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イリベロトスドルイワ9
しおりを挟む天秤と呼ばれた殺人者は、誰かがここに来たことにすぐに気が付くことができた。
とはいえ、それは天秤という人間からすれば違和感がわく距離であった。
天秤という人物は己の勘というものの鋭さを自覚している。
それは、嫌な予感に対してもそうだが、自分の感覚と能力に合わせて発展しているものだからだ。
知らない人物でも、知っている人物でも、いかに自分が楽しみを行っている状態だろうが近づけばわかるのだ。わかるはずなのだ。
それは、気付けば自分の近く範囲にいた。
大きすぎる気配だった。
それは、まるで生まれてこの方ずっと感じる嫌な予感にも似ている。それよりは小さいのだが、それでも天秤本人よりもずっとずっと、感じたことがないくらいに。
勘が効かなかった恐怖より。
苛立ちより。
オカルト的な結界をしいて、一般人にはわからぬようにもしてあったものを、破ったことにすら気付かせぬほど容易に破られたことより。
なによりも。
歓喜がほとばしった。
今この瞬間、より強く使命を果たそうとしていたことも忘れるほどの歓喜だった。
1人で何もせずに何度も絶頂を繰り返すほどの歓喜だった。勝手に涙が流れて、よだれが流れてもそれを不快に思わないほどの。
隠れ家で、その中でもさらに隠されたこの部屋の扉があいたとき、天秤は幸せの絶頂にいた。
「おぉ……! おぉぉぉぉぉぉぉ! あなたは、あなたが? あなたが、救世主ですかっ!?」
扉からでてきたのは、年若い少年だ。
外見には、なんら特別なところは見ることができない少年だ。
やせぎすで、目立たない顔。格好も、くたびれた服を着ているがその辺にいるような若者に過ぎない。
そこに張り付けられた無表情だけがどこか異様。
だが、天秤としてはそんなことはどうでもよかった。ただ、その存在感であり、勘が感じ取る力こそが、求めていたものかそれに1番近いものであるという証明であったから。
その少年という存在が、自分の行ってきた行為の肯定であり、正しさであることの証明だったのだ。少なくとも、天秤にとっては。
「……はぁ?」
無表情で返された言葉はそれだけだった。ただそれだけで天秤は更なる絶頂に包まれた。びくびくと体が痙攣する。自分が求めた存在に声をかけられたという事実が彼に幸福を与えたのだ。
(彼なら! 彼ならっ! この、ずっとずっとどうしようもない恐怖から解放してくれる……! 俺は正しかった! 産まれるんだ! 人間に、俺に! 救世主はっ)
首を小さく傾けてじっと見ていた。
天秤の今の有様はとても人様に見せられるような状態ではなかったが、それはどうでもいいといわんばかりに表情は変わることはない。
少しだけ、そうして見つめた後何かに納得したか、『あぁ』と小さく声を出してため息のように息を吐いた。
「……これが、激怒するってことなのかな。初めての感覚だよ。でも、感謝する気になれないなぁ……大違いだ。楽しさは、あんなに嬉しかったのに」
呟かれる言葉の意味は、天秤にはなんらわからなかった。
もとより、天秤に向かってはいている言葉ではないようで、返事を期待されているようでもなかった。どちらとも一方通行。交わるようでいて、全く重ならない会話。
いや、それをいってしまえば――最初から、天秤が救世主と崇める少年は、こちらに大きな興味を持っていない。
「つまりあれだ。なりそこないかよ……惹かれたか? 僕のせいだってか? ……はは、ははははは!」
理解できないままで笑い出した少年。不器用に笑う。
それに合わせて、つい漏れたとばかりに当たりかまず放射されたようなびしびしとよくわからない力を感じる。
びしびしと、周りに亀裂が入っていく。
まるでオカルトだった。
超常的な現象だ。
もう、体力がつきそうなほどだというのに、まじかに力を受けた天秤は更に興奮していた。
そういうものを見たことがあるにあった。しかし、これは根本的に違うものだということが本能で分かるのだ。
「救世主だって言った? つまり、あなたは……お前は、あれだろ? どうせ、終わりだけ感知したか見たかってとこなんだろ?」
「おぉ……! そうです! その通りです救世主っ。救世主にお生まれ頂くためにワタシは頑張ってきたのです! お助け下さい! 人類を、ワタシを! どうか、どうか助けてください……!」
祈る姿だけは敬虔な教徒だったろうか。
少年は、それを一等詰まらなさげに見ていた。
「助からないよ」
ため息と共にそうぽつりと落とされた声は、天秤を騙すためにいっているのでもなければ、嘘をついている様子でもない。
ただただ、事実を事実として伝えてきた。
「はぁ?」
奇しくも、その疑問の声は、最初の少年と同じような音を伴っていた。
ほどのなくして、何を言われたのかを理解したか、顔が真っ赤に染まっていく。
それは、わかりやすい怒りである。
「そんなはずないだろ! おま、お前! お前救世主なんだろ? 終わりに立ち向かうべく生まれた! 人間の中でそれに歯向かう、問題を解決することに適合した存在だろ!? どうにか、どうにかしろよ! どうにかできる存在なんだろ? 手を抜くなよ! 助けろ! 人類を! 世界を! 俺を……!」
狂信者めいた様相から、狂った気持ち悪い様子から一転してわかりやすい、子供の駄々のようだった。
天秤は立ち上がり、つめより、襟元を掴み上げてやろうと思った。
が、できない。
気付けば、座り込んだまま動けない。
「はぁ!? なんだよ、この! この!」
ぐっぐっ、と立ち上がろうと力を何度も入れる。
普通の人間には出せない力であるはずのそれは、上から抑え込まれた子供のようにどうすることもできない。
「これだから中途半端は嫌なんだ。中途半端だから、なんとかできるとか勘違いする」
そう言われた言葉が聞こえないように、天秤はひたすら立とうと試みている。
「あのさぁ、『世界が終わります』ってとんでもない自体で、どうして人1人が力を持ったからってどうにかできるなんて思うんだ?」
「役目だからだろ! そういう風に生まれたんだろうが! だったら……!」
「だから中途半端なんだよ」
繰り返されたため息を、また1つ。
「人間という生き物を1つとしてみたら、確かに僕みたいな存在は滅びをその1つの生物が見たから生まれた存在だ。どうやら、そうであることはあってると思うよ」
「そうだろ! そうだろう!? あってるんじゃないか、出し惜しみしてるだけなんだろ!?」
「いや、だからさ。人間という生き物が感知して、それで頑張って1番力を持った奴を他の力も借りて生み出しましたっていったって、たかが知れてるでしょって話だよ。魔王がいます。勇者が生まれました。そういう話じゃないんだよ。もう決まったの。決まってんの。どうしようもないわけ。僕が、人を簡単に100万単位で掃除するように殺せるような力持ってたって、そんなんどうしようもないわけ」
少年が今、天秤に向けているのはわかりやすく呆れであった。
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