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あい すてる らぶ うー3
しおりを挟む己のうちにもう1つの命があるということを知って、去来したのは歓喜ではなかった。
千都子は、千都子なりに自分が好いている男がどういう人間なのかを知っているつもりだったからだ。
とさ、と糸が切れたように椅子に座る。
なんとなく、で仲良くなった彼。
学校で出会って、からっぽだなぁと思いながら、請われるままにノート等を見せてあげてことを思い出す。
勉強を少し教えてあげたことを思い出す。
その見返りに色々な遊びを教えてもらって、もっと仲良くなってから。
逃げるように、同居して。
それでも、学校に行くことだけはしていて。
学校と、彼の家というサイクル。
それでも千都子にとっては大事な日々。
なくした何かが埋められる気がした。落ちかけた崖の淵に手がかかったように、ほっとする感覚があった。
それにひびが入る音がした。それはどこか、聞き覚えがある響きがある音。既視感ある感覚。
千都子は、自分にはないものを持っている彼が好きだった。
好きなことをしている、それが悪い事だと知っているが、むしろそれが格好良く見えた。
近くにいると、自分もそれを手に入れられたような気がした。
そうでなくとも、持っている人が自分のものだと思うとなんだか高いところに昇っているような高揚感に包まれる。
自分にないものを持っているからといって、それがいいものとは限らない。
いらないものであることだってあるのだ。持っていない方がいいものだってそこにはある。
そんなことはわかっている。知識の上では、千都子はわかっている。知っている。
わかっていても、千都子にとってそれは光って見えたのだ。
だから惹かれた。
旧来の電灯に群がっていく虫のように、誘い込まれずにいられないように。
(世間では、騙されたって、わかりやすく馬鹿な小娘だというんだろうけど)
優等生は転びやすい、だとか。
年頃の人間はそういう奴ほど不良に転ばされやすい、だとか。
そういう揶揄をされるのだろうし、されているのだろう。
千都子にはどうでもよかった。彼の事をどれだけ知っているんだと憤りすらした。それがまた嘲笑を呼ぶことも知っていたから、口には出さなかったけれど、心でそういってくるものを見下しすらしている。
体温を感じられる、目を向けてくれる。できた隙間を埋めてくれて、ただの千都子であれる気がした。求められていれば、昔のような心地になれたから。
それでよかったのだ。
しかし――考え無しすぎたのだろう。
計画性もなしに、欲望にこたえていれば当たるのは当然の話だった。
求められるままに。
双方の欲望が合致して、それを止める者はいなかった。
当事者たちの理性さえ。
(どうしよう。嫌われてしまう)
捨てられてしまうのは嫌だ。
離れてしまうのは嫌だ。
奪われるのは嫌だ。
そんな思いばかり。
受け入れられる想像は1つたりともできず、またそういう人間であることがどういうことかということは無視される。ただ、今あるものがなくなることだけを恐怖した。
腹を撫でながら考えるのはそんなこと。自分で撫でても、ちっとも温かく感じることない。
(冷たくなっていく。私の体が冷めていってしまう)
手が強く握られる。
決して、親からは程遠い表情をしていた。
捨てられる寸前の母のことをなぜか思い出す。
こんな気分だったのだろうか?
であり、
あぁなりたくない
でもある。
ぎゅっと目をつぶる。
夢のように、どこか現実感のないまま流されていたけれど、少しだけ冷静な部分はあった。
それは、むしろいらない部分だったかもしれないけれど。
冷静に、考えることだけはできる部分はあったのだ。
だから、することは決まっていた。
千都子の母は、何も言わなかった。
ただ、どこか悲しそうに見えた気がして、千都子はその顔面を殴りつけた。
すっきりした。
夢を見た。
知らない赤子が泣いて足元にいる夢だ。
子供は好きでも嫌いでもなかった。赤子は、見るだけなら可愛いと思った。
泣いているのが可哀そうだ、という感情が湧く。このままにしておくのは無情であると思う。
(お前がそれを思うのか?)
上から声がふってくる。
その声が聞こえなかったように、千都子は赤子をあやそうと、抱き上げでもすれば泣き止むかとしゃがみ込んで手を伸ばす。
赤子がこちらを見上げる。
顔がない。
黒く塗りつぶしたように、見えない。
どういう表情をしているのか。確かに泣き声は聞こえているけれど。
不気味に思うよりも、あやさなければと思った。どこか、赤子に親近感というか、親しみのかけらのようなものを感じているから。
じぃっと、見られている気がした。
ぱしゃん、とその顔が弾けた。
ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん。
次、次、次。
赤子が小さくなっていく。
恐怖の声を上げるでもなく、そこから逃げようとするでもなく、夢の中の千都子はそれをじっと見ている。
動くこともせず、伸ばした手をどうすることもできず、ただじっとみている。
赤子が泣いていた。
赤子はいなくなってしまった。
地面が渇いていく。
乾いた砂地に水を落としたように、底に消えていく。
どこかそれに引っ張られるように、千都子の体からいくつかの肉片が同じように地面に落ちた。
溶けるように、同じくそこに消えていく。
千都子は痛み以上に、なくなった何かが大事なものだった気がして酷く悲しい気分になった。
(目の前で起きてさえ、自分の悲しみがだけが優先か?)
声は聞こえてないように。
下を向いて涙をボロボロと流す。
しずくが落ちていく。
しずくは地面に吸い取られることなく溜まっていく。
やがて、千都子はその水で溺れた。
(同じだ。お前は。いや、より悪いよ、お前は)
ぶくぶくと、空気が抜けていく。
苦しさの中、もがくこともせずに底に横たわる。
いつの間にかどれだけ溜まったのか、水底は暗かった。
とてもとても暗かった。
最後の空気が抜けるときに出した声は、いったいなんだったろうか。
自覚できないまま、景色がぼやけて溶けた。
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