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イリベロトスドルイワ6
しおりを挟む先生、という己を呼ぶ声が聞こえた気がした。
夕暮れ、もうすぐ夜が訪れようとしているが、まだ十分見える道を振り返える。
そこには誰もいない。
本当は先生などと呼ばれる価値などないと思っている男は――しばらく離れて探し続けてもかけらも情報なく、ここに来たのは酷く胸騒ぎを覚えたからだ。
戻ることによって危険になるのではないか? という思いもあったが――それ以上の悪寒に、どうしようもなく引き寄せられるように。戻れ戻れと、何かから囁かれ続けている気がして。
どうしようもなく間に合わなかった事を思い出して。
そうして戻った、1か月以上ぶりの温かな偽りの日常があった町は――どこか、殺伐としたような、警戒するような空気に包まれている。
情報を調べる上で、戻る前にここの現状も調べている。
どうやら、殺人事件があったという事は調べがついていた。
確かに、今までこの町ではなかったような事件である。
こういう空気になってもそれは仕方がない事だと、そう納得させようとするも、それでも予感は消えてくれる様子はない。
(事件と、アレは関係ないはずだ。もしあれがやったというのなら、あんなにちらかしたままにはしないはずだからな)
事件現場は酷い有様だったらしい。
それが数件もあったのだ、全て近場で発見されている。警戒する空気も当然と言える。
そのやり方も、警戒に拍車をかける要因である。
人間業ではない破壊のされ方をしていた。1つは本当にばらばら。残りは頭だけがミキサーにでもかけられたようにばらけて散らばっていたり、綺麗に体の中心だけくりぬかれるように穴が開いていて、これまたその辺に部品がちらばっていたりした。それも、大型の道具等を使った形跡は見られなかったらしい。先生などとは呼ばれてはいても、そう呼ばれる本人からして、もちろんそんなことはできない。
信じられないが、今のところの調べでは、どうやらほぼすべてが1撃で死亡しているらしいという事も、殺したい相手ではないだろうという推測をする要因になっていた。
(あれなら、もっと苦しめる殺し方をするからな)
もちろん、そんなよくわからない化け物じみた存在がこの町にいるかもしれないということ自体が不安要素ではあるのだが――それよりも、どうしても、耳に引っかかり続けている。残された言葉が、どうしても予告じみていて。あれがどこか近くにいるような、そしてほくそ笑んでいるような感覚が抜けない。
考え込んでいると、はっはっという、短い呼吸音と、歩幅短く走る音。
「あ、先生っ!」
その声に振り返って――そこにいたのは、教え子の1人である、奥山という少年がいた。
汗だくで、しかしそれも気にならないほどに青ざめ焦っている様子。
「奥山」
「おかえり? 先生、ってそれどころじゃなくて! ねぇ先生! 光太! 光太と妹ちゃんみてない!? 光太と一緒だったりしない!?」
ぞくりと虫が這いよる。
遠くで、いないはずのそれが笑っているのが見えた気がした。
ボリュームが調節できないのか、かなり大きな声で問いかけられたのにも関わらず、どこか水を挟んだように朧気に聞こえた。
「光太が、どうかしたのか?」
ちゃんと喋れていたかどうかは、自分でもわからなかった。
どこか、絞り出した声は頼りなく震えていたようにも思えた。
「いなくて! あの、光太の妹ちゃんと犬っころの散歩に行ったらしいんだけど、帰ってこないらしくて! 俺の、俺に、連絡がきて探してるんだけど、どこにもいないんだ」
「それは……いつの話だ?」
「俺、俺今日聞いて! 知らなくて! えっと、でも、学校休んでたから変だなって思ってて、何日も。だから家に行って、そしたら帰ってきてないって!」
慌てている様子で、出された言葉はばらばらでわかりにくい。
それでも繋ぎ合わせれば、数日前から行方不明状態であるようだということがわかる。
「じっとしてられなくて、じっとしてろって言われたけど……事件があったし、心配だって言われたけど俺だって、俺だって友達だし」
「落ち着けといってもどうしようもないだろうが、深呼吸をしろ。焦って、お前までいなくなったら親も友達も更に心配するぞ」
「でも!」
奥山という少年と、光太は同じ町に住んでいることもあって、保育園からの友人であったらしいという事を聞いた覚えがあった。
