。
しかし、そんなことは知ったことかと捨てられた。
若き日の過ちだと。
それだけでは済まされないような、小山ができてしまったのに。
「重いって言ってもさぁ、あんた、結構なんでもできるっぽいじゃんか。それで別れるって、どっちかの性格が最悪だったりしたわけ?」
「そこで相手の、ではなくどっちかの、とするあたり、敬われていないことがわかり安いですね」
千都子は、ことり、と新しい料理を焼きそばを食べている海の前に置く。
『腹が減った。誰もいないからなんか作ってよ』という言葉に、家庭教師の仕事ではないからとつっぱねることができなかった結果だ。
おいしそうに食べているらしいというのがわかる。
「……ま、運が悪かったんですよ」
落ちていく気分を出さないように注意して、気楽さを出す。
運が悪かった。
その通りだと思う。
(少なくとも、相手にとっては)
自分にとってはどうだろうか。
(どの面下げて、新しい幸せを得られると思ったんだろうか)
自嘲する。
足を、何かに触られている気がした。
足を引かれるように、ぺたぺたと。小さい生き物が、まとわりつくように。
「足元になんかいた? ……? って何もいねぇじゃん。虫でもいた?」
つい、目を向けてしまったのを不審に思ったか、海が同じ場所に視線を這わせてそういった。
何もいない。
そうだろうか。本当に?
(そう。何もいない。私にとって以外は)
「はやく食べたらどうですか? 家庭教師のすることじゃない以前に、こんなところ見られて怒られるの私なんですけど」
「そこは俺が強請ったっていってあげるよ。そのくらいの優しさはあるからね」
「その優しさとやらはどうして料理をつくる前に発揮されなかったんでしょうか?」
「燃料が足りなかったんじゃない? 今補充してる。間に合わなくて残念だねぇ」
小憎らしい表情をして言っているだろうことが、なんとなくは千都子にもわかる。
境界線。
目の前にいる存在は、千都子にとっては子供だ。
「ま、俺みたいな顔もイケメンな男に作れるんだから、有難がって欲しいね」
「自分でいう事じゃないですよ。別に、イケメンがどうとかどうでもいいですし」
「なんだ、特殊な趣味でもしてんのかよ」
「その頑なに自分がいい男だと信じきれる自信の根拠はどこにあるんですか……というか、子供相手に」
「そこまで離れてないだろ」
「十分離れてますよ。ほぼ1回りなんですから」
「年齢がいってたら大した差じゃなくなんだろ」
しかし、小さな子供というにはどうか。
そういうバランスの上に立っている存在だ。
成長期に入って、大きくなっている体。
高校生にももう1年も過ぎればなっていく。
子供だが、体は作られて行っている。
抱き上げることが出来なくなる、けれど子供である。
(年齢が高めになっても、体が成長してないとそう認識できないような場合もあるけど)
「君曰くのいってる年齢じゃないですからね。もし、年齢差は気にならなくなるようなものだったとしても、今君が子供だという事実が変わるわけではありません」
「細かいなぁ。何が気に入らないってんだよ。将来性だってある。お互いフリー。低い方がヤダっつってないんだから、儲けたって思うようなもんじゃんか」
「まだいってるんですか、それ。そういうつもりは、一切ないといったでしょう? あと、そうでなくとも私、捕まる気はないので」
千都子から見て、海という少年の顔はぼやけて見えている。
夜のように暗みがかった上に、ぼやけている。
全体の表情がなんとかわかる程度。
細かい部分がどうだとか、そういうものはわかりもしない。
話の通りに整っているかどうかなど、わかりようもない。
顔が見えない。
子供であれば子供であるほど。
赤ん坊などは、顔にブラックホールでもあるのかというくらい真っ黒なもの。
どういう顔なのか、何思って、どういう表情をしているのか。
何もわからない。千都子には、何も。
(いつから、そうなったのかもわからない)
何も見ていなかった千都子が、自分がそんな状態であることに気付いたのは、すがり疲れて捨てられた後の話だった。
(でも。きっと、1番最初からだった)
足に触られた感触がする。
ぺたぺたと。
小さな子供がまとわりつくように。
(逃がさないって、言われてでもいるんでしょうかね)
それとも恨みの声だろうか。呪いの声だろうか。
そんなことを考える。今度は、目を向けることもない。
だって、慣れていることなのだ。つい、目を向けそうになりはするけれど、悲鳴を上げたりはすることはない。顔が青ざめることも、反射的に動いてしまうことだってもうない。
慣れた事なのだ。
ずっとずっと、その時からそうなのだ。
千都子にとっての日常。
(あぁ――幸せを掴めば、もしかしたらって思ったけれど)
「君が欲しがってるのは、私じゃないでしょ。私でなければならないと、そう思い込んでいるだけだよ。似たようで、隙間があるような人がいるから、そう見えているだけ」
「だからそれの何が悪いんだって」
「だから、相手を選べっていってるんですよ」
不機嫌そうに食事をとる海に苦笑する。
寂しがり屋だ。
そういう所が、似ているところなんだろうと千都子は思う。
寂しがり屋で、まだ破裂していない子だ。
(私とは違う。だって、この子は自分が破裂しそうなことに気付いているし、自分自身についても私よりよほど悟っている)
千都子は自分がどういうものであるかということなんて、考えもしなかった。
同じくらいの年齢の千都子は、ただ悲劇のヒロインであった。十把ひとからげの。どこにでもいる。けれど自分にとってはそれだけではないオンリーワンの悲劇の。
(私は、今の私が望むような幸せを手に入れられないのだということを理解してしまったから)
ただ、誰かを地獄の道連れのように連れて行きたくはないと、千都子はそう思うのだ。
海から目をそらすように、ついっと、自らの後ろを見る。
転々と引きずったように惹かれる、赤黒色の線。
鉄さびと、どこかふんわりした匂い。
群れ。
ぞろぞろと、夢を見た数だけいる群れ。
それが振り向いた千都子を見るように顔を上げた。
顔は、真っ黒で何も見えなかった。
泣き声は千都子だけに聞こえた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる