十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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あい すてる らぶ うー4

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 歩く道はどこに続くだろうか。
 すがっても、すがっても。
 結局、裏切られ。
 それでもすがって。
 今更、なくしたものをどうにもできなくて。
 それを意味のあるものにしたくて。
 自らの罪悪感に目を向けたくなくて。

 しかし、そんなことは知ったことかと捨てられた。
 若き日の過ちだと。
 それだけでは済まされないような、小山ができてしまったのに。

「重いって言ってもさぁ、あんた、結構なんでもできるっぽいじゃんか。それで別れるって、どっちかの性格が最悪だったりしたわけ?」
「そこで相手の、ではなくどっちかの、とするあたり、敬われていないことがわかり安いですね」

 千都子は、ことり、と新しい料理を焼きそばを食べている海の前に置く。
 『腹が減った。誰もいないからなんか作ってよ』という言葉に、家庭教師の仕事ではないからとつっぱねることができなかった結果だ。
 おいしそうに食べているらしいというのがわかる。

「……ま、運が悪かったんですよ」

 落ちていく気分を出さないように注意して、気楽さを出す。
 運が悪かった。
 その通りだと思う。

(少なくとも、相手にとっては)

 自分にとってはどうだろうか。

(どの面下げて、新しい幸せを得られると思ったんだろうか)

 自嘲する。
 足を、何かに触られている気がした。
 足を引かれるように、ぺたぺたと。小さい生き物が、まとわりつくように。

「足元になんかいた? ……? って何もいねぇじゃん。虫でもいた?」

 つい、目を向けてしまったのを不審に思ったか、海が同じ場所に視線を這わせてそういった。
 何もいない。
 そうだろうか。本当に?

(そう。何もいない。私にとって以外は)
「はやく食べたらどうですか? 家庭教師のすることじゃない以前に、こんなところ見られて怒られるの私なんですけど」
「そこは俺が強請ったっていってあげるよ。そのくらいの優しさはあるからね」
「その優しさとやらはどうして料理をつくる前に発揮されなかったんでしょうか?」
「燃料が足りなかったんじゃない? 今補充してる。間に合わなくて残念だねぇ」

 小憎らしい表情をして言っているだろうことが、なんとなくは千都子にもわかる。
 境界線。
 目の前にいる存在は、千都子にとっては子供だ。

「ま、俺みたいな顔もイケメンな男に作れるんだから、有難がって欲しいね」
「自分でいう事じゃないですよ。別に、イケメンがどうとかどうでもいいですし」
「なんだ、特殊な趣味でもしてんのかよ」
「その頑なに自分がいい男だと信じきれる自信の根拠はどこにあるんですか……というか、子供相手に」
「そこまで離れてないだろ」
「十分離れてますよ。ほぼ1回りなんですから」
「年齢がいってたら大した差じゃなくなんだろ」

 しかし、小さな子供というにはどうか。
 そういうバランスの上に立っている存在だ。
 成長期に入って、大きくなっている体。
 高校生にももう1年も過ぎればなっていく。
 子供だが、体は作られて行っている。
 抱き上げることが出来なくなる、けれど子供である。

(年齢が高めになっても、体が成長してないとそう認識できないような場合もあるけど)
「君曰くのいってる年齢じゃないですからね。もし、年齢差は気にならなくなるようなものだったとしても、今君が子供だという事実が変わるわけではありません」
「細かいなぁ。何が気に入らないってんだよ。将来性だってある。お互いフリー。低い方がヤダっつってないんだから、儲けたって思うようなもんじゃんか」
「まだいってるんですか、それ。そういうつもりは、一切ないといったでしょう? あと、そうでなくとも私、捕まる気はないので」

 千都子から見て、海という少年の顔はぼやけて見えている。
 夜のように暗みがかった上に、ぼやけている。
 全体の表情がなんとかわかる程度。
 細かい部分がどうだとか、そういうものはわかりもしない。
 話の通りに整っているかどうかなど、わかりようもない。

 顔が見えない。
 子供であれば子供であるほど。
 赤ん坊などは、顔にブラックホールでもあるのかというくらい真っ黒なもの。
 どういう顔なのか、何思って、どういう表情をしているのか。
 何もわからない。千都子には、何も。

(いつから、そうなったのかもわからない)

 何も見ていなかった千都子が、自分がそんな状態であることに気付いたのは、すがり疲れて捨てられた後の話だった。

(でも。きっと、1番最初からだった)

 足に触られた感触がする。
 ぺたぺたと。
 小さな子供がまとわりつくように。

(逃がさないって、言われてでもいるんでしょうかね)

 それとも恨みの声だろうか。呪いの声だろうか。
 そんなことを考える。今度は、目を向けることもない。
 だって、慣れていることなのだ。つい、目を向けそうになりはするけれど、悲鳴を上げたりはすることはない。顔が青ざめることも、反射的に動いてしまうことだってもうない。
 慣れた事なのだ。
 ずっとずっと、その時からそうなのだ。
 千都子にとっての日常。

(あぁ――幸せを掴めば、もしかしたらって思ったけれど)
「君が欲しがってるのは、私じゃないでしょ。私でなければならないと、そう思い込んでいるだけだよ。似たようで、隙間があるような人がいるから、そう見えているだけ」
「だからそれの何が悪いんだって」
「だから、相手を選べっていってるんですよ」

 不機嫌そうに食事をとる海に苦笑する。
 寂しがり屋だ。
 そういう所が、似ているところなんだろうと千都子は思う。
 寂しがり屋で、まだ破裂していない子だ。

(私とは違う。だって、この子は自分が破裂しそうなことに気付いているし、自分自身についても私よりよほど悟っている)

 千都子は自分がどういうものであるかということなんて、考えもしなかった。
 同じくらいの年齢の千都子は、ただ悲劇のヒロインであった。十把ひとからげの。どこにでもいる。けれど自分にとってはそれだけではないオンリーワンの悲劇の。

(私は、今の私が望むような幸せを手に入れられないのだということを理解してしまったから)

 ただ、誰かを地獄の道連れのように連れて行きたくはないと、千都子はそう思うのだ。
 海から目をそらすように、ついっと、自らの後ろを見る。
 転々と引きずったように惹かれる、赤黒色の線。
 鉄さびと、どこかふんわりした匂い。
 群れ。
 ぞろぞろと、夢を見た数だけいる群れ。

 それが振り向いた千都子を見るように顔を上げた。
 顔は、真っ黒で何も見えなかった。
 泣き声は千都子だけに聞こえた。
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