何かせずにはいられないのだろうということは理解ができても――危うい。
現状、この町かその近くには殺人犯がうろついている可能性があるのだ。
その後、なんとか落ち着かせるように会話を続けて、納得はしていないようだがどうにか家に送ることには成功した。
「ありがとうございます! この子聞かなくて……」
「えぇ、はい。光太くんと仲が良かったから、いてもたってもいられなかったのでしょう」
「はい……早く、見つかると良いんですけど……」
奥山の母親と話すも、それはどこか空虚だ。
行方不明、何日も。
ここは現在、事件が起きている。殺人。
どうしても、嫌な想像が湧いてきてしまう。
きっと、その通りなんだろうというのが透けて見える。
心配はしている。それは間違いない。
しかし、諦めの表情が見える。
そして、安堵の表情でもある。
私や家族でなくてよかった、という。
それは、決してこの奥山の親という存在が邪悪であることを意味しない。人として、自然に感じてしまってもおかしくはない感情なのだ。心配と安堵が同居するのは、別に矛盾したものではないんだから。
むしろ、うわべだけの心配をして心の底から安堵しているよりは、知っている人間であるから心配もしっかりしている分情はある。
それでも、苛立つことは止められなかった。
それを表に出すような愚を犯すことはなかったが、まだ不安からか会話してほしそうにしているのを無視したのは、きっと急いで探しにかかりたかったというだけではない。
(どうする?)
手がかりというてか手がかりがない。
予感がするからと帰ってきただけなのだ。
足取りを追う事から始めようかと、光太の家の付近に行くもどうやら警官か何かがいるらしく、傍に行くのは断念した。こういう時、後ろ暗いことがあるという事は邪魔だ。
「君は――」
「……あぁ、先生さん、こんにちは」
先ほどの奥山よりも更に血の気が引いたような顔をして幽鬼のように歩いていたのは、ちらほら顔を見たことがあり――光太という子供越しに話した子もある、年齢は高校生くらいであるらしい少年だった。
光太やその妹とは楽しく――兄妹が一方的にいじっているようではあったが――話している様を何度か見ている。だから、心配しているのが顔に出ているのだろうと思った。
「顔、真っ青だぞ……帰った方が、いいんじゃないか?」
「大丈夫、ですよ。僕は、どうとでもなりますから……このくらいで、なんともなりはしないんですよ。ただ、光太君が」
がり、と歯噛みする音が聞こえてくる。相当強く噛み締めているらしい。
その目に光るのは、戸惑いより怒りのように見えた。そして、1握りの恐怖。
「解決できるはずなんですよ。いや起こる前に防げたはずなんだ。僕の友達なんだ。近くにいれば、どうとでもなったのに。どうしてこんな時に、どうして僕は」
ぶつぶつと、独り言を呟くさまはどこか病的だ。
たった今話しかけられたのを忘れたように呟く。
(そういえば、かなりの頻度で会っていたらしいからな――それが続いていたなら、それは悔しいか……いや、犯人が殺人犯でも、あれでも、犠牲者が増えただけともいえるが……)
できるにしてもできないにしても、その時傍に入れなかったという事実が彼を打ちのめしているのだろうと思った。
自分がそうであったからだ。
友達が少ないから、本当に嬉しいんですよ、という心から嬉しそうに語っていた少年は、どこか命のやり取りを経験している身からして震えてしまいそうな危なげな空気を放っている。
「何をするにしたって、一旦休め。考えがばらけたままでは、どうしようもない。眠れもしないかもしれないが、目をつぶって横にだけでもなれ。顔が真っ青すぎるぞ……光太だって、そんな顔見れば休めっていったはずだ。あの子はそういう子だって、君だって知っているはずだ」
「……あぁ、そう、ですね……」
言葉に反応したか、名前に反応したか、呟くのをやめて案外あっさりと頷いた少年は、そのままふらふらと家がある方向へと歩いていった。
そして、それをやるせなく見つめた後、探すために行動を始めた。
辺りは暗く、気付けば随分と空が曇っている。
天気予報とは違って、今にも雨が降り出しそうだ、と思った。
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